第31章 ── 第31話

 しばらく待っていると、注文した料理が運ばれてきた。


「おまちどー!」


 眼の前に置かれた久しぶりのラーメン餃子定食。

 鼻孔をくすぐる芳醇な香りが、俺の食欲をいやが上にも駆り立てます。


 エマとローゼン閣下も興奮気味にラーメンを見ている。


「閣下には箸は無理かも。

 エマは大丈夫だよな?」

「ここんところ鍛えてるからね」


 レベルを ?

 それとも箸使いを?


 ローゼン閣下はエマが箸を割り箸を手に取ってパキリと割るのを見て真似をする。

 割り箸は冒険時に普段遣い用に工房で作っておいたので、エマは使い方を知っているのだ。


 冒険中とか、野外だと中々食器とか箸とか洗えないからね。

 衛生上、どうしても割り箸は必須なのだよ。


 ローゼン閣下も割り箸を割るが、微妙な割れ方をしてしまったようで、彼はもう一つ割り箸を取ろうとした。


「駄目よ」


 エマが悪戯をした子供を叱るようにローゼン閣下を止める。


「勿体ないでしょう。

 変な風に割れてもそれを使うのが習わしよ。

 この国の言葉でなんて言ったかしら……一期一会?」


 微妙に違う気もするが、言いたいことは何となく解る気がする。


 俺は苦笑しながら、綺麗に割れた俺の箸をローゼン閣下に渡して、彼が割るのを失敗した箸を取った。


「初めてだろうし上手く使えないでしょうから、無理しなくてもいいです」

「一度は試してみる性分なんですよ」


 エマが箸を上手く使ってラーメンを口に運ぶ姿を閣下はじっくりと観察して同じように箸を使おうとする。

 初めてにしては中々上手く扱えている気がするが、やはり麺を掴むまではいかない。

 何度か試して閣下は「はぁ……」と溜息を吐いた。


「フォークを出してもらいましょうか?」

「申し訳ありませんが、お願いします」


 俺と閣下のやり取りを店員の兄ちゃんは見ていたので、すぐにフォークを持ってきた。


「やっぱり外人さんには難しいわな」


 ケラケラと笑う兄ちゃんに「確かにね」と相槌を打つ。


 そういや、閣下とのやり取りって彼にはどう聞こえているんだろう?

 俺はともかく、閣下たちの言葉は日本語に自動翻訳されるんだろうか?


 兄ちゃんはあまり違和感を感じていないみたいな表情なので、もしからしたら日本語で聞こえてる……?

 いや、イギリスでも普通に言葉通じてたし、やっぱり自動翻訳されてんのかな?


 フォークを手に入れた閣下は嬉しげに麺をすすった。


 音を立ててすするのはティエルローゼでも地球の海外でも行儀の悪い事だが、エマも音を出してすすっているので閣下も豪快に音を立ててすすっている。


「どうですか?」

「とても美味ですな」

「めちゃくちゃ美味しいわ!

 ケント、あっちでもこれ作ってよ!」

「そうだな。

 作ってみるかな」


 地球に好きな時に来れるようになったので、こっちで食材も調味料も手に入るようになったからね。

 金ゴルド金貨をドーンヴァースで手に入れて、地球で換金すれば純度一〇〇%の金貨だし相当な価値になるし、金にも困らない気がしてきた。

 あまりやりすぎると、金相場が暴落するので控えめにやりますが。


 俺は餃子を頬張りつつ、ティエルローゼでの料理計画を練る。

 豚骨、醤油、塩、味噌など、色々なスープを再現できれば食文化が一気に楽しいことになるね。


「こっちも食べよう」


 俺は大盛りチャーハンを小皿に取り分けてエマとローゼン閣下に勧める。

 二人ともレンゲで気兼ねなくチャーハンを頬張る。


「これも美味しいわ……」

「素晴らしいですな。

 辺境伯閣下の『ドン』なるメニューで多用されておりますが、こういう食べ方もあるのは驚きです。

 西方で出回っている『米』は、帝国でも少数ながら出回っておりますので、いつかレシピを仕入れて自宅で食べられるようにしたいですなぁ」

「レシピなら俺が書いて渡しますよ。

 今日、大体味は掴めましたんで」


「おお、いい異界土産になります」

「さすがはケントね」


 嬉しげな閣下にニヤリと笑うエマが対照的です。


 ラーメンと餃子、チャーハンを食べ終わる頃になると、ちょうど正午になり他の客がどんどん入って来る。

 小さい店なので客が一〇人も来ればいっぱいになってしまうので、俺たちはマネー・カードで会計を済ませて店を出た。


「ご馳走さまです」

「ケントの故郷は、こんなに美味しい食べ物がいっぱいあるのね?」

「まあ、全国各地の名産も数えたら数えきれないほどあるねぇ……」

「ケント、全部作れるようになりなさいよ」

「無茶言うな」

「ちぇ、つまんないわ」


 唇を尖らせても駄目なものは駄目だよ。

 一応、忘れないように、ラーメン用の食材を近くにある業務用スーパーで仕入れておく。


 あのラーメン屋、やっぱりこのスーパーで調味料とかの仕入れしてたわ……

 お目当ての中華だしとか全部手に入ったもん。



 腹を満たし、食材やら調味料も手に入れたので日本の信仰心の具合を調べる。


 殊の外とんでもない量の神力が生み出されておりました……

 日本人よ……

 無神教だったんじゃねえのかよ……

 アボリジニの族長が言ってた通りかもしれん。


 その後、俺たちはアメリカ大陸へ転移して神力の生産量を調べた。

 北米はそうでもないが、中南米は結構な神力量だったよ。

 アフリカも結構多かったかな。


 一通り調べ終えたのでエアーズ・ロックへと戻った。

 プロンテスとバニープが出迎えてくれる。


「御用はお済みになりましたか」

「ああ、滞りなくね」

「そいつは良かった。

 もう帰られるので?」

「ちょっと長居をしすぎたかな。

 猶予はあと一日しかない」

「猶予?」

「ああ、魔法道具を作る期限だよ」

「はえー」


 プロンテスは感心したように変な声出す。


 まあ、普通魔法道具を一日で作るなんて事は不可能だからね。

 もっとも、設計と下準備は出来ているので、後は神力の消費量の調整が主な作業だけどね。


 後は緊急時に大量に使えるように魔導バッテリーならぬ神力バッテリーの開発もしておきたいなぁ。

 これ作っておくと神界の神々が喜びそうじゃん?


 地球で一日で生み出されている神力は、ティエルローゼの神界で使われている量の数倍もあり、それが溜まっていく一方だった。

 今にも地球が爆発しかねないほどの量なので、ティエルローゼで大量に引き取って活用していきたいと思う。


 神界へも大量に割り当てて行くとしよう。

 神々に恩を売っておくのは悪いことじゃないしな。


「そんじゃまたな」

「はい。

 次回は何か差し入れ頂けると嬉しいです」


 催促されたよ。

 中々遠慮を知らんサイクロプスだな。

 まあ、あの巨体を満足させる差し入れは何がいいのやら……


 大きめのワイルド・ボアでも仕入れてみるか?

 アルテナの大森林には相当デカいのがいるしな。


 神隠しの穴を抜け、トリエンへと転移門ゲートを開き移動する。


 トリエンの館の庭に転移するとリヒャルトさんはもちろんの事、トリシア、マリス、アナベル、ハリスが待ち構えていた。

 一緒にアルフォートとクリスまでいたので少し驚いた。


「やあ、みんな揃ってどうしたんだ?」


 俺が気さくに話しかけると、トリシアの目尻がキッと上がった。


「どうしたじゃないぞ、ケント!」

「そうじゃそうじゃ!」

「そうなのですよー!」

「やれやれ……」


 何やらみんな怒っているようですな……


「ケント。

 隣国の重鎮を連れて勝手に何処かに行くのは頂けないな」


 クリスが解りやすく叱ってくれたので意味がわかりました。


 確かにローゼン閣下を連れて泊まり込みで出掛けるのは外交問題になりかねないな……


「閣下!! いったいどこに行かれておられたのですか!?」

「あ、いや、皆さん。

 辺境伯殿を責めるのは待っていただきたい」


 俺がオロオロしているとローゼン閣下が前に出て矢面に立ってくれた。


「辺境伯殿は、私のワガママを聞いてくれただけでしてな」


 ローゼン閣下は異世界旅行についてアルフォートたちに説明してくれた。


 途中で「ラーメン美味しかったわ」とエマが口を挟んだ為、トリシア、マリス、アナベルの食いしん坊チームによる「ジェット気流攻撃ストリーム・アタック」が俺に飛んできたのは言うまでもない。

 この攻撃を躱す為には、眉間あたりに電気が走らないと無理だった。


 三人衆は、「今度、自分たちも連れていけ」と言い張ったが、何度もあっちへ行くのは問題だし、マリスとアナベルはともかく、エルフ耳全開のトリシアは無理だ。

 なので、あっちで食べたラーメン、餃子、チャーハンをこっちで再現する事で決着を付けた。


 既に俺の頭の中にはあの店のレシピが組み上がっているので問題ありません。

 こういう時に料理スキルがカンストしていると便利ですよな。

 俺としても、定期的にあの味を食べられるのだから何の不満もありませんし。


 材料もそれなりに買って来たのでね。

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