第31章 ── 第24話

 オニール女史とその助手たちも引き連れて、再びグラストンベリー修道院へ。

 総勢一〇人ほどになってしまったので大学が所有するマイクロ・バスを出してもらった。


 久々のフィールドワークにわいわいと騒ぎ合う学生たちとオニール女史の助手たちの雰囲気に大学時代に見た懐かしさを感じるも、自分が学生だった頃にはこんな仲間と呼べそうな友人は皆無だった事を思い出し、少々暗鬱とした気持ちになる。

 ハリスやトリシア、マリスにアナベル、エマとフィル、そして魔族連もいてくれるので、今となっては暗くなる必要もないが。


「教授、今日はどの辺りを探索するのでしょうか?」


 助手の一人がオニール女史に質問している。

 彼女はローゼン閣下に「どうしましょうか?」という視線を向ける。


 苦笑いのローゼン閣下は『どうお答えすれば良いでしょうか』とパーティ・チャットで聞いてきた。


 さて、どうしたものか。

 実のところグラストンベリー周辺で新しい発見はないんじゃないかと思っている。

 アーサー王伝説は既に手垢が付くほどに研究され尽くしている分野であるし、新展開はあまり期待できない。


『そうだねぇ。昨日着いた時に警備員に見つかって調べられなかった、グラストンベリー・トーあたりがいいかもね』


 グラストンベリー・トーというのは、例旧聖ミカエル教会がある丘のあたりを指す。

 観光名所として非常に有名な場所である。


 あの辺りにレイラインが通っているとか言われているんだっけ?


「我々はグラストンベリー・トーの辺りはまだ探索できてないので、あちらでよろしいですか?」


 オニール女史は「畏まりました」と言うと、学生たちに色々と指示を飛ばした。


 大学からグラストンベリーまでは、近いので一〇分もしない内にグラストンベリー・トーへ入る小道の前に到着した。


 バスを降り、行列をつくりつつ丘を登る。

 既に一〇時を過ぎているので観光客も散見できる。


 少し登ると丘の頂上にそびえ立つ塔のようなモノが見えてくる。


「ねえ、あれって昨日の夜に来た場所よね。

 あんなのが建ってたのね」


 エマすげぇ!

 マップも無しに初めて来た土地でそれができるんか!

 向いた方向や移動した距離から、正確に自分の現在位置を割り出すなんて芸当は、熟練した斥候にも難しいんだが……


「ああ、そうだよ。

 良く解ったね」

位置記憶ロケーション・メモリーを使っておいたのよ」


 なるほど……

 って魔法使ったんかい!


 ちなみに位置記憶ロケーション・メモリーとは、ダンジョン探索などで使われる位置確認用の中級魔法である。

 最初に起点となる場所で使っておくと、読み出し用のコマンド・ワードを唱える事で位置を把握できる。

 ただし、起点ポイントを記憶メモリしておくだけでMPを消費するため、それなりにMP総量が多くないと維持しておけないのが難点である。

 イルシスの加護を持つエマにはあまり関係ないかもしれないが。


 それにしても、イルシスの加護って違う世界でも有効なんすかね?

 あまり気にしてなかったが、検証が必要かも……


「解っていると思うが……」

「心得ているわ」


 エマは俺が以前渡した指輪を嵌めた手をひらひらと見せてきた。


 なるほど、魔法充填の指輪リング・オブ・マジック・チャージを使ったのか。

 それでもこっちで魔法を使うのは危険な行為だと思う。

 エマほどの才媛なら弁えてくれているとは思いたいが……


「ちなみに、あれが旧聖ミカエル教会跡だな」

「教会なの?

 見張り塔みたいな感じだけど」


 あっちの世界では見慣れない形の建物なので、エマは少し眉間にシワを寄せる。


 言っている事は解る。

 あっちでは建物の規模で教会、神殿、大神殿といった感じで呼び方が変わるが、基本的に平屋で高い塔みたいなモノは存在しない。

 塔は、城や要塞に付随して建てられることが多く、基本的な役割は物見櫓のような警戒用である。


「確かに、どう見ても物見櫓にしか見えないよな。

 でも、この辺り一帯はパワー・スポットと思われていて、観光客には人気なんだよ」

「へぇ」


 エマは興味が湧いたのか周囲を見回している。

 丘には芝生みたいな草は茂っているが木々などは見当たらない。


 あの教会跡に一〇人くらいの兵隊と弓兵を置いたら守りやすい地形かもしれん。

 現代戦ではレールガンとか榴弾砲の餌食にしかならんけどな。


 俺は苦笑しつつ、マップ画面を開いてグラストンベリー・トー周辺を確認しておく。

 平面マップで見ると、ただの丘に四角い建物が建っているようにしかみえない。


 一応、高低差があるので三次元マップ表示をして、俺はマップ画面を二度見する事になった。


 旧聖ミカエル教会の地下四〇メートルあたりから更に下にそれはあった。


 左へ右へと曲がったり、途中で分岐したりする通路……

 そしてその通路状の空洞の先にはさらに大きく広がった空間。


 おいおい。

 こりゃぁ……


 それはどう見てもダンジョンである。


 いや、まさかマジで?


 俺の驚きは正当なものだ。

 この科学が発達した時代に、隠された地下迷宮が見つかっていないなんて。

 もちろん、あっちの世界とは違いモンスターやら宝箱が自然と湧くような迷宮ではないとは思うが。


 しかし、地下にある人口建造物なんてロマンしか感じないな!

 そこにはどんな歴史的な秘密が隠されているのだろう。


 俺は三次元マップをあちこち回転させつつ、その秘密の地下空間を見聞する。


 旧聖ミカエル教会の地下にあるんだから、教会から降りられる通路みたいなものがあると思うんだがマップ画面では確認できない。


 どうやって入るんだ?

 まあ、誰にも入られないように入り口や通路を埋めたという可能性も否定できないが。

 何らかのギミックが残っているなら表示されるかもしれないが、マップ画面では故意に埋められた通路まで発見はできないのだ。


 俺はマップの表示範囲をさらに広げてダンジョンの全体像をチェックする。


 大きさ的にはそれほど大きいダンジョンではない。

 四層しかないし、それぞれの階層は一〇〇メートル四方もない。


 ん? これは何だ?

 丘の南側の中腹に何かあるな……


 マップで確認すると小道があるようだが。

 小道があるという事は人がそこに行ったり来たりしているワケだが。


 マップ画面だけでなく、スマホでインターネットから情報を引き出す。


 ふむふむ、エッグ・ストーンとな?


 どうやらそこには卵型の岩があり、触りながら願い事をすると叶うと言われているモノらしい。


 マップ画面で詳しく調べるとその岩の下から地下迷宮へと繋がる空洞が表示されていた。


 こいつは大発見だ。

 俺は少し興奮してしまう。


 もし、この情報を発表すれば大発見と大騒ぎに……


 そこまで考えて、いっきに冷める。


 俺は有名になりに来たワケではない。

 というか目立ってどうするんだよ。

 こっそり調べてこっそり立ち去るのが順当だろう。


 目的を間違えてはいけない。

 この世界の余分な神力を頂く算段を立てるのが一番重要なのだ。


 俺はスマホをインベントリ・バッグへ仕舞い込み大きく息を吸い、それから吐いた。


「どうしたの?」


 隣を歩くエマが心配そうな視線を向けてくる。


「いや、ちょっと目的を間違えそうになっただけだよ」

「そう? 大丈夫ならいいんだけど」

「俺は子供の頃、考古学者になりたかった事があってね」

「あのオニールって人と同じ職業クラスね?」


 クラスって感じではないが、ティエルローゼでは職業クラスという言い方になるわな。


「ああ、歴史的な遺跡や遺物を見つけたりする職業だよ」

「冒険者と何が違うのか解らないわね」


 俺は笑ってしまった。


 確かに冒険者もダンジョン化した遺跡などを探索したりするが。

 こっちではダンジョン化が起こらないからな。


 レリオンの迷宮は神が意図的に作った特殊なモノだ。

 あっちでダンジョンというと、こういう遺跡に魔力が自然と溜まっていく過程を経て「ダンジョン化」が起こる。


 ダンジョン化した遺跡や洞窟にはモンスターが湧き、周囲の住民に非常に危険な存在となる。

 冒険者はそういったダンジョンを一掃する事も業務としている。


 とは言ってもダンジョン化した遺跡や洞窟が発見されることは稀であり、どういったシステムで起こっている現象なのかは未だに謎なのだそうだ。


 多かれ少なかれ神々の力が関わっていると思うんだが、俺も詳しくは知らない。


 なにせダンジョン化した遺跡や洞窟には、宝箱が現れるそうだからな……

 魔法道具や魔法の武具なども手に入るというんだから、やはり何らかの力が加えられているんだと思うんだよな。


 笑いながら目の端に映る三次元マップにチラリと何かが写った。

 俺の笑顔が一瞬で消える。


 それは赤い光点であった。


 地下迷宮に何か敵対的なモノがいる。

 俺はそれをクリックしてダイアログを表示した。


『盲目ゴブリン

 レベル:一〇

 脅威度:なし

 一般的なゴブリンであるが、長年の地下生活で目は退化して無くなっている。

 それと引き換えに聴覚と嗅覚が発達している』


 一大事である。


 この地球上にゴブリンが存在している。

 それもレベル一〇もあるヤツがだ。


 俺はマップ画面を拡大してダンジョン内を確認する。

 そこには赤い光点は数百程度あった。


 これは看過できない自体である。


 俺はパーティ・チャットでエマとローゼン閣下に伝えた。


『今夜も眠れない夜になりそうだ。

 後でSPポーションを配るから飲んでおいてくれ』

『何かありましたか』

『ああ、こっちの世界では由々しき事態と言えるだろうな』


 俺はこの事を二人に説明した。


 地球にはレベルという概念が基本的にない。

 強いてレベルという概念に当てはめた場合、人間の平均的レベルは一桁。

 軍の兵士でもレベル五~八くらいだろう。

 コッソリと敵の基地や施設にダンボールを被って侵入しまくる歴戦の特殊部隊員みたいな存在だったとしてもレベル一五もあれば良い程度だと思われる。


 そんなところにレベル一〇のゴブリンを放り込んだら、確実に大惨事になるのは間違いない。

 それが数百もいるのだ。


 ティエルローゼならブロンズかカッパーあたりの冒険者数人で対処できる程度かもしれないが、こちらでは軍隊ですら壊滅させられかねない。


『これは俺たちが何とかしないとこの地の市民が危険になると思う』


 エマはニヤリと笑った。


『これは冒険者の出番だわね』


 そういやエマも冒険者カード所持者になってたんだっけ。


『私も忘れないで頂きたい』


 ローゼン閣下がローブのポケットから何やらカードを取り出した。


 うお、あれってミスリルのカードじゃねぇか!

 とりあえず冒険者登録してあるってレベルじゃねぇな!


『なんとも頼もしい仲間で助かるよ』


 俺はそう言いつつ苦笑いするしかなかった。

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