第31章 ── 第9話

 翌日、パラディのアースラ神殿にブツを届けに伺う。


「こんちー」


 神殿の中庭にアースラたちがいると神官プリーストに聞いたので顔をだしてみると、シグムントがレナちゃんを肩車していた。

 レナちゃんはシグムントを「クマちゃん!」と呼び「前進せよ!」とか命令しているので、搭乗型二足歩行戦闘ロボ的な扱いをしている気がする。


 君の父上の使徒なので自由に使ってもらって構いません。

 シグムントも何故か強面が緩みまくってるので悪い気はしていないのだろう。


 それよりもジェニーさん。

 

「貴方、人族なの?

 それにしては大きすぎるし……

 獣人族という存在なの?

 熊人族とのハーフって線は?

 いえ、クォーターかも?

 何を食べて身体を維持しているのかしら?

 体重は三〇〇キロくらい?」


 なんでシグムントに矢継ぎ早に質問しまくっているんでしょうか?

 シグムント自身も「あ、いえ。人族です……」とか、適当な返事しか返してないし。


 それよりも、ジェニーさんの後ろにいてシグムントへの質問に「彼は生粋の人間ですが」とか口を挟んでいるアルベルティーヌが完全無視されていて笑えない。


 まあ、彼女は背がかなり高いだけで見た目は殆ど人間だからなぁ。

 実は彼女、巨人族とのクォーターだそうです。

 ジェニーさんは質問するなら彼女にするべきだね。

 しかし確実にシグムントの巨躯の異様さしか目に入ってなさそうです。



 俺がそんなやり取りを苦笑いで見ていると、ロッタが俺に気づいてやってきた。


「できたの!?」

「ああ、お気に召すといいんだが」


 目を輝かせ、笑顔での手を伸ばすロッタは、相変わらず幼女にしか見えんな。


 俺はインベントリ・バッグから例のブツを取り出してロッタに渡す。


「ほいよ。

 少し大きめのコンポジット・ショートボウだが、とんでもない代物に仕上がったよ」


 ロッタは真剣な顔で手渡されたショートボウを吟味している。

 こういう時の顔は幼女とは言えないね。

 流石は戦闘系の神様の使徒だけあって、武器やら防具には並々ならぬ関心があるんだろう。


 ロッタは弓を構えてみたり、弦を弾いてみたり、弓自体に力を加えてみたりといろいろ試している。


「これ、すごい……」


 五分ほどいじくり回してようやく出た感想がソレだった……語彙。


「まあ、そうだね。地上にある弓でコレほどの出来のモノはあまり無いんじゃないかな。

 そうそう、これもオマケで付けてやろう」


 俺は例の矢も取り出して渡す。

 一応、使い方の説明を書いた紙も一緒にね。


 本体の素材は緋緋色魔銀に複合素材を追加したヤツだが、こっちの矢はやじりがミスリル製と比較的安価にしてある。

 普段使いするには高すぎるとは思うが。

 あの弓で射たら、大抵の矢は無事では済まない。

 それはミスリル製であれ緋緋色金属であれ同じだろう。


 それほどに威力が高いので、高価な素材で作るにしても最低ランクのミスリルにしたワケだ。

 アダマンチウム製にするともっと効果的なんだが……

 質量的な意味合いでもな。


 この弓を超えるためには超電磁砲レールガン的な兵器を作らねばならんだろう。


「マジでか!?」


 説明書を読みつつ、ロッタが叫ぶと同時に後ろの扉が開いてイェルドが山盛りソーセージが入った器を抱えて中庭にやってきた。


「あ、どうも……」


 俺の姿を認めるとペコリと頭を下げてくる。

 彼は比較的無口な方だけど、ハリスほど口篭らないし、単にコミュ障的な性格なんだろう。

 俺もコミュ障を自称していたが、ハリスや彼を見てから「実は俺、結構コミュ強かもしれない」と思い直している。

 あっちの世界でM&A絡みの商談とか幾つか纏めたワケだしな……


 とはいってもそれは表向きの事。

 心の中は大嵐ってな感じなので「外面だけを取り繕うスキル」が高いだけのコミュ障なのは間違いない。

 他人にバレなきゃコミュ強だと思われても致し方ないが。


「これ、イェルドの」

「……おお、これが!」


 俺が差し出した二振りのブツを見て、ソーセージの器を慌てて近くのテーブルに置いてから、イェルドは手の平を服で拭き剣を手にした。


「重さで叩き切るような剣が主流のティエルローゼでは刃で切るタイプの剣にしてみたよ。

 こっちの方がイェルドの好みだろう?」

「俺の好みをよくご存知で」

「俺も剣士ソードマスターだからな。

 押し切るより撫で斬る方が性に合ってるから解るんだよ」


 イェルドはティエルローゼにもない双剣士ツイン・ソードマスターという職業クラスだ。

 基本的には剣士ソードマスターと変わらないが、両の手に剣を装備でき、それを巧みに操る術を自然と備えている。

 二刀流スキルでも使わなければ、利き手以外で持った武器は目標に殆ど当たらないし、稀に当たったとしてもダメージが激減する。

 そんなペナルティを軽減するのが二刀流というスキルになる。


 ところが、双剣士ツイン・ソードマスターには二刀流スキルは必要ない。

 スキルがなくてもというとんでもない職業クラスなのである。

 俺やトリシアみたいなレア職業クラスと同じ扱いなのだろう。


 スキル取り放題であるオールラウンダーの俺でも再現できない彼の戦闘様式は、まさに選ばれたものにのみ可能となるのだ。


 イェルドは早速腰に二本の剣を下げ、何もない空間を斬りつけるように徐ろに引き抜く。

 彼はそのまま無言で見事な剣舞を披露する。


 ロッタも俺の横に座るとその剣舞に見惚れているようだ。


 イェルドは剣舞を終えると、途端に破顔した。


「ケントさん……

 いや、ケント様と……

 まて、兄貴と呼ばせてくれ!!」

「いえ、結構です」


 相当気に入ったみたいだけど、兄貴呼びは勘弁。

 どう見たって、俺の方が若いですしな!

 なんで三〇過ぎのおっさんに兄貴呼ばわりされなきゃならんのだ。


「それは残念……

 それにしても、いい剣を打って頂きました。

 ありがとうございます」


 こういう部分は非常に素直ですね。

 お礼を言うのが気恥ずかしい気がする俺みたいなコミュ障とは、やはりちょっと違うかもしれない。


「気に入ったようで何より。

 コマンド・ワードみたいなもんな一切付与してない。

 ただ切れ味を追求した。

 魔化もそっち系だな」


 刀身に風の加護を与え、刃の秘める斬撃力をさらにアップ。

 刀身には折れない・曲がらない属性も付けてある。


「君の修行次第ではオリハルコンすら斬れるかもしれん」


 それほどの刃として鍛えたんで、是非実現して頂きたい。

 俺のセリフにイェルドは「おお……」と言葉にならない声を漏らした。


 緋緋色金属もオリハルコンの非破壊属性をひっくり返す力はない。

 それを実現させられる力は、既に特殊技術ユニーク・スキルといってもよいかもしれない。

 彼はユニーク・スキルを持っていないので、もしかしたら後天的にそんなユニークを獲得しないとも限らない。

 俺はそういう可能性があってもいいと思うんだ。


 さて、中庭のこっちでそんなやり取りをしていると、シグムントが気づいてドスドスと足音を立ててやってくる。


「ケント殿!!

 何やら楽しげですな!」


 相変わらず声がでかい。

 肩の上のレナちゃんがしかめっ面をしているよ……


「声を抑えろ。

 レナちゃんの鼓膜を破くつもりか」

「あ、それは失敬」


 シグムントは口に手を当てて意図的に小さい声にする。


「やはり肉を主に食べると……」


 ジェニーさんは周りなど気にせずに質問を繰り返しているが、誰もそれに応えていない。

 無視されているというか……ジェニーさん、質問している感じだけど、相手の応えも聞いてないんだよ。


 あえて言うなら独り言。

 質問風の独り言は観て確認している作業って感じなんだな。

 まあ、変な癖だとは思うけど、学者って変な人結構いるからね……


「俺のヤツは……」

「ああ、出来てるぞ。

 注文通りだと思うが確認してくれ」


 俺はシグムント用のフル・プレートメイル、大盾タワー・シールド長剣ロング・ソードを取り出してテーブルに並べていく。


「おお!!」


 興奮したシグムントが歓声を上げてテーブルに飛びつくと、レナちゃんは暴れ馬を乗りこなすような巧みな体捌きをしつつ、シグムントの顔面をバシッと強めに叩く。


「人を載せている時に急に動かない!!」

「がはは、レナ殿には敵いません!」


 そう言いつつ、レナを抱え上げて丁寧に地面におろした。


「シグムントおじさんは、ちょっと仕事ができましたので今日はここまでです」

「うん、遊んでくれてありがとう。

 新しい仕事道具をケントさんが持ってきてくれたのね?」

「そうです。

 アダマンチウム製で作ってくれるとのお話で」


 レナちゃんは自分の父が戦闘系の神様なので、使徒にとって武器や防具は仕事道具という認識を持ったらしい。


 かなり聡明ですな。

 彼らにとっては確かに仕事道具になるでしょうし。


 シグムントは今身に付けている防具をとっとと脱ぎ、俺の鎧をさっさと装着しはじめる。


 シグムントは初めて着るフル・プレートメイルだというのに手慣れた感じで着付けていく。


 どんな様式の防具でも直感的に着られるんでしょうか。

 伊達にアースラの使徒ではないという事ですかね。


 部位に一つのパーツを装着する度に「おお!」とか「こいつは!」とか感嘆しているのでかなり満足しているようです。


 部位毎に魔法効果が付与されているので、装着する度に何らかの効果が発揮されるのを体感しているって事ですな。


「こいつは凄い!!」


 シグムントも他の仲間と似たような反応を示す。


 相変わらず語彙が……


「まあ、それだけじゃない。

 この説明書を読んで使いこなしてくれ」


 この装備一式にはコマンド・ワードが幾つも仕込まれている。


 剣と鎧には二つ、盾には三つ。

 全部使い分けるにはかなり訓練が必要になるだろうが頑張って欲しい。


「脳筋の私には少々酷な気がしますな……」


 自分で脳筋といっちゃうところにシグムントの面白さがあります。

 アースラに「脳筋」って言われて慣れているんだろうけどね。


「だが、使いこなせればというポジションを完璧に熟せるようになるよ」

「それは心躍る情景ですなぁ!」


 彼は守護騎士ガーディアン・ナイトを極めた者が、たどり着くと言われる職業クラスなのである。

 聖騎士パラディン暗黒騎士ダーク・ナイトという上級職に就かずに更に推し進めると伝説の鉄壁戦士たちを称する職業クラスに目覚める。


 本来この職業クラスは、ドーンヴァースに導入されたばかりの頃は「伐折羅戦士バサラ・ファイター」というものだったのだが、何故かあまり一般受けしなかった。


 ただ、タンク職というものは一定の人気があるため、この最上級職に行き着くモノは多かった。

 彼らの行動原理「守る」事に特化したスタイルから、人々は密かに彼らをテルモピュライで散った鉄壁の戦士たちに準えて「スパルタン」と呼んだ。

 ドーンヴァース運営はそれを知り、この職業名を「スパルタン」と変更したのである。


 シグムントは長剣ロング・ソード大盾タワー・シールドも装備して具合を確かめる。


「うはは、この重量感が堪りませんな!!」


 あのクソ重い鎧を着てまるで普段着姿みたいに軽々と身体を動かすシグムントの膂力は人間としては既に常軌を逸しているレベルだ。

 長剣ロング・ソード大盾タワー・シールドも彼サイズなので他の人からすれば巨人サイズなんだが、軽々と振り回している。


「気に入ったようだな」


 シグムントは嬉しげに頷く。


「おい、イェルド! あっちで模擬戦でもしねぇか!?」

「よし……やろう」


 イェルドもすんなり提案を受け入れているところをみるといつもの事なんだろうか。

 新品の武器やら防具やらに傷が付きやしないか心配しそうなもんだが、使ってこそ武具であろうと俺は思う。


 ふと見ると、アルベルティーヌが俺の後ろでしゃがみ込んで物欲しそうにこっちを見ていた。


「忘れちゃいないよ。

 はい、これ」


 俺は指輪を一つ彼女に渡した。


「え……」


 それを受け取り、何を勘違いしたのかアルベルティーヌが顔を赤らめる。


「いや、そういう意味のもんじゃねぇよ」


 俺は説明書を渡す。

 それを見たアルベルティーヌが、パァッと表情を明るくして俺に抱きついて来た。

 ほっぺにチュウもされたが、嬉しさ余ってって事で許してやろう。

 性格とかはともかく、アルベルティーヌはエロ巨乳なので悪い気はしないしな。


 早速、アルベルティーヌは指輪を嵌めた。

 左手の薬指に嵌めるのは勘弁してほしい。


「展開!!」


 珍妙なポーズを取ったアルベルティーヌが叫ぶと、その声に反応して六つの魔法陣が現れ、そこから迫り上がるように六体のゴーレムが次元の壁を破って出現した。


「おお!!

 これよ! これぇ!!」


 大歓喜のアルベルティーヌに隣にいたレナちゃんが生温かい視線を送っております。


「ダディの部下の人たち、子供みたいね」


 やれやれポーズのレナちゃんに、苦笑しか浮かびませんでした。

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