第31章 ── 第6話

 予感に間違いはなかった。

 アースラ家族、ヘスティアだけでなく、その後ろにアースラ神殿の神官プリーストが一〇人付いてきてた。


 以前炊いてストックしてあったご飯を追加で出してようやく足りた感じだ。

 カレーはトッピングがあったので何とか足りた。

 カレーの魔力恐るべし。


 さて、食事中にヘスティアのカレーとの食べ比べをしておいたので、勝手に俺の弟子となっているヘスティアと味比べ吟味会である。


「で、違いは解ったかい?」

「どう考えても私のカレーの方が完成度が高い気がするんですが」


 確かにね。

 予想通りカレーの本場で出てくるような本格的なカレーでしたなぁ。

 インドの本格カレーって俺好きじゃないんだよ。

 スパイスの風味が強いので市販のカレールーで育った俺にはエキゾチック過ぎるんだ。

 なので、少しマイルドに作らないと俺は駄目。


 まあ、この辺りは人によるんだろうけど、元日本人のアースラなら俺のカレーを確実に選ぶに違いない。

 隠し味に醤油を少々使ってるしな。


「ヘスティアのカレーは一級品過ぎるんだな。

 俺のカレーは庶民カレーなんだ。

 日本人が日本人の舌に合うように魔改造された感じだな」

「魔改造……アースラ殿が良くその言葉を使っていた記憶があります」


 あはは。

 そうだろうね。

 この世界の物理法則は俺やアースラに馴染みのあるゲーム世界のルールだった。

 ゲーム内で表現しきれない部分はもちろんあるが、それは地球などの現実世界の物理法則をぶちこんだ世界って感じだね。

 となると、ゲームと現実のルールが曖昧になるところは想像力で補える。

 これは創造神の子孫である俺たちの特権だろうな。


 そういうシステムの穴を突いた裏技をアースラは魔改造なんて表現しているんだろう。

 スキルでは表現できない技……ほら俺が最初に教えてもらった「フェイント」とかさ。

 似たようなスキルは戦士ファイター系の職業クラス拳闘士フィスト・ストライカーなどの武術家系にあるにはあるみたいだけど、まるで別物らしいんだよね。

 この世界のスキルは発動すると自動的に体が動くんで、効果はレベルに比例して一定なんだよね。


 ところがアースラのは目線やら殺気などちょっとした事で相手の行動を制限したり誘ったりするワケ。

 現実世界の技なので、マジで何年も武術やってたりしないと身につかない。

 この世界ではあり得ないテクなんだよ。


 まあ、俺もコツが掴めたので出来るようになったけれども……

 高レベルの為せる技ではありますが、こっちのスキル・システムに慣れ親しんでいる人には多分習得は無理だろう。


 む、思考が脱線している。

 元に戻そう。


「確かに君のカレーはスパイスが効いていて本格的だ。

 だけど、万人にウケる味とはいえないね」


 その一人が俺だし。

 日本の先人たちはそれを克服するためにカレーを進化させた。


「まあ、だから平均的に誰でも好むような味に魔改造したのが俺のカレーってワケ。

 君のカレーって子供だと辛すぎて無理でしょ?」


 ヘスティアが頭の上に「ガーン」という文字が浮かびそうな顔になった。


「万人に……子供にも食べられる……

 そこまで考えていませんでした……」


 神は人間を相手にすると価値観を押し付けてくるような一方的な者が多いからねぇ。

 地球でも神の教えって、ああしなさいこうしなさいとか偉そうでしょ?


「食事ってのは人の腹を満たし幸せを感じさせるものだ。

 大多数は満足するけど少数は満足できないのでは万人にウケるとは言わない。

 俺がカレーを作るとき、寸胴を三つ用意しているのもそれが理由だ。

 それぞれの味を変えて、食べに来た人が全員幸せな気分になれるようにね」


 ヘスティアが理解したようにコクリと頷くとその後跪いた。


「師匠のように日々精進して参ります……」

「料理の神にそうされると困るな」


 俺はヘスティアの手を取り、立ち上がらせる。


「料理は不思議だよね。

 スキルが一〇に上がっても、まだ先がある気がするんだ」

「仰るとおりです」


 ヘスティアは料理レベル一〇だが、彼女の知らない料理を俺が作るのを見て居ても立ってもいられない思いを抱いたのだという。


「ティエルローゼにももっと味や料理の技術を追求する料理人を増やさないと駄目だな。

 この世界は味に無頓着すぎる」

「はい! それを今後の目標に致しましょう!」


 ヘスティアが俺に笑顔を向ける。

 だが、その視線は野望に燃えていた。



 味会議──吟味会だっけ?──も終わりヘスティアとアースラ家族も帰っていった。

 イシュテルたちはといえば、眷属神とタンムースは既にお帰りである。

 で、当のイシュテルは神官プリーストたちに跪かれて教えを請われている。


 イシュテルという女神は生命と光の神なのは周知の事実だが、生命を司る方向に傾いている。

 タンムースはその逆である。


 そんな理由で、このイシュテル教団は基本的に命を大事にする宗教団体となっている。

 なので教義として「命を大切にすることが世界の光になる」という基本理念が生まれたらしい。


 命を大切にするという事は、生命を殺す事や肉を食べてはならないという事には繋がらない事を注意しておく。

 狩猟や漁業は人々が生きていく上で絶対に必要な行為である。

 自分の命を大切にするためにも、そういう行為はこの教団でも認められている。

 そこまで禁止するなら、植物を殺す事も禁止しなければならないので穀物やら野菜やらも食べてはいけないって事になるんだ。

 植物も生きているからね。


 もちろん不必要な殺しは認められていない。

 犯罪も然り。


 以前、問題になったそうだが、ストリート・チルドレンの子供がパン屋の店先からパンを盗んでパン屋の主人に撲殺されたらしい。

 そのパン屋は貴族御用達だったそうで罪に問われることはなかった。

 盗んだ方が悪いという認識もあったそうだからね。


 だが、これにイシュテルが心を痛めた。

 命が大切に扱われていないと思ったらしい。


 施せる力のある者が、施しもせず殺した。

 そしてそのパン屋はイシュテルの信者だったという。


 イシュテルの心を読み取った神託の神官オラクル・プリーストが、それをご信託として発表すると世間でもパン屋の行為が問題とされパン屋は廃業を余儀なくされた。

 彼を御用達にしていた貴族は没落したという。


 まあ、犯罪は人間が決めたルールなんだから、コレに反すれば罰せられねば意味がなくなるんだけど、パンを盗んだ事が死に値するかと言われれば疑問だよね。

 罪と罰のバランスは重要だ。


 そういった教訓としてもこの事件は扱われているそうで、イシュテルは「裁定の神」という性質も人間の信仰によって与えられたらしいよ。


「イシュテル様の加護を以て、救済活動を致したいと考えておりますが……」


 パラディ近隣に救済が必要な命はないと思うが。

 なんせここらは俺の領地なんだぜ?


 現在、トリエン地方内においては、浮浪者やらストリート・チルドレンは存在しない。

 浮浪者は一つのところに収容し衣食住を与えている。

 様々な事情がある者たちなので、それも勘案しつつ保護している。

 この施設は職業訓練所や職業斡旋所も兼ねていて、後々収容者が独り立ちを出来るように促している。


 まだ効果は完全に出ていないものの、この施設に入った者で働ける程度に健康な者の就職率は非常に高い。


 年端も行かないストリート・チルドレンは孤児院に回しているので、今のブリストル孤児院には結構な数の子供がいる。

 とても以前のような体制では回せない為、院長以外に養護員を数名、経理を一人、雑用の下働きを五名雇わせた。

 もちろんクリスに請われる前に補助金も増額したさ。


 現在、この施策が上手くいっている為、他の都市の領主や執政官などが視察に訪れることがあるとクリスから聞いている。


 やはり浮浪者や孤児などはどこの街でも問題になっているんだね。

 王都も門外街に大量にいたからなぁ……


「この地域には助けを必要とする者は存在しません。

 それはお判りでしょう?」

「はい。

 ですから数名、他の地方へ遠征させるべきという意見が上がっております」

「できるならばすればよいでしょう」


 神官プリースト……食事会で見た司教が、少し困った顔をしつつ「仰せのままに」と頭を下げた。


「では、話はこれで終わりですね。

 神界へと帰還致します。

 みんな、今後も精進するのですよ」


 そう言ってイシュテルは光の柱になって消えた。


「ふう……これは今後も清貧を心がけねばならなくなりましたね」


 もう一人の司教が、立ち上がったイシュテルと話していた司教に困り顔で話しかけている。


「今後はこのような食事会はできませんよ。

 節約しなければ」

「いえ、今回の食事は領主閣下が全て負担しておりまして、我らの食料にはいっさい手を付けておりません」


 司祭の言葉に料理番が慌てて付け加えた。


「そうだったのか。領主閣下には感謝しかありませんね……」


 話している司祭が俺の方に目を向けて、俺が壁にもたれて見ているのに気付いた。


「領主閣下!

 まだ御出でになられたのですね!

 神よ感謝いたします!」


 ん?

 俺に何か用なのか?

 まあ、礼くらいは言われそうだけど。


「この度、食料の負担をして頂いたそうで、感謝の念に絶えません」


 司祭一同が俺の前で跪く。


「いや、いいよ。

 イシュテルと約束してたんでね。

 ほら、神々はおいそれと降臨できないだろう?

 このパラディの街はその為の施設なんだからね」

「心得ております」


 気になっていたので聞いてみた。


「ところで、救済活動が難しいみたいな顔をしていたけど?

 トリエンには中々そういうヤツもいないと思うんだが」

「仰るとおりです。

 トリエン地方は領主閣下の尽力により、殆どそういう者はおりません」


 噂を聞いて貧困者が流れ込んでくることもない。

 うちの領地内なら旅の道中は比較的安全ではあるが他領は違うし、食べることも難しいような貧困者がウチとの領境まで辿り着けるはずもない。

 野党などに襲われる程度ならいいが、野獣や魔獣に襲われるのがオチだろう。


「なら、他領でやるのが順当だな」

「あいにく、先立つものがないのです」


 なるほど、パラディは基本的に一般公開されている街ではない。

 信者が押し寄せてきて寄付をしてくれるワケでもない。

 他所の街の神殿などから送られてくる寄付金の一部で、この神殿を賄っているそうだ。


 イシュテル教団は貧乏人の信者は多いが金持ちからの人気がないので、その寄付金も微々たるものになる。

 教義による救済活動には大変な努力が必要になるワケだ。


 スポンサーをつければとも思うが、中々金持ちはそういうチャリティ的な活動には消極的になる。

 直接施しをする方が気分がいいし、教団の偉いヤツに頭を下げて金を渡すという事には繋がらないワケですなぁ。


「なるほどな。

 金の無心を金持ちにしても出してくれる確率は低いな」

「仰るとおりでございます」


 だからといって俺が金を出すだけでは問題は解決しない。


「何か商売して資金を調達するべきだな」

「商売ですか……」

「ああ、君たちは神官プリーストだから、経済活動には疎いだろうが、金が欲しければ金になる業務を増やすしかない」


 神殿のそういった業務は、依頼された祈祷や儀式の代行、魔法を行使した状態異常回復、能力石ステータス・ストーンや護符の販売などになる。

 これらの業務は既に行われているようだが、金に結びついていないのはパラディという特殊な環境によるものだ。


「パラディの外でやるしかないね」


 難しい顔をしていた司教と神官プリーストたちだが、「やってみましょう」と司教が言うと全員が決意した顔になる。


 その後の話し合いで具体案がいくつか出たが、一三人しかいないので一番簡単な「屋台」を出すことで決着がついた。

 この屋台をパラディの正門の外に出すのだ。


 パラディは神が降臨する聖地である。

 この情報は一般公開はされていないが、公然の秘密というヤツで、信者らしき一般人が来て街の外の壁に礼拝していく事が多い。

 一日に一〇〇〇人以上はいるそうだ。

 そういった旅をする力のある信者に軽食を提供して金を稼ぐという事だ。


 労働を以て金銭を得るという行為は、経済行為としては立派なものである。


 俺は神官プリーストたちのその心意気に初期費用を快く貸し出すことにした。

 白金貨一枚もあれば当座の運転資金には困らないだろう。


 神官プリーストたちには死ぬほど感謝されたが、安易に俺に泣きつくのではなく、自分たちで問題を解決しようという姿勢に心を打たれただけだ。

 そういう事もイシュテルの教えなのかもしれないね。


 なかなか立派な宗教団体ではないか。

 彼らには今後も頑張って頂きたいものです。

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