第31章 ── 第27話

「よし、いいぞ」


 俺の掛け声で、エマがゴブリンに掛かっている眠りの魔法を解いた。


「え? あ? 俺なんで寝てる……うぉ!?」


 俺たちが近くにいるのを匂いか音で察知したのだろう。

 ゴブリンの一匹が見えない目をこちらに向けてきた。


「あ、あれ?

 俺、なんで動けない?」


 他のゴブリンは縛られた手足を無理に動かそうとして、イモムシのようにのたうち回っている。


「お前たちは拘束されている。

 下手に動かない方がいい。

 お前たちの生殺与奪は俺たちが握っているんだからな」


 俺の言葉が聞こえたようで、ゴブリンたちがビクリと身体を揺らす。


「俺たちを食うつもりか……?」


 一匹のゴブリンの言葉に「次の順番は俺たちじゃない」とか「俺たちは役に立っている! 役立たずじゃない!」とか、とにかく煩い。


「黙れ。

 そもそも、お前たちみたいな臭い生物を食う趣味は俺たちにはない」

「食わないのに殺すのか?」


 彼らの価値観としては殺したモノは食べるのが当然なのだろう。

 食べなくても殺す事もあるんだけどね。


「当然だ。

 脅威は排除しておくに限る。

 お前たちが脅威であるならだがな」


 俺はニヤリと凄みのある笑みを浮かべてみたが、こいつらには見えない事を思い出して変な表情を作るのをやめた。


「脅威?

 お前たちの方が脅威じゃないか。

 いつの間にか俺たちを動けなくして……

 こんなの御伽噺に出てくる魔法だろ……」


 ほう。魔法という言葉がこの閉鎖空間にもあるのか。


「魔法だと?

 確かに俺達は魔法を使う。

 よく知ってたな」


 俺の言葉にゴブリンたちが恐怖の表情を浮かべた。


「ま、まさか……あんたら……Gapogipaguraなのか……?」

「な、何だって?」

「だからGapogipagura……違うのか?」


 意味が解らん。

 Gapogipaguraとかいう単語だけ理解不能だ。

 その部分だけ翻訳機能が働いてない感じだろうか。


「悪魔とか神とかいう意味なのかな……」


 俺がボソリと言った言葉にゴブリンが息を呑む。


「Gapogipaguraと神を一緒にするとは!

 なんという不敬なヤツなんだ!」


 神という単語はあるのか。

 じゃあGapogipaguraって何?


「という事は悪魔でもないって事かな?」

「悪魔?

 それは神が使役していたモノの事だろう?

 Gapogipaguraは神々の敵だぞ。

 食わずに殺すなんてのは、Gapogipaguraの所業だ」


 どうやら何か別のモノと勘違いしているらしい。


「お前たちの神の名前は?」


 ゴブリンたちに動揺が走る。


「神の名前はおいそれと口にできないんじゃないのか?」

「俺たちは神官から神の名を知らされていない」


 どうやら神の名前は知らないらしいな。

 それと神官は存在するらしいので宗教もあると。

 信仰しているにしろ、していないにしろ、神というモノを畏れるようには教育されているんだな。


 何にしても、こいつらをここに閉じ込めた存在はコイツらがいう神なんだろうし、神官とやらに話を聞くのが早いかもしれない。


 ゴブリンを引っ立てて、その神官とやらがいる場所へと案内をさせる。


 歩きながら聴取を続けると、色々話を引き出せた。


 まず、彼らは凄い大昔に地上という場所で何人かの神々によって作られた存在だという。

 神々に奉仕する為に作られたんだとか。

 その内、他の地域の神々と自分たちの神々が争いを始めた為、自分たちはこの地に隠されたのだという。


 地上という異世界がどこにあるのかも知れないが、神官たちはいつか神々が迎えに来た時に地上で神々に奉仕する為に自分たちは生き残らねばならないと教えているとか何とか。


 どうもプールガートーリアの神々が地球に来てた頃に作られた種族のように聞こえるな。


 こういう時に魔族連を連れてこなかった事を後悔するね。

 彼らはその時代を見てきた生き証人なので。


 話しを整理すると、彼らはプールガートーリアの神々が直接作り出した眷属である。

 ティエルローゼにおける神々とプールガートーリア時代から神々に仕えている魔族たちと一緒だ。

 ドラゴンも同列になるね。


 そう考えると古い種族なんだろうね。

 こんな閉鎖された地下迷宮で今日まで生きながらえている段階で、相当強靭な肉体を持つ生態なのは間違いないし。

 やはり古い時代は今よりも強靭な原種族と言えそうな存在がいっぱいいという事だね。


 その強さを維持できてない現代の種族は、生物的に老いてきているのかもしれないな。

 だからといって、滅びに向かっているとも思えないが。


 さて、この地の盲目ゴブリンは、かなりの数がいるが正確な人口は解らない。

 彼らは二〇よりも多い数字を持たないからだ。

 指の数だけは数えられるって事だ。

 人間と同じく、手も足もそれぞれ五本の指があるのは、神々がゴブリンを作る時にベースにした生物が五本指を持つ哺乳類だったからかもしれない。


 神々が強制進化させたのが後の人間や彼らゴブリンだったとしたら、長年考古学、生物学界が謎としてきたミッシング・リンクの説明になるのではないだろうか。


 とは言っても、こんな荒唐無稽な話を信じる学者はいないだろうが……


 様々な話を聞きながら進んでいると、別のゴブリン集団に遭遇する。


 そいつらは、有無を言わせず攻撃してきたので、俺の剣とエマたちの魔法で一瞬で片付ける。


「お、お前たち……本当にGapogipaguraじゃないのか……?」


 血の匂いを嗅いだからだろう。

 そんな問いが再び俺たちに向けられる。


「そのGapogipaguraってのは何なんだ?」

「怪物さ。

 子供の躾に良く使われる怪物の事だ。

 俺はそう思って来た……

 お前たちのような存在がいるなら、その話は本当だったんだな……」


 それはブギーマンとか、ナマハゲみたいな感じの怪物なのか?


 Gapogipaguraについて詳しく聞いてみる。


 その存在は、意味もなく殺す。

 死体も食らいはしない。

 殺すだけではない。

 何でもかんでも手当たり次第に破壊するという。

 そこには生きとし生けるもの、存在するものすべてを憎む感情しかないという。


 聞けば聞くほど、破壊の権化みたいな存在だな。


 世界の神話には破壊を司る神の伝承が色々と残っている。

 ティエルローゼにもカリスという破壊神の話が未だに伝わっている。

 そういった破壊神とは話のニュアンスがだいぶ違う。


 破壊には創造が伴うのが基本なのだが、破壊のみで創造に繋がらない存在はあまり聞いたことがない。


 つまり、破壊と創造は表裏一体なのが基本である。

 破壊のみであれば世界が滅んでしまうのだから、それは神の所業ではないのだ。


 だが、彼らがいうGapogipaguraとは、破壊のみでありそれは、有機物、無機物関係なしに滅ぼそうとしているという。


 そんなとんでもない存在と同一視されるとは甚だ遺憾ではあるが、そんな存在が実在したならば、どうやって戦えばいいのやら解らん。


「そういや、神々が再び戻ってくるとか伝わっているみたいだが」

「神々は自らの発祥の地へ戻ったと聞いている。

 我らのような守るべき奉仕する存在がその地にもいたんだろう」


 ふむ。

 神々は何からその生まれた地を守りたかったのだろうか。

 それがGapogipaguraなのだろうか。

 そんな破壊の権化みたいな存在がプールガートーリアを襲ったとしたならば、そりゃ帰る事もありそうだが……


 ガイアによればハイヤーヴェルと協力してプールガートーリアの神々を元の世界に追い出したということだが……


 彼ら異界の神々が、防衛のために元の世界に戻らざるを得ないような存在という事だろうか。


 なんとも不吉な神話に身震いがしますな。



 しばらく歩きながら二〇匹くらいのゴブリンを瞬殺して気づいたのだが、こいつらが持つ武器は、骨の棍棒や骨から削り出したナイフのようなモノしかないのに気付いた。

 来ているヤツも何かの生物の皮から作ったモノしかないようだ。

 何の皮なのかは自明の理だろ?


 骨も皮も自前って事だ。

 要は彼ら的にはカニバリズムが基本って事。


 あんまり考えたくなかったけど、そうじゃないと閉鎖された地下空間で生きていく方法なんて説明つかないからな。


 俺たちはそれを邪悪な行為だと決めつけて掛かる。

 現にそういった内容を通訳して話して聞かせると、ローゼン閣下はともかく、エマは露骨に嫌そうな顔をしている。


 どの世界も本来同族食いはタブーなのだ。

 食物があまりにも少ない未開の地では起こりうる事だし、それを全て悪とするのは、俺らの宗教観というか世界観が許さないからだ。


 彼らは、この閉鎖空間でそう生きていかねばならなかった結果、利用できるものを利用しているに過ぎないのだろう。


 文化というよりも置かれた環境の違いというべきかもしれない。

 そして強いやつが支配するという考えは、外の世界と一緒である。

 弱ければ食われるという事だ。


 役立たずや弱いものは強者の食料。

 まさに資源として使っているワケで……


 あんまり長居をしたい場所ではないけど、その発想を邪悪とは断言できない。


 まあ、ここ以外のどこに行っても、彼らは邪悪な存在とされるのは間違いないだろうが。


 さて、情報が集まり始めると、外の世界……地球人類にしろティエルローゼの人間種たちにしろ、彼らを受け入れる地盤はなさそうに感じる。

 だからといって、彼らを放置できるほど寛大にもなれない。


 嫌なことだが、最悪の最終決定がチラついて見えてきていた。


 ほんと、面倒クセェなぁ……

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