第31章 ── 第11話

 レナちゃんは和食パーティ日本食が気に入ったらしく、またご馳走して欲しいとねだられたので了承した。

 レナちゃんの満足げな顔を見てアースラも満足したらしく、俺の転移門ゲートで家族仲良く帰っていった。


 ここ数日、武具や道具の作成に注力しまくったので、溜まっている他の仕事に専念した方が良さそうだ。


 俺は執務室に引き上げると、俺の裁決が必要な書類に目を通しておく。

 明日、一気に片付けよう。


 なになに?

 一番問題になっているのは人口の流入に街の増築が追いついていないと。

 それに伴い、門外街が勝手に作られ、治安も悪くなってきている……


 確かに由々しき問題だな。

 俺は治安維持の為にゴーレム部隊を作ったが、他国に貸し出しているような状態では本来の治安レベルが維持できないのは仕方がないし、急激に拡大した都市の中をゴーレム兵でパトロールするには数が足りないといった感じなのだろう。

 それでも他の都市よりも治安は良いのがトリエンの魅力だ。


 で、クリスとしては門外街を排除するべきかの裁可を求めているワケですな。


 オーファンラントは城塞都市がいくつか寄り集まって一つの国家を形成している。

 そして都市と都市の間は街道が結ばれ物流が行われている。


 こういった都市以外の場所は、本来無政府状態なのが基本である。

 無政府状態なのだから、野盗はもちろん、野獣、魔獣などが彷徨いており、一歩足を踏み込めば命の保証はない。


 しかし、人々は都市だけでは生きていけない。

 大きな人口を支える為には農作物を筆頭に様々な物資の供給が必要不可欠。

 そういった状況を支えるのが都市以外の村や町の生産力となる。


 人々が多く住む町であるならば、自前の警備……所謂衛兵隊を組織する事で治安の維持が行われ、都市と同様に安全な生活を送ることが可能だ。


 経済活動が活発になれば、街道を行き来する商人が増え、商人は身を守る為にも護衛を増やす事になる。

 そんな自衛力を持った商人が行き来する街道は、どんどんと治安が良くなっていく。

 だからこそ、大都市間の街道は安全な地域になっていくのである。


 こういった物資を運ぶ導線を整備するのが都市の管理者……領主や国王という立場にある貴族と王族の義務なのである。


 さて、こういった街道の一定の地点には、休憩所が設けられていて、そこに集まる隊商などの便宜を図る為、宿屋などが作られることがある。

 そういった場所には人々が集まり始める。

 それが大きくなっていくと町や村に発展するワケだ。


 経済活動が活発になると起きる副作用なのだが、人類の発展はこれの繰り返しが行き着いた先なのだと俺は思っている。

 経済が死ねば人々も死ぬ事になるのだ。


 さて、人が住む場所でこういった状況が当てはまらない所も存在する。

 それが生産を担う村々の存在だ。


 広大な土地とは裏腹に農村などは人口の少ない地域なので、自警団を組織する事も覚束ない。

 国や都市、町などから補助金でも出なければ、本来とても人が生きていける場所ではないのだ。


 そこで威力を発揮しているのが大陸東側の国家で多く運営されている冒険者ギルドである。

 村々には定期的に冒険を求める冒険者たちが行き来する事で、ある程度の治安が維持されるワケである。

 国や領主からの補助金は、こういった冒険者たちに支払われる報酬となるのだ。


 比較的大きな村で余分な人口を持て余すような状況なら、自警団を組織して浮いた補助金を村の発展に使うこともできる。

 自由に使える補助金目当てで開拓団を組織する商人もいるくらいだから、かなりオイシイ事業なのかもしれない。


 ただし、これら一発屋が成功した例は殆どない。

 野盗ならともかく、野獣やら魔獣はそれほど甘くないという事なのだろう。


 政府主導の開拓団なら軍隊が付いたりするので成功率も高いが、民間の商人が立ち上げた計画を本当に成功させるならそれ相応の武力と準備が必要になる。

 そこまでして生産村を作るというのは、その場に人々が必要とする物資が存在するという事だ。


 トリエン地方には肥沃な土地、森の恵みが存在した。

 各場所に国王による生産村が作られ、その生産物の集積地としてトリエン、当時はブリストルと呼ばれる街が形成されたというワケである。

 国王直轄地であった理由は、国王が開拓団を送り出したからって事ですな。


 さて現在のトリエンの状況だが、こういった生産村や街道沿いではない本来無秩序であるはずの土地ですら、ある程度の治安が維持されているのが実情である。


 なぜそんな事が可能なのか。

 他の都市や街などを治める貴族たちがトリエンの視察に来るのはこの秘密を手に入れる為でもあるのだが、非常に目立つ目眩ましによって本当の理由を知らずに満足して帰ってしまうので秘密は公になっていない。


 まず、目眩ましは「ゴーレム部隊」の事だ。

 あれだけ銀色に光るミスリル製ゴーレムが五〇〇〇体とか、高治安の理由とならないワケがないと彼らは考えるのである。


 確かにゴーレム兵による巡回任務がそれを成しているといえなくもないが、真相は別である。


 その真相とは、フェンリルが従えたダイア・ウルフ部隊の存在である。

 ただの野獣ならともかく、人間並みの知能と野獣の武力を備えたこの存在こそが、トリエン地方の治安の要になっている。


 野盗やら野獣・魔獣が出現する地域の治安を魔獣が守っているのだから、他の地方では羨ましい案件だろうねぇ。


 しかし、行政で捌ききれないほどの人口の流入は害悪でしかない。

 ある程度の歯止めをしなければ、あっという間に無法地帯となる。


 王都デーアヘルトの門外街を見れば解るだろう。

 王国内でも一番治安が良いとされたデーアヘルトですら、アンタッチャブルな地域として門外街を放置しているのである。


 ま、人間が一番怖いって事ですかね。

 個人個人は弱くても徒党を組めば野獣や魔獣などよりも危険なのが人類の優れたところなのかもね。

 狡猾で残忍、卑怯な人間こそが世界最強といえるかもしれん……


 いや、地球ならそうなんだろうけども……

 ここティエルローゼでこの認識は間違いだろう。

 ワイバーン一匹で街にとっては天災規模の脅威になるんだからねぇ。


 人間以上の脅威が存在する世界での治安維持が難しい理由が解ってもらえただろうか。


 そんな世界で安全な土地がある。

 活発な経済活動、高い治安体制。

 この二つが揃っている以上、人口の流入が止まらないのは自明の理なのだろう。


 さて、どうしたものか……


 住みたいといってやってきた者たちをただ単に排除するだけなら簡単である。

 しかしそうした場合、俺の……いやトリエンの悪評となって世間に広がる事になる。


 それは何か嫌だな……

 だからといって放置するワケにもいかないよな。

 うーむ……


 まず、俺は有能な人材は好きである。

 そういった存在ならば、無条件で受け入れる。

 だが、無能は嫌いである。

 だからといって無能なものを全員排除するつもりはない。

 荷運びや人足などの単純な労働力は必要不可欠だからだ。


 そういった視点も考慮してルール作りをしてみようと思う。


 まずはステータス調査を義務としよう。

 本来ステータスを調べるなんて事は中々出来ない。

 能力石ステータス・ストーンを見れば解るように、本人は能力を隠す設定にすることができるし、契約を結ばないと細かいステータスまでは表示されない。


 やってきた移民希望者一人一人に能力石ステータス・ストーンを契約させるなんて財政破綻まっしぐらな事はできない。

 クリスが卒倒するからな。


 なので、検査官が契約した能力石ステータス・ストーンを使って基本ステータスだけを調べさせる事にしよう。

 これで能力値としての有能、無能を選り分ける。


 次に能力値だけ高い無能ってやつもいるので、そういうヤツを弾き出すシステムが必要になるな。

 見るだけでそいつの能力を見抜くヤツいないかな……

 神とか亜神、魔族ならいそうだけど、生憎そんな知り合いを引っ張り出すつもりはない。

 ならば魔法道具を造るしか無いね。

 とりあえず、案件としてファイルしておこう。


 何にしても無駄な流入を防ぐには許可制をとるのが順当か。

 許可証のないものは出て行ってもらう。

 これが一番簡単だな。


 だが、強制送還先がなかったら問題になるな。

 行き先がなければ居座ろうとするだろうし、殺すわけにもいかん。

 となれば送り出す先を考えるか……


 地球から連れてきたあいつらの住んでいる村なんかどうだろうか?

 スキルもない無能な地球人たちの集落だし、無能を送り込むにはうってつけじゃね?


 自分の所で持て余すなら他人に押し付けよう。

 非常に単純明快ですな!


 もちろん、支援はしてやるよ。

 ある程度自力で生活できるくらいには。

 それ以上の保護があると思ってもらっては困る。


 もちろん、無能村で能力を発揮するようなヤツだったらスカウトするかもしれんけど。

 有能な人材の活用は為政者の義務だしな。


 なんともゲスな為政者論を唱えている気がするが、俺は品行方正でも聖人君子ではないので問題無し。

 後世の歴史学者とやらに名君として祭り上げられるつもりはないので。


 で、考えたのが、一人一芸、性格、犯罪歴なし、紹介状持ちって四つの条件。


 まず、一人一芸ってのはスキル持ちかどうか。

 有能か無能かの判断の一つだろう。

 もちろん無くてもいい場合もあるので絶対条件ではないよ。


 次に性格だが、精神が不安定なヤツは駄目って事だ。

 突然、奇声を上げて他人に殴り掛かるようなヤツは駄目に決まってるだろう?

 我慢ができないとか、他人を見下すようなヤツも駄目だ。

 俺の元では皆平等。

 親の権力を笠に着るようなヤツは願い下げである。

 貴族の部下ですらこの条件を飲んで俺に仕えているのだから平民なら当然だろう。


 次は犯罪歴がない事だが、絶対に犯罪歴がない人物でなければならないワケではない。

 止むに止まれぬ事情というモノも世界には存在するし、罪を償っていれば問題ないとする。

 まあ、優先する事由としては低く設定するつもりだ。

 もちろん関わった犯罪などの詳細な調査が必要ではあるが、レベッカの情報局の面々に頑張ってもらえればいいかな。

 彼女らも元犯罪者って事を考えると、絶対じゃない理由は解るでしょ。


 最後に紹介状持ち。

 俺は、先天的、後天的に関わらず、人の繋がりは一つの才能だと思っている。

 俺の預かり知らない分野や団体で影響力を持つ人間と繋がっているなら、それはそれでアリ。

 そのコネクションを俺が利用できるなら悪くない。

 親が権力を持っているなら、それはそれでいい。

 その親との関わりを持てるのならば、それはそれで俺にとって有能という事だ。

 知り合いが有能者の場合も同様。

 要は俺に利があるかどうかが重要なのだ。


 と、この四つが条件だが、先に上げた項目ほど優先事項が高い事が重要である。

 コネクション持ちでも性格破綻してたら意味ないからな。

 性格が良くても芸の一つもできない無能はいらん。


 俺はやる気のある無能よりも、やる気のない有能を好むんだよ。

 まあ、やる気のない有能は中々自分から来てくれないだろうけどな。

 そういう人物は俺自らスカウトするしかないね。


 この条件は「やる気のある」奴らをターゲットにしているという事です。


 さて、この選別に使う魔法道具の開発が急務か。

 開発生活はまだ終わらないって感じですかねぇ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る