第31章 ── 第32話

 お詫びも兼ねて中華パーティを開く。


 問題の原因となったローゼン閣下は、アルフォートを相手に多元世界論を問いている。

 マジもんの異次元を見てきたんだから、当然そういう論を展開するのは仕方がない。


「世界は一つではありません。

 いくつもの世界が存在し、それらにはそれぞれの生物が命を育んでいるのです」


 生物それぞれに人生があり歴史がある。

 世界は違えども皆同じように生きている。


 ローゼン閣下は地球で見てきた人や歴史を思い出しながら熱弁をふるっているようだ。


 地球の歴史はハイヤーヴェルにイチから作られたティエルローゼと違い、悠久の歴史がある。

 四六億年と出来てから一〇万年も満たないティエルローゼでは、比べようもないからね。

 ハイヤーヴェルによれば、ティエルローゼを作ってからおよそ七万年だそうで、カリスたち混沌勢をせき止める為におよそ三万年の準備を要したらしい。

 そして約四万年ほど前に人魔戦争が勃発した。


 人魔戦争で、ハイヤーヴェルが作ったティエルローゼの神の生物も相当疲弊したらしく、今の状態に戻るまでかなり掛かったらしい。


 だからこそ強くなければ生きていけなかったに違いない。

 世界の暗黙のルールである「強者こそが正義」という定義はまさにそこに繋がる事になる。


 地球も元々は弱肉強食の世界であり、生物は苛烈な生存競争を繰り広げてきた。

 その戦いを制して生物の長になったのがホモ・サピエンスなのだ。

 ホモ・サピエンスは知的である為、弱者の保護も行う気質もあるので、地球は平和な世界になっていったのだろう。


 まあ、地球人同士だと他の生物へ見せる優しさなど全くない戦いに発展するのだが。

 その凄惨な戦いの歴史はここで話す必要もないだろう。



「故に、我々は神々の教えを守り、この世界を守っていかねばならないのです。

 他の種族の方は人族には使命がないと申されるが、我々人族の使命とは世界を守る事の一点に集約されているのではないか。

 私はそう考えています」

「いったい何から守るのでしょう?

 既に魔族勢力はアルコーンを失い、その活動が支離滅裂なモノになりつつあるようですが」


 実は世界各地の魔族による事件や記録を集めて、学者たちによって魔族の動向や戦略を予測する研究が今オーファンラントにおいてなされている。


 こういったデータは俺たちの活動によって収集されたものだし、うちの魔族連からの情報などもある為、非常に正確なモノといえる。


 そういった研究により出された答えの一つが「現在の魔族に組織的な活動は不可能」というモノである。

 魔族の頭脳であったアルコーンがいなくなったのが最大の原因で、現在は大規模な魔族の暗躍は無くなったと考えられているワケだ。


 もちろん、魔族単体、あるいは数体によって起こされる事件はあるだろうが、各事件が有機的に連動して大きな流れを作るような事にはなっていないという。


「それはそうです。

 魔族の要であったアルコーンは我が国で辺境伯殿の手によって屠られした。

 あの出来事が全ての転換点であったと思われます。

 運命の女神スカーラ、ベルサルテ、フォルナよ、感謝いたします」


 フォルナ以外にも運命の女神が二柱もいるんかよ!

 まあ、神は神界に数万柱くらいいるようだし、いろんな運命の神がいても良いけどさ。


「時には神のいない世界もあるみたいだけどね」


 エマがワインを飲みながらさらりとローゼン閣下の演説に割って入る。


「そう、そこです。

 神々がいないのに生命が生まれる事があるという可能性です。

 だとするならば、神の存在と何なのか?

 そこに研究の余地が残されていないでしょうか」


 地球人はプールガートーリアの神々の横槍で進化を早められたのは間違いないが、それまでの地球の生物は神の意思にはとらわれずに進化・発展してきたはずだ。


 もちろんガイア姉さんが手を貸していた可能性はあるが、彼女の意思は古生物たちの精神活動によって生まれたので、彼女が進化を促したことはないだろう。

 補助的なモノはあっただろうけどね。


 例えば水生生物が陸地に上がれるように進化したのは、ガイア姉さんが進化を補助してたからじゃないかと俺は思っている。


「魔族の脅威はほぼ払拭されました。

 だが、異世界からの侵略がまたあるのではないか……

 それから世界を守るのは人族の役割でしょう」


 グビリとローゼン閣下がワインを呷る。


 一度はプールガートーリアとティエルローゼが繋がる扉を開いた魔族の神々たち。

 一度ある事は二度あるだろうし、二度ある事は三度あるかもしれない。


 そういった将来への不安を払拭する役目が人族に課せられた使命であると閣下は説いた。


 ま、人族の種族的な強さは下から数えた方が早いんだが、ティエルローゼ大陸の半分くらいのエリアは人族が居住しているので、単純な力では劣るものの生物的な強靭さは結構なモノがあるのかもしれない。


「強くなるために効率的に修行できるといいんだけど、そういう場所ってあるのかしら?」

「レリオンじゃろうなぁ。

 かの都市にある迷宮は人間の為に神々が作った修練場じゃとか。

 まあ、既に我らには必要のない場所ではあるがのう」


 マリスが感慨深げに腕組んで遠い目をする。


「そうなの?

 私も行ってみたいんですけど」

「世界樹の内部を歩けるモノには簡単すぎると申しておるのじゃ。

 今のエマならソロでも攻略できよう」


 さすがにソロはキツかろう……

 せめて前衛が二人は欲しいところだ。

 鍵開けや罠対策の盗賊シーフも欲しいが、魔法で対処できないこともないからな。


「私じゃなくてフィルよ。

 あいつ研究室に籠もりっきりで、ちっともレベル上がってないのよ。

 いい加減、体を動かすべきだわ」

「あー、あのヘンテコさんの事じゃったか……」


 自分の弟をヘンテコさん呼ばわりされて少しムッとした顔をするエマだが、言い返せる材料がないので押し黙ってしまう。


「ヘンテコさんは確かレベル三〇ほどじゃったか。

 何人か周囲を守れる者とパーティを組めば、結構修行にはなりそうじゃな」

「そうね。

 ゲーリア殿と一緒なら少しは安心……って、彼も魔法使いスペル・キャスターじゃないっ!


 エマは少し考えてからポンと手を叩く。


「……そうだ!

 マストールさんに前衛頼めばいいんじゃないかしら?」


 マストールはゴリッゴリの聖騎士パラディンだからな。

 レベルも四五だし有望選手ではあるね。


「ケントの追っかけたちも加えれば、良いところまで行く気がしてきたのう」


 俺の追っかけ?

 誰のことだ?


「ああ、あの人たちね。

 全員女性なのが心配だわ」

「フィルはそんな甲斐性があったかのう……?」

「そうじゃなくて、エルフのリーダーはともかく、他の人たちってちょっと肉食っぽいじゃない?」


 エルフのリーダー……?

 ああ、「薔薇の閃光」の人たちの事を言っていたのか。

 彼女たちって、俺の追っかけなの?


「フィルの純血が奪われるんじゃないかって」

「お主もアレか。

 なんと言うんじゃったか……

 ほら、トリシアがソレだと聞いたのじゃが……」

「何のこと?」

「ほら、弟を保護欲で構いまくるというヤツじゃったか……」

「あー、ブラコン?

 ケントが言ってたヤツ」

「それじゃ! お主もブラコンの気があるのかや?」

「無いわね。

 家族が不摂生なのが嫌なのよ。

 何かと戦って死んだならともかく、不摂生が祟って病気とか勘弁してほしいわ」


 吹き出しそうになっていると、彼女らの後ろに音もなく立っているトリシアがいた。


「誰がブラコンだ!」


 ゴツツンとゲンコツが二人の頭に落ちた。


「あだっ」

「いった~い」


 突然ゲンコツを落とされた二人が涙目になってトリシアを見上げた。


「だって、ブラコンでしょ?」

「そうじゃそうじゃ。

 お主は弟大好きじゃろが。

 ケントを嫁に迎えるレースから脱落したと認識しておったのじゃが?」

「まだ言うか!」


 トリシアの攻撃を華麗に防御するマリス。


「ふっ、そんな腑抜けた攻撃では既に当たらんのじゃ」

「おう、よく言った。

 表にでろ」

「ふふふ、受けて立ってやろうかのう。

 どうせなら闘技場を借りて興行にした方がクリスが喜ぶ気がするのじゃが?」

「待って、闘技場ってそんな簡単に借りられるの?」

「クリスに聞いてみるのじゃ。

 おーい、クリス~」


 そういってマリスは走っていってしまう。

 エマも慌てたようにマリスに付いていった。


 やれやれ……

 喧嘩になるかと思ったぞ。

 マリスには余裕があったが、エマはまだレベルが七〇台なのでトリシアから発せられる殺気が怖いとみえてマリスに付いていくと見せかけて逃げたようだ。


「そのくらいにしておけ。

 シンジに必要以上に世話を焼いているのはトリシアだろう。

 端から見たらブラコンと言われても仕方ないぞ」

「むう」


 トリシアがむくれる。


「しかしだな。

 私の生い立ちから考えてみてくれ。

 シャーリーも失った私に再び家族が出来たんだ……

 それも前世の生き別れた弟だぞ?」

「言いたいことは解る。

 だけど、シンジももう二十歳はたちを越えた大人だからな。

 まだ転生したばっかりでこっちに馴染んでないとは思うけど、失敗して学ぶ機会を奪ったりするのはどうかと思うぞ?」


 人間は失敗から学ぶのである。


「解っている。

 だから、最近は放置しているだろうが」


 そういやシンジを放って冒険の旅に付いてきたもんな。

 弟より冒険を取るあたりがブラコンではないと言いたいんだろうけど、冒険の為にファルエンケールをシャーリーと飛び出す冒険好きのトリシアなら当然の帰結ですよね。


「ま、でも私たちの戦闘を見世物にするのは、出来たばかりの闘技場の人気を不動のモノにする良い手かもしれないな」

「お、トリエンの発展に協力してくれるのかい?」

「当たり前だろう。

 私はケントの副官だぞ。

 ケントのモノであるトリエンの発展に寄与しないワケがない」


 ごもっとも。


 俺が貴族になってからも、変わらずに補佐してくれているトリシアには感謝しかない。

 服装やら行事やら、貴族としての行動などはリヒャルトさんから教えてこらえるけど、貴族としての振る舞い、心構え、矜持などは、エルフの貴族であるトリシアから学ぶ事が多い。

 もちろん同じように冒険者としての諸々もね。


「闘技場で何かするんです?」


 アナベルが戦闘の匂いにつられてやってくる。


「ああ、マリスと模擬戦を闘技場でやってみたらいいかもしれんと思ってな」

「いいですねー。私も参加したいです。

 それと定期的に教団の大規模戦闘訓練に借りられないもんですか?」

「何だ、大規模戦闘をやれるほど信者が集まったのか?」

「そうじゃないんですけど、各地のマリオン神殿から神官プリーストを集って共同訓練が出来たらと思ってるんですよ」

「ほう」

「トリエン神殿の敷地も結構広くなりましたけど、大規模戦闘は無理なのです」

「どうなんだ?」


 トリシアが突然こちらに話を振ってくる。


「クリスに聞いてくれ……」


 俺はぞんざいに手を振ってクリスの仕事を増やす。


「わかりました~。

 おーい、クリスさ~ん!」


 アナベルがトリシアも引っ張ってクリスを探しに行った。


「ふう」

「お疲れか……」

「いや、そうでもないよ」


 さっきから、俺の後ろの方で酒を飲んでいたハリスが声をかけてくる。


「この世界に転生してから何年だっけな。

 随分と、俺の周りの賑やかになったな」

「確かに……」


 最初に仲間になったのはハリスだったっけ。

 出会った頃のハリスは、中堅冒険者って感じだった。

 今では世界最強の一角だ。


 俺は酒を飲みつつ食堂で繰り広げられる宴を眺めた。


 これがこの数年で俺が手に入れて来たものなんだなぁ。


 これからも、ずっとこんな風景が眺められるといいな。

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