第31章 ── 第20話
さて、現在グラストンベリーにいるワケですが……
この丘、見覚えがあります。
俺は後ろに視線を向けてみる。
真っ暗だ。
視線を上に向ける。
夜空に薄っすらと巨大な塔が影となって佇んでいた。
やはりか。
サマセットで最も有名なグラストンベリーの丘の頂上にある旧聖ミカエル教会の真下にいる事で確定です。
オカルトとかスピリチュアル系の界隈では、この塔はレイライン上に建てられているとか何とか。
地下に聖遺物とかアーサー王ゆかりのお宝が隠されているとかいう噂もあったっけ?
という事は……
「ここは、まずい。
とっととずらかる……ぞ」
遅かった。
丘の下から懐中電灯の光がこっちに向かってきているのが見えた。
「え?
何がまずいの?」
エマが慌てたようにキョロキョロし、懐中電灯の光に気づく。
「何か来るわ!?」
「エマ殿は私の後ろへ。
辺境伯殿、援護はお任せを」
ローゼン閣下が指に嵌めている指輪を一撫ですると、ふんわりと光り始めた。
やはり隠し持ってたか……
「やめーい!」
俺はピシリとローゼン閣下の後頭部に手加減控えめなチョップを叩き落した。
「あだ!?」
ローゼン閣下がとっさに頭に手をやった。
「
近付いてきた懐中電灯の方から大きな声がした。
やはり警棒を持った警備員が近付いて来ていた。
「抵抗するなよ」
あれはナショナル・トラストの警備員に違いない。
ボランティア団体だが、歴史的な建築物などを保護するため、政治家も強力している団体である。
確かナショナル・トラスト法なる法律もあったっけ?
この教会もナショナル・トラストが管理していたと記憶している。
警備員がいるんじゃないかと推測したが、行動が早い。
隠された聖遺物とかを狙ったバカが多いのかもしれん。
「手を上げて動かないように」
俺は閣下とエマに小さい声で指示を出す。
二人は無言で頷いたので、俺は二人の前に出て近付いてくる警備員を待つ。
「何者だ!?
ここには夜中に近付いてはならない規則が……」
二人の警備員が俺たちに懐中電灯の光を当てて誰何してきたが、ローゼン閣下に光を向けた後に固まった。
「こんなところに主教猊下……が?」
警備員は一瞬、何かを考えるような間があったが、すぐに敬礼をして姿勢を正した。
「失礼しました、猊下!
こんな夜中にどうしてこのようなところに?」
警備員は何を勘違いしたのかローゼン閣下にペコペコしだしました。
さすがのローゼン閣下も何がなんだか解らないという顔だ。
「え、えーと。
ご苦労さま。
私は、共の者たちと……ちょっと研究でこの地を訪れたのだが……
道に迷ってしまってな」
「え? 道に?」
警備員は訝しげではあるが、ローゼン閣下が咄嗟に吐いた嘘の言い訳を必死に飲み込もうとしている。
「徒歩でいらしたのですか……?
供回りの者と?
こんな夜中に?」
まあ、普通納得できんわな。
でも、何故だかローゼン閣下を主教と勘違いしているみたいですなぁ……
ん?
まてよ?
そういう事か……
「失礼。
ナショナル・トラストの警備の方々ですね?」
「貴方は?」
俺が閣下たちの話しに割って入ると、警備員は俺に視線を移し聞き返してきた。
「猊下のお供で一緒に参ったのだが……
猊下はアーサー王伝説を研究されている方で、夜だというのにどうしても旧聖ミカエル教会を見たいと仰せだったのだ。
生憎、この闇の中で懐中電灯の電池が切れてね……」
「左様ですか。
夜の立ち入りは禁止されております。
速やかに丘を降りて頂けますでしょうか?」
「ああ、申し訳ない。
麓まで案内して貰えるかな?」
「了解しました。こちらです」
警備員は納得していないような顔だが、相手を歴史の研究をしている主教一行だと勘違いしてくれたらしい。
それは、ローゼン閣下の格好のお陰だろう。
今日のローゼン閣下は紫色のローブを着ているのだ。
このローブの色が誤解の理由と俺は思う。
神父や牧師の僧服は基本的に黒なんだが、位が高い者は色が付いたローブを着る事がある。
カトリックの場合、白は法皇が着用する色だ。
大とか枢機卿とか言われる者は赤になる。
その下の司教が確か紫色だったか。
ここはイギリスだしカトリックではないのだが、英国国教会もローブの色はバチカンと同じだったはず。
プロテスタントに分類されるけど、内部は殆どカトリックと変わらないと聞いているし。
イギリスの人に聞かれたら怒られるかもしれないが、何せ昔の国王が離婚したいが為だけに分家した宗派だし、元々カトリックだった教会内の仕組みがガラリと変わることもなかったのだろう。
ちなみに、英国国教会では、司教や大司教を主教、大主教と呼ぶらしいが、これは日本語表記の場合だ。
英単語としては、ビショップ、アーチビショップとカトリックと同じ単語を使っている。
何で漢字表記だけ違うのかってのは、多分だけど時の日本政府が英国国教会の首長である英国国王に忖度した結果ではないかと思う。
カトリックではない事への忖度だね。
歴史上、かなりイギリスと仲が良かった時代があるしね。
丘の麓まで案内してもらい、なんとか人が住む地域の街頭の下まで辿り着いた。
「今後、夜中の侵入は控えて頂けますようにお願いします」
「それでは、猊下……失礼いたします」
警備員が挨拶をして彼らの詰め所がある方向へ引き上げていく。
俺はそれを見送ってから彼らとは反対方向に歩きだした。
閣下とエマも静かに付いてくる。
この道を少し歩いていくと、俺が以前来た時に泊まった宿があるはずだが……
問題があるとしたら、この時間にチェックインできるような宿やらホテルは、この地にはないという事だ。
まあ、一応行ってみるけどね……
「辺境伯殿、先程は取り繕って頂き感謝を。
それにしても、あの者たち……
何やら私を誰かと勘違いしておったようですが……」
「それは仕方がないですよ。
閣下のローブの色で彼らは勝手に勘違いしたんです」
「ローブの色……?」
「ええ」
俺はこっちの教会におけるローブの色について説明する。
「不思議な規則があったものですな。
ティエルローゼの
ティエルローゼの神官服は、基本的には白で統一されている。
神官服の下に着る服の色は自由ではあるが。
ローゼン閣下やエマが着ているようなローブを
地球の聖職者の場合は、今着ているローブみたいなヤツを着ている事が多いんだがね。
それにしても、ローブの色のお陰で助かりましたね。
意図していなくても問題をスルッと回避するローゼン閣下、流石です。
偶然ではありますけどね……
少し歩くと、宿泊施設がある看板が見えていた。
近付いて宿の方を確認してみる。
外を照らす明かりは付いているが、中は真っ暗で開いているとは思えない。
うーむ。どうしたものか……
一応、玄関の前まで行ってみるか。
しかし、玄関から中を覗いても、やはり真っ暗である。
「こんな夜中じゃ、開いてないのも仕方ないわね」
「だよなぁ。
だからって野宿はな……」
「私は構いませんぞ?」
「俺たちは冒険者ですからいいですけど。
閣下はそういうワケにもいきませんでしょう?
帝国貴族の矜持というか体面というか……」
「ほっほっほ。
馬車で寝る事もありますので、気にはなりませんな」
ああ、そうか。
馬車ね。
俺はそれを聞いてポンと手を叩く。
確かもう少し先に行くとオートキャンプ場があったな。
俺は表の通りに出てからマップ画面で近くに人がいないことを確認して、飛行自動車二号を道に出す。
ナンバープレートがオーストラリアの時のままだが、イギリスのモノと結構似ているので、ちょいちょいと手直しをしておく。
俺の手に掛かれば、あっという間に偽造完了です。
久しぶりに頭の中でカチリという音が鳴った。
こっちの世界でも、このシステムは健在なんですね……
便利ですけど、ビックリしますよ。
多分、偽造関係のスキルを覚えたって事ですよな?
便利だけど、俺が使っちゃ駄目な気がする。
腐っても為政者だしな。
まあ、何にしてもまずは、オートキャンプ場で場所を借りるとしましょう。
路上に停めて車中泊では警察のご厄介になりかねませんしね。
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