第31章 ── 第29話

 盲目ゴブリンからいろいろと話を聞いて判った事をまとめてみよう。


 まず、彼らはプールガートーリアの神々によって作られた原初種族である事。

 彼ら原初種族は神々への奉仕をするために作られた。

 彼らは後に起こるであろう神々間の戦いにおける尖兵としての戦力でもあった事。


 彼らが隠されたのはヴリトラ復活の兆しを神々が感じたためらしいが、それがハイヤーヴェルが画策した嘘情報なのか、それとも本当の事なのかは今のところ解らない。

 ただ、ハイヤーヴェルや神々が帰っていった事に関わっている事は間違いない。

 本人に聞いてみるのが一番いいだろうな。


 さて、彼らの生態だが基本的には地下迷宮内のネズミや昆虫を主に食べているのだが、共食いも普通に行われているところが特色かもしれない。

 病気や怪我、時には口減らしとして子供も食べているそうで、人口が増えすぎず減りすぎずといった調整が行われている感じである。


 俺たちの知る本来のゴブリンと比べてみると、基礎能力が二割ほど高い。

 盲目なので文字文化はないが、音楽的な素養が高いようで住居区画では歌や音楽的ものが聞こえてくる事が多いと感じた。


 種族の社会体制としては、神官階級、戦士階級、生活階級という三つの階級に分かれていて、指導者階層という者は存在しない。

 彼らにとって指導者とは常に神々であり、自分たちは下僕でしかないと認識しているらしい。


 各階級についても説明しておこう。


 神官階級は、種族の中で数匹程度しかおらず、神々の事や自分たちの歴史、神々に与えられた使命や戒律の継承・伝達を主としている。


 戦士階級は、来る神々の帰還を待ち、他の神々勢力の眷属との戦いに備える兵士たちの階級である。

 常に上層階を数匹単位でウロウロしており、他の集団と会敵し次第模擬戦闘を行い戦力を高めている。

 そういった模擬戦は本気での戦いに近く、死んだり怪我をする者も多くいるようだ。

 死んだ者・重症で快癒の望みの無い者は漏れなく食料に回されるのは言うまでもない。

 また、迷宮内で出会うネズミや昆虫などを捕まえて生活区画に持ち帰る任務も彼らの仕事である。


 生活階級とは、ゴブリンの子孫を産み、育て、人口を維持する為の階級である。

 基本的には女ゴブリンが殆どを占めていて、戦士階級たちが持ち帰る食料などの管理や調理なども担当している。

 子供はこの生活階級の中に所属していて、ある程度の年齢になったら割り振られる他の階級が決まる。

 どの階級にも適さない者、生まれついて弱い者は食料に回される。


 この階級の中でどれが一番偉いとかはないようだが、やはり強いものと神々の教えを説く者は敬われる傾向がある。

 俺たちが大量のゴブリンに囲まれているのに攻撃されない理由は、まさに強者を敬う気質からだろう。


 以上が悠久の時を越えて地下迷宮に隠されてきたゴブリンたちの生態である。


 配下にすると忠誠心の高い種族になりそうだが、彼らの忠誠心は自らを生み出した神々に捧げられているので、中々難しそうだ。

 ティエルローゼに連れ帰って、丘陵地帯のゴブリンたちに管理させてみたらどうかとも考えたが無理だと思う。


 だからといって放置して帰るワケにはいかない。

 地球人類と邂逅する事になったら、確実に戦いが起こる事になる。


 そのような事情で、彼らには仲良く絶滅して頂く事にしよう。


 ただ、一人一人ぶっ殺し回るのは精神に来そうなので、魔法を使って一瞬で死滅させるのが良いだろう。

 苦しまずに一瞬で……


 魔法を使うにしろ、どういった手段を使うか。

 毒霧とか窒息なども考えたが、後世に死体が人類に発見されても不味い。

 なぜなら、彼らは神々に作られた種族であり、絶対に生物学的に謎の種族として問題になるはずである。


 そういった地球での学問の妨げになるような情報も残しておきたくない。

 地下迷宮自体も有史以前から存在するモノだろうし、発見されたら考古学的に困る事になりそうだ。

 彼らの伝承から考えても数万年前からここにいそうだしな。


 となれば、地下迷宮もろとも一瞬で消滅してもらうしかない。


 隕石でも落とせば問題なく消しされるんだが、グラストンベリーという歴史的に重要な地が無くなるのは、俺としても避けたい。


 となれば、どうするか。


 地下を灼熱の地獄で焼き、そして溶かすか。


 地下迷宮のある場所だけを灼熱地獄にするワケだが、俺の火属性魔法なら何とか術式を構築できそうだ。


 地上から地下迷宮付近に熱源を発生させ、温度をぐんぐんと上げていく感じになるな。

 マップ画面を三次元表示して熱源の配置などを確認できるし、問題なさそうだね。


 事を起こしてから人工衛星などに搭載された熱源センサーに感知される可能性もあるが、事後に発掘しても迷宮も死体も跡形もなく溶けて消えているので何故、こんな高温が発生したのか等は謎として残るだろうけど、それで終わるに違いない。


 古来よりイギリスは不思議な事が起こっても超常現象として処理されるきらいがあるので、これも問題なしかな。



 では、やることが決定したならば即時実行である。


 俺はグラストンベリー・トーの旧聖ミカエル教会の塔の内側に転移門ゲートを開く。


「閣下、エマ。

 転移門ゲートを出て待っててくれ」

「了解よ」

「承知しました」


 俺に言われて二人はとっとと転移門ゲートを通って地下迷宮を後にした。


 俺の雰囲気やエマたちが退避したのを察知した神官の盲目ゴブリンは何かを察したようだ。


「もう、行かれるようだな」

「ああ、調べることも終わったしね」

「では、我らを処理していかれるか」

「そうなるだろう」

「是非も無し。

 これもヤヴェルの民が爆発的に増え始めた頃に祖先の神官たちが察していた事」


 何やら満足げに神官は微笑んだ。


「今まで生きながらえておられた事こそが、神々の加護があったのだと思える。

 神々との契約に背かずに生を営んできたお陰であろう」


 俺は少し申し訳ない気持ちになるが、彼らを消し去る事を躊躇するつもりはない。


「まあ、あの世で神々に仕えるが良いだろう」

「ほう……我らの神々はあの世におられるというか」


 多分な。

 ティエルローゼで討たれていればそうなるし、そうでなければプールガートーリアにいるだろう。

 そこがあの世に該当する事になるのかどうかは解らんが。


 最悪、ヴリトラにプールガートーリアが滅ぼされている可能性もあるし、その時は文字通りあの世でインドラたちに出会えるんじゃねぇかな。


「では、さらばだ」


 俺は転移門ゲートを通って、そして閉じだ。


 俺を追って転移門ゲートを通ろうとする盲目ゴブリンはいなかった。

 俺と神官の会話を周りで聞いていた者たちもいたのだが、生きることに貪欲でもない種族って事だろうか。


 死への覚悟の違いってのもあるか。

 彼らの生活は死と隣り合わせだった。

 何が原因で食料に回されるか解らない生活だっただろうしな。


 それにしても、神々は、ああいう種族を作ったなら最後まで責任をもって管理していただきたい。

 本当に心への負担が大きくなるんで。


 飼いきれずに犬やら猫を捨てるヤツに向けるのと同じ感情を彼らを作ったインドラたちへ向けた。


「して、彼らをどうするのですかな?」


 後ろからローゼン閣下が優しげな声を掛けてくる。


「放っておく訳にはいかないんでしょう?」


 エマも閣下も俺の雰囲気から、彼らの処遇を俺が決めたのは感じているらしい。


「ああ、全部消し去る事にした。

 地球人との共存は不可能だろうからね」


 彼らの信仰が、この地に神力を少なからず産んでいたのは間違いない。

 原初種族だけあり、地球人が作り出す神力よりも多かったようだし、この地がレイラインに組み込まれた理由かもしれない。


 だが、それもこれまでだ。


「ルグレギオ……」


 魔法レベル一〇のセンテンスから詠唱を始める。


「ダモクロモス……」


 熱源設置地点は真下に五〇メートル。


「メレテ、オキュル……」


 発生させる熱源は一点集中。


「ラクステラ……」


 熱源は三〇分ほど持続させる。


「ヘル・フォーリオ」


 術式自体は単純。

 だが、そこに込められる魔力はとんでもないモノである。


「!灼熱地獄ヘル・バーニング


 途端に地中のずっと下の方で、ズンッという感じの衝撃を俺は感じた。


 突然とんでもない熱量が発生したんだから一瞬周囲の物質が蒸発しただろうし、衝撃くらいは伝わってくるだろう。


 俺は「次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールド」も展開して丘が吹っ飛んだり、陥没したりする事を防ぐ。


 魔法の発動状態をマップ画面を開いたまま確認する。


 熱源の場所は第二階層の真ん中付近。

 熱源が発生した瞬間に周囲は消し飛んだ。

 熱はどんどん周囲を飲み込み、灼熱の溶岩となって地下深くに流れ込んでいく。

 その間も熱源は上層階を形成する岩を溶かして次々に流れる溶岩が増えていった。


 先程の振動を感知してか、懐中電灯を持った警備員が数人ほど旧聖ミカエル教会の付近まで来たようだが、魔法で気配も姿も消している俺たちを見つけることができなかったようで、「何の振動だったんだろうか」などと首をひねりつつ帰っていく。


 エマも閣下も息を殺して壁に張り付いていたのはちょっと笑えた。


 そしてようやく三〇分が過ぎ去り、魔法の効果が切れた。


 マップ画面の三次元表示を見る限り地下迷宮は跡形も無く消え去った。

 第一階層と第二階層があったあたりにドーム状の空間が残っているが、万が一発掘されてもどのように形成された空間なのかはサッパリわからないに違いない。


「よし、任務完了」

「この地の神力量は測定出来たのでしょうか?」

「ああ、その辺りは問題ない。

 一番神力を生み出していた元を断ったからな」


 俺がそういうと閣下は「ほうほう……彼らが生み出していたと」と関心した声を上げた。


「原初種族だったみたいだから、信仰心も今のティエルローゼ人以上だよ」

「なんか勿体ない気がするわね」

「確かにね。

 でも、生み出した神は、魔族たちの神々だ。

 ティエルローゼの神々とは相容れないだろう。

 ティエルローゼに連れて帰るワケにはいかない」

「そうでしょうね……」


 ローゼン閣下も俺の決定に異を唱えない。


「ま、ケントはこれ以上頭の痛くなる問題を抱えない方がいいわね。

 それでなくても、色々抱え込んでいる感じだし」


 俺は「そう言ってもらえれば助かるな」と返しておく。


 俺がどう決めようと、世界の誰が文句を言うわけでもない。

 どうせこの瞬間に地球が消滅したからといって、宇宙の何が変わるわけでもないのである。

 それと同じで、彼らが消え去った事は、世界の事象において何の変化も及ぼさない。


 ただ、俺が心のにどんなストレスを与えるかが問題だろうか。

 手を下したのは自分。

 そういった心に闇を落とす感覚を癒やすのは難しい。


 だからこそ、エマや閣下は俺を責めるような文言を一言も発しないのである。

 為政者に非情な決定が付き物なのは貴族である彼、彼女にはよく解っている事だからだろう。

 それが嬉しくもあるが、心の一部分で俺の非情を責める言葉も欲しくもあり……


 要は複雑な心持ち、センチメンタルな気分なんだよ。


 こんな時、猫派の俺に猫様の癒やしが必要なのだが、猫を飼ってないのでどうにもならんのが悔しい。


 ティエルローゼに帰ったら、色街区画にでも繰り出して猫人族の女性でも買って癒やしてもらうのがいいかもな!

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