第31章 ── 第21話

 オート・キャンプ場に辿り着き、管理人を叩き起こして何とか一画を借りることが出来た。

 相当嫌な顔をされたが、マネー・カードから結構な金額を支払う事で何とかなった。

 1000ユーロは痛い出費だがくれてやったよ。


 さて、車で寝るのもいいが、オート・キャンプ場にはロッジが併設されているので、そっちに居場所を移し今後の行動を話し合う事に。


「朝からだけど、この周囲をぐるりと回ってから次の場所へ移動する。

 まあ、神力濃度を確認するだけだから一時間も掛からないで終わるけど」

「見て回れるだけ私には嬉しい事です」

「明るい時間に異世界見物できるのは確かに嬉しいわ」


 ローゼン閣下もエマも嬉しがっている。

 そんな単純な話でもないんだが、閣下のローブのお陰で面倒な事は回避できそうではあるが。

 どう動くべきかは調査でどう状況が変わるかわからんのでアドリブで動くしか無い。

 その状況を処理する時にローゼン閣下と口裏を合わせておく必要がある。


 基本的に閣下は誠実な人物なので嘘は苦手っぽいところがある。

 だが、これから演技をする必要も出てくるので情報のすり合わせをしておく必要が出てくるのだ。

 俺ばかりが相手と喋っていても怪しいだろう?


 それでこっちに転移してきて解った事実がいくつかある。


 まず、自動翻訳システムが、閣下やエマにまで適用されているという事だ。

 そうでなければ、警備員と閣下が話した時に言葉が通じているワケがないんだ。

 だってそうだろう?

 このシステムは俺らドーンヴァース・プレイヤーだけに発動すると思われていたんだからね。

 閣下たちの現象は、どう考えても説明がつかない。


 まあ、機能しているのは事実なので使わない手はない。


「ローゼン閣下。

 明日からは閣下に色々と芝居をして頂くことになりそうです」

「と言うと?」

「さっきの警備員の反応を見た通り、閣下の今の格好は、この国の国教における主教に非常に似ているのです」


 俺はローブの色について詳しく教えておく。


「こういうシステムになっているので、閣下には主教を演じてもらいます。

 よろしいですか?」

「辺境伯殿がそうして欲しいというのなら構いません」


 閣下はニッコリと笑いつつ頷く。

 貴族にとっては面白い体験になるのは間違いないと笑う閣下の肝の座り方はさすがである。


 見知らぬ国の偉い人のフリをするなんて、一般人でもあまりない事だけどね。


「閣下は、この国の歴史を研究している宗教の偉い人という設定でいてもらいます」

「この国の歴史はどういったモノですか?」

「史実だけを教えると……」


 俺はイギリス、正式名称「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」の成り立ちから簡単な歴史を閣下たちに説明する。


 日本人は「イギリス」あるいは「英国」という国名で知っているのだろうが、この国は先程言ったように幾つかの国が連合を組んで一つの国家になっている。

 その国々とはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの四カ国。

 この国々が連合を組み、単一主権を形成する事でイギリスという国家である。


 ここに行き着くまで無数の戦いが繰り広げられたし、一つの国家になった後も血みどろの戦いをやりまくって来た国なのは、ティエルローゼも地球も変わらない。

 その辺りを話している時に閣下もエマも嫌な顔をしていた。


 まあ、オーファンラント王国もブレンダ帝国も最近まで数年に一度小競り合いをしていた苦い経験がありますからねぇ。

 エマは封印されて寝ていた時期があるが、その前から敵対国だったんだから仕方がない。

 一〇〇年以上戦っているんだし、確執なしに和解できたのは僥倖だった出来事ではある。


 イギリスの歴史はそんな綺麗事では終わらなかったんで、二人は自分の国の歴史に照らし合わせても嫌な国の成り立ちだと思っても不思議はないね。


「で、私はその離婚したいが為だけに作られた新しい宗派の上位神官プリーストという設定なのですな?」

「不本意だとは思いますが、そうして頂けると助かります」

「それにしても……王様だとしても、そんな個人の都合で新しい派閥を作るなんて、神様はどうして神罰を落とさないのかしら?」


 エマが地球で信じられている神に不信の念を持ったようだ。


「その辺りも説明しておこう。

 太古の時代は別だけど、この地球では目に見えるような神は存在しないと思われているんだ」

「え? でも、ここに来る前に神様と話していたんでしょう?」

「そうだね。ガイアさんは神と言っていいかも知れない。

 本当に古い時代に信じられていた神なんでね」


 それとともに、そういった神は人の目には見えないことも説明する。

 俺がガイアさんを見えているのは、神の目の力を使ってである。

 そうじゃなかったら、大地の声を聞く能力を持つプロンテスに仲介を頼まねばならない事態である。


 俺がガイアさんの名を出した為だろうか、いつの間にかエマの隣にガイアさんが座っていた。


 突然現れたので俺はビクッとなってしまったが、巨乳に視線を奪われてしまって何でいるのかとかどうでもよくなった。

 まあ、地面の下は大地なので、彼女は地球のどこにでも偏在するという事で勝手に納得した。


「んで、ここの国教である英国国教会なる組織は、ガイアさんではなくイエス・キリストなる人物を神として信じている」

「人物?

 そう言うって事は実在したのよね……?」

「ああ、一応二一〇〇年ほど前に実在した人物だよ。

 彼はヤハウェという唯一神を信じる宗教の改革者だ。

 彼はキリスト教という宗教の中で『救世主』として扱われている」


 説明を進める度に二人の顔が困惑していくのが解る。

 多神教の世界で生まれ育った二人には、こっちの宗教の成り立ちやら仕組みは困惑するしかないだろう。


「他の神様が怒り出すと思うんだけど……」

「左様ですな。

 何故、ここまで侵略されて神界で戦争が起こらないのでしょうか?」

「言いたいことは解る。

 だけど、一番最初に言ったように、この世界には目に見えるような神は現在存在しないんだ。

 いたとしても物理的に影響を与えてくるような事がない」


 本当に神がいる世界に転生して感じたのは、地球の神は人間には「不干渉」を貫いているということだ。

 もちろんいる事を前提として言っている。


 ガイアさんという存在を知った事でそう言っているワケだが、俺は今でも地球に神が存在するとは思えない。

 ガイアさんの存在と矛盾すると思うかも知れないが、彼女は最上位精霊が神格を得ただけで、最初から神として存在するティエルローゼの神々とは全く別物だろう。


 地球にいる超常的存在もガイアさん以外で確認済みなので、俺の推測は間違いじゃないと思うんだよね。


 え?

 ガイアさん以外の超常的存在がいたかだって?

 日本に天狗とかいただろ?

 アレもガイアさん系の存在だろ。

 場合によっては、あの手の妖怪を神として考える人間もいるからな。

 超常的存在として一括りにさせてもらう。


 この辺りの事情を詳しく説明している暇はないが、ある程度掻い摘んで伝える。


「こっちの世界は、なんとも頼りない宗教しかないのね……」

「ティエルローゼとは根本的に成り立ちが違うようですな」

「そりゃね。

 ところで、今までの説明と矛盾するんだけどさ……」


 俺はキリスト教を筆頭とするアブラハムの宗教で信仰されている神は、実はティエルローゼで言うところの「創造神」の事だと教える。


 突然の重大発表に二人は困惑した表情になるが、この辺りの経緯もしっかりと説明しておかねばならんだろう。


 神がいなかったというのに何故宗教が発生したのかは、科学が発達して合理的にモノを考える事が自然となった現在においては不思議な事でしかないが、古い時代に異世界から本当に超常的な力を持った存在がやってきた事を踏まえれば何ら不思議でもなくなるのである。


 それでなくても大自然の脅威をとして具現化、そして崇めてきた原生人類にとって異界の神々の出現は、至極納得できる存在だったのだろう。

 実際に神と名乗るヤツが目の前に存在するのだから、自然的事象を擬人化するより楽な作業だったのは間違いない。


「え!?

 創造神様は、魔族の神々と同じところから来たって言うの!?」

「随分と大胆な発想ですなぁ……」


 二人はいつ俺に神罰が落ちてくるか不安なのかロッジの天井をチラチラと見ていた。


「大丈夫、こっちの世界では基本的に神罰は落ちてこない。

 もし何かあっても偶然起きた自然現象なんだよ」


 科学的にはそう解釈される。

 それでもガイアさんやら天狗の実在(目には見えないが)が、そういう神罰的なモノを発生させる可能性が捨てきれないと俺は考え始めている。

 ただ、あっちとは違って神々が関与している証拠は残らない……というより認知できないと言った方がいいか。


 ガイアさんや天狗という存在は、多分目に見えない。

 何度もいうけど、俺の場合は神の目を持っているから知覚できているだけに過ぎない。


 そういう曖昧な存在が、物質空間に決定的な影響を与えるようになるには、神格が必要になるんじゃないかと推測する。


 ガイアさんは神格持ちだと思うけど、人の目に見えてないのは何故かって?

 そりゃ、ガイアさんが自分が人間に見えると思ってないからだろうね。

 彼女は元々精霊だったと推測している通り、当初は目に見えない存在だったんだろう。

 自我が目覚めた時からそれが常識だった彼女に、他人から自分がどう見えるなんて考える事はまずありえない。


 成り立ちから常識から何から全く違うんだから、その辺りの感覚を想像しても人間には理解できないに違いない。

 俺も想像するのは諦めたよ。


 さて、話がまた脱線してしまったが、話を戻そう。


「まあ、目に見えない……そして神罰も落とさない神を信仰してると……

 色々と勝手に解釈され始めるのは想像できるだろう?」


 空恐ろしい話だが、そうやって神は人の手によって生まれたと思われる。


 まあ、人間の思い込みの力でもあるんだが、神格とはそうやって人から与えられるモノなのではないかな?


 宗教談義は非常に長くなるので、説明はこのくらいにしておこう。

 俺の憶測に賛同しない人も多いだろうしな。


 宗教的な解釈なんて人それぞれ、俺の意見に納得するもしないも自由だよ。

 これは俺の神様観・宗教観の話なんで。

 真実なんて人の数だけ存在するんだから「これが正しい! これが間違いない事実だ!」と押し付けるような事は俺はしない。


 時々そう言い出す人もいるんだけど、「お前がそう思うんなら、そうなんだろう。ではな」とインターネットで有名になった画像をしっかりと貼り付けていきたい。


 ぶっちゃけ、俺としては神々の擬人化の方に興味がある。

 日本なんて日本神道に代表されるように、現在においてもアニミズム的な手法が発揮されている地域だからな。


 何の話かって?

 擬人化だよ。

 日本は何でも擬人化するだろう?

 国やら刀剣やらOSやら……何でもかんでも。


 日本人の擬人化大得意って気質は、こういう古代からアニミズム的な手法で自然現象を神として崇めてきた結果なんだろうね。

 そんな擬人化を万年単位で繰り返した結果、八百万やおろずも神様がいる国になったというワケだな。


 それも民族的な特徴なんじゃないかな。

 ちょっと面白すぎる特徴ではありますがね……

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