第31章 ── 第15話
今日も朝から昨日の続きだ。
データの入出力インターフェイスは一応出来上がっているので、あとは魔力回りのデバイスだ。
実はここが一番問題になる。
俺やエマが使うのならば、普通の魔導回路で作ればなんら問題もないんだ。
だが、使う人間は役場の職員である。
多少魔法の素養があるインテリを選ぶようにしたとしても、レベル一桁か二桁に毛が生えた程度の魔力持ちが使う事を考慮しなければならない。
神の力の一端を組み込んで術式を組んであるんだ。
そんじょそこらの魔力で賄えるようなMP消費量であるワケがない。
消費魔力係数は×五といったところだろうか……
以前にもこの係数の話をしたかもしれないが、もう一度しておこう。
まず基本的な魔法の魔力消費量を計算する場合、レベルを基本としてMPの計算をする。
この基本値に各
この部分はドーンヴァースとさして変わらないと言って良い。
こっちに来てからあっちと同じ既存の魔法を使ってみて計算値に殆ど違いはなかった。
殆どってところに違和感を覚える者もいるだろう。
この部分は、ドーンヴァースにはない要素だと思われる。
これは新しいファクターと言って良い。
魔法を使う場所によって魔力の伝導性が変わる事が様々な実験から解っている。
これは確定事項ではないとの注意書き付きではあるものの、幾つかの魔導書などに記述が見られる事象であった。
シャーリーの研究書にもあったし、ローゼン閣下とエマによる魔法についての会話や討論内容にも時々例として引き出されるのである。
彼、彼女によれば「その場に存在する精霊の存在」が影響を与えているという。
どういう事か例を上げるとするならば、水属性の魔法を使うなら川や湖の近くで使うと効率が上がるという事だ。
火属性ならば鍛冶場などがいいのかな?
とにかくこの係数の存在は、巷の
ぶっちゃけネタバレするならば、なんで俺が言い切れるのかは魔法の神から直接聞いたからだよ。
感覚的なモノと言えなくはないけども、普通に使う場合には数パーセント程度の影響がある。
なんでもかんでもできるように見える魔法だけど、水の中で火を
それは消費魔力が爆上がりする為、とてもじゃないが発動できないって事だ。
魔法の行使において足りない魔力を無理やり魔力源である術者から引き出して発動するような事はない。
不発に終わるのも解るだろう?
ただし、魔法を成そうとする精霊たちにしっかり従来の行使における消費MPは取られる事は注意しておく。
魔法は創造神に人格を与えられた精霊によって引き起こされる事象であり、術式は魔法のイメージを正しく精霊に伝える為の誓約を形にしたモノである。
イルシスはそう言っていた。
通常の魔法・錬金術など、魔力が関わるモノは大抵この法則で動いている。
例外としては神聖魔法か。
あれも魔力が関わっているものの、具現化する事象が神由来の現象な事が多いので、そういう場合は消費される魔力を神力に変換する事で行われるワケである。
その過程において神々の権能の一部が引き出されて現世に奇跡の力が発揮されるのである。
これはイルシスの司る魔法とは少し違うシステムなんだよ。
だから
魔力の素養と同じとして扱われているんだけど、俺たちが言うMPとは別なんだ。
俺の現在のMPは七三六〇ポイント。
何を言っているか解らんと思うが、これが現実だ。
ちなみに計算方法は知力度と
研究室の端末でインターネットに繋いで調べたドーンヴァースのシステムと同じだな。
さて、
この魔力を消費することでアナベルは神聖魔法を使っているのだが、この魔力を引き出す為に必要な脳内回路が
魔力を引き出す行為が祈りと同じと言ったワケだが、彼女ら
よって、この脳内での「祈り」という行為は無意識で行われるモノらしく、彼女ら自身に自覚はない。
だから、
非常に厄介なシステムなのだが、実際にアナベルが呪文詠唱で魔法が発動している時もあったし、祈りみたいな文言で魔法を使っている事もあるのだ。
祈りで発動する方は厨ニ病みたいで心が踊るのだが、無意識なのが問題だ。
神々が好きそうな文言で飾ると発動するらしいが……神も厨二病揃いか?
長々と書いたが、俺たちはレベルが高すぎて消費MPを考慮するのに基本的に参考にならないのだ。
さてインテリ系一般人の平均的なMP値は幾つだろうか?
レベル一〇くらいの人物として軽く計算するとMP最大値は二〇〇程度かな。
加護も
で、この魔力量で作動させるとすると確実にMPが足りない。
自然に漂っているMPをかき集めても発動しない可能性が高い。
神々の権能を示す
となると魔導バッテリーの出番であるが、バッテリーに貯める魔力は工房に溜め込んでいる魔力を使うしかない。
あれから色々調べてみたところ、工房のさらに地下に巨大な魔導バッテリーがある事が判明した。
あそこを作った神の一人、アースラからの情報です。
イルシスの使徒の為にしては、色々とサービスが行き届いているのを考えると、下界から招く使徒ってのは特別な存在なのだろう。
特にイルシスは神々の中でも末っ子的な扱いらしく、他の神たちに非常に可愛がられているようなんだよね。
念話でよくお姉さんぶるのは、お姉さんぶりたい末っ子的な願望が発露かもしれない。
何にせよ、サーバ上で能力値やスキル等の読み取り魔法を発動するので、そっちでMPを使うのは簡単だ。
さっきも言ったようにMPの消費量が問題になるだけだ。
地下の魔導バッテリーの容量は無尽蔵とまではいかない。
一日に一〇〇人の人間を鑑定するとして、一回の消費を殆どそっちから供給するのでは、あっという間に工房が立ち行かなくなるだろう。
これはかなりの問題となる。
これは俺の頭を悩ませた。
消費しなければならない魔力をどこから持ってくるというのか。
無尽蔵に膨大なエネルギーが手に入るとか、どこの詐欺師の手口だよ……
魔法が蔓延るティエルローゼでもあり得ない。
計算式の左と右で収支が等しくならねばいけない事は、現実世界と変わりないのだ。
一時間ほど途方に暮れたが、どこからかそのエネルギーを引っ張り出すしか無い。
そのどこかにようやく思考が辿り着いた。
そうか。
ティエルローゼだけで収支を合わせようとするから困るんだ。
プールガートーリアの軍勢から万年単位で守ってやってるんだから地球側にも負担してもらえばいいんだ……
そこに思いを持っていければ後は簡単だ。
何せあの世界には使いようのない力が溢れて爆発しそうになっている。
その行き場のない力をコッソリと大地がティエルローゼという異世界に垂れ流しているというではないか。
そう、地球人の「信仰心」という力を今回の事に使うのだ。
ただ、あっちから送られてくる力は、本当にごく一部だ。
あっちの俺が知らない誰だかがコッソリと送ってきているんだから仕方がない。
確かサイクロプスのプロンテスが「彼女」と言っていた存在だ。
その存在と話す必要があるね。
プロンテスに仲介してもらえれば可能かもしれないし、早速行って見るとしようか。
俺はプロンテスとフェンリルのバニープに渡す手土産をインベントリ・バッグを漁って研究室のテーブルの上に広げる。
その行動をエマと観察しているローゼン閣下の声が聞こえた。
「あれは何の材料になるんでしょうな?」
「さぁ……どう見ても料理の準備じゃないからしら?」
テーブルの上に巨大な骨とでっかいブロック肉が置いてあるのでそう見えたに違いない。
「ああ、これは手土産にするヤツだよ。
ちょっと人と会わなきゃならなくなってね」
「骨はともかく、その大きい肉は人が食べる量じゃないと思うけど」
さすがはエマ、察しが良いね。
「ああ、会うのはサイクロプスとそのペットのフェンリルだからねぇ」
「フェンリルですと!
世界樹の森に住むという神獣ですぞ!?
サイクロプスがペットにできるような存在では……」
ああ、プロンテスは普通のサイクロプスとは違うからな……
「サイクロプスはその種族の始祖の関係者ですよ。
まだ神族として扱われていた存在ですかね?」
シャーリー図書館の歴史書などを紐解くと解るが、アースラが転生した頃のティエルローゼは神代の時代であり、神々に生み出されたばかりの種族が世界を闊歩していた。
神代の時代の生き物は現代の奴らと違って、身体的にも非常に強力に作られていたようで、まるでドーンヴァースの中堅冒険者ほどの強さだったらしい。
魔族と死闘を繰り広げていた時代なので強いのは当たり前なんだろう。
この頃に人族のレベル上限が付けられたんだと思うよ。
だからレベル六〇くらいが上限なんだろうね。
「私も同行するワケには……」
言い出すと思ったよ……
ローゼン閣下は本当に研究バカだなぁ。
興味を惹かれるとトコトン突き進む感じですね。
「それがティエルローゼじゃないところなんで、何が起こるか解らないんですよ」
「ティエルローゼではない……?」
ますます目の光が増すローゼン閣下である。
「となりますと、遥か北に存在する伝承されている超巨大大陸ローラシアの事ですかな!?」
いえ、違いますが……
なんですかそ大陸名。
じゃあティエルローゼはゴンドワナの一部なんすか?
確かに北半球にティエルローゼに数倍する大陸があるのは大マップ画面からも間違いないですが。
ローラシア大陸なんすか……
まあいいや。
「いや、もっと遠い感じで……
次元の壁を超えた先になります……」
「これは是非とも連れて行って頂かないといけなくなりましたな」
「それはどういう理由で?」
「私の研究分野は多岐にわたっております。
魔法道具研究もその一つですが、もう一つ私の研究命題があります」
「その命題とは?」
「召喚です」
「召喚……ですと……?」
「はい。
他次元より契約せし存在を召喚する。
莫大な魔力と失われた技術が必要ですが、このティエルローゼには以前にもあった魔法になります」
うーむ……
俺の周りだと結構見かける魔法だが。
「閣下、そうだとするとケントはうってつけの存在になるわ」
「ほう?」
エマの言葉にローゼン閣下の目が更にギラギラと輝いている。
「ケントは大精霊を召喚できるもの。
炎の大精霊イフリート、召喚できるわよね?」
出来るけども……
エマは仲間たちに聞いたんだろう。
俺の凄さをエマに刷り込む為に根掘り葉掘り喋ったヤツがいたに違いない。
俺の脳裏に浮かんだのは小さな金髪美少女が浮かんだよ。
あの鉄壁娘め、要らぬことを喋りおったな。
だが、そうだとすると企業秘密を他国の要人にしゃべるエマも大概ですよ?
とは言っても相手はローゼン閣下である。
ティエルローゼで知り合った人物で、これほど信用できる人物も中々いないので仕方がないか。
もう誤魔化せそうもないので、ローゼン閣下にも同行を許すとしましょうか……
他次元に興味があるんじゃ仕方がないし。
エマは閣下の護衛って事で来てもらうとしよう。
とは言っても、目的の人たち以外で、閣下にしろエマにしろ害をなすモノはいないだろう。
病原体以外は。
それでも、あっちではレベル四の病原体もこっちに帰ってきたら敵ではないんだが。
神聖系の治癒魔法、マジですごいからね。
そう考えれば別に何の問題もないかな?
ま、なるようになるでしょう。
行き当たりばったりが俺の持ち味。
どうせ人生、なるようになるし。
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