第31章 ── 第22話
明日から使うカバーストーリーはこうだ。
英国国教会の主教であるローゼン閣下が、この地にあるアーサー王伝説の研究の為に視察に来た。
俺とエマはお付きという事で通す。
その辺りの基本情報を、エマとローゼン閣下にしっかりと覚えて負いてもらわなければならない。
資料を用意して渡しておきたいのだが、それは流石に用意できない。
なので口頭で伝える。
二人はレベルが高いので記憶力も良くなっているだろうし覚えられると思う。
さて、今回はとっとと転移してきたので色々と用意が出来てなかったのだが、朝までに周到に用意する事にした。
まず格好から。
ローゼン閣下はそのままでいいが、俺とエマはだめだ。
例え女の子だとしても聖職者がピンクのローブはありえない。
俺に至っては作業用の平服ではあるものの、こちらには無いタイプのあっちの服だ。
この辺りは是正しておかねば、昼間この辺りをウロウロできない。
まず、エマには黒を主体として修道女風のローブを着てもらうことにしよう。
俺はスーツとまでは行かなくてもワイシャツにスラックス、革靴程度の格好をしておきたい。
俺の服は、こっちに着ていたもう一人の俺が使ってた服が使えそうだが、エマは用意ができていない。
朝までに俺が縫えば問題ないだろう。
口頭で色々と教えつつ縫わねばならないのが大変ではある。
だが、俺の高ステータスでなんとかカバーする。
三人共に徹夜になるが時間が無いので仕方がない。
「で、私は修道女っていうのになるのね?」
「そう。カトリックの教会に所属する修道女だ。
まあ、女
「閣下は国教会の主教ってヤツよね?
カトリックとは違うみたいだけど……」
なかなか鋭い。
「うん。
英国国教会に修道院はないんだよ。
だから、カトリック系の教会所属って事にしたワケ。
ちょっとややこしいけどねぇ」
一六世紀、ヘンリー八世による宗教改革によって修道院は解散させられてしまってから、国教会所属の修道院はなくなってしまった。
だからといって、イギリス国内からカトリックがいなくなったワケではないないし、他の宗派のキリスト教徒も存在する。
王様にもカトリック教徒はいたし、アイルランドはカトリックが殆どである。
他にもやメソジスト教会やバプテスト教会などもある。
詳しくはわからんが。
そういった他の宗派が運営する修道院は健在である。
それに派閥が違うからといっても敵対しているワケではないので、理由があれば協力して事にあたるなんてこともないとは言えない。
研究内容はアーサー王関係という事にして、詳しくは秘密って事で押し通そう。
「何か二人が対処できない事態になったら、俺に話をふってくれればいいよ」
その時はアドリブで対処する。
それでも対処しきれなければ精神属性魔法で何とかするしかな。
記憶操作まで使うことはないと思うが、
無詠唱なら使った事も気づかれないだろう。
「私は主教という地位の者だそうですが、主教というのは何をする地位なんでしょう?」
「うーん、ティエルローゼの教団に司教っているでしょ?
あれと変わらないよ」
司教は基本的に自分が管理している教区の最高権力者である。
ティエルローゼでは神殿区と呼ばれる地域の中で自分の神殿がある区画を管理する。
司祭、助祭などがその仕事をサポートする。
この上に大司教という地位もあるが、複数の司教がいるような場合に便宜上選出される役職となる。
そして、教団の最高権力……いわゆる教祖は世界にいる大司教、司教を統括し、神々の教えを世界に広めんがために活動する。
キリスト教には、他に枢機卿という存在がいる。
法皇を補佐する役職だ。
法皇はもちろん他の宗教では教祖の事だね。
「随分と偉い地位ですな……」
「気後れする必要はないよ。
帝国の宰相閣下よりは格は下だし」
地球だと発言力は一国の王と対して変わらないかもしれない。
中世ヨーロッパにおいて、教区内の司教たちは王国におけるミサなどの宗教儀式を統括していた為、平民や貴族に絶大な影響力を持っていた。
赤い僧服を着る大司教になれば、一国の王の権力よりも上かもしれない。
王様をキリスト教から破門させたなんて逸話も残っているくらいだから、法皇あるいは神の名の下に好き勝手出来たんだろうね。
免罪符とか売り歩いてたんだろうか。
こんな感じで朝まで質問に答えつつ作業をしながら過ごす。
二人はキリスト教や地球について知りたがり、いろんな質問をしてくる。
宗教がメインだが、政治・経済・科学技術にも及ぶ。
今いるオートキャンプ場には俺の飛行自動車に似た普通の自動車やキャンピング・カーが並んでおり、明かりも煌々と輝いている。
興味を惹かれるのは仕方がないので解る範囲で教えてやったよ。
朝になりキャンプ場にある水場を利用して顔を洗ったり食事の準備をする。
「はー……こちらにも魔法の蛇口があるんですなぁ。
お湯は出ないようですが」
俺は苦笑する。
「いえ、これは魔法でも何でもないです。
水道管というモノが地下に埋まっていて、水を流しているんですよ」
「はて?
魔法を使わないとすると……
水はどうやって押し出されてくるので?」
流石はローゼン閣下。
魔法を使っているならともかく、水自体は何らかのエネルギーによる影響がなければ動かないことを知っているのだ。
川が流れるのは上から下へ掛かる運動エネルギーがあるからだし、水面が波立つのは風力の影響である。
月の引力による潮汐の上下などもあるね。
ティエルローゼでは水に影響を与えているこれらの
「水道管の先にはポンプという装置があってね。水に圧力を掛けて水道管に送っているんだ。
だから、蛇口の取手を
「はー……」
ローゼン閣下は解ったような解らないような顔をしているが、「装置」という単語で納得するしかないようだった。
トリエンが売り出した都市用汚水浄化装置などから、何らかの仕事をさせるモノという認識から、水を押し出す装置なんだろうと思ったようだ。
理解力が高いので大変助かりますね。
ただ、誰かに聞かれているかもしれないという心配が胃に穴が空きそうになりますね。
朝が早いので人が起きてきてないのが救いです。
なので俺の目の前には大マップ画面が常時開かれている状態です。
いつでも警戒しておかないとね……
朝食は簡単な甘くないフレンチトースト。
ベーコンとチーズを載せ、ケチャップで味付け。
コーヒーは飲み慣れないと厳しいので紅茶を付けた。
それとサラダね。
ドレッシングは玉ねぎでパンチを効かせた和風な感じで。
スープは溶き卵と玉ねぎの簡単スープ。
飛行自動車の横に張ったターフの下で頂きます。
「これは中々。
やはり小麦のパンは最高ですな」
最近は帝国内でも小麦が出回っているんだが、すぐに小麦生活に切り替えられるワケもなく、今でも一般家庭では食卓に登るのは珍しいらしい。
どう料理していいか解らんというのが理由なので高いワケではないようだ。
レストランやら食堂とかプロの料理人がいるところでは、普通に使われているらしいんだけどね。
普及を目的にレシピ本でも出版する必要があるかもしれんねぇ……
食事後に閣下とエマ、俺の三人で洗い物をしていると、ようやく他の宿泊客が起きてきて、閣下の紫のローブを見て驚くものの、近くに来ては跪いていく。
閣下は俺が教えたように、人々に祝福の言葉を与える。
飲み込みいいなぁ……ってのが俺の閣下への感想。
他の客たちも満足そうに「今日はいい日になりそうだよ」と俺たちにまで笑顔を振りまいてくれた。
八時くらいになってようやくグラストンベリーの町に繰り出す。
この町の信仰の中心はグラストンベリー修道院であろうか。
アーサー王終焉の地として有名になり、アヴァロンを擬して作られたとかなんとか。
以前来た時に見たんだが、アーサー王の墓と王妃の墓もある。
グラストンベリー修道院は、先にも話した通りにヘンリー八世の時代に解散させられてしまっているので既に廃墟ではあるものの、観光地として世界中に知られている。
よって売店やカフェなどが併設されていて観光客で連日賑わう場所だ。
そんなところに紫のローブのローゼン閣下と修道服を来たエマが現れるのだ。
観光客の視線が集中した。
二人は完璧に主教と修道女を演じて衆目を集める役割に徹してくれた。
「エマ殿、素晴らしい建築様式ですなぁ」
「そうですね。
あちらの建物は崩れているように見えますが、戦でもあったのでしょうか?」
あの向こうにアーサー王の墓がある。
今立っているところは大聖堂があったとされる場所だな。
俺は神の目をオンにして周囲の神力を観測する。
確かにこの部分に信仰の力が集まってきているようだ。
昔は主祭壇があったのも頷ける場所だな。
アーサー王伝説の信仰を一心に集める修道院跡地だけあって、かなり神力が集まっているのが解った。
観光客も伝説を信じているはずもないのに、信仰心を垂れ流している。
やはり偽物だと解っていてもご当地に来るとそんな気分になるんだろうねぇ……
三〇分ほどあちこち見て回ると、何人かスーツ姿の女性と男性がこちらにいそいそと近付いてくるのを感知した。
「主教猊下がいらっしゃってるのはここだと……」
年配の女性がローゼン閣下を見つけると、「猊下!」と言いながら近付いてきた。
「どなたですかな?」
閣下はおっとりとした口調で言う。
「ストロード大学で教鞭を執っているエリザベス・オニールと申します!」
「ああ、先生でしたか」
ローゼン閣下が手を差し出すと、オニール女史はその手を両手で握りしめて凄い笑顔になった。
彼女の光点をクリックすると考古学科の教授らしい。
彼女は遺跡の保存などの専門知識を持っていてグラストンベリー修道院などの保存や修繕をしている考古学者だという。
「初めてお目にかかりますな」
「はい。主教猊下がこの地に来ていると伺いまして、ここにいらっしゃるだろうと思い探しておりました」
「私に何か御用かな?」
「昨日、警備のモノからアーサー王の研究をなさっている主教猊下が真夜中にいらっしゃったとお聞きしまして……」
どうやらナショナル・トラストの警備員の報告を見たらしいな。
そうか、ナショナル・トラストは歴史的建築物の保護を目的にしているし、彼女の知識や技術などの支援を受けているのかもしれないな。
「私はアーサー王伝説の専門家でして、是非猊下とアーサー王談義ができましたらと馳せ参じたのです」
厄介だなぁ……
閣下にはアーサー王の話は一通り話して聞かせたが、大学の教授と談義を繰り広げられるような知識はないぞ。
さっそく精神属性魔法の出番かと身構えてしまう。
とりあえず、今使っても場が混乱するだけだろうから、しばらく様子を見るか。
やれやれ、朝っぱらから波乱に満ちた展開になりそうですな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます