第31章 ── 第17話
アボリジニたちから輪の中に一緒に座ってほしいと言われ、俺はそのようにする。
ローゼン閣下とエマは誘われなかった為、遠巻きにみているだけだ。
閣下たちが下手な事を言わないのは、この五人には有無を言わさぬ雰囲気があるからかもしれないが、一番の理由はアボリジニたちの風貌がティエルローゼではまず見ないものだからだろう。
確かに見る限り未開な感じがするしねぇ。
でも、それは誤解だろうな。
昔ならいざしらず、現代の彼らは人並みに教育を受けているし、あの半裸的な格好と白い泥か何かでペイントしているのはスタイルでしかない。
彼らの宗教的な意味合いだと何かで読んだ気がする。
ただ、ティエルローゼでは、こういうスタイルの文化がない。
獣人の森の連中だってもう少し中世時代に近い格好をしているからね。
文化を神々に与えられているティエルローゼ人に、長い年月を掛けて文明が発達していく過程は存在していない。
だから神代の時代から殆ど文明レベルはあまり上がっていないワケですよ。 肉体の強さは衰退していってるのにね。
まあ、ティエルローゼ人は未開人を蔑むような思考はない。
なので閣下やエマはアボリジニを差別するような事もない。
レベルとかで上下を考えることはあるかな?
でも、さっき言ったようにアボリジニたちには、何か有無を言わさぬ雰囲気がある。
それを強さと見ている気がするね。
大マップ画面の光点をクリックして彼らの情報を調べてみると、それぞれが族長の地位にいるらしい。
なるほど、人をまとめる立場にいる人物だから迫力があるのか。
ティエルローゼなら威圧スキルに相当するのかもね。
族長たちは大地に感謝の言葉を述べつつ大地の加護を自分たちの部族に願っていた。
「正しく大地を管理、さすれば恵みを与えん……と言ってる」
喋っているプロンテスの見ている方向が誰も居ない方向なので神の目の力を使ってみた。
すると、そちらの方には俺好みのお姉さんが岩の上にペタンと座ってたよ。
俺がポカンとした顔で見ていると、俺に見られている事に気付いたのか、「あらあら、まぁまぁ」って感じで笑いながらこっちに手を振ってきた。
どうやらアレがプロンテスが言っていた大地の声の主だな。
彼女が地球自身の化身って事なのだろう。
大地の大精霊みたいなもんなのかとは思うが、それより遥かに上の存在に感じる。
もしかして、彼女がガイア理論の名前の元にもなった存在なんじゃないだろうか……
ギリシャ神話でいうところの「ガイア」は地母神である。
ヘシオドスの
ハイヤーヴェルはともかく、他のティエルローゼの神々など足元にも及ばない古き神と考えた方が良さそうだ。
古代に異界からやってきたプールガートーリアの神々以外で地球には神はいないと俺は思っていたんだが、眼の前にいるとなると存在を考えを改めないワケにはいかないな。
ただ、あっちの神と違って、どちらかというと精霊寄りの存在のような気がする。
有り様がなんとなくそれっぽいんだよね。
すぐにでも話しかけたいんだが、族長たちの儀式がまだ終わっていないので動くわけにもいかない。
ガイアらしき女性は、儀式の様子を優しげな目で静かに見ているので、儀式が終わるまで居てくれそうな気はするけど。
仕方がないのでしばらく儀式に集中しておく。
アボリジニの族長たちの儀式は、先程も述べたように大地への感謝と加護を乞うモノだが、ただ無責任に加護を願うだけではなく、部族のものたちに試練を課す事の約束でもあるらしい。
旅を通じて生命を創造したとされる祖先は、大地との繋がりを大事にする為、部族のものたちは聖地を順々に旅して回る事を試練としているようだね。
様々な土地に自らの足跡を残す事ことこそが大地のとの結びつきを強くすると信じられていると。
旅をして回ることは、生活を送る事を同義であり、その人生観は仏教の輪廻転生に通じるところもある。
彼らはこれを「ドリームタイム」と呼んでいるそうだ。
現在は四回目のドリームタイムの時代だそうで、何を意味してるのかは解らんが、インカとかマヤにも似たような伝承があったような気がするよ。
こうした知識は隣に座ってるサヴォイという族長が教えてくれたんだよ。
他の族長が祈りの文言を唱えている時とかに教えてくれたので助かりました。
「昔は世界のどこに言っても大地や天、太陽を信仰したものだが、今の時代は世界のどこでも大地への感謝も祈りもしなくなった。
我々や日本人くらいであろうな」
「日本人は、それほど信心深くはないと思うけど……」
「いや、日本人は気付いておらんだけで信仰篤い人々だよ。
ワシは日本に行ったことがあるが、まさに我々と同じように生活に信仰が組み込まれていた。
君たちはそれを文化だと思っているようだがね」
そうかもしれないな。
日本人の生活には他の国にはない風習が数多く存在するのは間違いない。
例えば食事の前の「いただきます」なんかも、そういう風習の一つだとは思う。
作った人に感謝を込めての「いただきます」でもあるが、それ以外にも料理の素材を作った生産者、素材である命を「いただく」ことへの感謝なども含まれている奥の深い言葉だと聞いたことがる。
こう考えると、確かに信仰の一種みたいではある。
確かに日本人には自分は無宗教だと言う人が多い。
だが、正月には神社に初詣に行くし、お盆にはお墓参りに行く。
ハロウィンやらクリスマスまで祝う始末である。
これらは一般的に「祭り」であり、行事としてやっている感もあるのだが、まさに「祭り」とは神々を祀る事に他ならない。
無意識に、知らぬ内に、日本人は神を讃えて祀っているという事なのかもしれない。
信仰しているつもりは毛頭ないんだけど、それも信仰だとサヴォイ族長は言っているワケだね。
確かに生活のスタイルとして自然と行う事は、アボリジニの宗教観とよく似ている。
なるほど、日本人は信仰が篤い人種だったのか。
確かに神社とかに悪さするヤツも少ないしなぁ……
そういうのって何だか祟られそうだとか、縁起が悪いとか考えるのが普通だもんね。
それって遠回しに神がいると思っているって事だよね?
今はあまり言われないとは思うけど、子供の躾で「お天道様が見ているよ」とかいう言葉もあるし、あれも「神様が見ている」って事と同義だよね。
何せ天照大神は太陽の女神だもんな。
二時間ほどして儀式が滞り無く終わった。
「ケントさんとやら、参加してくれて感謝を」
「然り。
これで来年まで良い年が送れよう」
「ティエルローゼの神に連なる者に参加頂けたのだ。
大地も大いに喜んでいよう」
「これから一緒に酒でもどうだ?」
それぞれの族長が俺の肩を叩いたり握手をしながら帰っていく。
俺はニコニコしながら対応し、「まだやることがあるから」と酒の誘いは断った。
全員がエアーズ・ロックから降りていくのを見送ってからプロンテスたちに視線を向ける。
閣下とエマが、アボリジニたちに関してしきりに意見交換中なのが見え、プロンテスはガイアらしき女性と何か喋っているようだ。
とはいってもプロンテスが口を開いているワケではなく、念話かテレパシーかで話しているようである。
俺はプロンテスたちのところに行き、一応挨拶をしてみる。
「どうも初めまして。
間違っていたら申し訳ないですが、ガイアさんでは?」
俺に突然話しかけられてガイアと思われる女性はビックリした顔になる。
「確かに私は人間たちにガイアと名付けられた存在になります。
それにしても、私の姿が見えるのですか」
頭の中に響き渡る女性の声は、脳内に響き渡るような独特で不思議な感じを受ける。
やはりテレパスだ。
念話なら呼び出し音がするはずだしね。
地球において超能力の実在を初めて体験するよ。
まあ、こういう神っぽい人に出会うのも初めてだが。
「ええ、あっちで手に入れた力でして」
ガイアは「なるほどー」とおっとりした反応を示しつつ、さらに続ける。
「確かに貴方の身体は不思議な力で作られていますね。
私を構成する要素と全く違う要素が混在しているように見受けられます」
あれか。
あっちでよく言われた織りなす力ってヤツか。
今の俺の身体はドンヴァースから転生してハイヤーヴェルの力で与えられたモノとこっちで死んで蘇生した肉体とで出来ている。
半分こっち、半分あっちの物質で出来ていると言っていいだろう。
質量保存の法則的な観点からして体重が二倍になっていなければならないのだが、そんな事もない不思議な状態である。
「そうでしょうね。
地球側の肉体も身体に取り込んであるんで」
「不思議な力をお持ちのようですね」
「太古より受け継がれた祖先の魂の力でしょうね」
ガイアも合点がいったようで頷いている。
「ところで少々貴女とご相談したくてティエルローゼからやってきたんですが、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「あちらの神は礼儀正しいのですね」
「いや、まだ神になったつもりはないんですけどね……」
俺は苦笑してしまう。
これだけの不思議能力を持っていて神ではないと全否定するワケにもいかないからなぁ……
「それでお願いというのは?
私ができる事なら聞いて差し上げたいとは思うのですが」
「ああ、信仰の力のことなんですよ」
俺がそう切り出すとガイアが「やべっ」って感じの顔をしてから「ほほほ」と笑い、どう誤魔化そうかと冷や汗を掻きながら思案している風である。
「あ、別にそれに苦情を言いに来たワケじゃありませんのでご安心を。
逆にティエルローゼに垂れ流し状態で送って頂けて大変助かっております。
俺以外の神々がって事ですが」
ガイアはキョトンとした顔になる。
「違うのですか?」
「違います。
実はあの力なんですが、俺の方でちょっと使わせて頂きたいと思ってまして。
勝手に使おうかと思いましたが、今来ている分は自分以外のモノが使っておりまして、勝手に使ってしまうとそいつらが困るんじゃないかと思うんです」
ガイアは解ったような解らないような複雑な顔をしている。
「もし、あの力がまだ大量に残っているのであれば……」
「残っています! 困っています!」
俺が全部言う前にガイアが食いつきてきた。
「やはりそうですか。
ならばその力、こちらで使わせて頂いても?」
「助かります!!!」
ガイアの興奮状態は尋常ではない。
彼女によると信仰の力が余り過ぎてしまい、このままだと暴走しかねないほどになっているという。
ここ一〇〇年くらいの間に起きた地球上の異常な気象は、この力の暴走の一端である。
何だよ。
地球温暖化の所為じゃないのかよ。
どうやら地球上で何度も起きている大量絶滅の原因がコレらしい。
考古学やら地質学などから導きだされている大量絶滅の回数は大小合わせて結構な回数あったといわれている。
今の地球は何度目か解らないが大量絶滅に向けて爆進中なんだと。
その規模は過去最大を記録しかねないとか。
ただ、人類が産まれた頃に現れた異界の存在によって地球以外の世界に穴が現れた。
ガイアはこれ幸いに「その力」を異界へと垂れ流しを始めたのである。
この無謀な行為のおかげで未だに地球上において大量絶滅は起こっていない。
ガイア、グッジョブ。
そうしてなかったら今の俺も地球も無くなっていたかもしれん。
俺は神の目を使って周囲の状況を確認する。
確かに神力が大変濃い。
その神力は神隠しの穴に怒涛の如く吸い込まれて行っている。
この速度で送り込んでもまだ集まっているのか。
大地への信仰が薄れたはずなのに、どんどん集まる理由は……
例の宗教の所為か?
世界最大の勢力だからなぁ……
その神もいないってのに信仰心だけはどんどん集まる。
そりゃ飽和しますよね。
使う神様いないんだし。
あの一神教の神の名前って何だっけ?
母音が伝わってないから色々呼び名があったな?
YHWH?
他にも
ちなみにこの「エロヒム」だが、「エロイムエッサイム」の元の形な。
あの有名な悪魔召喚の文言って祝詞の一部だったんだぜ?
それに「エロヒム」って複数形を示す言葉な。
どこが一神教やねん。
元々多神教だったんじゃねぇか。
と、これが色々厨二病なネタを探して調べた例の宗教関係の書物で知った事実だよ。
まあ、そんな事はどうでもいい。
俺は今気付いてしまった。
あの宗教の神様ってティエルローゼの神様だわ。
間違いないよ。
始末が悪い事に俺が受け継いだ神の力を体現する存在がソレに違いない。
そいつの名前をローマ字表示してみたら解ってしまいました。
俺の頭の中に浮かんだヤツのつづりは「HIYAHWEHL」だ。
入ってるだろ?
例の宗教の神の名が。
あいつを信仰する人間が増えた為に神力がどんどん増えていったんだな。
使う対象がいないんだから溢れ返るワケだよ。
俺は頭を抱えてガイアに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
ガイア、ご先祖が申し訳ない……
これはガイアの為にも余剰神力をきっちりと消費して世界が安定する方向に向かわせねばならなくなったね。
さて、どうしたものか。
もちろん、地球にもある程度の神力は残しておかなくてはならない。
根こそぎ持って行ってはガイアという存在が維持できなくなると思う。
まあ、生み出される神力とティエルローゼに行く分をバランスが取れた状態に維持できればいんだから何とかなるだろう。
ガイアもそれを望んでいると思う。
「では、ガイアさん。
信仰で生まれる力は、君が困らないように何とかしようと思います。
勝手にしたら申し訳ないと思って断りに来たけど……
困っているようなのでお助けしますね」
恩着せがましい言い方だが、マウントを取られるのも困るので、精一杯の抵抗です。
まあ、ガイアにマウントを取られるなら、俺にとってはご褒美って気がしますが。
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