第31章 ── 第42話
大使館の馬車を出してもらい、マッジス男爵、エムロー準男爵を引き連れてグリフォン騎士団本部へと向かう。
それほど大きい馬車ではないので、五人も乗ると馬車の中はかなり狭い。
仕方がないのでマリスを膝の上で俺が抱える事になった。
いつもの事なので俺にしろアナベルにしろ気づかなかったが、男爵と準男爵が俺の性癖を誤解したようだ。
言っておくが俺はドヴァルス侯爵のようなロリコンじゃねぇぞ?
二人からの生温かい視線を受けて「マリスは重いからアナベルだと大変だから俺が抱えてるんだよ?」と言ってみたんだが、マリスが下から顎に向けて頭突きをして来たよ。
「我が重いのは鎧の所為じゃ!」
「アダマンチウム製ですもんね!」
アナベルはマリスの言葉にウンウンと頷いた。
「アダマンチウム……ですと……?」
男爵たちの顔が驚きを通り越してポカーンという感じに呆ける。
「ああ、アダマンチウムは知ってるよね?
ミスリルよりも高級な魔法金属だよ。
今、ウチの領地にはドワーフ最高峰の職人が常駐しているからね。
そのドワーフがインゴットを作っているんだ」
マリスの鎧を作ったアダマンチウムのインゴットは、ティエルローゼ製ではないけど、ここで言う必要もない。
「トリエンではアダマンチウムの製造を成功させたのですか!?」
やっとマッジス男爵が驚いた声を上げた。
「いや、本来はファルエンケールなんだけど……
アダマンチウム製造の技術を持った一族の長がウチの工房に入り浸ってるんでね」
「マストールが作る分は、ケントのところに貯蔵されるからのう。
一般に出回るのはファルエンケールの商人からじゃろう?」
「カスティエルさんでしたっけ?
私はあまりお会いしたことがありませんけど……
神殿の武具をアダマンチウム製で揃えてみたいんですけど、安く手に入りませんかね?」
アダマンチウム製の武具ってだけで市場価格がどれだけのモノになるのかは興味があるな。
「そういえば、マッジス男爵は元々商売に詳しいとか。
アダマンチウム製の
マッジスは突然の質問に汗を拭きながら思案しているようだ。
「そ、そうですね……品質にもよりますが……ミスリル製の
これは材料の金額だけでこの値段と考えて頂ければ良いかと。
この金額に製品の品質、意匠などの金額が上乗せされます。
ミスリル製品が無銘という事はありませんので、最低でも金貨五〇〇枚。
世界最高品質と謳われるマストール翁の作であれば……金貨五〇〇〇枚を最安値として天井知らずでしょうか」
マストールってそんなに凄いのか。
ドワーフは腕が良いヤツに尊敬が集まるからな。
流石はドワーフ王族の血筋だな。
「ですので、伝説の魔法金属アダマンチウム製になりますと金貨で一〇〇〇〇枚ほどになりますか。
閣下の護衛官マリストリア様が着用なされているそちらの鎧となりますと、最低でも金貨五〇〇〇〇枚、着こなしを拝見すると完全にマリストリア様専用に製造されていると推察しました。
であれば一〇〇〇〇〇枚あたりが妥当になります……」
「凄い金額が飛び出したのじゃ!」
「そんなに高いんですねー!
じゃあ、この神官服も凄い金額になりますね!}
全部俺が作ってるし、元々ドーンヴァースで手に入れたアダマンチウム・インゴットだから、タダ同然なんだけどね。
ドーンヴァースに接続できる工房のシステムがある以上、インゴット転がしだけで金には困らんウハウハ状態になるな。
市場価格が暴落するからする気はないけどね。
「辺境伯閣下の率いるパーティは、全員がオリハルコン・ランクだと伺っています。
流石にそのランクになると、お使いの武具も一流なのですね。
是非、出入りの商人たちをご紹介頂きたいところです」
エムロー準男爵がメガネをクイッと上げ、レンズの向こう側に鋭い眼光が見える。
「ウチの魔法工房製だよ。
商人から仕入れているワケじゃないよ」
「伝説のブリストルの遺産ですか!」
ハッと気づいたようにエムローは息を呑んだ。
彼は魔法道具文明時代の事を知っているようだ・
マルエスト侯爵と気が合うんじゃないか?
「そう、それだね。
噂くらいは聞いているかもしれないけど、ウチの工房は製造施設、鍛冶施設、研究施設などが揃っているからね。
さっき言ったドワーフの氏族の長に頼めば普通に作ってもらえるんだよ」
エムロー準男爵は「なんと羨ましい」とボソリと聞こえないくらいの声を漏らした。
拝領した領地に偶然そんな伝説的な工房があったってだけだからなぁ。
「貴殿、その言葉は相当失敬じゃぞ。
ケントが運良く手に入れたとでも言うつもりかや?」
抱えているマリスが静かにそう言い放った。
口調は静かだったが、マリスからは異様な圧力が発し始めている。
「ええ、マリスちゃんの言う通りです。
ケントさんが、どれだけ苦労したか知らないから言える事ですものね」
隣に座るアナベルまでが「ゴゴゴ」と効果音を背負っていそうな雰囲気を漏らしていた。
「え……うぐ……」
エムロー準男爵が胸を押さえて顔を青くしはじめた。
「二人とも、そこまでだ!
それ以上したら準男爵が死んでしまうぞ!」
俺が二人を止めると、地上の重力を一〇倍に強めたような重い空気が一瞬で消え去った。
「くはっ……ハァハァ……」
「冗談じゃ」
「マリスちゃんの言う通り、冗談ですよ~」
冗談じゃねぇよ……
確実に威圧してたじゃねぇか。
エムロー準男爵が荒い息をしているのが証拠じゃん。
まあ、俺を侮られたのが許せなかったんだろうが、いつもニコニコしている二人だからギャップが凄い。
「失礼しました。エムローくんもまだまだ怖いもの知らずで……」
マッジス男爵は汗を拭きつつ俺たちに謝る。
自分に威圧が向いてなかったから冷静なのか判らないが、小心に見えて結構図太いところがある。
交渉の達人というのは伊達じゃないという事が。
「君も謝りなさい」
「し、失礼な事を口に致しました!
申し訳ございません!」
「小さい声だから相手に気づかないと思ったのだろうね。
でも、冒険者ってのは変なスキルを持っている事があるので、言葉には気をつけた方がいいかもね」
俺は苦笑しながら言ったが、冒険者で貴族やってるようなヤツは基本的にいないので、気を付けようがない気もする。
貴族は気の荒い冒険者に直接仕事を頼むような事もあるから、口には気をつけるに越したことはないのは本当だけど。
いや……
貴族に突然斬りかかるバカな冒険者は淘汰されるから大丈夫か?
しばらくして本部の入り口が見えてきた。
大使用の馬車で来たので門衛の騎士にすんなり通して貰えて、騎士団本部の入り口に到着した。
先触れがあったのか、副騎士団長のアーサーが本部の入り口に立っていた。
マッジスが先に馬車を折りると「これは大使殿、今日はどのような案件で参られたのかな?」とアーサーの取り繕ったような声が聞こえてきた。
それに応えるようにマッジスは「今日はクサナギ辺境伯閣下の付き添いでございまして……」と返している。
エムローが馬車を降りるのと同時に、アーサーが馬車の中に頭を突っ込んで視線に俺を捉えた。
「おお! 本当だ! クサナギ辺境伯殿!」
伸びてきた手に腕を掴まれて馬車の外に引っ張り出された。
「ぬわ!? 我もいるのじゃ! 気をつけてたも!!」
俺に抱えられたままのマリスが慌てて文句を言う。
「おお、マリス殿、申し訳ない。
後で謝罪の菓子を振る舞うので勘弁してくれ」
「菓子か。美味いヤツなら許すのじゃ」
「私には無いのです?」
食いしん坊どもめ。
マリスを地面に下ろし、アーサーと握手をする。
「ゲーマルク殿、久しぶり」
「ああ、久しぶりだな。
今日はハリス殿とトリシア殿はおられないのか?」
「今日は三人だけだよ」
アーサーは掴んでいる俺の手をさらに力を込めて握り返す。
「それで、辺境伯殿が来たという事は、条約に何か不備でもあったとか……」
不安そうな表情になるアーサーに「いやいや、久々に立ち寄ったので挨拶に伺っただけ」と俺は返した。
「そうか……
こんな所では話もできないな。
とりあえず入ってくれ」
アーサーは俺たちを促して本部に入っていく。
俺等も彼について入り口を潜る。
本部内部は以前来た時とさほど変わらない。
ただ、案内された先は団長室ではなくて、応接室だったが。
社交辞令的な挨拶は外で済ませたので、とっととソファに座りインベントリ・バッグからお土産の酒瓶を何本か出して渡した。
「世界樹の森の村で手に入れた土産だよ。
以前飲ませてもらったフェアリー・テイルだけど」
「おお! 助かる!
市場に出回るヤツは高いからな!
流石は俺の飲み友達だ!」
俺とアーサーのやり取りに駆け引きなどない。
その状況にマッジス男爵もエルロー準男爵も取り入る隙がないようで、黙って笑顔のままソファに座っていた。
「そういや聞いたけど、フソウが街道を通したいって?」
「そうなんだよ」
「何でまた?」
俺が聞き返すと、アーサーはソファに背中を預けて腕を組んだ。
「ケント、お前が原因だよ」
「俺が?」
「ああ。
最初フソウが何でルクセイドにそんな要請をして来たのか解らなかった。
他国への街道の設置など、戦争を有利にする設備でしかないもんだからな」
ルクセイドの主戦力はグリフォン騎士なので、街道など不必要だが、他国の兵士にとって歩きやすい道は非常に助かるインフラである。
「俺たちも最初は警戒したのだが、使節たちはちゃんと理由を話して要請してきたよ。
フソウからオーファンラントまで、街道を繋げたいとの事だったのさ」
どうやら、フソウ政府は俺の所属するオーファンラント王国と国交を結びたいという事で要請を打診してきたとか。
そう言えば国交樹立を目指す前段として使節団を送ったとかタケイさんが言ってた気がするな……
タケノツカからエンセランス自治領軽油でルクセイドに街道を繋げるなんて話もしてた気がしてきた。
「あー、思い出した」
俺は額にて手を当てて天井を仰ぎ見た。
「タケイさんがそんな事を言ってたわ」
「なんだよ、フソウの宰相どのに聞いてたのかよ」
「ごめん、すっかり忘れてたわ。
で、街道は出来たの?」
「許可は出したので、あっち側の職人共が街道整備に駆り出されているよ。
費用は全部あっち持ちだから、こっちの国庫が傷まないのが助かるな」
アーサーはクククと少し悪い顔で微笑む。
「フソウは今、トラリアの面倒を見てるから、そんな余裕ない気がするけどなぁ」
「何いってんだ?
持ち出しだとしても今はお前のいるオーファンラントと繋がる方が重要だと判断したんだろうが。
お前、自分の価値が解ってないのか?」
「俺にそんな価値があるワケないだろ。
冒険者あがりのただの地方領主だぞ?」
アーサーが外人特有のやれやれポーズを決め、それに頷くウチの大使たち。
おいおい……
持ち上げても何も出ないからな?
冒険者としてはレベル一〇〇にもなったしそれなりに価値はあるとは思うけど、貴族としては義務も果たさない新興貴族だ。
魔法道具の販売では確かに大儲けしているが、古参の貴族たちから遠巻きに見られる珍獣扱いだし。
「まあ、どうでもいいけど、フソウとルクセイドはそんなに仲が良いワケじゃなかったよな?」
「ああ、だが、お前を
「俺を
「お前、ほんとに自分の価値が解ってねぇなぁ……」
どうやら、俺という存在が、国と国との友好関係を結ぶ切っ掛けになったらしい。
まあ、そういう扱いなら悪い気はしないが。
冒険者としての活動が国同士の関係を改善させたのなら、それは誇ってもいいのかも。
フソウにしろルクセイドにしろ、どっちも軍事大国だからねぇ。
武力で衝突するような事になったら被害がパネェことになりかねない。
そういう血なまぐさい関係にならなかったのなら良かったね。
「ああ、そうだ。
ケントはルクセンドルフ殿のご息女を覚えているか?」
「ん? 誰だっけ?」
「カルネ伯爵、エルンネスト・ルクセンドルフ殿の娘だよ」
俺は記憶の中から名前を検索してみる。
カルネ伯爵?
城塞都市カルネの執政官だったっけ?
「ルクセンドルフって言うと……城塞都市の領主だったかな……」
「そう、それそれ。
その人の娘さんの事だよ」
「確か、トラウマで飯が食えなくなった子供だったな。
彼女がどうかしたのか?」
「今、グリフォニアの学校に通っている。
彼の娘はかなり有能に育っているんだが、冒険者になりたいと言っているらしくてなぁ……
お前の影響だとか聞いている」
「なん……だと……」
「父親も有能だし、娘も有能なら騎士団に欲しいと打診しているんだが、そう言って断られた。
今では『ケント様のような冒険者になる』と騎士団本部に剣術の稽古に来るほどだ」
セリス嬢だったっけ……
まさかそんな元気になっていようとは……
久々に来たルクセイドには驚かされますな。
それにしても俺に憧れてとか、はっきり言って照れますな。
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