第31章 ── 第28話
第一層から第三層まで、通り道にはほぼ何もなかった。
トラップや宝箱っぽいモノもなかった。
ここのゴブリンは他の生物を知らないらしく、出会う度に戦闘をふっかけてくる。
最初に会ったゴブリンどもの方がよっぽど現状を理解する能力に長けている気がしてきたよ。
「ここのダンジョンは、えらく飾り気がないですな」
「そうね。世界樹よりも何もない感じね」
そりゃねぇ。
目が見えるヤツが相手ならともかく、ここのゴブリンは盲目だし模様替えって文化もなかろうしな。
連れている盲目ゴブリンは、仲間たちがいとも簡単に突かれ、切り裂かれ、焼かれても悲しんだり嘆いたりすることが無かった。
かえって「食料が増えた」と喜んでいる節がある。
それよりも、俺たちが同族を倒して死体を食料にしない度に「Gapogipaguraではないのか」と恐れの感情をぶつけてくるのである。
ただ、強いという事にだけは素直に関心を向けてきていところがティエルローゼの強者至上主義的な法則に似ている気がする。
そして二時間ほどで最下層まで到達した。
この階層は盲目ゴブリンの生活区画だった。
無闇やたらに襲ってくるゴブリンはいないが、俺たちの気配や匂い、そして案内させたゴブリンたちの返答から、とんでもない存在が現れた事には気づいたようで、遠巻きに様子を窺っている感じがする。
第四階層に降りてきた階段付近は、こういった一般人的なゴブリンが殆どで、戦えるゴブリンは暇があれば上の階層へ出向いて戦い合っている。
そしてこの生活区画の奥に目指していた最奥の宗教区画がある。
そこには神官が存在するそうなので、そいつらに話を聞きに行くワケである。
「いつでも滅ぼせる準備を頼むぞ」
「了解よ。
ケントの配下のゴブリンに比べると、退廃的だし汚いし……
あんまり価値は見いだせないし……」
フィルの実験用生物としては利用できないか考えていたとかサラッと怖いことを言うエマに戦慄を覚えたのは秘密だ。
「文化というほどの文化は確かに目にできませんでしたな。
生物としてここまで下等では、ティエルローゼでは生きていけますまい」
ローゼン閣下もエマと同意見ですか。
やはりこの辺りに地球生まれの俺との差を感じます。
あちらの人間は、さっきも言ったように「強さこそ全て」という世界的な風潮に影響を受けています。
そんな世界的な風潮の中で「ノブレス・オブリージュ」的な思想が生まれた事に驚きを隠せませんね。
まあ、強者だけでは早晩絶滅する未来しかないし、本能的にそれを避けた可能性はありますが。
その辺りに人間種の柔軟性を感じます。
とうとう神官がいる区画にやってきました。
地球にしろティエルローゼにしろ、神を祀る場所が綺羅びやかなのは変わりがない為、そういう感じを想像していたならガッカリゾーンと言えるだろう。
なにせ飾り気がない。
偶像崇拝を禁止されているアブラハムの宗教ですら作って祀る神の像すらない。
ただ、この地下迷宮では貴重な金属製の器のようなモノが大小あわせて数十ほど並んでいるのだけが印象的である。
「ガリャル、何者を連れてきた?」
「神官さま、人間と名乗るモノでございます。
戦士たちを倒しても食べないようで……」
食べないというあたりで怖れ的な感情を込めているようで、神官も見えない目を見開いてギョロギョロさせている。
「Gapogipaguraが現れたのか!?」
「だからGapogipaguraって何だよ……」
俺がそう思わず突っ込むのは当然の流れである。
「Gapogipaguraを知らない……?
Gapogipaguraではないと……?」
神官の困惑は手に取るように解った。
どのくらい閉じ込められて生活してきたのか解らないが、自分たち以外の生物の事は殆ど知らないのは間違いない。
まあ、ネズミっぽい小動物や虫の類はこの地下でも見かけたので、それ以外の生物って意味でね。
「お前たちは創りし者ヤヴェル様が作られしアダムから生まれたモノたちか!?」
神官は怒気とともに畏れまじりの声を張り上げた。
「君が言うヤヴェルがハイヤーヴェルの事なら、その手の者と言ってもいいかもしれんな」
神官は力尽きるように膝を折りへたり込む。
「とうとう世界の終焉が……」
「まあ、君たちがどう思おうと俺たちには関係ない。
生かすか殺すかは君たちの話を聞いてから決めようと思っている。
話を聞かせてもらえるな?」
有無を言わさない俺の雰囲気に神官は首を縦に振る以外の行動はできない感じだ。
「本当にGapogipaguraではないという事か……」
「まず、その『Gapogipagura』ってのが何なのか聞きたいんだが?」
神官ゴブリンは、顔をこちらに向けて「そこから話そう」と言った。
Gapogipaguraとは「世界を滅ぼせし者」という意味だそうだ。
彼らを作り出した神々の間で「Gapogipagura」と呼ばれていただけで、その名前自体には何の意味もないとか。
ただ「世界を滅ぼせし者」という方の意味は畏怖を込められた名前として神々の間で伝わっていたとされているそうだ。
どこの神話にもある破壊神的なモノなのかもしれない。
その存在は世界の終末を意味し、現れた世界は滅びてしまう。
神々ですら滅ぼすらしく、「世界を滅ぼせし者」が現れたら神ですら世界を捨てて逃げ出すのだとか。
ある神がその「世界を滅ぼせし者」の手の届かぬ地を探して世界を繋げて逃げ回ったというのが盲目ゴブリンたちの創生神話の序章であった。
その辺りはハイヤーヴェルたちが地球に渡ってきた事と符合しているね。
逃げてきたのかは解らないが。
その辺りは一度ハイヤーヴェルから聞いておく必要がありそうだな。
ただ、あいつと話をする場合、夢の世界の中でなければならないのがネックである。
俺、あの空間を自分の意思で用意出来た事無いからな……
「この地に訪れた神々の中でGapogipaguraを封印に成功した神がいる。
その神は我らを創りたもう神々の一人であらせられる」
「ほう。
戦闘系の神って事かね?
その神の名を聞いても?」
「ナマハ・サマンタ・ブッダーナーン・シャクラーヤ・スヴァーハー」
「は?」
俺は耳を疑った。
真言じゃねぇか?
「発音は何となく違うが、外の世界ではノウマク・サマンダ・ボダナン・シャカラヤ・ソワカって伝わってるな」
「我が神の御名を知っておるのか!
我らの仲間であったのか!」
「いや、違うけど。
つーか、お前らの神ってインドラさんかよ……」
真言としては「ノウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ」の方が有名だろう。
日本では「帝釈天」として信仰されているインドの神様ですよ。
何で、こんなイギリスの地下で信仰されてんだか……
ちなみに、こういった呪文みたいなのを真言、またはマントラと言い、神々の名を称える為の文言である。
神の名を称える文言で、その言葉に備わるの力を使って霊を払ったり結界を張ったりするような描写を描写を漫画やアニメで見たり聞いたりした人は多いだろう?
ちなみに、ハリスが使えるようになった「不動金縛りの術」も、この真言に由来する。
「イ、インドラさん……?」
「ああ、俺の生まれた土地では、インドラという異国の神を信仰する人もいるんだ。
帝釈天って名前だけどな」
自分たちの神が、知らない生物に信仰されていると聞いて神官は自分の神の素晴らしさに感動の涙を流し始める。
「まあ、インドあたりでは最高神だったし……
ん? 待てよ?」
盲目ゴブリンがあのインドラさんの眷属だとすると、この地の地下にこいつらを移したのって……
古代インドの神話「リグ・ヴェーダ」によればインドラはある存在と戦ったと伝わっていたはずだ。
それは「天を覆い隠す者」とか「障害」とか呼ばれる物騒なもので、「手なく足なき怪物」だとか蛇族の最初の一人だとか。
その名を「ヴリトラ」という。
世界の終末を運んでくると忌み嫌われた存在である。
彼らの言う「世界を滅ぼせし者」がヴリトラと同一存在だとすると超有名な武闘派の神インドラが倒すしかなかったほどの存在である。
インドラが厨二病的に「ああ、あいつ? 俺が余裕でボコッてやったわ」的に眷属に伝えていた節が、神官から聞く神話から感じられるのが不安だな。
そもそも、リグ・ヴェーダによればヴィリトラは殺したはずである。
だが、彼らは「封印した」と言っている。
という事は封印が解かれた時に復活することになる。
その日を見据えて、彼ら盲目ゴブリンを地下深くに疎開させたのではないか?
インドラ的にヴィリトラは直ぐに復活してくる可能性も考えたという事であろう。
彼の戦力として、ここで力を蓄えさせていたとすると杞憂に終わっているようだが。
さて、ここからは俺の妄想ね。
プールガートーリアの神々は、なぜ次元の壁を破って新天地に来たのか。
世界を滅ぼせし者の脅威から逃れる為ではないだろうか?
この辺りは盲目ゴブリンが最初に言っていたので間違いないんじゃないかな。
となると、神々はヴリトラにより世界を滅ぼされる危険を感じて別の世界を探していたのではないか。
そういった予感を覚えるという事は、世界を滅ぼされたのは一度や二度の事ではないのかもしれない。
そんな逃亡地の一つが地球だったのではないだろうか。
だが、地球には既にガイアがいた。
プールガートーリアの神々はガイアを無視して好き勝手に地球を弄り倒した。
ガイアの嘆きに共感したハイヤーヴェルが画策したのが、神々を追い返し地球への道を閉ざすことだったのかもしれない。
彼ら異界の神々とは別の法則で生まれ営まれている地球という世界を、むざむざ壊される事を是としなかったのが創造神ハイヤーヴェルの矜持だったのかもしれない。
なぜなら、彼も世界創造を司る神だからだ。
地球を創造した
そして、ハイヤーヴェルはガイアの創造理論を応用してティエルローゼを作り上げた。
まさにプールガートーリアの神々からの……いや、ヴリトラからの防衛線として。
俺の妄想なのでヴリトラがやってくるなんて事はないと思うが、それを危惧していたプールガートーリアの神がいたという事だけは忘れてはいけない。
ティエルローゼが「強者こそ正義」というルールに支配されている理由が、ヴリトラ対策だとしたら、色々と見えてくる気がしないでもないだろう?
それを御せねば世界が滅びるんだからねぇ……
まあ、もし俺の妄想が真実だったとしても、俺や仲間、神々と協力してなんとか対処すればいい。
俺たちにはその力があると思うしね。
さて、ここでの確認作業は終了だ。
後は、彼らの存在をどうするかだ。
まあ、絶滅させるのが順当ではあるが……
どうしたもんかね……
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