第31章 ── 第13話

 さて、読み取り関連の部分についての方向性は決まったものの、これを手の平を乗せるミスリル板に書き込むとビッシリ書いてもスキルやらユニークの種類を判別する部分で一発アウトだ。

 存在するスキルの数だけ術式が必要になってしまう。


 例えば俺の持つ『戦闘:剣』と『魔法:火』のスキルは読み取る部分は一緒だが、どのスキルか判別する部分は違うのである。

 判別したい全てのスキルやユニークを全部ミスリル板に彫り込むことなんて物理的に不可能である。


 ミクロ単位の大きさの文字で書き込めばあるいは……とも思うが現実的ではないだろ?


 この世界における本来の魔法道具製造技術では、あの能力石ステータス・ストーンを再現することは不可能なのだと改めて実感する。

 さすがは神の呪いを利用した道具である。


 だが、俺にはシャーリーが残してくれた工房があった。

 この工房がなければ実現不可能だったかもしれない。


 この工房には例のデータベースを納めたサーバがあるのだ。

 あれさえあれば、なんてことはない。

 この手の問題は既に俺にすら扱った事があるので、それを応用すればいい。


 それはゴーレムの開発で使ったヤツだ。

 ゴーレムの心ってやつかな。

 個々のゴーレムが受けた命令を個別に処理させる部分だよ。

 同じ術式を一つ一つ刻んでいては五〇〇〇体なんて数をあの期間に作り上げることはできない。

 なので基礎行動原理などの共通部分の術式はともかく、変数を使う部分においてはサーバ側で処理させているワケだ。

 だからこそ腕に付けている小型自動翻訳機にゴーレムの行動ログや何を考えているのかなどのデータを表示させる事ができるのだ。


 これを応用し、スキル名・ユニーク名を判別する部分を魔導通信で変数値としてやり取りする。

 こうすれば読み取るったデータとサーバ内のスキル名・ユニーク名の一覧データをサーバ側で照合処理して結果を変数値として返させる事もできるワケ。


 まあ、プログラミングでは初歩的なサブルーチン処理なので、地球生まれの人ならばピンと来るものは多いだろう。

 俺はゴーレムの時に思いつきで使ったんだけど、例のドーンヴァースへの接続用のヘッド・ギアを作った時にアースラがサーバ側のプログラムをいじっているのを見て「ああ、プログラマなら普通にやるんだな」と思った。

 こういう手法を「ルーチン」とか「サブルーチン」と言うんだってさ。

 言語によっては「関数」とか「プロシージャ」とかとも。

 かなり古い手法らしいので単に「ルーチン」とするのが今は一般的だって。


 長々と説明したが、この手法で必要になるのは膨大な判定術式ではなく、サーバとの相互通信機能なのである。

 相互に情報を受け渡す為のノードを作るワケだ。


 さっきのプログラム的な用語を使うなら「引数」とか「戻り値」ってヤツね。

 これを各魔法道具間でやりとりする事で目的の機能を再現する。

 見た目は一つの魔法道具であっても、中身では様々な機能を有する複数の魔法道具の集合体なんてのは、俺の魔法道具には当たり前の機能なんだよね。


 とは言っても、こういった機構は俺が作り出したワケではない。

 これはシャーリーが考え出したモノである。

 天才、ここに極まれりってヤツですよ。


 もちろん神々の入れ知恵もあったとは思う。

 ここのサーバの制作にアースラが関わっていたと聞いているし、その段階でヤツが色々とプログラミング言語的手法をシャーリーに教えたのかもしれない。

 何にせよ、そういったアイデアを使える形に昇華させた功績はシャーリーに帰するものと思う。

 むやみに俺の手柄にしていい案件じゃないやね。


 という事で俺はミスリル板に術式を彫る。

 この部分だけでは何の魔法道具かサッパリだろう。

 あの魔法道具研究家のローゼン公爵が見ても解るまい。


 彼は月に一度トリエンにやって来ているそうだが、俺がいつも留守にしていたのでエマが対応していたそうだ。

 とは言っても彼は相当なご高齢。

 最初の頃はいざしらず、今では二月に一度だったりすることもあるらしい。

 お体は大事にして頂きたいですな。


 アゼルバードや中央森林への冒険旅行にはエマも連れて行ってしまったので、フィルが対応していたのだろうね。

 次の訪問はいつになるのか後で聞いておこう。

 次回は俺が対応できるといいですね。


 続いて必要なのは読み取ったデータを表示するモニタ部分、ここには何度も作っている中空にデータを表示できるAR《仮想現実》機能を使う。

 データをしっかりと全て表示できるようにしないと、スクロールさせる機能とか色々と別の処理用の術式が増えるので、画面左側五分の一くらいに制御関連の一覧、いわゆるメニュー一覧を表示させて、右の五分の四にデータを表示させる感じにしよう。


 モニタ部分と共に操作盤も作る。

 モニタ内のメニュー一覧を選べるようにカーソルの移動に使う上下キー、カーソルがある場所のメニューを決定する為のキー、リセット・ボタン、起動ボタンがあればいいかな?

 男のロマン、緊急停止ボタンとか自爆ボタンは必要だろうか。


 そうそう。

 俺が最近着想しているとある魔法道具用の技術も盛り込むとしよう。

 それを起動するボタンも付けちゃう。


 モニタ部分がAR仮想現実なので横に倒したL時型っぽいが、金属で作っているので結構な重さになるね。

 もっと軽い素材があればいいんだけど……


 そう言えば土竜人族のジョルジョが亡命の時にデルフェリア山脈の地下を掘り続けていた時に「臭い黒い水」を見たとか何とか言っていたっけ。

 俺はそれをではないかと当たりをつけていたんだが……

 もし原油ならば、精製して色々と石油製品が作れるやもしれない。


 ドーンヴァースとこっちを繋げる事で、あっちのインターネットにも繋げられる機能を工房の端末に付けた事が更に役に立つことになるね。

 俺にはプラスチックを作り出す知識はなかったが、インターネットがあればどんな情報も引き出せる。

 作り方さえ解れば、あとはこっちで試行錯誤するだけだ。

 プラスチック製品が作ることが出来れば、色々と便利に使えるだろう。


 整形用の型はマストールたちが得意な鋳造技術の応用で何とかなるし、プラモデルとか作れたら色々捗りそうですなぁ。

 ケストレル騎士団長向けに帆船模型とかどうかしら?


 いかんいかん。

 色々とオタク方向に志向が行ってしまった。

 オタク心は制御が難しいので良くフライ・ハイしてしまうのが玉にきずですね。


 さて、スキャナ盤、操作盤、モニタ部分の作成で本日は終了。


 俺が立ち上がると、エマとローゼン閣下が作業テーブルで仲良くお茶している場面に遭遇した。


「あれ?

 何でローゼン閣下が?」

「ほほほ、お仕事中お邪魔していますよ」

「どうも、お久しぶりです」


 俺はペコリと頭を下げる。

 隣国の宰相閣下対してこれほどぞんざいに挨拶する俺を典範貴族が見たら目を回すところだが、トスカトーレ侯爵家は以前に粛清されてしまったので今の王国にはいませんね。


 ちなみに王国典範に関しては法務関連を管理している資料室にちゃんと法典がある。

 口伝じゃないので当然ですが、何百年もの間にトスカトーレ派がまとめていたモノなのは間違いない。

 彼らの功績は一目置かれて当然の素晴らしいものだったから、バカな権力争いなどをしなければ粛清なんてされなかったろうにねぇ。


 こういった伝統的儀礼やら式典などの様式、作法などは今はフンボルト閣下の管理下にあります。

 フンボルト閣下もこの世界では結構な高齢なので、早く後継者を連れてきて欲しいところでありますが、中々優れた人材はいませんからね。

 あの王様の覚えも目出度い必要がありそうだし。


「ローゼン閣下、俺がやってた作業を見てたんですか?」

「ええ、遠目から拝見させて頂きました。

 機密技術を盗むつもりはありませんのでご安心を」


 ローゼン閣下は研究者だというのに倫理観が非常に高くて助かります。

 まあ、こっそり覗いてたとしても、神界の神々どもに目をつけられるだけでしょうから、やらない性格で良かったですね。

 今回の技術に関しては確実に神罰落ちますので。


「いつも居なくて申し訳ありませんでした」

「いえいえ、クサナギ辺境伯殿が、お忙しいのは承知しておりますのでな。

 お気になさらず。

 その間、マクスウェル女爵殿にお相手頂いておりましたし」

「ローゼン公爵閣下には、色々と魔法について教えてもらいましたもの、お世話させて頂くのは当然ですわ」


 済まし顔でお茶を飲むエマの猫の被りようと来たら……


「エマ、手数をかけるね。

 今、新しい魔法道具の開発中でして、出来上がったらお見せできるかと思います」


 起動実験にローゼン閣下を使おうかな。

 本来、これほど身分のある人を使うなんてのは以ての外なのだが、「おお、そんなに早くできるのですか!?」と彼自身が大喜びななので問題ないだろう。


「多分明日か明後日には……」

「素晴らしい。

 では滞在している五日の間に稼働しているところを見られそうですな。

 お言葉通り実験体一号という栄誉に浴する機会を与えてくださいますよう」


 帝国式に頭を下げるローゼン閣下に俺は頭を掻くしかない。

 実験体とか自分で言っちゃってるしな。

 凄い嬉しそうにしているんで、なんとも言えませんな。


「これから夕食でしょう?

 今日はケントが作るのかしら?」

「そうだな。

 ローゼン閣下が訪問してくださっているんだし、俺が作るか」

「おお、それは嬉しいお持て成しでございますなぁ」


 本来ならホストとして俺が相手をするべきなんだが、まあいつも居ない俺がやってもボロが出るだけだからね。

 エマやクリスたちがいつも通りに相手をしてくれている方が無難だろう。


 俺は俺のできる持て成し方をするだけだ。

 以前、旅の途中で俺がご馳走したことがあるので、彼は俺の料理の腕は知っているだろうしね。

 一応、あっちの世界でも自炊してたので料理スキルだけは自信あるからね。

 貧乏料理とか男料理レベルでだけど。


 こっちで料理スキルを手に入れてからは、怒涛の料理人人生になりつつある気がしてならない。

 つい先日日本食パーティしたしなぁ。

 宮廷料理みたいなフルコースは俺の持て成し方ではないので、和洋折衷でいこうかと。


 歳の割りにはご健勝なローゼン閣下だが、油ものは少し控えよう。

 出会った時の思い出であるトンカツは出すけどね。

 濃厚ソースも付けるけど、ポン酢みたいなサッパリしたソースも一緒に出せば、サッパリ食べられるはずだ。


 それと他の肉は鶏肉を使ったヘルシーなメニューにしようか……


 早速、ローゼン閣下を伴って転送装置を使って館に戻る。

 転送装置の出口である執務室のクローゼットから出るとアルフォート・フォン・ヒルデブラント伯爵がいた。

 当然だろう。

 彼はトリエンとの間をつなぐ特別外交官である。

 俺やクリスとツーカーな彼がローゼン閣下が来る時に来ないワケがない。


「おお、久しぶりだなアルフォート!」

「ホントにな」

「ケント、すまん。

 君の執務室を使わせて貰ったよ。

 彼に見せる書類がここに置いてあったものでね」


 それは問題ない。

 ここは俺の仕事場なので俺の裁可を必要とする書類が大量にある。

 俺が居ない時にはクリスが頻繁に出入りして俺の紋章入の印璽いんじで押印しなければならないのだからね。


「例の魔法の蛇口だが、トリエンの一般商会に納めている分を一部帝国に回して貰いたいらしいんだ」

「ほう。何かあったのか?」

「実は長年争っていたリザードマン関連なのだが、帝国は彼ら獣人族として認める事に決定した。

 その対応時に出したのが、あの魔法の蛇口から出した水なのだが……」


 基本的にリザードマンはどの国であれ獣人族というよりモンスターとして扱われる事が多い。

 人族の言葉を操るリザードマンは珍しいので仕方がないとも言える。


 ちなみにエンセランス自治領にいるリザードマンは人の言葉を解すし、獣人族として認められている部類の珍しい存在だ。

 大陸東側よりも西側の方が人権関連では進んでいるのかもしれないね。


「ほっほっほ。

 その件は国王陛下へ私が伝える方が先だと言っておいたはずだぞ?」


 ジロリとローゼン閣下に睨まれてアルフォートが固まる。

 だが、ローゼン閣下の目はどこか笑っているようだ。


「まあよい。

 仕事熱心なのは君の良いところだからね。

 その調子で今後も頑張りなさい」

「あ、ありがとうございます……」


 ローゼン閣下も存外悪戯好きですなぁ。


「じゃ、俺は厨房に行くんで。

 クリス、エマ、後は頼んだよ」

「解ってるわ」

「承知した」


 俺は執務室から出ると急いで厨房に向かった。


 俺が料理の指揮を執ると厨房は臨戦状態になるので、早めに準備をしておいた方がいいんだよ。

 料理人たちは俺の一挙手一投足を見逃さないよう血眼になっている事が多いんだが、見てばかりじゃなくて手を動かせと言ったらメモを取る手がせわしなく動いていたからね。

 なので、俺の作業量が増えるんだよ。


 まあ、俺の挙動はとんでもなく早いので見逃さないようにする彼らの気持ちもわからんではない。

 彼らにも料理のレシピをしっかりと覚えてもらいたいので雇い主としては黙認するしかない。


 俺の料理を再現できるくらいにならないと俺が料理できない時に色々と問題が起きるからね。

 貴族相手のパーティとか俺しか対応できなかった時に誰が料理を作るかって話だ。


 そういう意味で俺が料理を作る機会は、彼らも見逃したくないって事なんだろう。


 なので俺が苦労を背負い込む事になるワケ。

 料理するのは嫌いじゃないから別にいいんだけどね。


 そろそろ料理人の「自称」部分は取っ払ってもいい気がしてきたね。

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