第31章 ── 第40話

 アルハランのメンバーと共に、中庭からギルドの中に移動する。


 レリオンの冒険者ギルドはまだ出来たばかりであるが、受付には二人も受付嬢がいて、他の職員も数人働いていてギルドとしての体裁はしっかり整っているようだ。


 現在の登録冒険者数は訓練生も含めて五〇人ほどだという。

 

 徐々に掲示板に貼るクエスト依頼も増えてきてはいるが、迷宮を抱える都市のギルドにしてはまだまだ小規模だ。

 だが、サブリナ女史をギルドマスターとして、上手く運営できているようである。

 指導五家の内、二つの家が支援者としてスポンサー契約をしているし、街の衛士団と訓練契約をしているそうで、そっちからも金が入ってくるそうだ。


 だとしても、ギルドの主力選手にアルハランの風が在籍しているのは大きい影響力を冒険者全体に与えている。


 大陸東方的な冒険者ギルド制度には様々な義務が発生するため、一歩間違えれば無法者と変わらない従来の冒険者たちは加入に二の足を踏んでいるとか。


 ただ、若い冒険者世代における加入の垣根はそれほど高くない。

 このギルドにはそんな若手冒険者が二〇人ほどいるようだ。


 ギルドには義務ばかりではなく、メリットもある。

 身分証として使えるギルド・カードを筆頭に、クエスト紹介制度、戦闘訓練依頼制度、装備等の貸与制度、メンバー紹介制度……

 そしてレリオン支部のみで行われている未帰還者の救助体制。


 これだけのメリットを提供される為、迷宮からの生還率が他の冒険者たちよりも高く、迷宮から様々な食事や素材、武具や魔法道具を持ち帰ってくるようになったとか。


 その所為で加入者が増えつつあるそうだ。


 そんなことを嬉しげにジンネマンが教えてくれた。


「上手くいっているみたいだねぇ。

 君たちのお陰だな」

「ギルド・マスターのお陰ですよ。

 彼女は腕以上に頭が回ります。

 お陰で我々も迷宮探索で結果を出せています」

「そうなんだ」


 聞いてみれば、現在ようやく一三階に到達したとか。


 みればジンネマンのレベルは四〇に到達しており、出会った頃のトリシア並には強くなっていた。

 他のメンバーも四〇前後のようだ。


「随分強くなったみたいだね」

「頑張りました」


 誇らしげに笑うジンネマンたちは一皮むけたといった感じで、自信に満ちあふれている。


 応接室に通されるとすぐにサブリナ女史がやってきた。


「冒険者ケント! お久しぶりですね!」


 久々にあったサブリナ女史は、俺の手を両の手で取りブンブンと上下に動かした。


「サブリナさんも元気そうで何よりです」


 サブリナさんは、俺の後ろをキョロキョロと見ながら、「トリ・エンティル様と、冒険者ハリスはいらっしゃらないのですね」と残念そうだ。


「なんじゃ、我とアナベルだけでは不満かや?」

「そんなわけありません、冒険者マリストリア。

 貴女に会えるのも嬉しいですよ」


 サブリナ女史はマリスをひょいと抱き上げて太陽のように笑う。


「子供扱いするでない」

「マリスちゃんは、ケントさん以外に抱っこされると怒るのです。

 気をつけないといけませんよ!」


 アナベルがケラケラ笑いながらサブリナ女史と握手をした。


「それで……

 今日はどのような御用で、我々はお顔を見せていただけたのでしょうか?」


 マリスをおろしたサブリナ女史が少し真面目な顔になった。


「いや、特に用事があったワケでもないんだよ。

 大陸の東西南北を冒険して回ったんで、関わった人たちのその後はどうなってるかなーと、訪ねて回ってる感じ?」

「レリオン支部も気にかけて頂いてありがたく存じます」


 サブリナ女史は深々と貴族っぽい丁寧なお辞儀をしてきた。


 俺がオーファンラントの貴族ってのもあるんだろうけど、敬意をもってのお辞儀ということだろう。


 サブリナ女史は、現在のレリオン支部の経営状態を俺に聞かせてくれる。

 先程ジンネマンから聞いた事とほぼ同じ内容だが、より詳しい情報もある。


 現在迷宮都市レリオンの指導五家の中にホルトン家は含まれておらず、冒険者ギルド・レリオン支部が代わりとして関わっているという。

 便宜上、「指導五家」と言われているが、「四家プラスワン」といった感じで運営されているそうだ。


 政治に関わるというよりも、迷宮を上手く運営する為に衛士隊との折衝など、都市防衛に関わる業務のアドバイザー的な立ち位置らしい。


 知剣の二つ名は伊達ではないようで、今ではヴォーリア衛士団長からの信も篤いとか。


「なるほど。

 それで、今何か困ってる事はありますか?」

「今ですか……

 そうですね……貸し出し用の武具が少し足りないくらいでしょうか」


 新人冒険者は、全員が全員、武器・防具を持って加入しに来るワケでもないし、迷宮で武器を無くしたり、防具を壊したりしてくる者も少ない。

 武器や防具は貸し出した先から壊れたり紛失したりするワケだ。


 よってレリオンの冒険者ギルドでは、鍛冶屋などから常時武具を仕入れているそうで、いつも足りてない感じらしい。


「なるほど。

 迷宮産の武具を買い取ったりは?」

「通常の物ならば買い取りもしますが、魔法の武具を買うほどの資金はありません」


 確かにプラス付きの武器や防具は通常の武具よりも少し強い程度なのに、値段は数倍とかするしなぁ。


「時間制限もありますしねぇ……」

「そうですね。

 そんな魔法の武具がこの世にあるなんて、この土地に来るまで知りませんでしたよ」


 サブリナの苦笑いに俺も笑うしか無い。

 神々の作った迷宮ではあるものの、宝箱に入れる武器を無限に用意するのは難しいから、時間が経つと迷宮に戻ってしまう仕様だからね。

 これはばかりは俺にもどうにも出来ない。


「あー、そうだ。

 鉄製の普通の武具なら渡せるけど、置いていこうか?」

「よろしいのですか?」


 俺は口元を手で隠しながらサブリナ女史の耳に口を寄せて、こっそり教える。


「帝国の軍隊と戦った時に接収した物資が実はまだ残っていてね……」

「四人で一五万の軍隊を追い散らした時の……!?」

「いや、一万五〇〇〇だよ……。

 何で一〇倍になってんの」


 そもそも、帝国に一五万もの軍隊を動かす力は当時なかったろが。

 尾ひれ付きすぎ。


「冗談です。

 ご提供頂けるのはありがたいのですが、金貨で二〇枚程度しかお支払い出来ません……」

「元手はタダだからいらないよ。

 新人育成資金に当ててよ」

「ありがとうございます。

 大変助かります」


 話しも終わり、支部の職員に武具を引き渡す。


 長剣ロング・ソード小剣ショート・ソード二〇本ずつ。

 短剣ダガーを五〇本。

 短弓ショート・ボウを一〇。

 その他、メイスやフレイルなどを一〇本、長槍ロング・スピア投げ槍ジャベリン二〇本などなど。


 バックラー、小盾スモール・シールド円盾ラウンド・シールド大盾タワー・シールド一〇枚ずつ。

 各種素材の鎧を一〇領ずつ。


 買おうとしたら相当な金額になる分量だけど、サイズの調整とか、帝国の紋章とかを消す処理を考えると、金を貰うワケにはいかないよね。


 それでも武具なのは変わりないので、有効活用してもらえるところに提供するのがいいだろう。



 用事も終えたので次の移動先に向かうために中庭に移動する。


 アルハランの面々が見送りに来てくれる。


「旦那、それから鉄壁の嬢ちゃん、また来てくださいよ」

「私は~?」


 戦士の言葉にアナベルがニコニコしながら拳を作った。


「もちろん、アナベルさんもですよ。

 屋台の串焼きを用意しておきます」


 ジンネマンがすかさず戦士をフォローしている。

 串焼きの約束にアナベルの機嫌は一瞬で良くなった。


 以前なら関わりもせずに放置だっただろうに、彼も色々変わったな。


「次はハリスさんも連れてきてくださいよ」

「いやいや、トリシアさんを忘れちゃいけねぇ」


 盗賊シーフの要望に双剣士ソード・ダンサー被せる。


「来る時は声を掛けるけど、彼らも忙しいからな……」


 俺が転移門ゲートを無詠唱で出現させると、魔法使いスペル・キャスターが「おお!!」と大喜びで銀色の水面に飛び込むような勢いで近づいていった。


「おい! 駄目だ!」


 魔法使いスペル・キャスターの首根っこを神官プリーストが掴んで引き戻す。

 魔法使いスペル・キャスターは「ぐぇ」とカエルみたいな声を出した。


「せ、せめて触らせてくれぇ……」


 その光景に「騒がしいヤツじゃな」とマリスが呆れつつ、転移門ゲートに潜る。

 アナベルも「それでは皆さんまた会いましょうね~」と手を降って潜っていった。


「それじゃ……」


 俺もお別れを言って転移門ゲートに入ろうとした。

 そこにサブリナ女史が走って中庭に来た。


「ケントさん! この書類を本部にお持ちください!」


 ハァハァと急いで走ってきたらしいサブリナ女史から書類の束を受け取る。


「ああ、承知しました。ハイヤヌスさんに渡しておきます」


 こんな機会でもないと、なかなか運営報告も送れないんだろう。

 手紙とか商人に託すのもタダじゃないからな。


 俺は見送りの人たちに手を降って転移門ゲートを潜った。


 転移門ゲートの先はルクセイドの首都グリフォニアの近くの街道付近にある平地である。


 二〇分も歩けばグリフォニアに到着する。


「アーサーに会いに行くのかや?」

「もちろん会うよ。

 ケストレル騎士団長にもね」


 少し歩いてグリフォニアの東門へと到着した。


「身分を証明するものはあるか」


 グリフォニアの衛士に誰何すいかされ、俺たちはギルド・カードを見せた。


「ん? 見慣れない色合いだな……」


 俺のギルド・カードを手に表の文字を読み、裏返して同じように目を通す衛士の顔色が青く変わる。


「ワ、ワイバーン・スレイヤー……?

 それに……デ、デーモン・スレイヤー……?」


 古代竜エンシェント・ドラゴンも倒した事あるけど、そういう大物の討伐はギルドには報告してないから、アルコーンの討伐のときのままなんだよね。


「偽造か……?」


 ギルド・カードの写真と俺をジロジロと交互に見ているところに、近くにいた衛士長らしき人物が近づいて来て、衛士の頭を殴った。


「バカモン。

 冒険者ギルドのカードは偽造できんと習わなかったのか!」


 衛士からギルド・カードをひったくった衛士長は、チラリとカードに目をやってから、丁寧に俺にカードを返してきた。


「失礼しました。

 ケント・クサナギ辺境伯閣下。

 通行して頂いて結構です」


 綺麗な敬礼を衛士長はして、他の衛士にも目配せをした。

 どうやらマリスとアナベルも通行OKらしい。


「どうも、ありがとう……

 ってか俺の事知ってたの?」


 俺は衛士長に聞いてみた。

「以前、閣下がいらしゃいました時、ホルトン家の屋敷の捜査に出ておりました。

 それ以外にも何度かお見かけする機会がありましたので」


 ああ、マリス誘拐事件の時に担当していた人なのか。

 それなら俺の顔と名前を知っていても不思議じゃないか。


「騎士団長と面会したいと思ってるんだけど、彼はいらっしゃるだろうか」

「視察などの話は聞いておりませんので、本部にいらっしゃるのではないでしょうか。

 私には判りかねますので、騎士団本部にご訪問頂きたく……」

「了解です」


 俺たちは衛士長に礼を言ってグリフォニアに入った。


 通行料とか一切取られなかったけど良いんだろうか?


 それにしても、グリフォニアでもギルド・カードを身分証として認識してくれているのは助かるね。

 まだ、レリオンにしか支部がないけど、グリフォニアにも出来たらいいなぁ。


 まあ、ギルドの有用性は、レリオン支部が証明しているだろうから、その内できるだろう。

 何年か掛かるかもしれんけどね。


 さてと、ここからは冒険者というよりも王国貴族としての振る舞いが必要ですね。

 ルクセイドはオーファンラントの同盟国だ。

 レリオンに顔を出した以上、ここにも挨拶くらいはしなければならない。

 もちろん、オーファンラントの大使館にも顔を出しておくべきだろう。


 本来なら何日も掛かるところだが、そこまで暇じゃないので軽く挨拶をする程度で許してもらおう。


 それにしても手土産に何を渡そうか……

 呑兵衛たちには酒がいいかな?

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