第31章 ── 第14話

 料理を作り終えると、俺は急いで食堂へと向かう。

 給仕はメイドたちに任せておけばいいだろう。


 食堂ではクリスとエマがローゼン閣下を接待していた。

 マリスはアルフォートと歓談していて、別れてからの冒険譚を聞かせていようだ。


 トリシアの姿が見えないなと思っていると「弟の……ところだ……」とハリスが教えてくれた。


 ふむ。

 そういやシンジが来てから初めての旅だったし、比較的長く留守にしていたワケだ。

 久しぶりの姉弟水入らずってのも必要でしょうな。


 俺が一番奥のお誕生日席っぽい椅子に座ると給仕のメイドがグラスにワインを注いでくれる。

 適量になったところで俺が頷くとメイドが離れていく。

 グラスを手に取って席に座る来客と仲間たちに視線を向ける。


「本日は久々に友人たちを迎えられて嬉しく思う。

 時の過ぎゆく速度は早いもので、一緒に冒険をしたのは何年前になるだろうか」


 アルフォートが何かを思い出したのか少しニヤリと笑った。


「トリエンがどんどんと変わって行く様を来訪する度に感じてくれていたんじゃないかな?」

「確かに」


 ローゼン閣下も毎月来ていたらしいから、知らないわけはないね。

 アルフォートも感慨深く頷いた。


「私がケントたちに捕まりトリエンに来た頃とは比べ物にならないね。

 あの頃は住人も二〇〇〇〇人くらいだったか?」

「トリエン地方だけで四〇〇〇〇人くらいだったから、そのくらいかなぁ……

 細かい数字は行政の長をしてもらってるクリスの方が詳しいだろう」

「アルフォートの認識で間違いないよ。

 ケントが来る前の人頭税統計からも二〇〇〇〇人をギリギリ切らない程度になっていた」


 クリスが頷いてアルフォートの推論に間違いがない事を請け負ってくれた。

 さすがは潜入部隊の隊長だっただけあって敵地の情報に詳しい。

 彼が有能でなければ今の地位に就く事もなかったワケだし当然の情報収集能力といえよう。


「今の人口は?」


 俺の質問にクリスが苦い顔をして答える。


「現在三五万人ほどだ。

 門の外は含めていない……」

「日に日に門外街が大きくなっているようだ」


 アルフォートの顔も曇る。


「門外街は放って置いたら肥大するばかりでございましょうな」


 ローゼン閣下の言葉に俺は天井を仰ぎ見た。


 他国の人にもあまり良い状態だと思われていないようだし、早めになんとかしないといけない。


「今、その為の魔法道具を作っているんだけどね」

「ほう、あれはそれを目的としていましたか」

「結果的に関係するってだけで、機能的には能力石ステータス・ストーンだね」

能力石ステータス・ストーンですと?」


 ローゼン閣下の興味を引いたところで、俺は食事を始める事にした。

 俺が指示を出すと給仕のメイドたちが一斉に動き出し、目の前に料理の皿が次々に置かれていく。


「おお、これはあの時のトンカツですな」


 ローゼン閣下は俺の料理の中で一番トンカツが好きだと満面の笑みを浮かる。

 年齢の割りに揚げ物が好きとか、相変わらずエネルギッシュでいらっしゃいます。


 既に齢一二〇歳を超えているとはとても思えないね。

 錬金術において老化防止薬は作るのが非常に難しいとされている。

 材料も目が飛び出さんほどに高価だと聞いている。

 ローゼン閣下はそれを作り出すだけの実力と財力を持っているって事だ。

 不老不死になる薬ではないので、継続的な服用を止めると再び老化しはじめるんだが、ずっととんでもない金額の魔法薬を飲み続けるのってコストパフォーマンス的には問題あるよねぇ……


 それができるのは権力者か物凄い金持ちだけなわけだが、権力者がコレをずっと使い続けると世代交代もされなくなる為、貴族たちの使用は基本的に禁忌タブー視される。

 だが、帝国内でローゼン閣下が服用している事は公然の秘密となっているようだ。

 閣下は替えが利かない人材なので周囲が黙認しているのではないだろうか。


「今日は以前召し上がって頂いた時とは違い、色々な味で食べていただけるようにソースを幾つか用意してあります」


 トンカツ・ソースはもちろん、ポン酢、醤油、梅しそソース、トッピング用の大根おろしも完備している。


 トンカツばかりでは胃もたれしそうだし、サッパリと食べられる鶏むね肉のバンバンジーをサラダ代わりに作ってみた。

 それと麩と三つ葉のお吸い物も用意した。


 フルコースほど品数は多くないが、味にはかなり自信がある。

 ご賞味あれ。


 ローゼン閣下はトンカツを一枚皿に取って、ナイフとフォークできれいに切り分けていく。

 そして徐ろに端っこの一切れをフォークで突き刺して持ち上げると左側の小鉢のタレを付けて口に頬張る。


「やはり一番最初は初めて食べた黒いソースからが安心ですな」


 続いて二切れ目は左から二番目に持っていく。

 沢山並ぶ小鉢群を順番に試していくつもりのようだ。


 アルフォートもローゼン閣下のやり方を参考にして順番に攻めるつもりのようだ。


「ああ、これだ。

 ケントの毎回驚かされる料理だ」


 そんなに毎回驚かせてたか?

 記憶にないが。


 俺の思考が顔に出たのか、ハリスが「クックックッ」と可笑しそうに肩を震わせている。


「ケントは……」

「ビックリ箱だったな?」


 アルフォートがハリスの台詞を奪う。

 台詞を取られたというのにハリスはコクコクと頷いている始末。


「何とでも言え。

 ところでローゼン閣下。

 帝国は今どうなっておりますか?」


 一応、友好国なので情勢くらいは聞いてもバチは当たるまい。


「そうですな。

 お陰様で、国内の食糧事情はみるみる改善いたしましたな。

 やはり小麦は凄い」


 帝国内では小麦は超高級食材だったのだが、帝国に貸し出したトリエン地方南部草原地帯で生産される膨大な小麦が帝国の食糧事情に功を奏したらしい。


 俺の提案は狙い通り帝国において渡りに船だった為、俺に小麦の一部を納めつつ、トリエン地方へ納税したり手数料を払ったりしても十分な食料を確保できるようになったという。


 土地の貸し出し料は生産される小麦の現物で支払ってもらっているんだが、物品税、関税、人頭税、通行税なども小麦で貰っているんだよね。


 トリエン地方で従来算出される小麦の量からすれば一〇分の一程度なんだが、それでも膨大な量になる。

 こういった穀物は緊急時用の備蓄に回せるし、余った分は他国に売る事もできる。

 殆どの国で主食として食べられているだけあって確実に売れるので、トリエン地方としてはかなりの金額になる。


 これら小麦資金はトリエンの運営に回されているんだが、以前は結構カツカツだった財政が突然潤沢になった為、遅配も多かった職員たちの給料をしっかり支払えているそうだ。

 最近ではボーナスの支給すらできるようになったのが嬉しいとクリスが言っていた。


 まあ、それでも街を都市にまで発展するには、この程度の資金では心許ない。

 やはり魔法道具の開発と販売が大きなファクターだね。


 話がズレたな。

 今は帝国の話だった。


「ハドソン村の様子は……解りますか?」

「ああ、もちろんです。

 辺境伯殿が投資しているゾバルの生産についてですが、ハドソン村は近隣の村から土地を買い上げて増産に踏み切ったようです」


 ほう。

 蕎麦は人気がないのかと思ったが、それなりに売れているのかな?


「ソバを水で捏ねて、細く切ったモノが帝国内で流行り始めまして、それなりの金額で飛ぶように売れていると聞いております。

 近々ハドソン村は隣の村を吸収するほどの勢いだとか」

「おお、ミネルバたちも頑張っているんだね」

「村長が確かそんな名前でしたな」

「え?

 ミネルバって今、村長なの?」

「確か昨年成人になったはずで、前村長から地位を譲られたそうです」

「随分とハドソン村に詳しいんですね」

「辺境伯殿が関わっている村を調べない訳にはいきますまい」


 そうですね。

 他国の貴族が資金まで投入している村を調べない行政官はおりませんね。

 俺でも調べますもん。

 ローゼン閣下ほど有能なら当たり前です。


「確かに、他国の貴族が関わってたらそうしますよね」

「そう言う意味ではございませんが、当然の帰結といえますな」


 何にせよ、ハドソン村はミネルバが村長になって大きく飛躍中という事らしい。

 買い上げる蕎麦の量を増やすか、代金を上げるかするべきかもしれんな。

 それだけ上質なモノを大量に送ってもらってるからな。


「そう言えば、俺は会ったことないですが皇太子殿下はどうしておられるんです?」

「長年、軟禁状態でございましたので、陛下との関係が少しギクシャクしております。

 月日が経てば、わだかまりも無くなってゆくと思っておりますが……」


 生まれたばかりの息子を人質に取られ、自分も軟禁されていたシルキス陛下の胸中は複雑だろう。

 アルフォートの親父、ナルバレス侯爵が彼女の慰めになればいいんだがね。

 諸侯の仲間入りをしたにしても成り上がり貴族は、他の貴族に良い顔されない可能性もある。


 その辺りをローゼン閣下がサポートしてやればいいのに……

 いや……この人、基本的に研究者だからそんな人の機微を察知するなんて芸当は無理ですかな……?


「ふむ……

 今度、陛下には友好の証として何か送りましょうかねぇ。

 それを殿下に下賜されれば、少しは慰めになるかもしれません。

 物で釣るようで申し訳ないけど、俺はそのくらいしかできませんし……」

「ご協力頂けますか!!」

「ええ、当然ですよ」


 凄い喜んでいるけど、しっかりと口にトンカツを運んでいるのがマイペースなローゼン閣下らしいところだな。


 さて、俺もしっかり食っておこう。

 明日か明後日までに今作っている魔法道具を完成させなければならないからな。


 てローゼン閣下のこの魔法道具について質問をはぐらかしてしまったけど、完成品を見せることで勘弁してもらおう。

 今日を含めて五日ほどの滞在だそうだし、約束の為にも間に合わせねば。


 閣下が帰るのは弥明後日やのあさってだから余裕だって?


 バカを言うでない。

 どう動くか解らん魔法道具の起動実験の被検体にするんだぞ。

 どんな弊害が出ても対処できるように二日くらいは余裕を見ておくのが一端の開発者って言うものだろう。


 この実験で閣下の身にもしもの事があったら、全ての力をなげうってでも助けなければならないんだぞ。

 下手をしたら神界すら巻き込みかねない。


 変なフラグが立つかもしれないと思うと、このくらい用心深く構えておかないと安心できないとは思わないかい?

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