第31章 ── 第8話

 使用者の魔力を効率よく引き出すには術式の文様が直接地肌に接触している方が良い。

 となれば、指輪の内側にビッシリと彫り込んでいくのが順当だ。

 それ以外にも魔力の増殖用の触媒として宝石を使う場合には宝石と接触する爪などに刻んでも効果が高い。

 もちろん流れていく魔力導線がしっかりと術者に繋がっていなければならない事は共通した注意点である。


 大きな効果が必要な付与の場合、刻まねばならない術式が非常に大量、かつ長いものになるので魔法道具自体が小さい場合、非常にやっかいになる。

 だからこその顕微鏡付き作業台になる。

 彫り込む為の道具も普通のタガネでは無理なので、先端が物凄い鋭利な針状になっている道具を使うのだ。


 彫り込む先から術式に微細な魔力を通して揮発を防ぐ処置を施していく。

 この作業が一番難しく、非常に高い魔力操作スキルのレベルが必要だ。

 付与される魔法の効果がレベルの低いモノならば、それほど難しい術式にならないので簡単なんだが、空間属性、重力属性、理力属性と三つもの属性を使うので、複雑怪奇で細かさは更に跳ね上がった。



 彫り込む作業を開始してからおよそ六時間……

 ようやく満足行く精度で術式を彫り込むことが出来た。


 失敗するとイチから掘り直しなので神経をすり減らしまくりですよ。

 実は二度ほど失敗したのは秘密だ。


 早速実験をしてみる。


 近くにある作業用工具の幾つかを紙で書いた空間転移陣の上に置いて、指輪に魔力を通しながら「収納」とコマンド・ワードを唱える。

 転移陣の上の工具が一瞬で消えた。


 よし、ここまでは成功。


 続いてほぼ同じ行程ながら別のコマンド・ワード「展開」を使って実行。

 異空間に仕舞った工具が無事に現れた。

 俺はホッとして胸をなでおろした。

 またあの細かい作業はしたくないからな。


 単純なコマンド・ワードは成功したので、続いて複雑な方も実験する。


 実験の内容は一~六まで番号を付けた魔法陣の上に工具を並べ、「展開」と「収納」の前に番号を口にする事で出し入れする対象を指定できる機能である。


「三番、六番、収納」


 三と六の魔法陣の上に乗せた工具が消えた。


「四番、六番、展開」


 四と六の上に工具が現れる。


 よし、いい感じで成功したな。


 俺は異空間の様子を確認しておこうと周囲を自動撮影する魔法道具を一番の魔法陣に置いて起動させつつ「収納」してみた。


 少々の時間を経て、異空間から魔法道具を「展開」させる。

 取り出してからすぐに撮影した映像を再生させてみる。


 まずは異空間の全体像を魔法道具は映し出した。

 異空間の大きさは一〇メートル×五メートルくらいだろうか。

 どこに光源があるのか解らないが薄っすらと明るいようだ。

 それと撮影が出来ているという事は異空間内の時間はちゃんと流れているという事だろう。


 映像を見ていると自動撮影機が自分の足元をフォーカスする。

 赤黒い魔法陣が地面に浮き出ているのが見て取れる。


 そしてこの映像は、魔法陣が異空間にある物体と魔法的にリンクしている事が良く分かる映像だった。

 表示されている自動撮影機の三脚にも似たような赤黒い血管のようなラインが浮き出ていたからだ。

 なんとなく少し気持ち悪い気がしたが、そういうモノなのだと諦めよう。


 続いて映像が移動して、横一列に並んでいる魔法陣を映し出した。

 いくつか空の魔法陣と工具が置かれた魔法陣が並ぶ。

 先程のように収納されているモノには魔法陣と魔力的なリンクができるようでそれぞれの魔法陣と似た色の血管のようなラインが浮き出ているのが確認できた。


 自動撮影機はしばらく映像を表示してから停止した。


 実験結果から、ゴーレムを収納する異空間は安定した状態である事が確認された。

 取り出した物品を調べてみても何の問題もないようなので、閉鎖された空間だし劣化の心配もなさそうである。


 今回はこれだけの研究成果で満足しておく。

 収納対象がゴーレムなのでこの程度の結果でいいんだよ。


 一応、映像から別の可能性にも気づけたので更なる研究は必要になるだろうけどね。


 ん?

 何の可能性かだって?

 生き物を収納した場合の可能性だよ。


 インベントリ・バッグなどでは不可能な生体収納が出来れば、別の可能性が見えてくるだろ?

 異空間内には魔力が満ちているのは解ったし、そこに満たされている魔力は術者のモノと同じなのではないかなど、調べたい関連情報は山と出てきたが。


 俺はさっさとアダマンチウムを材料にオートメーションでゴーレムをライン製造させる。


 魔化を施したら一体ずつ作業台の上に移動させて寝かせ、さっき実験に使っていた番号付き魔法陣を一つずつゴーレムの足の裏に刻み込む。


 紙の方は役目を終えたのでしっかりと処分する。

 ちゃんと処分しておかないと、指輪とリンクしてあると判断されて事故が起きかねないからね。


 六体分の作業が完了してから、俺は指輪を嵌めてから魔力を流し「収納」と短く唱えた。

 一瞬で六体のゴーレムが姿を消した。


 消費MPは六〇ポイント。

 一体につき一〇ポイントだね。出す時も同様の量が必要になる。

 アルベルティーヌのレベルとMPならば使用に問題はないだろう。

 伊達に神に比肩するほどのレベルにまで達してないしな。


 ちなみに、神々が対象を神界にスカウトしようと思うレベルは六〇程度ね。

 そこらのシステムを説明しておこうか。


 レベル六〇付近が人間種としてのリミットらしいとアースラも言ってたよね。

 で、六〇を超えると所謂人外の領域になる。

 世界規模の英雄なんかはコレだろうし、裏には神々のバックアップである「加護」が大抵付与される。

 要はツバ付けだな……日本だと青田買いなんて言われ方もするかな。


 そしてレベル七五を超えると亜神のレベルだ。

 大抵の使徒はこの辺りまで修行させられるそうだ。


 そしてレベル八〇になると神としての資格を得るワケだね。

 神の中で一番若いとされるイルシスはここだ。


 そんなレベル・システムから考えるとアルベルティーヌは非常に優秀。

 何せレベル七五もあるからね。

 彼女の職業クラスである大魔法使いウォーロックから考えても魔法の神より強力な気がするが、そこは使徒と神の違いでイルシスの方が圧倒的に強いよ。


 権能の有無がそこまで違いを生むかと疑問に思うかもしれないが、二人が戦闘したら一撃でアルベルティーヌが沈むだろうね。

 主力武器である魔法が突然使えなくなったら大魔法使いウォーロックは終わるからねぇ。


 イルシスが強いのはそういう部分なんだよ。

 知識系の神々では最下位と本人は言っているが、その源流にあたる智慧の女神ソピアーには大層可愛がられているようなので、その系列の眷属神では集大成的な存在なんだろうなと思います。


 アースラの使徒には既にレベル八〇超えのヤツがいるわけですが、望めば神になれそうなのに何でなってないんですかね。

 アースラと肩を並べるって事に躊躇があるのかな?

 そうだったなら随分と真面目で律儀な奴らだな。


 話を戻そう。


 ゴーレム関連はバッチリ終了。

 弓も前に言ったように先に付与作業しておかないといけないので既に作業は終わっている。


 後はシグムントとイェルドの装備の魔化作業ですか。

 これらの作業は仲間たちの装備を作る時にいつもやってるので時間はそんなに掛からない。


 案の定一時間も掛からずに作業終了。


 基本的には受動型パッシブとコマンド・ワードを用いた能動型アクティブ条件付き自動発動コンディショナル・オートマチックに大別できるね。


 単純な能力値上昇や命中率上昇、ダメージ上昇なんてのは受動型パッシブだ。

 それよりも複雑な魔法の盾マジック・アーマーなどを出現させたり、炎属性付与ファイア・エンチャントなんて具体的なヤツは能動型アクティブになる。

 条件付き自動発動コンディショナル・オートマチックなんかは、俺が装備している攻性防壁球ガード・スフィアなんかの自動防衛機能がソレに当たる。


 装備品の数が多いシグムントの装備には、付与性能てんこ盛りだと思ってくれて良い。

 後は脳筋気質な彼が使いこなせるかが一番の問題だろうね。


 アースラの使徒の報酬を全て作り終えた頃には既に深夜を回っていた。


 珍しく飯も食わずに作業してたな。


 休憩所で温かい茶と軽食をフロルに出してもらって寛いでいると、ゲーリアがやってきた。


 彼も研究の虫なのでこんな時間に遭遇する事もあるワケだ。


「例のブツの状況は?」

「受肉はもう少しで完了します」

「割りと早いね」

「ご冗談を。

 フィル殿からお聞きしましたが、貴方は神々の肉体をお作りになったそうですね。

 その時の速度は尋常ではなかったと伺っております」


 まあ、アラクネイアが補佐してくれてたから細かい部分は任せられたし、フロルと似たような構造なので手間が掛からなかったんだけどね。


「助手が優秀だったからね」

「アラク……アラネア様ですね」


 一応、彼ら古代竜エンシェント・ドラゴン種は生みの親こそカリスだが、基礎研究やら開発には彼女が関わっている。

 そんな理由から古代竜エンシェント・ドラゴン種の中にはアラクネイアに尊敬や崇拝の念を抱くモノもいるそうだ。


 肉体生成などは錬金術の分野なのだろうし、ゲーリアはアラクネイアを信奉しているのかもしれないね。


「何か問題が起きたらアラネアに助けてもらえ。

 俺なんかよりも断然彼女の方が凄いからな」

「ありがとうございます」


 ゲーリアが嬉しそうに笑う。


「それはそうと、ちゃんと寝ろよ。

 良い研究には良い睡眠だよ」

「承知いたしました」


 俺も彼らと似た気質なので特大ブーメランをぶっこまれそうだけど、一応釘刺しくらいしておかないとエマに怒られそうだし。

 ゲーリアにしろ、フィルにしろ、優秀な研究者だ。

 言われなくても限度は弁えている……といいんだが……


 一抹の不安を感じつつも、俺はサンドイッチの最後の一欠片を口に放り込んでから立ち上がる。

 そしてそのまま転送室へと向かう。


 多少寝なくても大丈夫だと思うが、やっぱ寝ておくとひらめく回数というか度合いというかが違う気がするんだよね。

 だから、俺はしっかり寝ます。


 今日の俺はよく頑張りました!

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