第31章 ── 第41話
グリフォニアの町並みは以前来た時と変わりはないが獣人族が以前よりも若干増えている気がする。
「まず騎士団本部から向かうんでしょうか?」
「我はあそこはあまり好かんのじゃが……」
マリスはそうかもしれない。
前回はイーグル・ウィンドを乗り回した所為でマリスは騎士たちに大人気だったからねー。
ただ今回はイーグル・ウィンドが一緒じゃないし騎士たちに取り囲まれるような事はないと思うけど。
「それよりもオーファンラントの貴族としてはウチの国の大使館に挨拶に行くべきだろうな。
無視したと知られたら、何かと問題だし」
「そうじゃな。
場所は解るのかや?」
「解んねぇ……」
三〇分くらい彷徨ったが、どうにも判らないので通りすがりの衛士に聞いてようやく場所が判明。
マリスが攫われた時のホルトン家の屋敷が、現在オーファンラント大使館になっているらしい。
騎士団に接収された屋敷だが、大量に人が死んだ事故物件なので買い手も付かなかったらしいが、オーファンラントの大使が買い上げて大使館としたらしい。
なかなか度胸があるなと思ったが、瑕疵物件と知らずに買った可能性はある。
安かったんだろうし。
とは言っても地球とは違って幽霊とかそういうのは神殿に頼めば追い払ったり浄化することもできるので、事故物件もあまり怖く感じない。
都市内だと神殿もあるし、幽霊が生きていくのは難しいからなー。
マリスは自分が囚われていた場所だという記憶がないので平気な顔で大使館前まで普通についてきた。
アナベルはここを知っているので少々苦笑い状態。
大使館前まで来ると、オーファンラント兵の格好をした衛兵が二人歩哨に立っていた。
俺たちが近づいていくと、持っている槍を左右の兵士が交差させるように構える。
「ここはオーファンラント王国大使館である。
姓名、来館目的をお伺いしたい」
俺は衛兵の誰何に頷いて応えてやる。
「トリエン地方領主ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯だ。
今日は大使殿にご挨拶に伺った」
衛兵は顔を見合わせる。
「ご身分を証明頂けるものはお持ちでしょうか?」
俺はギルドカードを取り出して見せた。
衛兵は虹色のカードに刻まれている俺の名前を見て目を瞠る。
「失礼しました! お通り下さい!!」
衛兵は即座に槍を元の位置に戻してオーファンラント式の敬礼をする。
そして左側の兵士が門を開く。
「私がご案内致します! こちらへどうぞ!」
衛兵に連れられて大使館の中へ。
衛兵は、中に入ると近くを歩いていた召使いを呼び止め「ケント・クサナギ辺境伯閣下が大使閣下にご面会を求めております。お取次ぎを」と丁寧に告げた。
召使いは頷くと奥へと走っていく。
「こちらの部屋でお待ち下さい」
兵士に通された部屋は応接室のようだ。
ホルトン家が所有していた頃は、どこもかしこもキンキラキンだったが、今の内装は落ち着いた感じの上品な家具で揃えられている。
「以前より趣味が良いのです!」
「アナベルもそう思ったみたいだね」
「なんじゃ。ケントもアナベルもここに来たことがあるのかや?
我は初めてじゃぞ」
「いや、マリスも来た事あるよ。
ほら、マリスが攫われてたところがココだよ」
「なん……じゃと……?」
マリスは寝かされていて記憶になかったが、俺が教えてやるとあの時の悔しさを思い出したのか少し涙目になった。
「ここが元凶じゃったか……破壊して回りたくなるのう!」
「やめれ。
あの時はホルトン家の邸宅だったが、今はオーファンラントの大使館だ。
破壊なんかしたら怒られるぞ」
「クッ! 我慢してつかわすのじゃ……」
マリスは忌々しげに顔をプイッと背けつつソファに腰を下ろした。
俺もマリスの横に腰を下ろして頭をワシワシと撫でてやった。
マリスは不機嫌気味ではあったが「にへー」とすぐに笑顔になった。
アナベルはそんなマリスを見て嬉しげにニコニコした。
「マリスちゃんには笑顔が一番似合います!」
マリスを慰めていると、メイドが数人やってきてお茶やお茶菓子を置いて出ていった。
ありがたく頂いていると、慌てたように少し背の低い男と、背の高い眼鏡の男がノックをして入ってきた。
どちらも良い身なりなのを見ると大使とお付きだろうか。
「クサナギ辺境伯殿! お久しぶりでございます!」
小さい方の男が汗を拭き拭き対面のソファに座った。
「えーっと……」
「マッジス男爵でございます。まだ閣下が冒険者であった時に一度ご挨拶をさせて頂いた事がございます」
ああ、王様に招聘されて王城に行った時の園遊会か。
何人もの下級貴族たちに挨拶されたのでイマイチ定かではないけど、なんとなく顔に見覚えがある気がする。
俺は右手を出して記憶を探る。
「そういえば、お会いした気がします。
はっきり覚えていなくて申し訳ない……」
俺は彼よりも爵位が上だが、自分の発言がかなり失礼な物言いなので頭を下げる。
俺が手を離して頭を下げるとマッジス男爵は慌て始める。
「いえ、構いません! 頭をお挙げ下さい!」
俺はきっちり五秒ほど身動きをしないで頭を下げ続け、マッジス男爵をさらに慌てさせる。
流石にこれ以上は彼を困らせるので俺は体を起こしてソファに座った。
マッジス男爵はようやくホッとした顔になり俺と同じ様にソファに腰を下ろして汗を拭く。
「辺境伯閣下に頭を下げられては、私の立つ瀬がありません。
今後は謝罪は結構でございます」
顔は笑っているが目が笑っていないので、少し怒っているのかもしれない。
それにしても、男爵位で大使を仰せつかっているというのは、かなり有能な人物なのでは?
俺はマップ画面で彼の光点をクリックしてみる。
『シーガル・マッジス
レベル:五
元商人のオーファンラント貴族。爵位は男爵。
非常に高い交渉技術を持っていた為、一代限りだが男爵に叙爵された俊英である。
現在は全権大使としてルクセイド領王国へと赴任中』
なるほど、交渉術が高いのか。
パッと見は小心の小男風だが、人は見かけによらないというからな。
「了解した。
もう貴方を困らせませんよ」
俺は悪戯小僧のようにニヤリと笑う。
「して、辺境伯閣下。
グリフォニアにはどのような御用で……?
閣下はジョイス商会と取引がおありと聞いておりますが、その関係でしょうか?」
「いや、ちょっと以前立ち寄った所を回っているだけでして。
確かルクセイドに大使館が出来たと聞いていたのでご挨拶に伺った次第です」
「私どもにわざわざご挨拶頂けるとは……
恐悦至極にございます」
マッジス男爵は恐縮しながらペコペコする。
少し卑屈に見えるが、彼の交渉術の一環なのかもしれない。
「そういえば、こちらの方は?」
俺は彼の隣に既に座っているメガネの男の紹介を男爵に促した。
彼や俺の許しもなく既に座っているところがアレですが。
「ああ、こちらは私の補佐をしてもらっているエムロー準男爵でございます。
彼は事務能力が優れておりまして、閣下との会合にて何かあれば記録に残さねばなりませんので同席させております」
「オーラム・エムロー準男爵と申します。
辺境伯閣下にお会いできて光栄に存じます」
エムロー準男爵の当たり障りのない挨拶に、俺は右手を差し出して握手をしておく。
有能そうなメガネイケメンって見た目なので、予想通りに有能なんだろうが……
性格に難があるのかな?
「男爵殿、最近のルクセイド情勢とか教えて頂けますかね?
これから騎士団本部にも顔を出したいのですが、何の情報もないのも何かなぁと思うんで……」
「団長閣下と会談されるのですか。
私も同席させて頂きましょうか?」
彼は全権大使なのでオーファンラントの顔としてここにいる。
俺が勝手に外交してしまっては問題が起こるだろう。
「何か外交上問題になりそうな議題があるワケでもないんですが、男爵に来てもらうのが順当でしょうね。
お願いできますか?」
同行させなかったら彼の面目は丸つぶれになるので、同行してもらうことにする。
「承知致しました」
マッジス男爵は恭しく頭を下げる。
「それでは、現在のルクセイドの情勢ですが……」
ここから一時間ほど、ルクセイド情勢についてレクチャーをしてもらう。
ルクセイド領王国は、基本的に他国と積極的に外交を展開していない閉ざされた国だった。
そこに俺たちのパーティが立ち寄った事を切っ掛けにして、外の国への関心が高まった。
さらに、西の国境の向こう側に古代竜が治める獣人たちの国が出来た事で、ルクセイドの安保体制が見直される事になった。
騎士団は、早急に俺が所属するオーファンラントとの軍事同盟を締結する事を急務と考えたようで、アーサー・ゲーマルクを代表とした使節団をオーファンラントに派遣した。
そんな折にオーファンラントは真紅の古代竜に保護された国になったと使節団は知る。
オーファンラントとの関係を深めることがより急務になったのである。
使節団はなんとか軍事同盟と通商条約を無事に締結し帰国した。
この時、マッジス男爵は大使としてルクセイドの使節団と共にグリフォニアに赴任してきたらしい。
ルクセイドはグリフォン騎士団を中心とした軍事国家ではあるが、西側の獣人国家に警戒はしているものの、地域紛争などの揉め事は起こしていないとか。
ま、ルクセイドはかなり温厚な国って印象なので国民を疲弊させる戦争とかは安易に起こさないと俺も信じている。
ここまでの情報は俺もある程度知っている情報だったのだが、最近新しい問題が起きたと男爵が言う。
「フソウが?」
「はい。街道をルクセイドに繋げたいと要請を送ってきたそうでございます」
「フソウは今までルクセイドと街道を繋げるような事をしようとしなかったはずだけど……」
ルクセイド領王国は積極的ではないにしろバルネット魔導王国と国交がある国である。
比べてフソウ竜王国はバルネットを潜在的な敵性国家だと見ている。
それを理由に今までルクセイドとフソウの間には国交がなかったと聞いている。
今にしてフソウがルクセイドに街道を繋げる要請をしてくるというのは、フソウがルクセイドを攻める気があると思われてもおかしくない行動なのである。
「その要請にルクセイドはどう応えたんです?」
「騎士団からの発表によりますと、フソウの要請を前向きに検討するとのことです」
「マジで?」
「マジですな」
という事はフソウは戦争をするつもりは全く無いとルクセイドに信じさせる事に成功したという事だ。
バルネットを通さずにルクセイドと交渉を持つって事の意味を考えると、彼の国は面白く思わない気がするんだが、そんな危険を犯してまで国交を持つ意味はなんだろうか?
これはゲーマルクやケストレル団長から直接話を伺う必要がありそうですね。
どんな話が飛び出すのか、俺としては興味津々です。
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