第31章 ── 幕間 ── 国王リカルド

 当初リカルドは少しガッカリした。

 今回辺境伯が持ってきたモノは、能力石ステータス・ストーンを誰でも使えるようにする魔導具だという。

 装置の名前を聞いた時、国王自身はそれほど凄いとは思わなかった。

 能力石ステータス・ストーンは金さえ積めば誰でも買えるものだったからだ。


 辺境伯が持ち込む魔法道具はいつもリカルドの予想を遥かに超える凄いモノばかりだったのだから、彼が期待外れに思うのも仕方がなかった。


 しかし、宰相のフンボルト侯爵の反応は予想以上だった。


「それほど凄いモノなのか?」


 リカルドの問いにフンボルトはコクリと頷いた。

 眉間にはいつもよりも深い皺が刻まれている。


 どうやら、今回の魔法道具は相当厄介なモノらしい。


「魔法道具の説明を続けてもよろしいでしょうか?」


 辺境伯に聞かれ、リカルドは頷くしか無い。


 そして、辺境伯の使い方、機能などを聞いてリカルドは内心頭を抱える事になった。


 確かに能力石ステータス・ストーンと同じ機能なのは間違いない。

 しかし、それを誰でも簡単に第三者の職業クラス能力アビリティ技能スキル称号タイトル、犯罪歴を強制に読み取り、紙に書き出すというものだった。


 それが何を意味するのか。

 リカルドは途中で気づいてしまった。


 確かに、これができれば、王城での警備体制は大きく改善される事になる。

 だが、これを魔法道具として量産できる事を辺境伯が持ってきた魔法道具の数から予測できた。


 確実に神殿勢力と衝突する事になる。


 先程も言ったように能力石ステータス・ストーンの販売は神殿勢力の専売事項である。

 神の力を使ったモノなので魔法では真似できないはずなのだ。


 それを魔法道具として開発できるとしたら、神殿勢力に睨まれることは間違いない。

 それだけならともかく、フンボルトの言葉通りなら神の御業を人の身で発動させる事になる。

 神が関わっていないのにだ。


 確かに辺境伯は幾柱かの神々に目をかけられているし、プレイヤーという特殊な存在ではある。

 だが、神の権能に対抗するような魔法道具を作り上げるとは……


 一通り説明を終え、例の魔法道具を四つ置いて辺境伯は城から出ていった。

 他に何件か寄るところがあるそうで、トリエンには数日後に帰る予定だそうだ。

 もちろん、この魔法道具は今後の許可なく量産しないように言い渡しておいたのは言うまでもない。


「ロゲール、どう思う?」

「城での運用が精一杯でしょう」

「うむ、余もそう思う。

 さすがに、神殿の司教らと事を構えるなど面倒でしかないからな」


 リカルドは他の国の事は知らないが、神殿から納められる税金が大いに国庫への助けになっている事は知っている。

 それだけ神殿家業の稼ぎが良いという事だ。


 能力石ステータス・ストーンの売買だけでなく、傷や病の治療を行う事で信者からのお布施も相当な収入になるのだろう。


 もちろん奇特な事に何の見返りも期待せずに寄進するやつも多いと思われる。

 神殿に寄進したところで神が何かしてくれるワケでもあるまいに。


 だが、辺境伯がリカルドの前に現れてからというもの、神々の実在が証明された。

 眼の前に降臨された時には肝を冷やしたものだ。

 あんな体験は二度としたくないとリカルドは思っている。


 考えてもみるがいい。

 自分たちが辺境伯に目を掛けているのは明白だし、その所為でセプティム侯爵は未だに神の影に怯えて過ごしているという。

 神に威圧されたというのに正気を保てているだけでも彼の精神的な強靭さは褒め称えられるべきものではある。


「辺境伯が作ったものだ、神が文句をいう事はなかろう。

 神殿らにはどう伝える?」

神官プリーストらは頻繁に登城します故、秘密には出来ますまい。

 まさか神職だけは身元検査をしないという例外を作るわけにもいきませんから」

「うむ。

 使い方はよくよく吟味しておくとしよう」


「魔法道具のことはこれくらいにして……」


 リカルドはそう言いながら、ソファ・テーブルの横に置かれた幾つかの大きな革袋を見た。、


「辺境伯が置いていったトリエンの上納金だが……」

「とんでもない金額ですな。

 ここ数年もかなりの額でしたが、今回はとんでもない金額のようです」


 フンボルトは、革袋の一つを「よっこらせ」と持ち上げて執務机の上まで持ってくる。


 机の上に下ろすとドシャリと非常に重そうな音がしている。


「全部白金貨のようだな……」


 革袋の紐を緩めて中を除くと白く光る白金貨が目に入る。


「一袋白金貨二万枚と申しておりました。

 全部で一〇万枚あるという事でしょう。

 数えるのに人手が入りますな」

「会計院総出でやれ」

「承知しています。

 しかし、一〇万枚とは……他の大都市の四年分はありますぞ。

 トリエンにこれほどの額を稼ぎ出せる伸び代があるとは思いませんでした」

「ロゲールの言わんとしている事も解るが、王都のバカな貴族どもには未だに辺境伯に譲渡するのは些か性急だったのではなどと言い出す者もいるからな。

 だが、辺境伯に譲渡したからこそ、これだけの税収があったと考える方がよっぽど建設的だぞ」


リカルドは袋の白金貨を一掴み取り出して執務机の上にジャラジャラと落とす。


「この金の殆どは魔法道具の製造と販売から捻出したものだ。

 農作物や職人が作ったモノを物納したのならば、これほどの白金貨は用意できまい。

 どうやって集めたのかは知らぬが、辺境伯の経済手腕は我が国最高だろうな」


 少し前まではモーリシャスが一番であったのだが、今では彼の都市国家ですらトリエンに追従の姿勢である。

 あそこに睨まれたら、我が国の経済圏からはじき出されるのと一緒だからな。


「確かに辺境伯殿の力は既に様々な方向へと伸びておりますし、お溢れに預かれぬモノからは反感を買っていますが」

「そこを我々が調整してやらねばならん。

 辺境伯は社交にも政治にも無頓着であるからな」

「確かに。

 では、例年通り、この半分は不平貴族どもとの折衝費用に使わせて頂く事で良いですね?」


 宰相にリカルドは頷く。


「バカ貴族を飼い続けるのも費用がかさむばかりだが、奴らには奴らの利用方法がある。

 ただの賑やかしに近いが、貴族を減らせば他国に隙を与えようからな」


 国に所属する貴族の数が、どの国においても軍事力と等しいと思われていたりする。


 貴族は戦争が起きれば兵を拠出する義務を持つ。

 領地がある貴族は領民を。

 領地を持たなければ貴族家の当主や子息を。

 それが出来なければ金を出さねばならない。


 だからこそ、貴族が多いということは兵力と金があると対外的に示すことになるのである。

 バカ貴族の有象無象も使いようって事なのだ。


 もっとも、それが真の軍事力かといえば違うことをリカルドたちは知った。


 五〇〇〇体のゴーレム兵を持つトリエンならば、国の一つや二つを灰燼に帰す事も余裕だろう。

 というか、一〇〇〇体のゴーレムとたった五人で世界最強の獣人国ウェスデルフ王国を屈服させたのを考えたら、世界を滅ぼせる可能性すらある。


 それだけの軍事力を個人所有している辺境伯が野心を持っていたらと警戒心を持つものもバカ貴族たちには多いということだ。

 なので、そういったバカ貴族にも金をばら撒き、それなりに軍備に金を使わせておくのが利口というものだろう。

 辺境伯に対して何か事を起こしたら潰す理由にもなるからな。


 あれほどの力を持っていながら、辺境伯は何の野心も持っていない。

 彼が王になれば大陸を一つの国に統一する事すらできるだろうに、そんな野心は微塵も感じさせない。

 それどころか、何か面白い魔法道具を作れば、真っ先にリカルドに献上しにくる。

 王としては得難い家臣だが、貴族には恐怖でしかないのだろう。


 それにしても、自分たちが下賜されている配給金が、辺境伯から出ている物だと知ったら、バカ貴族はどう思うのだろうか。


 リカルドは、いっそ秘密をぶち撒けたい気分になる。

 だが、こういった悪戯を考えるとよほど顔に出てしまっているのか、毎回「なにか悪巧みをしているようですな」と宰相に窘められてしまう。


 ちょっとした悪戯を想像しているだけなのに……

 幼少の頃よりずっと隣にいるからこそ、看破してくるのだろうとは思うが。


「よし、午後の予定だが王都内の各神殿の司教を全員呼び出せ。

 辺境伯の魔法道具に関しての説明を行う」

「承知致しました」

「この魔法道具の存在に反発をするようなら王都から追放すると脅してやるとしよう」

「ご随意に」


 このリカルドの強気な言葉は、神殿勢力が反発しようものならあの辺境伯と敵対することになると教えてやれば静かになるはずだ。

 軍神ウルドの大神殿は辺境伯を持ち出せば大人しくなるので、他の神殿も黙らせられるだろう。

 先の戦争で辺境伯が軍神ウルドを顕現させたのが効いている。


 人の身でとんでもないことをするのが辺境伯なのだ。

 恐ろしい存在ではあるのだが、彼の人柄は大変好ましいものである。

 リカルドは彼を自分の国に縛り付けておく為ならどんな努力も惜しむつもりはないのであった。



 その日の午後、リカルドとフンボルトは人物鑑定機の説明と実演を各神殿勢力の最高権力者たちにして見せた。

 神託の神官オラクル・プリーストがいない神殿の司教には不満顔をするモノもいたが、殆どの司教は何も言わなかった。


 ウルド大神殿の大司教に至っては、「さすがは辺境伯様でございますな」と褒めの言葉を発する始末であった。


 リカルドは幾分拍子抜けしたが、あの辺境伯の事だから既に裏から手を回していた可能性は否定できないと思い直して苦笑いするしかなかった。


 リカルドはその日の夜、ベッドに寝転んで一日の出来事を思い出す。


「辺境伯め、楽しませてくれる」


 つい辺境伯の顔を思い出してボソリと軽口を叩いてしまう。


「なにか言いましたか?」


 隣で既に横になっていた王妃が寝返りをうって聞いてきた。


「いや、何でも無い。

 もう休みなさい」


 王妃は少し不満そうな顔をしたが、また寝返りをうって背を向けてしまった。


 辺境伯はこれからも面白い事を引き起こしてくれるだろう。

 退屈な王様稼業に飽きが来ているリカルドは、それに期待せざるを得なかった。

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