第31章 ── 第44話
俺は大陸横断列車計画を団長たちにプレゼンした。
船を除けば大規模輸送インフラの需要は計り知れない。
いずれ大陸の東西南北をグルッと回るような環状鉄道を整備できれば、巨大経済圏計画は完成すると言っていいだろう。
話の大きさと難しさに付いていけなかったようでケストレル団長とセリス嬢は、いつの間にか部屋から消えていた。
恐らく剣術訓練に行ったのではないかと思われる。
マリスとアナベルはもちろん付いて来れないんだが、俺が得意げに難しい話をするのに慣れているので、二人はお菓子を食べながらトランプに興じていた。
逆に、いつの間にか紙とペンを持った文官騎士がいる事に気がついた。
アーサー副団長が呼んだに違いない。
大使同席でやってるプレゼンなので公式文書とするつもりなのだろう。
マッジス大使とエムロー補佐官も何とか付いて来ているのだが、規模が大きすぎて想像の範囲から超えてしまっており、質問などで口を挟む機会を逸しているようだ。
「ふー」
一気に捲し立てるように計画プレゼンをして、二時間ほどで一段落ついたので既に冷めきっているお茶で乾いた喉を潤す。
「壮大な話だ。
一体何年掛かる計画か……」
アーサーは目を閉じて噛みしめるように呟いた。
「一〇年……二〇年って感じかなぁ。
まずは、計画を走らせないことには、机上の空論で終わる話だよね」
俺は笑いながら肩を竦めて見せる。
こういった大規模な計画は話をしている時は、胸がワクワクして凄い面白いんだよね。
ただ、動き出すと想定外の問題が起きて遅々として進まなくなる。
日本でもそういう事はままある事なのに、外国やら異世界だとどうなる事やら……
「他国だとそう聞くな。
ウチは俺が采配している限り全力で、かつ迅速に処理するが」
ある意味アーサーが計画し、団長が無条件で裁可するという力技がこの国では罷り通るのが幸いしている。
アーサーが不正をしない事が大前提だが、グリフォン騎士のトップが不名誉な汚職に手を染める意味もないのでありえない事だろう。
「よし、この計画には乗ろう。
まずは何が必要なのかを教えてくれ」
「建設用地。
列車ってのは鉄で作られた道、いわゆる線路ってヤツの上だけを走るモノなんだ。
予め線路用に使う土地を抑えて置かなきゃならない」
「土地か……
さっき言ってた駅というのは?
乗合馬車の停留所のようなものか?」
「ああ、それと変わらない。
駅は、列車が止まって人やモノを乗せる場所で、客やら貨物を乗せる為の場所を言う。
こういった駅を幾つか作って線路で繋げ、そこを列車が猛スピードで走るワケ」
「轢かれたら確実に死ぬな……」
「そりゃ当たり前だ。
だから線路内の出入りは限られた箇所以外は許可しないようにしないとね」
「どうやって縛る?
すべての場所に見張りを置くことはできないぞ」
「街道を横切る線路の場合は、列車が通る時に遮断する魔導具を置けば良い。
俺の故郷では踏切と呼んでいたよ」
アーサーは俺の言葉に目をパチクリさせた。
「お前の故郷には既にその魔導列車が走っていると……?」
疑問を口にしてアーサー自身がその言葉に疑念を抱いたようだ。
「ティエルローゼでは魔導列車などどの国も持っていない……
ケントは一体どこの話をしているのだ?
まさか遠い未来の話をしているのではあるまいな?」
アーサーは俺を未来人だと思ったらしい。
その方がこの世界なら説明が付きやすいか……
「似たようなモンだな」
俺がニヤリと笑いながら言うと、アーサーは面食らいながらも「深くは聞かないでおく」と咳払いをしつつ言い、触れてはならない話だと勝手に思ってくれたようだ。
異次元にある世界やら何やらは説明難しいから助かる。
もっとも、元々異次元からやってきた神々の……いやハイヤーヴェルの御業ですから、人の身で首を突っ込むと大変なことになりますからね。
アースラたち、転生したプレイヤーたちも神隠しの穴の存在を知らなかったしね。
他の神々はアースラに教えなかったのだろうか?
四万年も妻子に会えない事に同情はなかったのかねぇ……
まあ、ティエルローゼに流れ込んでくる神力の大本なので、勝手なことをされて神力が来なくなる可能性もあるし、秘密だったということはあり得るか。
存在を知った俺も滅多矢鱈にアレを使いたいとは思わないしな。
「さて、まずは用地確保だけど……
俺の構想では、まずルクセイドとオーファンラントをこんな感じに繋ぐ」
紙に簡単な地図を書いて線を引っ張る。
「間の国はどうする?」
「新規に街道を繋げた国々なら俺が頼めば問題ない」
ラクースの森に存在するエルフの国シュベリエには文句言われそうな気もするが、線路に鉄を使わなければ怒られないんじゃないかな。
ミスリルあたりを使ってみるか……
ミスリルを狙う不埒者が湧きそうだが、その区間だけ防衛用のゴーレムを置けば問題ないかな。
独り言のように「ミスリル」やら「ゴーレム」やらと言うもんで、アーサーが「いくら掛かるんだ……」と天井を仰ぎ見ている。
「あー。とんでもない金額が掛かるのは間違いないよ。
ルクセイドには自国内の区間に建設する分の半分……いや、四分の一くらい負担してくれればいいよ」
「それだけでいいのか?」
うまい話には裏があると思っているようで、アーサーが少し懐疑的な目になる。
「まず、米の安定的な入手手段を得る為ってのが最大の理由なんだよ。
俺のワガママが計画の発端にあるんだから、俺が負担するのは当然だろう?
もちろん、それに便乗して恩恵にあやかるんだから少しは出してもらうけどね」
利用するにはインフラ建設に出資するのは勿論だし、運搬する荷物や人によって運賃を徴収する旨はご容赦願いたい。
「それは当然だろう。
街道整備は国が金を出すが、そこを通る者や荷物には運搬費用が掛かるものだ。
道中で危険を犯す対価だしな」
うーむ。
運賃はそういう意味で取るんじゃないんだが。
インフラの保全、運営人員の人件費、そして未来の鉄道網を作る為の資金などの意味になる。
列車への危険となると、事故くらいしか想像つかん。
もちろん魔獣やら何やらが襲撃してくる可能性は否定できない。
が、魔導列車に勝てる魔獣って何かいるか?
ドラゴン種くらいじゃないかなぁ……
それなら問題にもならない。
襲ってくるのが
逸れのドラゴンやワイバーンなどの縄張り意識が欠落した迷惑なヤツも実際には存在するので、そういうヤツには保険として自動撃退用砲塔なんかを搭載させればいいんじゃないかな。
携帯型地対空誘導弾「ウルドの矢」の開発実績がある俺の工房なら開発は余裕でしょ。
「承知した。
早速用地買収を開始しよう。
ルクセイドの北側の殆が国有地だし、一部は個人所有だろうが荒れ地ばかりだし比較的手に入れやすいと思うしな」
大量輸送が海路しかなかったのもあり、北部は強いモンスターが多いので殆どが手付かずらしい。
ルクセイドは北のヴァレリア湖に水源を頼っているので、そこから伸びる何本かある川あたりは人の手が入っているので、そういった辺りは個人的に土地を持っている者もいるらしい。
ちなみにソフィアさんが住む古城なんかは、そういった河川周辺の人々を守るために作られた軍事施設だったようだね。
「にしても、行動が早くないか?
まだ各国に話も通してないんだけど……」
「我が国に最初に話を通してくれた事には礼を言っておきたい。
早めに計画を知っていれば、色々と対処できるからな」
アーサーが格好良くニヤリと笑う。
「確かに、情報は早い方がいいしな。
一つアドバイスしておくと、駅近郊は地価が跳ね上がる傾向がある。
用地を広く確保して、国の所有にしておくと儲けが出るかもしれないよ」
「なるほど……」
アーサーは難しそうな顔をしつつ顎を撫でている。
色々と頭の中で取らぬ狸の皮算用をしているようだが、この場合ほぼ確実に取れる皮算用なので問題はない。
現実世界でも鉄道会社がそういう事をしているのは周知の事実だしね。
「うーむ。
少し考えるだけで様々な分野の商売に影響が出そうだぞ……
これは専門知識を持つ行政官を集めてチーム作りをした方が良さそうだ」
さすがアーサー・ゲーマルク副団長だ。
どこまで考えているか判らないが、彼なら大きな国益に繋げられそうな気配ですな。
「人とモノの流れに関する常識が大幅に変わると思うよ。
経済効果はとんでもない事になるだろうね。
専門チームの創設は当然だし、駅と駅との情報の共有手段、国家間の通商関連の取り決め、やることを考えるだけで少人数では無理な案件でしょ」
俺が苦笑すると、マッジス男爵もエムロー準男爵も頷いていた。
俺の思いつきだけで今回のプレゼンをしているが、俺と大使たちだけで済む話ではないのは間違いない。
国王陛下の裁可は必須だ。
コアな部分は俺が考えるとしても、国家事業になるだろうし早々に国王陛下に話を通しておいた方がいいかもしれない。
「一度に全部決めるのは危険だし、今後何回も話し合って決めてから行動した方がいいかも」
「それはそうだが、用地買収は進めておくぞ?」
俺は頷く。
土地は無いと困るが、計画を進める事が決まっているなら買っておいて損はない。
外に話が漏れ出す前に買っておいた方が金が掛からなくて済むしね。
地球では、こんな手法で仕事を進めたら色々と法律に引っ掛かりそうだけど、こっちなら問題ないよね?
そういう取引を違法にする法律ないだろうしな……
俺はルクセイドの正確な地図を出してもらい、線路を引く場所と駅を置く場所に印を付けていく。
「ここにトンネルを掘ってウェスデルフに繋がるようにしよう」
「ウェスデリア大トンネルの北側だな?」
「ええ。
ここからウェスデルフの首都に繋がって、シュベリエ、トリエンって感じに繋がるように作ればいいかと」
最悪リカルド国王の裁可がなくても自前の権限だけでどうにかなる計画で話を進めておく。
まあ、裁可が降りないなんて事はないとは思うけど。
なんならミンスター公爵のドラケンも巻き込んだらどうだろう?
あそこをターミナルにして東西南北にレールを敷く。
北は王都、東はモーリシャスに繋がるようにすれば大貴族は抑えられそうだな。
となると国王にいきなり持ち込むよりも、ミンスター公爵、ハッセルフ侯爵に話を持ちかけるのが利口なやり方かも。
「まあ、これから長い時間掛かる計画だし、慌てず、じっくり腰を据えて取り掛かるとしますか」
「ああ、それが良いな。
もっと簡単に話し合える方法があればいいんだが……」
「その辺りも考えておくとしますかね」
俺がニヤリと笑うと、アーサーは何かを察して「何か方法を持ってるんだな……」と呟いた。
ギルドの会議用の魔導具……アレがあれば問題ない。
シャーリーが作り出したギルド用の最重要機密魔導具だ。
確かレリオン支部にはまだ導入されてないんだよな……
早めに導入させてアーサーに見せた方が早い気がするが機密なんだよなぁ。
念話:神界を使った方が早いかもしれんけど、そうそう神の御業を使えないからね?
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