第31章 ── 第45話

 談合の後、両国間における国土開発協力条約を新たに結んだ。

 もちろん大使を通しての事となるので正式発布は一年近く掛かるだろう。

 それまでアーサーと俺の方がある程度準備を進めておく事で合意済み。


 資材確保の為にも仲間たちとドーンヴァースでの大規模活動を始めた方がいいかもしれない。

 各種インゴット、レア素材集めはこっちより無限に素材が手に入るドーンヴァースの方が都合がいいだろう。

 何せ環境破壊とか生態系崩壊とかの問題が皆無だしな。


 騎士団本部から帰る前にセリス嬢の剣術訓練とやらを見学しておく。

 今日は難しい話から一緒に逃げ出したジークフリート・ケストレル団長自らがお相手だとか。


 団長、手加減できるんか?


 訓練場に行ってみると騎士たちが遠巻きに二人の訓練風景を見ていた。

 訓練場には金属がぶつかり合う甲高い音が響き渡っている。


「どらぁ!!」


 団長の野太い声と共に爆発音にも似た轟音が鳴り響いた。


「あ、あれを避けるだとっ……!」


 近くにいた騎士から感嘆の声が密やかに上がる。


 お、セリスたん、頑張ってる?


 騎士たちを押しのけて前に出ると、そこには信じられない光景が目に飛び込んでくる。


 さっきの轟音は溜め攻撃的な突きだったようで、舞い上がった土砂と共にセリス嬢は吹き飛ばされたようだった。

 彼女は何とか空中で回転しつつ足から無事に着地したようだった。


 泥まみれになったセリス嬢を団長が嬉々として追う姿が目に入る。


 着地時の隙をあの脳筋が見逃すはずもない。

 一気に飛び込んで追撃を掛けるつもりだろう。


 セリスに目をやれば、殆ど余裕は見られない。

 だが、その目には諦めの色は見えない。


 うーむ。

 死なないまでも確実に大怪我コースだぞ……


「マリ……」

「合点承知の助じゃ」


 マリスに頼む前にマリスはそう言うとスキルを発動させた。


「インタラプト・カバー」


 音の壁を超えたような「ドン!」という衝撃音と共に隣にいたはずのマリスの姿は消え、団長とセリス嬢の間に現れた。


 マリスは既に大盾タワー・シールドを構えており、団長の広刃の剣ブロード・ソードが瞬時にぶち当たった。


──ガギギギギン!!


 弾かれる団長の刃が大盾タワー・シールドの表面を悲鳴のような音を立てながら擦り上げる。


「ぬう!?……マリス殿!!」

「お主、まるで手加減出来ておらぬのじゃ!

 セリスを殺す気なのかや!?」


 マリスの怒号が訓練場内に響き渡ると共に静まり返っていた騎士たちの歓声が爆発した。


「うぉぉ!!」

「団長を止めたぁ!!」

「レリオンに現れた鉄壁美少女の噂は本当だったんだ!」

「さすが名誉グリフォン騎士殿!」

「俺のマリストリアたん……はぁはぁ……」


 以前来た時にマリスは騎士たちの間で有名になったので、いつの間にか名誉グリフォン騎士にされていたらしい。

 レリオンの噂もこっちに流れてきてたみたいだし……

 ただ、最後のヤツは聞かなかった事にしておくがね……


「アナベル、治療を」

「はいなー」


 アナベルは、膝を折って満身創痍のセリス嬢へと走っていった。


「アーサー、今後団長はセリス嬢との訓練禁止な」


 ボソッと言うと、俺の後ろに来ていた副団長が「承知した」と苦り切った声で応えて団長の方へと歩いて行った。


 貴族の令嬢だとしても騎士団長自らが怪我、あるいは命を奪ったとなればルクセイドの国情は確実に荒れるだろう。

 むさい男ならともかく、うら若い未成年の美少女となれば国が割れても不思議じゃない。

 というか、バーラント共国とカリオス王国の悲劇が根底にあるルクセイドだと、一般市民は確実にセリス嬢の味方になるし、貴族の復権を画策するヤツが出てくる可能性すらある。


 グリフォン騎士団が当時のバーラント政権のように権威失墜するのは、今の俺としては避けて頂きたい。

 魔導鉄道をプレゼンしたばかりだしな!


 まあ、小さいマリスに叱られて小さくなっている団長に権威があるかどうかは怪しいけどな。


 それにしても、セリス嬢の戦闘センスはかなりのモノだ。


 確認してみれば団長のレベルは三九、セリス嬢はレベル一六。

 団長がある程度の手加減をしていなければ、一瞬で終わるレベル差である。

 最後の団長の一撃を見れば、セリス嬢は団長の攻撃を辛うじてながらも回避できていたという事になる。

 回避行動に専念していたとしても、説明できる事象を超えている。


 俺はセリス嬢のステータスを調べてみた。


 ああ、なるほど……

 すべては運命の女神のお導きってやつなのかもしれない。


 彼女のユニーク欄には「幸運の星ラッキー・スター:ベルサルテの加護」と表示されていたのである。


 フォルナ同様にベルサルテは運命の女神の一人である。

 幸運の星ラッキー・スターはドーンヴァース時代にも存在したユニークで、ドロップ率、生産業における大成功率、クリティカル率など乱数が関わる全ての事象に好影響を与えるユニークとして知られていた。


 数字として目に見えない部分なのに、目に見えて成功率が上がるほどのユニーク能力なので、ドーンヴァース内でもかなり人気のユニークだった。

 ただ、このユニークを引き当てる確率は、その名に反比例して非常に低いという話だ。

 生産系で何人かの有名人、そして暗殺者アサシンのトップ・ランカーがこのユニークを持っていたと記憶している。


 このユニーク持ちであるならば、セリス嬢のいろいろが腑に落ちる。

 ユニークの後ろに「ベルサルテの加護」って付いているのが気になるが。


 この女神はフォルナよりも上位にいる幸運の女神なのかもしれないな。

 他にもスカーラっていうのがいるらしいので、それぞれで司る幸運が違うのかもしれない。

 その辺りは考察の余地があるね。


 アナベルの魔法で元気になったセリス嬢が震える脚で立ち上がった。


「あの……えっと……

 力加減を間違えていた。申し訳ない」


 アーサーに背中をどやしつけられて団長がセリス嬢に謝罪をした。


「いえ、自分の力量を弁えず、団長閣下にお相手頂こうとした自分の不徳のなせる技でございます」


 無造作に突き出された団長の手をセリス嬢が取り和解が成立した事を示す。

 これを公衆の面前で行う事が両方の面子を保つ事に繋がるし、体面を重要とする立場にある両者、騎士団長と貴族令嬢にはこの行動に意味があるのだ。


 団長は下位の者に対しても頭を下げられる……

 セリス嬢は相手を立てる事ができる……

 どちらも広い心を持つ者であると。


 騎士たち、そして近くにいた騎士団所属の者たちから自然と拍手が二人に送られた。

 今後、この出来事は美談としてグリフォニアを中心に広がるだろう。


 アーサーの団長操作技術は申し分ない。

 団長の権威に隠れて好きなように行動できる立場をキープする彼の有能さには舌を巻く。


 実質、この国の支配者は彼なんだろうなぁ。

 まあ、俺に協力してくれるなら誰がどんな思惑があろうと関係ないけどな。


 マリスとアナベルに連れられてセリス嬢がやってきたので健闘を称えておく。


「セリスさん、あんな戦いができるほどに健康になったんだね。

 俺はただただビックリだよ」

「見て頂けて嬉しいです!

 全てケント様のお陰です!」


 美少女のセリスたんに両手を握られて顔がフニャけてしまいます。

 マリスに強かに肘打ちされて顔を引き締めましたが。


「それにしても随分と腕を上げたね。

 レリオンの三階あたりまでは潜れそうだね」

「本当ですか!?」

「もちろんパーティを組んでいればだけど」

「ですよねー。

 私くらい戦える同じ組の人がいればいいんですけど、なかなか……」


 通っている学校の友達と冒険者パーティでも組みたいって事か。

 冒険者をきそうなステータスの人を探すのは難しいだろう。


 基本的にティエルローゼ人は職業ジョブは選べても職業クラスは選べないようだからだ。


 ドーンヴァースでは能力値条件がクリアできていればキャラクター作成時に自由に職業クラスを選択できる。

 ティエルローゼでは、能力値条件が揃っていなくても、自分の行動様式などで勝手に職業クラスが変わることがあるのだ。

 本人が意識していなくてもクラス・チェンジされている事もあるようだしな。


 何故そういう事が起こるのかは全くわからんが、考察が必要なのは間違いない。

 やりたい・やらねばならないタスクがどんどん積み上がって行く気がしてならない。


「セリスさんが目指している職業クラス剣士ソードマスターなのかい?」

「はい!

 ケント様は剣士ソードマスターでいらっしゃいますでしょう?

 私もそうなれたらなって……」

「ケントは魔法剣士マジック・ソードマスターじゃぞ?」

「え!?」


 マリスの言葉にセリス嬢が物凄い驚いた声を上げる。


魔法マジック……」

「なかなかの希少な職業クラスじゃろう?」

「私、魔法は使えなくて……」


 セリス嬢はどんどんとショボンとした表情になり視線が地面に向いていく。


「まあ、魔法は先天的らしいからねぇ……」


 俺は苦笑するしかない。


「でも魔力は誰にでもあるんですよねー。

 不思議です!」


 アナベルが空気を読まない一言を発する。


 魔法が使いたくても使えない人の前で言う事じゃねぇ。


「セリスさん、気にするな。

 そのうち誰でも魔法が使える技術を誰かが開発してくれるさ」

「おう、そんな事が可能なのかや?

 我も火球ファイア・ボール

 とかやってみたいのじゃが?」


 厨二病よろしく、マリスがヘンテコなポーズを決める。

 当然火球など出るわけもなくヘンテコポーズのまま何も起こらない。

 それを見たセリス嬢はプッと吹き出した。


「あはは……マリス様に気を使わせてしまったみたいですね。

 申し訳ありません」

「心配することはないのです。

 ケントさんは『誰かが』などと申していますが、きっとケントさんが作ってくださいます!」


 アナベルの言葉にセリス嬢の表情がパァッと明るくなる。


「おい、アナベル。

 無責任なこと言うな。

 そんな事簡単に出来るわけな……」

「既に一体系作りましたよね?」


 俺が否定しようとしたところにアナベルが被せてくる。


「は?」


 俺が間抜けな声を上げる。


「ほら、触媒魔法ってヤツ!

 全然使ってないみたいですけど。

 あれ? 錬金魔法でしたっけ?」


 俺は記憶を探る。


 ああ、そう言えばそんな事をしていたな……


「触媒魔法とは何でしょうか!?」


 食い気味にアナベルを問い詰めるセリス嬢に聞く人間が違うなと俺は思いつつ頭の中を整理する。


 触媒魔法を考えついたはいいが、何度か使った程度でその後体系を発展させる事を忘れていた。

 クモの巣くらいしか使った事はないし、それ以外の触媒は全く試していない。


「触媒魔法は、従来の魔法の知識以上のモノが必要になるんだが……」


 呪文も必要だし触媒も必要だ。

 普通の人間にそれが出来るかが謎だ。

 エマも言うように魔法の呪文構築は作り出すのに何年も掛かるそうだしなぁ。


 だが、セリス嬢の顔に失望の色は見えない。


「では、魔法の知識を手に入れれば魔法を使えない人も使えるようになるかもしれないのですね!

 こうしてはいられません!

 ケント様、マリス様、アナベル様、失礼いたします!」


 セリス嬢は優雅なお辞儀をすると、泥だらけのまま全速力で訓練場から去っていった。


 なんという行動力だろうか。

 目標を決めたら一直線というヤツですな。

 騎士団で訓練してた所為で脳筋気質になったんじゃあるまいな。


 何にしても彼女はやる気だし、今すぐではないにしろ触媒魔法の手引書みたいな初歩の技術書を認める必要があるかもしれないな……

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