第31章 ── 第33話

 宴の後に研究室に籠もった。

 基礎設計のメモから魔導基盤マジック・サーキットを彫っていく。


 今回、使うエネルギーは魔力だけでなく神力も大量に使う為、いつものように彫っても強度が足りなくなってしまう。

 最初、試しにいつも通りの基盤を作ったんだが、推察した通り神力エネルギーが数度の通っただけで回路はズタズタに寸断されてしまう。

 とてもミスリル程度では耐えられないエネルギー強度が流れるので当然である。


 次にアダマンチウムの基盤を使ってみたが、今度は一〇回ちょいでバラバラに……


 はっきりいうとオリハルコンで基盤を作るしかないんだが、あまりにも高価、そして現在自分で製造できない金属なのでどうしたもんかと思ったが、最初から不可能と決めつけるのは良くないと考え、思考錯誤を繰り返す事に。


 まず、鍛冶場に移動してオリハルコンの加工を色々試してみることにした。

 オリハルコンのインゴットを熱してみたが、熱すら帯びず断念。

 非破壊属性が炉の熱ごときで溶けるわけがないな。


 鍛冶場で俺の作業を見ていたマストールが口を出したそうな顔をしているが、俺が鬼気迫るオーラを醸し出しているのか口を開かない。


 まあ、マストールに聞くのが一番安直なんだろうけど、そんな簡単にやり方を覚えても何か身に付いた気がしないしなぁ。


 しばし熟考。


 神の金属と言われているワケだし、神力を使うのでは?

 魔力炉に魔力ではなく神力を流したら行けるのだろうか?


 俺は魔力ではなく神力を魔力炉に流してインゴットを熱してみた。


 ズンズンといつも以上の振動と騒音を発し始め、このまま行くと爆発しそうだった為、神力の注入を停止した。

 魔力炉を点検してみると、魔力を吸収消費する機構にガタが出ていた。


 やはり神力が通る上で、機構の強度が足りないのである。


 俺は「むう」と不満げな声を漏らしてしまう。


「師匠……黙っていてよろしいのでしょうか?」


 マタハチの声が聞こえた。


「方法を教えてもオリハルコンは作れないじゃろう。

 そういう性質の金属ではないのでな。

 お前も薄々気づいているのじゃろう?」

「ええ、まあ……」


 マタハチはどうやらオリハルコンの加工を既に身に付けたという事だろう。

 それが出来る鍛冶師は、ティエルローゼにマストールとマタハチだけである。

 もちろん、ヘパさんの信徒になったからそんな技術が身に付いたんだろうけども、今の俺には裏山うらやま案件としかいいようがない。


 神の御業なので無闇に広めると神罰が下るかもしれんし、彼らが黙っているのは仕方がないし、俺も聞く気はない。


 俺は魔力炉の修理をしてから、流す神力量を減らし徐々に量を増やしたり、炉が壊れない程度の神力を流し続けるなどして実験を繰り返す。


 だが、どうやっても上手く加工ができない。

 さすがは非破壊属性である。


 色々と試してみたが、もしかして神力に拘る必要がないとかないか?

 ただの思いつきだけど、神力ではなく他のエネルギーでやってみようかな。


 マストールが加工している時に、他のエネルギーを注いでいるような動きをしたのを見たことながないので、使えるエネルギーは魔力と限定しても良さそうだ。


 まあ、魔力炉なんで本来は魔力で動くのは当然なんだけどね。

 高エネルギーである神力でも動かせるので神力でやるのかと俺は考えてたんだよ。


 俺は魔力を通してオリハルコンのインゴットに槌を入れた。


 ふと見ると一瞬だけオリハルコンの虹色に光る表面の色合いが水が流れるような感じに見えた。


「ん?」


 俺はオリハルコンを取り上げて表面を観察する。


「気の所為か?」


 表面の色には何の変化もない。

 だが、俺の目は誤魔化せない。

 本当に薄っすらとだが、真っ平らだったはずのインゴットの表面に槌の形の凹みが出来ている気がする。

 多分マイクロかナノ単位の本当に微妙な凹みで、普通の鍛冶師では気付けない変化だと思う。


 俺は魔力を流しながら、もう一度インゴットを叩く。


 カキーンと澄んだ音色が響き渡る。


「……」


 しかし、何度やっても先程のような微妙な変化は起きない。


「ふむ……無駄か」


 俺は無駄な事を繰り返すつもりはないので、しばし何故凹みが出来たのか考えてみた。


 神力でも魔力でも変化はない。

 では、何故あの一撃だけ変化を与えることができたのか。


 あの時は神力を通した後に魔力を流した。

 神力の後に魔力?


 ああ、そうか。

 一つ試してない事があったな。


 俺は再び魔力炉にエネルギーを送り込み、インゴットをぶっ叩いた。


 その瞬間、カチーンと大きな音を立ててオリハルコン・インゴットが四散した。

 まるで水の入った風船をハンマーで割って水がぶち撒けられたように。


「うお……!

 って、熱くないな……」


 溶けた金属が飛び散ったので灼熱なのかと思ったが、熱さは全く感じられない。


「お見事……」


 マストールが俺の後ろで呟いた。


「旦那様は凄いですね。

 数時間であの秘密に気づくなんて」

「天才だと言ったじゃろう。

 あやつは天才じゃ」


 だが、マストールの声には、呆れのニュアンスがかなり含まれている気がした。


「それにしても……

 オリハルコンの秘密を一人で解き明かしおるとは……

 ヘパーエスト様も形無しじゃろて」


 やはりか。


 オリハルコン自体を作る事はまだ出来ないが、加工の方法は判明した。


 オリハルコンを加工する魔力炉の炎には魔力だけでも神力だけでも駄目なのである。

 魔力と神力の混合エネルギーこそが、オリハルコンを加工するのに必要なモノという事である。


 両方を同時に炉に注ぎ込むという技は相当無茶な技術なのだが、マストールもマタハチもそれを出来るという事なのだろう。

 すげぇ奴らだ。


 俺は飛び散ったオリハルコンをできる限り集めた。

 その作業はマストールとマタハチも無言で手伝ってくれる。


 ありがたい。


 だが、礼の言葉は必要ない。

 この鍛冶場ではな。


 良いものを作り出す事こそが、鍛冶師仲間として手助けするモノへの返礼である。

 この考えはマストールの弟子として最初に教わった事だ。


 言葉など不要。

 技術を見せる事こそが、最高の礼である。


 俺は集まったインゴットを魔力炉で熱し一つの塊にする。


 先程は槌の一撃で四散してしまったが、魔力と神力の配合比率を替えて優しく叩き一つにしていく。


 どうやら神力三、魔力七が加工しやすい気がするね。


 そんな事をしていると、俺の頭の中でカチリと音がなる。

 久しぶりにスキルを手に入れたな。


 俺のスキルリストに『神力操作』が加わった。

 『魔力操作』、『上級魔力操作』とともに、ファンタジー的なエネルギーの操作スキルを手入れたので、オリハルコン加工はバッチリだろう。


 多分だけど『上級神力操作』もあるんだろうね。

 今後、『神力操作』を使い続ければきっと覚えるだろう。

 それを覚えると何が出来るようになるのかは解らないけども。


 俺はおよそ数時間の作業でオリハルコンの加工方法を会得した。

 まあ、今回必要だったのは「気付き」みたいなもんなので、それほど苦労はしなかったけど。

 こういうのって頑固な職人ほど気付けない気がする。

 頑なに作法とか手順を遵守する事が多いだろうし、そこから外れるような事をしようと考えるのは異端だろうしねぇ。



 それから俺は魔法道具の主要基盤メイン・サーキットを彫り進める。

 この基盤を中心に様々な機能を追加していくように基盤を作る。

 モジュール方式で作っていくと、後々別の魔法道具開発の役に立つと思うしね。


 その後、俺は神力および魔力バッテリー、モニタ機能、入出力装置などを作って組み込んでいく。

 他にも地球から流れ込んでくる神力を集めてトリエンに送信する為に「神力送信・受信装置」、「神力収集装置」なども順繰りに開発した。

 こっちの方はかなり簡単に開発できた。

 既に魔力を使う為の技術をシャーリーが作っていたので神力用の応用するだけだったからね。


 試作一号機が完成したのは朝飯の少し前だった。


 調子が乗るとあっという間に完成できちゃう俺の才能が怖い。

 と、心の中だけで自画自賛しつつ朝食。


 俺が超ご機嫌なのを見てエマが「出来たの」と聞いてきた。


「ああ、一応試作品は出来上がった」


 俺がそう言うと、パンをちぎって皿に残ったシチューを拭き取り口に運んでいたローゼン閣下が「では、本日は実験ですな」とワクワクした声を出す。


「そうですが、実験は午後からで」

「承知しました」


 研究者とその助手みたいなやり取りにクリスとアルフォートが顔を見合わせている。


「何の実験なんだ?」

「ほら、例の人物鑑定機だよ」

「あー、能力石ステータス・ストーンみたいなヤツだったっけ?」


 クリスは前に話していた内容を思い出しながら確認してきた。


「そうそう。

 本来なら能力石ステータス・ストーンを契約しないと見られないワケなんだけど、それを魔導具で見られるようにしようって計画だよ。

 これで入植者の選別を役人だけで出来るようになる」

「興味深いね。

 で、何でそこでローゼン閣下がするんだ?」


 アルフォートが少し不安げに問いただしてきた。


 さて、何と言うべきか……


 俺が悩んでいると、ローゼン閣下が笑いながら答えた。


「実験被検体第一号に私がなるからですな」

「「な、なんですってー!」」


 クリスとアルフォートが悲鳴にも似た声を上げた。


 君たちは某雑誌編集者たちか。

 俺が「世界は滅亡する!」とか言ってやろうか。


 あ、いや、止めておこう。

 地球で例の話を聞いてフラグが立ちそうな気がするので……


 その後、二人の執拗な説得にもローゼン閣下は頑として首を立てに振らない。

 俺にも助け船を出すようにと言われたが、ああなったローゼン閣下の意思を誰が曲げられるというのでしょうか?


 少なくとも俺には無理です。


 彼の研究魂は実地でやる事が多いようで、本国の研究助手たちもかなり困っているらしい。


 身分のあるモノが、自分を被検体にして実験するんだからねぇ……

 解らないでもないです。


 過去、地球のマッドサイエンティストたちも同じ道を歩んで命を無くしていった。


 でも、その気質は俺にもあるので、閣下の信念も理解できるんだよ。

 他人に危険を押し付けて自分は安全ゾーンにいるなんて、自分の興味を解明する実験などで出来るわけなかろう。


 だから、俺はローゼン閣下の行動を否定しない。


 ま、能力石ステータス・ストーンは神々の呪いを利用したポジティブな効果を発する稀有な神具なんで、今回開発した装置も人体にネガティブな効果を与える事はないと思うんだよ。


 実験してみないと解らんけど。


 ま、何かあったらちゃんと責任は取るので安心してほしいものです。

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