第31章 ── 第35話

 実験成功。

 消費MPの調整やコンパクトに筐体に詰め込めるようにデザインしてから製品化の流れになる。


 今回の装置デバイスは、トリエンの人口増加問題、移民受け入れ問題の解決の為に急遽設計開発したのだが、これ自体はそれ以外にも非常に使えるモノといえる。


 多分、他の都市だけでなく、世界中の国家が欲しがるモノになるだろう。

 なにせ、人の人品を能力石ステータス・ストーン無しでMPさえあれば誰でも鑑定できる代物なのだ。


 ステータス、レベル、スキルはもちろんの事、称号、冒険者ランク、犯罪歴まで包み隠さずプリントアウトできるのだ。

 行政やら為政者が欲しがるのは間違いないだろう。


 これもトリエンの財源となればいいと思ったが、まずはリカルド陛下に一台献上するところから始めなければならないだろう。

 そうなれば、国家機密の魔法道具として指定される気がしてならない。

 注文があったとしても、国軍が管理する要塞、重要度の高い国境警備隊などの限られた場所になる気がする。


 もちろん、有力貴族の領地にある大都市などにも設置されるだろうか。

 それ相応の金額の上納を経て国家から下賜される形になるかな。

 財務大臣が有能なら、リースって形で継続的に金銭を吸い上げる感じにするかも。

 俺ならそうするし。


 ま、何はともあれ、実験にご協力頂いたローゼン閣下を労うところから始めよう。

 エマも閣下の身体を心配して何度も見に来てたけど、彼女は溜まっている注文魔法道具の製造の任務の為、製造ライン室に詰めているので俺の役割だろう。


「閣下、ご協力有難うございました。

 初期動作で問題が起きてしまいましたが、身体の調子に不具合とか違和感はありませんか?」

「特にありませんな。

 先程フロル殿から頂いた飲み物で体力も回復したようです。

 あれは回復ポーションなのでしょうな?」

「ええ、特級SP回復ポーションですね」

「特級……?」


 ああ、その辺りの情報はまだ秘匿していたんだっけ……


 フィルは結構口が固いみたいで、何度も訪れているローゼン閣下やアルフォートにポーションの秘密は一切明かしていないようだった。


「ええ、以前からエマの弟のフィル・マクスウェルに開発研究させていました。

 ここだけの話ですが……

 今、我が工房のポーション製造部門では、各回復系ポーションはそれぞれ下級・中級・上級、そして特級の四種類をご用意しています」

「こ、効能は……」

「下級の効能は従来仕様に流れているモノと変わりません。

 中級は、従来の二倍の効能を持ちます。

 上級は、さらに倍ですね。

 特級は……フルポーションとなります」

「は?」


 ローゼン閣下は頭の中が真っ白になってしまったようで、ポカーンと大口を開けたままだ。

 その状態で五秒は止まってたよ。


「……あ、はっ!?

 いや、本当に?

 ありえ……いや、そういえば以前、効果が違うポーションが遺跡で……」


 ブツブツいっている姿は研究者のソレだった。

 間違っても隣国の大貴族には見えない。

 まあ、普段からあまり偉そうには見えない人ではあるけどね。


「それらポーションは既に市場に……」

「ええ、中級までは出してますね」


 フィルが自分で開発して普及させようと頑張ってたからな。

 うちの工房に入った事で、大量生産が可能になった為、製造費も安く抑えられたので彼の個人的に経営している魔法屋で普通に売っている。

 以前は閑古鳥だった彼の店も今では人気魔法店になっていて結構な金額を稼いでいるようだよ。


 うちの工房施設を使っているので売上の二割ほど上納にしているとクリスから報告を受けている。

 月に金貨数枚から数十枚ほど収めているそうだから、かなりの売上だな。

 今度二号店を出したいと雇われ店長が言っているとかなんとか。


「ちょっと出かけて……」

「いや、お待ちを」


 慌てて出かけようとする閣下を俺は止めた。


「上級、特級の製造技術は隠匿しますが、各中級回復ポーションのレシピは既に公開しています。

 公示しているワケではないので、知らない錬金術師は多いかもしれませんが。

 トリエン商業ギルドにお金を払えばレシピは簡単に手に入りますよ」


 閣下、二度目のポカーンである。

 数秒後、うろたえた閣下がどもりながらブツブツ言い出した。

 

「え? いや、そんな……

 簡単に手に入る?

 でも、どのくらいの金額で……」

「確か金貨五枚だとか」


 俺がその囁きに笑顔で応えると、閣下の三度目のポカーンが来たのは言うまでもない。


 どうやらフィルの中級回復系ポーションは、今のティエルローゼにおいては革命的な発明だったらしい。

 こういった革新的なレシピは一子相伝だったり、弟子たちに高額な上納金で師匠が教えるなど、とんでもない金額が必要になると閣下は言う。

 それを金貨五枚程度で手に入れられるというのは破格なのだそうだ。


 錬金術は非常に便利なスキル体制なのだが、ポーションにしろ何にしろ研究と開発にはとんでもない時間と費用が掛かるのである。

 それを回収するには多額の金銭を要求するのが普通なのである。


 そういった見返りを期待して貴族がパトロンとなって錬金工房を作ったりする事もあるそうだ。

 研究用の素材、費用、設備を好きに使って良いと上級官吏並の給与まで付けて俺はフィルに約束したんだが、彼にとっては破格の待遇だったワケだ。

 シャーリー図書館も使い放題だしなぁ。


 ま、別に良いモノを開発してくれるのなら、別に悪いことじゃないよね。


「はぁ……

 辺境伯殿の領地では毎回驚かせられます……」


 言いたいことは解ります。

 申し訳ない。


「私が開発した抗老化ポーションなども外部に出すつもりはありませんが、特級……フル・ポーションとは……」


 抗老化ポーションも相当な技術だよねぇ。

 俺には関係ないけど、寿命の短い人間なら誰でも欲しがりそうだもんな。


「ところで、ものは相談なのですが……」

「特級は古代竜も驚いておりましたので出せませんが、上級なら交渉次第ですね」


 俺がニヤリと笑うと、閣下も似たように笑い返してくる。

 ブラック・ローゼン閣下現るって感じですが、人のいい閣下なだけにギャップが凄い。


「以前、魔法道具の製造技術は聞きたがりませんでしたけど、ポーションのレシピは知りたがるんですね」

「魔法道具は作れないワケではありませんからな。

 十数年もすると効果が失われるだけですから」


 そういや、彼も結構有名な魔法道具の研究者だもんな。

 魔法道具がうちの工房だけの専売特許とは思わない方がいいな。

 まあ、未来永劫動くようなのはウチでしか作れないんだろうけど、普段使いの魔法道具なら一〇年使えれば問題ないのかもしれない。


 それでも魔法道具は高い。

 彼の理想はそういった魔法道具を普通に市民レベルで使える世界にする事である。

 長い道のりではあるよな。


「では、こちらは抗老化ポーションのレシピを出します、辺境伯殿の方からは……」

「上級回復ポーションのレシピですか。

 抗老化ポーションのレシピは門外不出にするんじゃなかったんですか?」

「辺境伯殿はそれを私腹を肥やす事に使うつもりは御座いませんでしょう?」

「まあ、俺はそんなポーション不要ですし、世界の為にならん事に使うつもりはありませんよ」


 俺の返答でローゼン閣下は何やら確信を得たという表情になる。


「やはり貴方は不老不死なのですか」

「いや、不死かどうかは解りません。

 ここだけの話にしてもらいますが、不老なのは間違いないようです」


 俺は英雄神アースラと同じ世界の出身なのだと明かす。

 既に地球に一緒に行った仲なので秘密にする必要はない。


「やはりあの異世界が……」

「そうです。

 あの世界の住人の魂がこのティエルローゼに転生してきたと考えてもらえればいいかと。

 まあ、俺やアースラは一種の非常に強力なズルチート能力を持って転生してきましたけど、あの異世界に転移する穴を使った場合、そういう能力は手に入りません」

「手に入れる方法があるような口ぶりですが」

「鋭いですね。

 その辺りの仕組みメカニズムは既に解っています。

 だからと言っておいそれとは使わせるつもりは毛頭ありませんが」

「当然ですな。

 協力な力を簡単に手にできるとすれば、神々の秩序を破壊する所業になるでしょうからな」


 閣下は一応納得しているようだ。

 しかし、口には出さないが仕組み自体は知りたそうではある。

 もっとも教えてくれと言われても教えるつもりはないけど。


 俺やアースラたちが創造神ハイヤーヴェルの末裔だとか知られるワケにもいかんだろ?


「では上級回復ポーションのレシピは、後でフィルから渡すように手配させておきます」

「こちらもレシピのスクロールを用意しておきましょう。

 少々手順が複雑なので、スクロールとは言っても束になってしまうかもしれませんが」


 ほっほっほっと穏やかに笑う閣下だが、そりゃそんな効果のポーションなら作業工程やら何やらが複雑怪奇なのは当たり前だろうな。


 上級回復ポーションはそれほどではないが、素材が結構希少だったり特殊な事が多い感じではありますが。

 上級でも竜種素材が必要になるからなぁ……

 多分作るととんでもない金額になるよね。


 でもローゼン閣下ならどうにかできない事もないんじゃないだろうか。

 竜種が駄目なら似たような種族のモノで代用するなんて事も可能だろうしね。


 竜に似た種族なら、帝国にはリザードマンがいたよね。

 あれの問題も目処が立ったような話をしていたし、その辺りで何とかならないかなぁ。

 効果は下がりそうだけど、リザードマンの主張通りに彼らが竜族の末裔なら行けそうな気がするんだが。


 そういった実験は閣下がやる事になるんだろうな。

 彼は実験大好きみたいなんで、嬉々として研究を始めるんじゃないか?


 校長業と宰相業が疎かになりはしないか心配だが、それは帝国の国内でなんとかしてください。


 ウチに問題を持ち込まないようにシルキス陛下に書状でも出しておこうかしら?


 何にせよ、オーファンラントより魔法が盛んだと言われている帝国に、そういう部分で頑張って貰えれば、ウチの工房の負担も少なくなると思うので、トリエン的には助かります。


 トリエンに富が一極集中するのを是正する意味でもね。


 俺の存在がそれを成している以上、それを是正できる人物を作り出すのも悪くはないよな。

 もちろん、対立関係になりそうな人物でやるつもりはないよ。


 基本的には仲の良い人々の間でって事。


 万が一そうなっても俺なら対処はできるだろうけど、あまりそういう状態に陥らないように立ち回らないとね……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る