第31章 ── 第34話

 各種設置型のデバイスを午前中に設置して回った。


 神隠しの穴の地球側に神力収集装置と神力送信装置、ティエルローゼ側には神力送受信装置をそれぞれ設置する。

 地球側の装置には地球人に発見されないように偽装機能を付けた。

 偽装装置用の魔力はティエルローゼ側の装置に魔力送信機能が付いていて、偽装装置に魔力を送るようになっている。


 最後にトリエン役場第二庁舎の屋上に神力受信機を設置する。

 庁舎屋上の装置は、工房のサーバにリンクするように調整してあるので、午後の実験までにある程度の神力を神力バッテリーに貯めておけるだろう。


 全ての準備が終わり実験室に戻る。


「おかえりなさいませ」

「フロル、簡単な昼食を用意してもらえるかな?」

「畏まりました。サンドイッチでよろしいでしょうか?」

「ああ、頼むね」


 フロルには俺のレシピを教えてあるので、工房の調理場で、簡単な食事なら作ってくれるのだ。

 材料などは、時々買い出しに町まで行っているようだね。

 見た目が殆ど人族の少女なので、ティエルローゼの住人は誰もゴーレムだとは気づいてないみたい。


 フロルが昼食を持ってくる前に人物鑑定機と庁舎の屋上から送られてくる神力を繋いでおく。

 送られてくる神力量が多すぎたら装置が爆発しないとも限らないから、調整は必要だ。


 少し送られてくる量が多かったが、接続線に作っておいたレギュレータ・ユニットを噛ます事で一定の量に調整する。

 レギュレータには調整用のダイヤルが付いているので非常に簡単に調整が可能である。


 人物鑑定機のスイッチを入れ魔導バッテリーから魔力を供給する。

 直ぐにARモニタが中空に表示されイニシャライズ・パラメータが画面上に次々に表示されては消えていく。

 しばらく見ていると、ステータス画面そっくりの画像が映し出された。


「ここまでは問題ないな」


 操作盤、スキャナ盤も同様に魔力がしっかり通っていて正常に機能しているようである。


「お待たせ致しました」


 フロルが俺が作業している人物鑑定機の隣のサイドテーブルにサンドイッチが乗った皿と飲み物が入ったコップを置いた。


「ああ、ありがとう」


 俺はサンドイッチを手に取ると口に運んで齧り付く。


「お、ツナサンドだ」

「はい。ご主人様が一番好きな具だと記憶しておりましたので」


 俺はさらに齧り付いた。

 ツナとマヨネーズの味に少し塩気の強いピクルスが刻んで混ぜてある。

 俺が教えたレシピ通りである。


 サンドイッチを片手に装置の起動点検を続けていると、エマに連れられてローゼン閣下がやってきた。


「ケント、連れてきたわよ」

「いやはや、やっと実験ですな」


 魔法道具起動実験の被検体になるのに危機感まるでナッシングな閣下は、やっぱり度胸が座っておりますなぁ……


「お昼は摂られましたか?」

「いえ、どんな状態になるか解りませんので、抜いてきました」


 ふむ……

 俺もどんな事になるか解らんし、その判断は間違ってないかな。

 胃の中のモノをぶち撒けるような異常事態になったら掃除とか大変だしな……


「一応、起動テストは終わりました。

 あとは実験をしつつ調整するしかないですね」

「では、始めますか?」


 閣下は俺の対面においてある椅子に座って鑑定機の筐体にキラキラした目を向ける。


「では、このスキャナ盤に両手を置いてください。


 スキャナ盤には解りやすいように手の形に模様を描いておいた。


「ここですな」


 その模様にローゼン閣下は手を置いた。


「では、始めます」


 俺はスキャン開始ボタンを「ポチッとな」と言いながら押す。


 装置がヴンッと小さい音を発しながら起動した。


 閣下の手を見ていると、スキャナ盤の表面から例のウニウニと動く細い糸が現れて閣下の手に取り憑いて入り込んでいく。


 いつ見ても正気度を失いかねない絵面だ。


 糸と閣下の顔色などを窺っていると、閣下の額にポツポツと汗が染み出してきて眉間にシワが刻まれ行く。


「閣下、何か身体に異常を感じてませんか?」

「何やら圧迫されるような感じが……」


 俺は緊急停止スイッチを押した。


 一瞬で鑑定機が停止し、スキャナ盤から出ていた細い糸も四散した。


「はぁはぁ……」

「大丈夫ですか!?」

「ええ、問題ありません」

「異常を感じたら直ぐに言ってくださらないと」

「大した事はないと思ったもので……」


 俺は閣下の頭の上にHPバーを表示に切り替えて、閣下に状態異常はないか確認する。

 HPは殆ど減っていないが、SPが一割ほど削れていた。

 MPは変動なし。

 状態異常のアイコンは出ていない。


 何かが閣下の身体に負担を掛けているようだ。

 しかし、閣下のSPを一割も削るってのも相当な負荷だな。


 俺は閣下の状態を見ながら何が起きたのか考察する。


 解らん……


 だが、何かがあって閣下に負担を掛けているのは間違いない。

 何だろうか?


 仕組みも効果も神器である能力石ステータス・ストーンと殆ど変わらないはずである。

 なのに被検体に負担が出るのは何故か?


「……閣下は、能力石ステータス・ストーンを持ってますよね……?」

「当然ですな」

「ああ、それかも……」

「どういうことでしょう?」


 能力石ステータス・ストーンは神殿で神官プリーストが祝詞のようなモノを唱えながら契約する神器である。

 神々の呪いなので簡易的ながら神の呪いを下ろす儀式をするのである。


 で、契約後に注意事項を聞かされる。

 無くしたら大変な事になるので注意してくださいと。


 無くしたら何故大変なのか。


 神の呪いである為、同じ呪いを重ねて掛けることが出来ないからだ。

 もう一度能力石ステータス・ストーンを買う場合、一度先に掛かっている神の呪いを解かねばならない。


 ただの呪いならばともかく神の呪いを解かねばならないワケだから大事になるって事ですね。


 この呪いを解くためには最低でも五人の神官プリーストが儀式魔法を使って解呪リムーブ・カースをする事になる。

 これも普通のレベル五魔法の解呪リムーブ・カースではなく、レベル一〇で解呪リムーブ・カースを掛けなければならないのだからとんでもない。


 運が悪いと解呪リムーブ・カースの行使に失敗することもあるそうだ。

 成功しても失敗しても白金貨五枚取られるそうなので「無くさないように」という警告は非常にありがたい教えと言えよう。


能力石ステータス・ストーンと契約している人には今の状態だと使えない感じですね」

「ああ、機能は一緒と仰られておりましたな……

 なるほど、能力石ステータス・ストーンは一人一つの原則ですな」

「その通りです……」


 となると、能力石ステータス・ストーンとは別の過程で鑑定を実行しなければならない。


 いや、基本的な構造は今のままでいい。

 呪いである部分を別の仕組みにすればいいんだよ。

 となると……


 俺はポンと手を叩いた。


「改造をしますので、少しお待ち下さい。

 フロル、閣下に飲み物を」

「承知致しました。

 ローゼン様、あちらの休憩室へどうぞ」


 閣下はフロルに連れられて休憩室へと行った。


「大丈夫なの?」


 実験が失敗したと思ってエマが少し心配そうな顔をしている。


「ああ、能力石ステータス・ストーンと同じ術式では駄目って事は判ったよ」

「じゃあ、どうするの?

 能力石ステータス・ストーン以外でステータスを読み取るなんて出来るの?」

「一応、この工房に似た能力を持った魔法道具があるんだよ」

「そんなのあったかしら……」


 エマが腕を組みつつ顎先を触って首を傾げている。


「ああ、エマも経験あるだろ」

「何の?」

「ほら、レイにスキャンされたじゃないか」

「あー。あれも確かに生体情報を読み取っているとか言ってたわね」


 この装置を作るに当たってレイの生体スキャン技術については調べておいたのだ。

 今回、能力石ステータス・ストーンと同様の機能を再現するという事で参考程度で済ませていたのである。


「よし、あれを参考に呪いとは別の仕組みに作り替えよう」


 俺は早速鑑定機を分解して魔導基盤マジック・サーキットを外して作業を開始する。


 主要基盤メイン・サーキットはオリハルコン板で作成してあるが、それに追加するように基盤をセット。

 これはオリハルコン製ではなく、ミスリル製だ。

 回路を彫った後に、オリハルコンリキッドを回路に流し込むという思いつきの新技術を試してみた。


 ちなみにオリハルコンリキッドは、昨日工房の鍛冶場でオリハルコンの加工をやっている時に偶然できたんだよね。

 熱し続けなくても液体の状態を保つ事ができたので、塗ったり流し込むのに便利だと思って瓶に入れておいた。

 神力だけを流すようにすると固まるんで、こういう使い方ができるワケ。


 早速使ってみると効果はてきめんだった。

 オリハルコン板で作った主要基盤メイン・サーキットより神力の伝導効率が良い感じがする。


 俺は主要基盤メイン・サーキットや他の副基盤サブ・サーキットも全てこの方法で作り直した。


 ちょっと時間は掛かったが、起動効率の良し悪しは重要ですからね。


 一時間ほどで改造完了。

 再びローゼン閣下にお願いをする。


「遅くなりまして申し訳ない」

「いえいえ、フロル殿との会話は楽しいですから問題ありません」


 何を話していたのかは解らないが、シャーリー談義であろうと推測する。

 シャーリーに作られたフロルにシャーリーが生きていた頃の話を聞くのが何より嬉しいとか聞いた事があるんで、間違いない。


「では、先程と同じ用に手を乗せていただけますか」


 ローゼン閣下は先程苦しい思いをしたというのに、躊躇いもなく手を乗せた。

 やっぱ度胸があるなぁ。


「では、始めます。ポチッとな!」

「それは、何かのお約束なのでしょうか?」


 スイッチを押して、ヴンッと最初と同じような音がして装置が動き出した。


「ああ、私の生まれ故郷のお約束の掛け声ですね」

「なるほど、中々面白い掛け声ですな」


 俺は閣下の様子をじっと窺う。

 スイッチは入ってるし、装置もヴーンと起動音がしている。

 しかし、閣下の顔色は変わらない。


「成功かな? 身体に異常はありませんか?」

「何も。

 乗せている手の平あたりが少し温かいくらいでしょうか」


 閣下の手には例の白いウネウネが絡みついている。


 俺はモニタを確認した。


 名前の欄には『ジルベルト・フォン・ローゼン』と表示されている。

 職業クラスの部分は『魔術師ウィザード

 レベルには『五九』と表示されている。


 その他の能力値や称号、スキルなどもちゃんと表示されていた。


「読み取り成功です」

「おお、さすがはクサナギ辺境伯殿ですな。

 一度の手直しで成功なさるとは素晴らしい!」


 俺はプリント・アウトのボタンを押す。


 装置の下には俺が作った魔導プリンターが設置してり、結果を印刷して吐き出してくれるのである。


 この魔導プリンターは熱処理で紙の表面を焦がす事で文字を印刷するのでトナーとかインクは必要ない。

 長い保存には適してないが、一年くらいは使えると思うよ。


「はい。これが閣下の能力になります」


 俺はプリント・アウトされたローゼン閣下のステータスを渡した。


「おお……」


 閣下は印刷されたデータをじっくりと見ている。


「間違いはありませんか?」

「間違いありません。

 ……ここまで全部読み取られてしまうのですなぁ。

 凄い魔法道具と言わざるを得ません」


 俺もモニタ上のデータを見てみる。


「閣下は……死霊術ネクロマンシーも使えるんですね……」

「お恥ずかしい事ですが、抗老化ポーションを作る為には、必要なスキルなので」


 ふむ。

 不老な俺には必要ないポーションですが、寿命の短い人族には憧れのモノでしょうねぇ。

 ただ、閣下がそれを作って売りさばいたりする姿は想像できない。


 彼なら悪用することはないだろう。

 死霊術ネクロマンシー自体はただの魔法技術でしかない。


 使う人間に問題がなければ邪悪とは言いきれないからね。

 ソフィアも死霊術ネクロマンシーを使うけど邪悪じゃないだろ?


 それにしても閣下は、もう少しで人間の限界まで行きそうですね。


 やっぱ閣下は凄いわ。

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