第31章 ── 第16話

「連れて行くのは構いませんが団体行動を心がけてください。

 俺から離れたり現地を探検したりすることは禁止です。

 エマはローゼン閣下の護衛をしなさい」


 ローゼン閣下は、「他次元の存在を目の当たりにしたいだけなので問題ありません」と胸を叩いて請け負ったが、マッドサイエンティスト気質の言質が当てにならないのは言うまでもない。

 エマもニヤニヤしているので何か面白い事──俺にとっては困ったことが起きる事を期待しているのかもしれない。


「大した時間は掛からないと思うけど、ある程度の準備はしておいて下さい。

 まずは武装は禁止、食料も要りません。

 ティエルローゼと繋がるようなモノは何一つ持って行っては駄目です」


 こう色々と禁止すると何を準備するか解らないと思うが、持っていくモノを用意するんじゃなくて逆だ。

 持っていかないモノを置いていく準備だ。

 あの魔法使いスペル・キャスターの着ているローブってやつは危険だ。

 あの内側には幾つものポケットが付いていて、色々と隠し持っている事が多いんだ。

 ローゼン閣下にしろエマにしろ俺がまさぐるワケにもいかんので自分で置いて行ってもらわねばならん。


「承知しました」

「了解よ」


 そう言いつつ二人は研究室を出ていく。

 この隙を突いて俺はハリスを呼び出す。


「呼んだか……」


 ハリスは大抵俺の周囲に分身の一人を護衛として置いている。

 大抵は影に潜んでいるので誰にも気づかれない。


「分身を二人ほど用意してローゼン閣下とエマに仕込んでおいてくれ」

「何か……問題か……?」

「いや、これからちょっと俺の故郷の世界に行かなければならないんだけど、閣下とエマがどうしても付いてくると聞かないんだよ。

 それの護衛……というより監視だな。

 俺に黙って自由に彷徨かれると困るんだ」


 あっちの世界には魔法はないのだ。

 魔法が自由に使える二人を野放しに出来るほど地球人は熟成していない。

 二人が魔法を使える事を知られたら、殺されるか捕まって実験室送りだろう。

 あっちの知識もないって事も誤魔化しようがない、逆にティエルローゼの存在が知れるのも大問題だ。


「承知した……」


 ハリスは二つ返事で請け負ってくれる。


 ホント、ハリスの兄貴は頼りになるぜ。

 彼は俺の指示に完全に従ってくれるだろうし、スキルなしの地球人ごときに彼の隠密行動を見破れるはずもない。

 その上、いざとなれば相棒として背中を預けるに申し分ない戦闘力だしな。


 しばらくしてローゼン閣下とエマが帰ってきた。


「準備万端です」

「持って行っていいものが解らなかったからみんな置いてきちゃったわ」


 アヤシイ。

 自信満々なフリをして何か隠しもんている気がしてならない。


「調べさせてもらおうかな」


 俺がフィルよろしく手をワキワキさせると「きゃー」とわざとらしい声でエマが胸を抱え込むような仕草をする。

 案にスケベと言いたいようだが、君のペッタンコなそれに何の興味もありませんよ。

 まあ、世の中にはソレがいいという性癖の人もいるようですが、俺は違います。


魔力看破マジック・ペネトレーション


 俺の目に魔力が籠もったものが淡い光を発して見えるようにする魔法だ。


「あ、ずるい!」

「ずるくない」


 エマの身体の幾つかの場所で、ローゼン閣下の懐に二つほど淡い光が見えた。


「はい出して」


 俺の有無を言わせない言葉に二人は渋々とテーブルの上に魔法道具を取り出して置いた。


 ローゼン閣下の方はメモ帳とペン。

 エマは指輪が二つ、ブレスレットとアンクレットだ。


 他にないかじっくりと二人を観察するが、これだけのようだ。

 俺の目からは逃れられないと観念したようだ。


 本人たちが万能魔法道具みたいなもんなのに、これ以上どんな効果を持つか解らんものを持ち込ませるものかよ。

 下手に落として地球人に拾われた暁には大変な事になるんだからな。


「よし、これで問題ないな」


 俺は魔法門マジック・ゲートで神隠しの穴の一つに転移門ゲートを開いた。


 場所はウェスデルフの草原地帯である。

 見た感じ何もないが、神の目の力を使えば俺には見えるようになる。


「ここが次元の向こう側の世界ですかな?

 普通の草原ですな」

「そんなワケあるわけないですよ。

 ここはウェスデルフのとある場所です」


 ここの神隠しの穴をブックマークしてなければ二度と来られないような何の目印もないところだからね。

 オマケにフェンリルのバニープが穴を守るために彷徨いている場所なので獣人たちですら近づかない地域である。


「さて、全員手を繋いで」


 俺の指示にエマがローゼン閣下の手を取った。

 俺はエマの空いている方の手を取る。


「んじゃ行くぞ」


 俺がエマを引っ張ると数珠繋ぎでみんな歩き出す事になる。

 そして穴を潜るとエアーズロックの頂上付近に到着……


 俺の目の前には車座に座るサイクロプスとフェンリル、そしてどう見ても原始人みたいな格好の浅黒い地球人が五人ほどいた。

 焚き火を囲んでいるので夜だというのにボーッと闇の中に浮かびだす影がまさにホラーである。


「うぉ!?」


 俺が声を出すと全員がこちらに向いた。


「やあ、ケント様」


 プロンテスは呑気な声を上げているが、原始人みたいな人たちはそうはいかない。


 それぞれが脇においていた武器らしき何かを全員が手にとったのが見えた。


「ま、待て待て! アボリジニの方々、俺は争う気はないぞ?」


 俺の言葉に原始人たちは動きを止めて驚いた顔をしている。


「我らの言葉を操るか……外に出た身内かもしれぬ」

「サヴォイ族長の言う通りかもしれぬ。

 アヴァオの孫なら我らのように見えぬのも道理」

「例えアヴァオの孫であってもウルルに足を踏み入れる資格はないが?」

「待て、まずはこの者の言い訳を聞いてみるとしよう」

「左様、無闇に血を流すことになるのは避けるべき」


 それぞれが言いたい事を言ったみたいなので俺は口を開いた。


「えーと、俺はケント。

 一応、日本人だよ。

 驚かせて申し訳ないが、そこのサイクロプスに話があってやってきた」

「日本人? やはりアヴァオの孫であるか」

「誰ですそれ?」


 俺の言葉にアボリジニたちが少し戸惑う。


「アヴァオの孫ではないと?」

「いえ、普通に日本人ですが。

 俺の後ろにいる二人はもっと違いますし」


 ローゼン閣下もエマも目の前で何事か起きていると知って口を噤んでくれているのが助かる。

 ここで色々捲し立てられても面倒がより面倒になるだけである。


「確かに日本人のようではない。この地の白人とも違うようだ」


 彼らは少し警戒しているようだが、武器は地面に置いて座り直してくれたようだ。


「後ろの方々はティエルローゼ人という方たちであろう」

「そうかもしれぬ。

 だが、この者は自分を日本人と申した。

 それはどう説明するのか」

「神であろう。

 あちらに転げ出た者が神になったと、プロンテス様が申しておったのを忘れたか」


 全員がハッとした顔になり俺の方に向いて再び座り直し、深々と頭を下げる。


「遠きティエルローゼより出でまし神々よ。

 不遜な態度をお詫び申し上げる」

「あー、うん。

 お詫びは受けるよ。

 でも、神と言えそうなのは俺だけで、後ろの二人は普通の人間だからね」

「ありがたき幸せ。

 この栄誉を全ての部族の者に慶事として伝えまする」


 いや、人が神になったと聞いているようだけど、それって普通に人でしょ。

 まあ、ちょっと変な能力持ってたりするけど殆ど変わってないからね。

 アースラもそうだし。


「で、プロンテス。

 何でアボリジニの人たちがここにいるんだ?」

「ああ、彼らは大地の声を聞きに毎年一度集まるんですよ。

 吾輩も何百年か前にここにいるのがバレてまして。

 彼らは吾輩を聖なる者だと勘違いしているようで、それ以来この会合の参加をお願いされているんです」

「言葉は通じているのか?」


 俺は怪訝な顔になりつつ聞いた。

 彼が俺に挨拶したのに、彼らは俺たちに武器を向けたからだ。


「吾輩が彼らの言葉を覚えました。

 カタコトですが」


 カタコトでもすごいね。

 伊達に何千年も何万年もここらを縄張りにしてないな。


「それより、何で彼らはケント様の言葉を理解してるんですかねぇ。

 ティエルローゼの言葉を喋っているようにしか見えませんが」


 それは俺も聞きたい。

 俺は普通に日本語を話しているつもりなんだが、何故か出会う全ての人が自分たちの話す言葉として聞こえているらしい。


 もちろん、意図して英語とかフランス語とかとして俺が話そうとした場合、そう聞こえはするようだけども。

 世界七不思議として心に記してある一つである。


 え? 他の六つは何だって?

 しらん。

 自分で調べて見てくれ。


 こういうのは俺の場合、その場のノリで言ってるだけなのでツッコミ不要なんだとこれからは思ってくれ。


 何にしても問題が向こうから飛び込んできた感じで、これからどう収拾をつけようか悩んでしまうよ。


 ま、なるようになるさ。

 行き当たりばったり、口八丁手八丁が俺の持ち味じゃないか。


 まさにアドリブ人生ここに極まれりですな……

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