第31章 ── 第10話

 シグムンドの「ちょっと試しに模擬戦しようぜ!」の号令で使徒全員が修練場に走って行ってしまう。

 戦闘系の神様の神殿には修練場などの訓練スペースが常設されている。

 アースラは英雄神とか呼ばれているが、基本的に戦闘系の神様である。

 神格としてはウルドの下に付いている事になっているようだが、実質的にウルドと同格の戦闘力を有する為、戦闘系ツートップの片割れと神界では思われている。


 まあ、あの脳筋クランのマスターだったんだから当然の扱いだよね……


 奥さんはシグムンドに置いていかれ「ああ!」と悲しげな声を上げていたが、これもレナちゃんには「やれやれ」という心持ちだったようで、俺の顔を見上げて肩を竦めて見せてきた。


「レナちゃんも苦労するな」

「そうでしょ?」


 苦笑いのレナちゃんに、俺もほほえみ返した。


「レナはやらんぞ?」


 隅っこで酒をあおっていたアースラがボソリと言った。


 俺の心の中では「居たのかよ」ってツッコミを入れたかったが、娘が関わる場合に冗談が通じなくなる父親ってのはどこの世界でもデフォルトな存在なので笑顔で対応する事にした。


 どうせ、レナちゃんがシグムンドに懐いて肩車ロボをさせていたのが気に入らないんだろう。

 ジェニーさんもシグムントに生物学的に興味津々だったしねぇ。


「やらんって、そういう目で見ていると思っていたのかよ」

「お前ん所はロリっ子ばかりだからな。

 万が一、そう言う趣味があった場合に予防線を張っておかねばならん」

「ふざけんな。

 エマはああ見えて二二歳……もう二三だっけ?

 マリスに至っては三〇〇〇歳を優に超えてるだろうが。

 フロルも一〇〇歳くらいだろ?」


 幼女に見えるのはこのくらいか?

 ロリっ子だらけとはとても言えないだろう?


「孤児院にも何人もいるだろう」

「は?

 あれはクリスの趣味だろ」


 クリス、預かり知らぬところで風評被害。

 マジ、ごめん。


「ふん、知ったことか。

 レナはやらん」

「ダディ、めんどくさい事になってるね」


 ほんと、レナちゃんも苦労するねぇ。


「大目に見てやれ。

 君たちをこちらに連れてくるまで、ダディはずっと君たちを思って頑張ってたんだよ」

「私たちとしては数ヶ月だったけど、こっちでは四万年だったっけ?」

「転生した頃がそのくらいだったらしいね。

 ダディはずっと寂しかったんだ。

 少しくらいサービスしてやったらいい」

「そうね、家族サービスは大事よね」


 レナちゃんが分別臭いことを言うのは、両親が結構子供っぽいところがあるからかもしれない。


 親ってのは反面教師にしやすいからな。

 俺にも経験ある。


「で、アースラ。

 家族をずっと神殿に閉じ込めておくつもりなのか?」


 俺の質問にアースラは飲んでいた酒でむせ返る。


「いや……

 そのつもりはない」


 彼の立場上、いつまでも一緒にいられるワケでもない。

 神界では神界の仕事があるはずだ。

 彼を信仰する教団に対する責任もあるしな。


「猶予はあと一ヶ月だ。

 それまでにレナを一定のレベルまで鍛える」

「一週間で?

 随分とスパルタだな」

「俺が神界にいる間、ジェニーを守れるのはレナだけだ。

 レナは剣の天才だし、基本的に心配はない」


 確かにレナちゃんは既にレベル一五のサムライである。

 ステータスを確認して驚いたのは言うまでもない。

 ユニークなしでコレなんだから相当な才能だ。


 アースラはこっちに転生した段階で既にレベル一〇〇だったからスキル数上限に引っかかってしまい、こっちで新しいスキルを得ていなかった。

 その為、スキルに頼らない技量を積むことで戦闘を優位にもっていく術を模索した。

 それが例のフェイント技だ。


 そんな理由から、アースラはスキル・システムはあくまでも補助、人本来の才能は先天的、後天的両面から手に入ると思っているようだ。

 俺もそれは正しいんじゃないかと思っている。


 スキル・システムがない地球で育った人間からすれば当たり前の感覚だよね。


 それにしても、アースラは生前からレナちゃんに結構厳し目の訓練をさせていたと思われる。

 和泉守兼定なんて伝説級の名刀を買い与えている段階で、才能ありと思っていたんだろうし。


「レナちゃん、修行だってさ」


 俺は隣のレナちゃんに心配そうな顔を向けてみた。


「大丈夫よ。

 剣術の稽古って楽しいもん。

 ちょっとくらい厳しくてもへっちゃらなんだから」


 健気だ……

 あの鬼教官から天使が産まれたとは思えん。

 いや、産んだのは奥さんのジェニーさんだが。


「そうかぁ。

 強くなったら仲間を募って世界を冒険してみるといいね」

「そうね!

 私もダディみたいな冒険者になるつもり!」


 ニッコニコの健気魔神に癒やされてほんわかしていると、アースラに肩を掴まれた。


「やらんぞ」

「また、それか」


 俺はやれやれと肩を竦め、「んじゃ、とっとと帰るわ」と言って転移門ゲートを開く。


 転移門ゲートを抜けると何故かアースラとその家族まで潜って来た。


「なんで付いてきてるんだよ」

「いや、夕食くらい世話させてもいいんだが?」

「何、この態度でかい神様」

「あはは、ケントさんのご飯美味しいもんね!」


 レナちゃんにまでたかられたらしょうがない。


「仕方がないな。

 何が食いたい?」

「和食できる?

 私、ダディの故郷に行った時に食べたヤツがまた食べてみたい」


 アースラの故郷ってどこだよ?


 俺の視線に気づいたのかアースラが溜息を吐く。


「俺は生粋の東京人だよ。名物なんて思いつかないぞ」


 確かにな。

 お好み焼きとかずんだ餅とか、地方でよくある名産品やら名物料理ってヤツを上げろと言われても、なかなか思いつかない。

 東京では全国各地の名物も手に入るし、地方の名物料理を出す店も充実している。


 江戸前寿司なんかは「江戸」って付くから東京名物かもと思うけど、海外からしてみたら日本の名物料理であって「東京」だけで食べられるモノとは扱われていない。

 全国各地に江戸前を出す寿司屋はあるしな。


 もんじゃは?

 見た目がなぁ……美味いんだけど。


「適当でいい。

 以前やった海鮮パーティ。

 アレでいいだろう」

「そんな安直な」

「いや、レナにはああいうモノしか食べさせたことはないし、イメージはアレだと思うぞ」

「そうなのか……」


 レナちゃんは、俺とアースラの喋っているのを楽しげに交互に見ている。


「ジェニーさんは要望……あれ?」


 見るとジェニーさんがいない。

 というか消えた。


 俺がキョロキョロしていると、レナちゃんに袖を引っ張られた。


「あそこよ」


 ハァと深い溜息を吐きつつレナちゃんが指差した方向は厩舎の方だ。


 見ればグリフォンのイーグル・ウィンドが直立不動で身動き一つしていない。


 そしてレナちゃんの溜息の意味が解った。

 その下にウロウロしながらメモを取ってブツブツ言っているジェニーさんがいた。


「伝説の生き物よね?

 確か、グリフィン……グリフォンだったかしら?

 立派な嘴と爪ね。

 獲物の肉を食いちぎるのに嘴と爪が役に立つって事ね。

 後ろ足は猫科。

 しっぽも哺乳類……

 まさに合成獣キメラといった風情ね。

 学会で発表できたら!」


 いや、ティエルローゼに学会ってねーし。

 いや、俺が知らないだけであるかもしれんけど。

 というより学者とかっているんだっけ?

 そういや社交界で王城に行った時、農業学者みたいな貴族がいたような?


 そ、そんな事より……


 俺は心配になりアースラに目をやった。


「解ったか?

 今は外に出せない理由が」


 俺は理解した。


 このまま奥さんを野放しにしたら確実に死ぬ。

 トリエン地方はダイア・ウルフ部隊やゴーレム部隊による治安活動によりかなり安全になったが、それでも野獣やら魔獣は出現するし、それらによる被害もまだ出る。

 以前よりはギルドのクエストも減ったと聞いているが、それでも冒険者のニーズは減っていない。


 安全になった分、人の行動範囲が広がるワケだから新しい危険が発生するのは自明の理だ。


 そんな世界に珍しい生物やら動物がいたからといってほいほい近付いていくジェニーさんは襲ってくださいと言っているようなものだ。


 イーグル・ウィンドが野生のグリフォンだったなら、基本的に人間は餌でしかないからねぇ……

 今、彼が微動だにしない理由は、アースラの殺気が向いているからだしねぇ。


 彼は俺やマリスに禁じられているので人は襲いはしないが、気性の荒いだから、不用意に知らない人間が近付いたら怪我くらいさせかねない存在である。

 そういう存在にあんな近づき方をしたらね。


「確かに、アレはまずいな」

「そうだろう?

 レナを鍛えなければならん理由の一つだ」

「うーむ。護衛を付けるとかは?」

「最も現実的だが……

 俺は今、神だ。

 あまり下界で好き勝手にできるもんじゃない」


 かなり好き勝手にしている気もするが、言っている事は解る。


 神からの依頼なんて受ける護衛は中々いないだろう。

 怪我をさせた程度の状況で「失敗」判定されて神罰が落ちてきかねないなんて、命がいくらあっても足りない。

 その程度の判断力もない護衛は雇う価値がない。


 こっちの世界でも神は「触らぬ神に祟りなし」扱いするべき存在なのだ。

 神が実在している分、ティエルローゼの方がこの慣用句を必要としているかもしれないな。

 神罰が目に見える形で落ちるからねぇ……


「私、頑張るよ!」


 レナちゃんも遊びたい盛りだろうに……

 不憫過ぎる。


「残念な両親には苦労するな」

「誰が残念だ、こら」

「両親揃って残念だろうが」

「なんだと!」


 売り言葉に買い言葉だが、俺とアースラはその程度でどうにかなる関係ではない。

 付き合いは短いが、かなり仲がいいと自負している。


「はいはい。

 二人ともそこまでよ」


 レナちゃんがパンと手を叩いた。


「くっ。

 今回はレナの顔を立てておいてやるか」


 俺は肩を竦めて見せる。


「それより!

 私、そろそろお腹が空いてきたんだけど」

「あ、そうだった!

 すぐに料理を始めないと!」

「すまん、助かる」


 俺が走り出す間際、アースラが謝罪と感謝を述べてきた。

 アースラは自分が図々しい態度をとっているのを重々承知しているって事です。


 そんな事は俺も承知してますよ。

 憎まれ口が照れ隠しなのもな。


 俺も心が捻くれている自覚あるので、この程度の素直じゃない態度くらい容認します。

 彼には色々と助けてもらった事もあるしな。

 俺が転生したばかりの頃に神界での俺の扱いとか、俺の知らないところで尽力してくれていたのは薄々気付いているんだよ。


 神とのファースト・コンタクトは偶然もあってイルシスだったが、神が直接コンタクトを取ってきたのはマリオンが最初だった。

 何故マリオンだったのかと言えば、転生した場所が彼女の教会だったのもあるんだろうけど、アースラが手を回したからだろう。

 弟子を使うあたりがアースラの不器用なところだと俺は思っている。


 俺がこの世界に馴染む為にアースラが色々と因果を操作してたと踏んでいるワケ。


 その恩を口に出すつもりはないが、こういう小さい事を積み重ねて返していればいいと思っている。


 俺自身の不器用さ加減も大概だな!

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