第31章 ── 第38話
銀色の水面を通り抜けると、当主のイスマル・ラストルーデ準男爵と一家のものたち全員が慌てたように別邸の入り口から出てくるところだった。
「旦那様、お帰りなさいませ」
「ああ、突然来て申し訳ない」
「いえ、ここは旦那様の邸宅でございます。
いついらっしゃっても良いように整えておくのが我が一家の努めでございます」
そうはいっても、俺の名義の邸宅ではあるもののラストルーデ一家にとっては自宅だからなぁ。
邸宅の持ち主といえど、突然来て迷惑になることもある。
でも、イスマルが気持ちよく仕事できているなら、それはそれでいいか。
「これから登城をするつもりだ。
先触れをお願いしたいんだが」
「畏まりました。
長男を向かわせます」
イスマルが長男アーミスのへ顔を向け頷くと、目を伏せるようにお辞儀をしてアーミスは厩へと走っていった。
俺は別邸内の執務室へ向かい、先触れの口上を書いた書面を用意してイスマルに渡す。
「ご子息には、王城にてこれを読み上げるように指示を」
「はっ」
イスマルは執務室を出て厩へと向かう。
窓から用意の具合を確認すると、玄関前には既にアーミスは馬上におり今にも駆け出しそうな雰囲気だったが、玄関からイスマルが彼を呼ばれピタリと動きを止め父親を見ている。
彼の所作からだいぶ訓練を施されている事が窺える。
あれなら馬上戦闘をしても落馬する危険は少ないに違いない。
まだ一三~一四歳ってところだけど、将来は良い騎兵になれそうだねぇ。
アーミスが俺の書いたメモに目を通してから懐に突っ込んで、馬を出発させた。
これで王城に行ってもすぐに入れるだろう。
アーミスが出発して直ぐに今度は馬車が厩の方からやってきた。
御者台にはラストルーデ家の長女アマリア、両隣には次男のベルク、末娘のヘルヴァがキャッキャと嬉しげに笑いながらアマリアにしがみついている。
「お前たち、これから旦那様がお乗りになるのだ。
遊んでいてはいけないよ」
「解っているわ、お父様」
「ヘルヴァ、お手伝いしたー」
「ボクもしたよ!」
ラストルーデ家のほのぼのシーンを拝見。
貧乏子沢山のラストルーデ家は彼の子供だけでも六人、一族の子供もあつめると一六人もいる。
別邸には彼の一家だけが住んでいるが、彼の親族は王都の中町に家を借りて住んでいるので、親族が遊びに来ているとかなり賑やからしい。
イスマルには親族を別邸に呼び寄せて住まわせても良いと言ってあるんだが、彼は遠慮してか一族を呼ぶことがない。
別邸の地所はかなり広いので、四〇人くらいは余裕で暮らせるんだが……
執務室のソファに腰掛けて待っていると、イスマルが俺を呼びに来た。
「旦那様、馬車の準備が出来てございます」
「ああ、ありがとう」
俺はインベントリ・バッグから白金貨が一〇〇枚ほど入った袋を取り出してイスマルに渡す。
「今年の運営資金だ。
君たちの生活費もここから使うように」
イスマルは袋を脇に抱えつつ深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
かなり多いように思うかもしれないが、この屋敷の維持、俺の陣営の貴族たちの会合などで必要な金銭などを考えると、この程度の金額は一年で使い切るだろう。
陣営貴族が主催する茶会などもここでやるそうだからね。
そういう茶会は王都貴族と付き合いを維持するためには必須なのだ。
俺自身はあまり主催しないが、陣営貴族のメイナード子爵に他の派閥や無所属貴族との関係を維持するように頼んであるので、出費としては安いものだと思っている。
俺に繋がりたい貴族、俺の情報を手に入れたい派閥などが暗躍する茶会なんだろうと思うと参加する気にもならんけどな。
執務室から出て馬車に乗る。
御者台にはマリスとアナベルが乗った。
「出発じゃ!」
「はーい」
マリスの号令にアナベルが楽しげに返事をして馬を歩かせ始めた。
今日の馬車は普通の馬に曳かせているので号令が必要なのだ。
俺を載せた馬車は、ラストルーデ一家に見送られて別邸を出る。
窓から外の風景を眺める。
王城までおよそ三〇分。
俺の別邸は王城からもっとも離れた場所にあるので結構時間が掛かるのである。
お陰で貴族街なのに自然豊かで風光明媚な感じがしていて俺は気に入っている。
窓から他の貴族の大き目の邸宅がいくつか見えるが、以前来た頃と比べて随分と手入れがされている感じがする。
王国貴族にそれなりの金が回っているという事だろう。
王城からかなり離れているし、このあたりは子爵や男爵などの門閥ながらも下級貴族の邸宅が多いはずなので、彼らの生活が良くなっているとなると経済が上手く行っている言える証左だろう。
貴族が貧すれば碌なことをしないので良い傾向だと思う。
上級貴族に吸い上げられていた富が、下級貴族たちにも回り始めたって事だからね。
しばらくすると、大きめの屋敷が増えてくる。
そういえばこのあたりにドヴァルス侯爵の王都での邸宅があるんだったっけ。
さらに進むと王城を取り巻くように乱立する貴族の屋敷が目立ち始めた。
この辺りには中級貴族と呼ばれるが多い。
公侯伯子男の区分で考えると色々と間違えるので中級と言っている。
伯爵号であっても、上級、中級、下級と扱いが変わるので、最初から上中下で言っておいた方が楽だ。
俺は辺境伯なので下級だと思いたいのだが、どうやら上級格として扱われているらしく、侯爵号並として他の貴族には思われているそうだ。
まあ、俺は金だけは持ってるからな……
それが一番の理由なんだろうけど。
ようやく王城の正門が見えてきた。
城門前の近衛兵が整列している。
一番端っこにアーミスが馬を従えて待っている。
「どーうどうどう。
お疲れさまでーす」
アナベルが馬車を停め、近衛兵に挨拶している声が聞こえる。
馬車の扉がノックされて「失礼します!」という声が聞こえる。
窓を開けると近衛兵が見上げていた。
「クサナギ・デ・トリエン辺境伯閣下でございましょうか!」
「ああ、そうだ」
近衛兵は俺の顔を確認して、俺が本人だと判ったようで「お通りください!」と元気な声で許可を出す。
「ご苦労さま」
俺が労うと彼はビシッと綺麗に敬礼しつつ後ろに下がった。
見れば近衛兵全員が同じように敬礼していた。
相変わらず練度が高い。
オルドリン子爵が厳しい訓練を課しているんだろう。
王城の正面玄関で馬車を降り、マリスとアナベルを連れて王城の二階へと上がる。
メイドに謁見の間の近くにある控えの間に案内されて暫し待つと、先程案内してくれたメイドが迎えに来た。
「こちらにどうぞ」
メイドが先に立ち歩き始めたので俺たちはそれに続いた。
「謁見の間じゃないようじゃな?」
「そうですね。扉を通り過ぎましたし」
マリスとアナベルが不思議そうな顔をしている。
「この廊下を通るなら……多分王の執務室だよ」
「執務室じゃと、普通の貴族では入れぬ場所ではないのかや?」
「そうだね。
俺は何度か通してもらったけど」
マリスの言う通りで、それなりの重鎮や王の側近でなければ、中々王の執務室に入ることは出来ない。
王家の秘密やら軍事機密、秘密文書など、王国の色々が詰まっている部屋ですからな。
王に不利益をもたらすような人物は絶対に入れてもらえないのである。
「私たちも付いて行って良いんですか?」
天然のアナベルも少々不安を感じているようだ。
「良いんじゃないか?
大丈夫だよね?」
俺は先を歩くメイドに声を掛けた。
メイドは笑顔を崩さずに振り向いてコクリと頷いた。
「ほら、大丈夫みたいだよ」
「ほえー、なら安心ですー」
あのリカルド陛下がウチのメンバーを粗略に扱うことはない。
なにせウチのメンバーは一人々々がこの国最強の軍事力だからな。
廊下の突き当りの丁字路を左へ。
そこから三つ目の扉が王の執務室である。
扉の前に二人の近衛兵が歩哨として立っているので、王が執務室にいるという事である。
扉をメイドがノックした。
「クサナギ辺境伯閣下をお連れ致しました」
中から「入れ」と声が聞こえると同時にメイドが扉の前から退き、近衛兵が扉を開けてくれた。
「どうもありがとう」
俺はメイドと近衛にお礼を言いつつ執務室へと入る。
中には案の定、国王リカルドと宰相フンボルトが待ち構えていた。
「クサナギ辺境伯殿、今日は献上品を持ってきたと報告を受けたが……」
フンボルト閣下が威厳のあるバリトン・ボイスで問う。
リカルド陛下はワクワクしたような顔を俺に向けている。
「本日はお日柄も良く、陛下もご機嫌麗しく……」
「口上は良い。
早く見せてくれ!」
陛下よ……王の威厳が……
玩具をプレゼントされる前の子供みたいですよ……
「相変わらずの王じゃのう。
フンボルトが困り顔じゃぞ」
「ははは、マリストリア殿、申し訳ない。
いつも辺境伯はとんでもない贈り物をくれるのでな。
期待せずにはおれんのだ」
「解ります! ケントさんはいつも私たちの期待の斜め上をいきますから!」
マリスの軽口に、友達のように返す王様。
そしてアナベルがさらに気安く相槌をうつ……
「こらこら二人共、控えろよ。
王様の前だぞ」
「構わぬ。無礼講だ」
リカルド陛下は本当に気さくな王様だよ……全く。
「本日は、これをお持ち致しました。
王城の警備に役立つと思います」
俺は装置の一つを取り出してソファ・テーブルの上に置いた。
国王陛下は執務椅子が立ち上がるとソファ・テーブルまでやってくる。
「これは何だ?」
「人物鑑定機とでも申しましょうか」
「人物鑑定機?」
「
「な、何だと……!?」
国王陛下よりもフンボルト閣下が大きな声を上げた。
「ロゲール、それほどに凄いモノなのか?」
国王陛下は解っていないようだ。
「凄いというか……そんなモノを本当に作ったとすれば……神の御業です……」
その言葉に国王リカルドがマジマジとテーブルの上の装置を見た。
「また……型破りな代物を作った……そういう事だな?」
「左様で……」
二人はそう言って絶句している。
まあ、たしかに神力を使う必要もあるし、一般的な魔法道具ではないだろう。
だが、身分を詐称するような輩が王城に紛れ込むのを防ぐには、こういう装置は必須である。
「この魔法道具の説明を続けてもよろしいでしょうか?」
「う、うむ」
国王が頷いたのでこの魔法道具をしっかりと説明させて頂く事にする。
この装置の有用性は自明の理だし、絶対に喜んでもらえる一品なのは間違いない。
俺は自信満々で魔法道具の説明を始めた。
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