第31章 ── 第36話

 次の日、帰国前日のローゼン閣下とアルフォートは、トリエン土産を買いに町に出て行った。

 午後にはフィルが用意するレシピの贈与式を行うので、それまでにお土産を買い込んでおきたいらしい。


 今のトリエンは以前とは違い、様々な工芸品、農作物、芸術品が集まる最先端都市になってしまっていて、お土産に事欠くことはない。


 王都より最先端ってのは色々面倒が起きそうな感じだけど、リカルド陛下やミンスター公爵閣下がしっかり貴族たちの手綱を握っているみたいで、他の有力貴族からの不平不満は出ていない。

 領地もなく、商才もない貴族が不平を言ったところで何の脅威でもないけどね。


 現在のオーファンラント王国経済は既にトリエンを中心に回っていて、下手な横槍を入れると王国経済圏から爪弾きにされかねない状態になっている。

 周辺国家や地域の物流品が全てトリエンを経由して他所に流れるんだから当然であろう。

 ある意味、大陸東側の経済を牛耳ったとも言える。


 トリエンに対抗できそうなのは、北東にある貿易都市モーリシャス、帝国のアドリアーナあたりだろうか。

 交易は大抵の場合海路が重要になるので、港町を抱える都市は非常に強いね。


 トリエンには港がないので、どうしても規模が限られてしまう。

 大規模輸送インフラが欲しいが、これはまだまだ実現が難しい。

 色々な地方を繋げるワケですから、国だけでなく、領主や住民たちへの根回しが重要になる。


 それと人間の都合だけでコレをやると世界の理に触れかねない部分も出てくると俺は思っていて、そういった問題を解決できる目処が立ってからの事業になると思う。


 この世界における理についてはいつか説明してみたいが、長くなりそうだな……


 さて、俺は昨日の続き。

 装置を製品として設置、使用できるようにコンパクト化、筐体デザインを行う。

 既に頭の中にデザイン案はできているので、それほど時間は掛からない。


 筐体としてはアタッシュケース的なモノに詰め込んで持ち運びが出来るようにしたい。

 小さいと盗まれそうに感じるけど、使用後に安全な場所に保管するようなルールを作れば問題はないだろう。

 こういうのは運用する側の問題だからね。



 一時間ほどで筐体デザインを終え、全てのパーツが筐体内に収まるように調整してコンパクト化する。


 俺ってこういう小さいスペースに色々と詰め込む感じに何かワクワクするんだよねぇ。

 十徳ナイフとか、多機能シャーペンとか、何でもかんでも詰め込まれた感じが好きなの。

 何でだろ?


 午前中で製品版の目処が立った。

 俺ってやっぱり出来る男?


 昼食後、トリエン役場第二庁舎の大きめの会議室にて帝国の賓客たちとにてレシピ交換式。


 フィルが緊張しちゃってプルプル震えながらレシピを渡していた。

 ローゼン閣下からのレシピを見て、その震えも消し飛んでたけども。


 フィルはハーフエルフでただの人族より長寿なので抗老化ポーション自体は全く必要としてないんだが、やはり錬金術の新しいレシピには興味があるらしい。

 式後に早速ゲーリアと作ってみると意気込んでいた。


 ローゼン閣下も各上級ポーションのレシピを一目見ようとスクロールの紐を解きかけたんだけど「交換式会場で開けるのだけは止めてほしい」とアルフォートに懇願されて渋々従っていた。

 錬金術師って子供みたいなところがある人ばかりなの?



 式も終わり、ローゼン閣下たちと馬車で館に戻ります。


 馬車内で閣下がレシピを広げて「おお、なるほど!」とか「この素材は市場に出回りにくいですな……」とブツブツやりはじめたが、アルフォートも流石にもう止められないようで溜息まじりに放置となっている。


「閣下はマジで研究好きみたいだね」

「私が学園にいた頃から変わらない」


 俺が苦笑しているとアルフォートが同意する。


「で、アルフォートの方は最近どう?」

「王国と我が国の関係は申し分ない。

 従来の外交は他の外交官がやっているからね。

 私はトリエンとの貿易外交の方が主な仕事だから、もっぱらケントズゲートと王都を往復する日々を送っているよ」


 湿地帯の空き地に作った商業特区の中には、交易による行政手続きを円滑に行えるように両国合同の貿易管理局が設置されている。

 ここで王国と帝国間の輸出入手続きが行われているのである。

 王国からは主に食料品が送られ、帝国からは工芸品や酒類などが入ってくる。

 もちろん帝国内の川を利用して入ってくる海のニンフたちが持ち込む海鮮類もここに集まる。


 一応、海のニンフたちはアドリアーナの北側の河口付近で沼のニンフたちと荷物の受け渡しを行っているが、この取引には帝国の税金が掛かる規定になっていて、そういった税金の処理もケントズゲートで行われている。

 沼ニンフはウチの領民になるから税金はこちら持ちなんだよ。

 この税金は大した額でもないので、気持ちよく払わせてもらっている。


「帝国の食糧事情がかなり改善できたお陰で、帝国の人口が徐々に増えていると報告が上がったらしいよ」

「そりゃいいな。

 飢える民が減ったって事だしな」

「ああ、全部ケントのお陰だ。

 感謝に堪えない」

「戦争もなくなったし、無駄な支出も減らせただろう。

 こっちもカートンケイルの国軍駐留がなくなって宰相閣下がニンマリしてたからな」

「ケントの経済圏構想がしっかり根付いて来たと言えるな」

「こういったサプライチェーンを構築することで両国の利害関係を固められるからね。

 この繋がりを壊すと民の生活が破綻する事になる。

 暴君とか馬鹿な為政者が万が一生まれても、下手に手が出せない仕組みづくりって事だよ。

 国家が破綻するようなことはどんなバカでも普通はしないだろうしね?」


 一応、帝国の次期皇帝はアルコーンから救出されて、ようやく表に出られた為、色々と教育が足りてない部分があるようで、現在貴族の子弟が通う学園に通っているそうだ。

 アイゼンの隠し子なので、デミゴットになるんだと思うんだけど、そこまで神の因子は与えられていないと神界から報告を受けている。

 神界に迎え入れるつもりもないそうなので、アゼルバードのファーディアと違い神界とは無縁な生活を送れそうですな。

 それでも戦神の子だけに戦闘能力が結構高いんだそうだ。

 脳筋に育たないように注意してほしいです。



「アルフォートは皇太子と面識は?」

「もちろんある。

 本来、私の貴族位的にはお目見えが難しいのだが……」


 少し口ごもるアルフォートに俺は視線を向ける。


「何かあるのか?」

「私がここに来ている理由でもあるんだが、殿下はトリエン土産に目がないのだよ」

「トリエン土産?」

「絹織物といったか。

 今は、あれがお気に入りだ」


 アルフォートは肩を竦めて溜息を吐いた。


「ああ、もうそっちの貴族にも浸透しはじめたのか」

「我が国の貴族は今でもそれほど裕福ではない。

 何とか余裕が出始めた程度だ。

 なので皇太子の浪費は少し問題になっている」


 ふむ……

 ぶっちゃけ絹織物はまだまだトリエンにおいては金のなる木だ。

 値段を下げられるような仕組みも出来ていない。


 いかに帝国でも皇太子が満足できるような量を毎月仕入れるのは難しいだろう。


「その仕入れはアルフォートが取り仕切ってるの?」

「その通り。

 そんな理由で、私の屋敷にしょっちゅう皇太子殿下が訪問されてな……」


 最近伯爵位を授かった下級貴族出身のアルフォートには荷が重そうだな。

 彼の邸宅も伯爵位からすれば小さい過ぎる感じだったしなぁ……


「大変そうだな……

 シンジに言って、そっちに献上品として毎月送るように手配しておくかな」

「ケントは、あの店の主人と近しい間柄なのか!?」


 アルフォートはシンジの店に直接行って仕入れているって事か。


「ああ、彼も俺と同じところから来た人物だからな」

「同郷の伝手で店を出したって事なのか」

「というか、店主のシンジはトリシアの弟なんだよ」

「は?」


 アルフォートの頭の上に盛大にハテナ・マークが浮かんでいる幻視が見えますよ。


「トリシアの前世がな」


 何を言っているのかさっぱり解らない感じのアルフォートだが、少し目を瞑ってから「ケントが言うんだからそうなのだろう」と無理やり納得した。


「説明が難しいんで詳しくは話すつもりはないけどな」


 俺は苦笑するしかない。


「物事の本質は見える部分だけではないという事ですよ、ヒルデブラント伯爵」


 レシピを夢中で読んでいたはずのローゼン閣下がアルフォートに言葉を掛ける。


「と言いますと?」

「世界は次元の彼方に無数に存在すると先日申したでしょう。

 隣り合っている次元であれ、時間の流れは一定ではないと私は考察しました。

 トリ・エンティル殿はエルフであらせられるが、前世がそうとは限らないし、ティエルローゼに生を受けたとも言い切れない」

「異世界の人間がこの世界に転生する事もあると……?」


 ローゼン閣下はニヤリと笑って再びレシピに視線を落とした。


「仮説としては面白いですが、想像の域はでませんね……」


 とアルフォートは言ったが、俺のさっき言った言葉を思い出したのか、ハッとしてから俺の顔をまじまじと見た。


「トリ・エンティル殿の前世は異世界人なのか!?」

「まあ、そういう事だね。

 彼女の前世は俺の故郷と同じ場所なんだよ」

「そ、それはケントが異世界人だと言っているという事でいいのか……」

「ああ、俺は地球と呼ばれる世界から来たんだよ。

 俺に近しいヤツはもう全員知ってるからな。

 ローゼン閣下が異世界云々とか言い出したのは、俺の故郷を見に行ったからだよ。

 色々心配掛けてすまんかったけど」

「ケントの事で驚くのはもう止めようと思っていたのだが……

 中々そうもいかんようだ」


 アルフォートは呆れ顔で笑った。

 俺も釣られて笑った。


 そんな話をしている内に馬車は館に到着した。

 俺はローゼン閣下とアルフォートと別れて工房に移動し、デバイスの量産作業へ戻った。


 久々にアルフォートとも話せたので嬉しかったよ。

 明日には二人は帝国へ帰るし、俺が異世界人だってカミングアウトするいい機会だったと思う。

 彼だけ知らないってのも何か仲間はずれな感じだったしな。


 ま、俺が異世界人だとしてもアルフォートの態度は変わらなかった。

 普通なら得体が知れないヤツと思われても仕方がないところだからなぁ。

 ローゼン閣下の教育が良かったのか、彼の性格なのかは解らんけど。


 ただ、彼は俺の仲間の一人なのだ。

 俺にとってはそこが重要って事で。

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