第31章 ── 第43話

「クサナギ辺境伯殿がいらしてるのは本当か!?」


 廊下の方から大きな声が聞こえてきた。

 チラリとアーサーを見ると眉間に皺を寄せながら目を瞑っていた。


「あのクソ団長、お客が来ているというのに……」

「まあまあ、団長というのは第一に武力が大事だし、身体を鍛えるのが仕事みたいなもんだよ。

 必然的に礼儀作法、教養は……」


 ハイ、脳筋の出来上がりです。


 俺は苦笑しつつ俺的脳筋理論を展開してみる。

 アーサーは大きく「ハァ」と一つ溜息を付いてから立ち上がって応接室を出ていった。

 そして少し離れたところで「ゴッ!」と大きくも鈍い音がしてから直ぐに応接室へ入ってくる。

 その後ろには頭を自分で撫でながら涙目のケストレルを連れていた。


 相変わらず副団長は団長に容赦がないな……

 それを普通に許している団長も相当懐が深いんだと思うが、アーサーほどの俊英を手放すワケもないしな。


「やあ! 辺境伯殿!! 久しいな!!」

「ジークフリート・ケストレル団長閣下も、ご壮健でなにより」


 俺と団長はガッチリと握手を交わした。


 ソファに座り直し「もうアーサーに聞かれたと思うが、私にも是非用向きを聞かせていただきたい」


 何を期待しているのか、団長は何故か目を輝かせている。


「あ、いや。

 今日は近くに来たのでご挨拶……」

「そう言うな! 何か面白い話を隠している顔だぞ!?」

「面白い?」


 最近の事で面白いってのは何かあったか?


「そういえば、フソウと街道が繋がるような話を聞いたんだけど……」

「ああ、その話か。

 それはもう旬を通り越している。

 あそこと戦にでもなろうものなら、それはそれで面白い話だが……

 あの国はそんな素振りも見せてこなかった」


 団長は「ツマランツマラン」と手をピラピラさせた。


「でも、フソウと国交が正常化したなら街道が西と東、南と北でグルっと一周繋がる事になるんだなぁ……」

「なん……だと……?」


 団長が副団長に目を向けると。副団長は聞いてないと仕草で伝えている。


「その話を少々聞かせて頂けますかな……?」


 作り笑いの団長が俺に突然そんな口調で聞いてきた。


「あー、大陸北側で幾つか事件があったんですよ」

「法国が貴殿の国に喧嘩を吹っかけて滅んだのは聞いている」

「いや、それじゃないヤツ。

 砂漠の国が内戦で滅びそうだったんだけど、神の介入で新しい国が興った……」

「「か、神が!?」」


 二人が身を乗り出すように顔を突き出してくるが、俺は構わず話を進める。


「んで、隣国のラムノーク民主国がそれを知らずに攻め込んだ」

「バカなことを……」


 団長が手のひらで目を覆う。


「その通りで、神の軍隊が動いたよ」

「マジか……」


 副団長は宙を仰ぎ見た。


 まあ、この世界の人間としては当然の反応。

 神々が実在する世界で神々に弓を引く行為が何を意味しているのか十分に理解しているのだ。


 ただここ何百年、何千年と神の降臨がなかったのだ。

 神への畏れが小さくなっていたのは間違いない。


 それでも俺が転生してきてから、降臨やら顕現やら神々絡みの事象が増えているのは事実だろう。

 俺と知り合った事で副団長や団長が、それを肌で感じて危機感を持った可能性は否定できない。


 西隣では伝説の古代竜の名の下に国が興ってるしな。


「で、辺境伯殿はそれに噛んでいるワケか」


 アーサーの言葉に俺は「ん? なんで知ってるんだ?」とつい口走ってしまった。


「やはりかー……」


 アーサーはガクリと項垂れた。


「あ、カマ掛けられた?」

「当然だ。

 お前さん、あの赤竜とも知り合いだったろ」


 赤竜? ああ、グランドーラの事か。


「それは俺じゃなくて、こっち」


 無遠慮に菓子を両手にご満悦なマリスを親指で示す。


「え? マリス殿が?」


 二人共不思議そうな顔でマリスを見つめている。


「あれ? 話してなかったっけ?

 マリスは古代竜の末裔だぞ。

 ニーズヘッグ氏族だっけ?」


「そうじゃ。ニーズヘッグ氏族、ニルズへルグの末になるのう」


 口に菓子がまだ入っているというのにしゃべるから、ちょっとモゴモゴ下感じでマリスは相槌を打つ。


「口に物を入れたまま喋らない。

 行儀悪いぞ」


 ポンとマリスの頭を叩くと、彼女はヘラッと笑う。

 ついでに口の周りの菓子のカスを拭いてとってやった。


「お母さんか」

「お母さんだな」

「はい、ケントさんは皆のお母さんです」


 アナベル、何でそこで相槌打ってんだ。


 などとコントをしていると、バーンと応接室の扉が勢いよく開いた。


「ケント様がいらっしゃってるのはここね!!」


 何やら鎧姿の美少女がそこにはいた。


「ど、ど、ど、どちら様?」


 俺はビックリしてつい問いただしてしまった。

 その声に反応して、美少女が凄い勢いで突進してきてそのまま俺に飛びついてきた。


「ケント様!!」


 鎧来た娘に飛びつかれたら普通の人は大怪我か死にます。

 俺は腰を浮かして足を踏ん張り、大質量の慣性力を受け止める。


 俺じゃなかったら危ないところだぞ。

 この美少女は……


「セリス嬢か……

 そういうのは危ないからやめなさい!

 女の子なんだからお淑やかに!」


 美少女は、「あはは」と元気に笑いながら身を起こした。


「カルネ伯爵の娘セリスでございます。

 お久しぶりにお会いできて光栄に存じます。

 ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯様」


 さっと身を正して、ルクセイド式の淑女なお辞儀を見せてくるセリス嬢。

 ベッドの上でワガママを言っていた頃に比べてかなり大人びて来ていた。


 そりゃあれから何年も経ってるし、大人になるよなぁ……

 随分と美しくなられたものだ。


「これはご丁寧に。

 大きくなったね、セリス嬢ちゃん」

「ケント様のお陰でございます」


 ニッコリと笑うセリスにマリスがジト目で視線を向けている。


「セリス、まだいくらも経っておらぬのにもうそれほど背が伸びたのかや?」

「マリスちゃんは、以前会った時のままね」


 セリスが両手を腰に当てて勝ち誇ったようにふんぞり返った。


 えーと、セリスは知り合った頃に既に一四歳だったっけ?

 今は……一七~~一八くらいだよな?


 見た目は一五歳くらい。

 まあ、あの時に比べればかなり伸びているが、まだまだ年相応とは言えない幼い容姿に見える。


 それがコンプレックスになっていて、ああいう態度に出ているのかもしれないな。


「お主もまだガキンチョじゃろが。

 我はいつでも大人になれるのじゃぞ!」

「おほほほ、以前のお会いした頃の私と今の貴女、背格好は変わりませんでしょう?」

「何おぅ!」


 やはりコントが始まったのだが、セリスさん元気になりすぎですよ。

 二人のやり取りを首を凄い勢いで左右に振りながら眺めて、脂汗を流す屈強な騎士二人の様子が対照的で面白い。


「まあまあ、二人とも。

 少しは静かにしなさい。

 団長と副団長の前ですよ」


 俺がそう言うとセリスとマリスの動きは止まった。

 セリスはペロッと舌を出し、マリスは「フン」と言いながらそっぽを向いた。


「ね? お母さんでしょう?」


 アナベルが顔面蒼白の二人に太陽のようなニコニコ笑顔で言い放った。


「誰がお母さんやねん」


 俺はアナベルにビシッとツッコミのポーズをしておく。


 コントや漫才のお約束ですもん。

 これやっとかないとな。


 一連の流れに団長と副団長の腹筋が崩壊した。

 しばらく応接室に爆笑する二人の声が木霊する。


 ヒーヒー言う二人にセリス嬢はポカーンとしていたが、マリスは「どんなもんだい」という得意げな顔をしてソファに座り直している。


 マリスさん、最近笑いのツボを抑えるのが上手くなってませんか。

 トリシアの影響か?

 ここぞと狙ってボケを始められるマリスの才能に少し嫉妬しつつ、俺はセリス嬢にもソファに座ってもらった。


「セリスさん、改めて久しぶり。

 最近、剣を習い始めたって?」

「ええ、騎士様たちの訓練に参加させていただいてます。

 私、筋が良いそうでして。

 ケント様にお見せしたいです」


 ポッと頬を赤らめる様は、まるで恋する乙女を彷彿とさせますね。

 美少女のインパクトは凄い。


「そういえばカルネじゃなくてこっちに今は住んでるんだね?」

「はい。王都の学園に通う事になりましたので」


 グリフォニアには学校があるのだそうだ。

 封建主義的な国の多いティエルローゼでは珍しく、彼女みたいな貴族の子弟のみならず、平民たちにも門戸は開かれているという。


 まあ、この国の貴族や王族は権威が失墜したまま数百年経ってますからね。

 実力主義でいいと思います。


 貴族である彼女も一般教養や専門知識を学ぶ為に去年からこっちに来ているのだとか。

 で、暇な時に騎士団本部の訓練所に顔を出していると。


「あら? 大使様、いらっしゃったんですね?」

「はい……あまりのやり取りに言葉を失っておりました」


 相変わらず汗を拭いている男爵に、セリス嬢はやさしく微笑む。


「こういった雰囲気が冒険者なのですよ。

 私も早く学園を卒業してレリオンに参りたいのですけども」


 いや、冒険者というか漫才的な気がするのですが。


 セリス嬢に何か勘違いさせるような事を以前したか考えたが、全く身に覚えがない。

 まあ、ノリ・ツッコミは嫌いじゃないから良いけどね。


 そして俺は唐突に団長と副団長へと話を戻した。


「そうそう。

 以前から考えてたんだけど、街道沿いに列車を走らせてみない?」


 突然話を振られて、鳩が豆鉄砲をくらったような表情になる二人。


「れっしゃ……とは?」


 アーサーが目を輝かせる。


「輸送インフラの一つだね。

 本来、大陸では、大規模輸送という概念はないよね?」

「大規模……隊商キャラバンは組織してるが?」

「ああ、大陸ではその規模で大規模だよねぇ……

 列車ってのは、巨大な貨車でね。決められた道をそれの一〇倍二〇倍という規模で物を運べる物なんだよ」

「規模が?」


 ケストレル団長も半信半疑という感じだ。


 ルクセイドは山脈やら獣人の森に阻まれて、大規模輸送といえば荷馬車による隊商や海上輸送くらいしかない。

 バルネットとの貿易はそれほど盛んではないので、こういう話を想像するのは難しいのかもしれない。


 大陸の東と西を輸送インフラでつなぐなら列車を使うのがいいだろうし、今のうちにルクセイドと話をつけて用地確保に走ると楽そうだよね。

 この国で了承貰えれば、面白いように計画が進みそうな気がします。


 では、唐突ですけどプレゼンを始めましょうか。

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