第31章 ── 第5話

 午後、イェルドの双剣のもう一本を打ち出す。


 俺の場合、一度作ると二度目は作成時間の短縮が可能になる。

 手探りで作るのと違って手順などを覚えているので効率化ができるからだ。

 なので三時間程度で完成した。


 ちょっと早いが今日の作業はこのくらいにしておいてやろう。

 この後の作業、鍔の作成、研ぎ、柄の拵え、鞘の作成など、まだまだやる事があるからね。


 それよりも、やらなければならない約束を果たそう。

 パラディの街に魔法門マジック・ゲートで転移してイシュテルの神殿に出向く。


「これはこれは領主様、ようこそおいでくださいました。

 本日は礼拝でございましょうか?」


 神殿に入ると俺の顔を知っていたらしい神官プリーストが一人話しかけてきた。


「いや、イシュテルとの約束を果たすために来たんだよ」

「約束……?」


 俺は訝しむ神官プリーストに頼んで神殿の厨房に案内してもらう。


「どうもありがとう。

 今日は君たちにとって栄誉溢れる晩餐になるだろうね」


 俺がニヤリと笑うと、神官プリーストはハッとした顔になった。


「ま、まさか予言……」


 んなワケあるか。


 俺は厨房に入ると本日の料理担当の神官プリーストに断りを入れる。


「今日は俺が料理を作るから休憩しててくれ」

「領主閣下が……?」


 この神官プリーストも俺の顔を知っているらしい。


「この神殿にいる神官プリーストは何人だい?」

「え? えー……一三人……はい、一三人です」

「なるほど……」


 俺はその一三にイシュテルとその眷属神五人、多分来るだろうタンムースの人数を付け加える。

 二〇人ですな。


 二〇人分で作ると多分足りなくなるので、三倍の六〇人分くらい作っておこうと決める。


 ご飯の釜は三つもあればいいな……と思ったが、なんとなく四つ用意しておくことにする。

 無意識に用意してたので増えるのかもしれんな。

 厨房内のかまどは三つしか鍋を置けないので携帯用の簡易かまどを中庭に五つ設置して急場をしのごう。

 一つ余分なのは揚げ物用だ。

 それにしても厨房が中庭に接してて助かるね。


 ついでにここにテーブルを並べてここで食べるようにしようか。


 俺は中庭と厨房を行ったり来たりしながら料理を進める。

 野菜や肉を切り、それを炒めて寸胴鍋に放り込んで煮込んでいく。


 今回も牛、豚、鳥を使ったカレーを三種類用意している。

 もうこのパターンが定番ですね。


 鍋や釜の火の管理をしつつトッピングのネタを作る。

 基本的にはトンカツ、唐揚げなどの揚げ物だけにした。

 ハンバーグなどの焼き物を作る為のかまどを出してまで作ってやるべきか悩んだが止めておく。

 作業量が半端なくなるので厨房と中庭を行ったり来たりが余計忙しなくなるのを避けるためと都合のいい言い訳を用意しておいた。


 カレー粉を鍋にぶち込んだ辺りから厨房を覗こんでくる神官プリーストが増えてきた。

 カレーの香りは暴力的ですからねぇ。


 視界右上にある時計のアラームが鳴ったのでご飯の釜の様子を見に行く。

 ほんと能力石ステータス・ストーンで表示できる時計は便利ですね。


 もっとも、この機能は俺だけなんだけども。

 他の人の時計はティエルローゼの時間表示になるので、一時間単位でしか表示できない。


 俺の「一〇:三〇」みたいな表示ではなく「一〇時半」と曖昧に表示されるんだそうだよ。

 街の鐘は通常日が出ている時間だけ一時間置きに鳴らされるし、ティエルローゼ人的にはこういう表示で構わないんだろうね。


 釜の蓋を開いて見るといい具合にご飯が炊けている。


 その時、中庭に轟音と共に光の柱が七本立った。

 生命と光の神たちの降臨である。


 周囲にちらほらいた神官プリーストたちが腰を抜かしたり跪いたりしたのは言うまでもない。


「ちょうど出来上がったみたいなので降りてまいりました」


 ニコやかなイシュテルが俺の前に来て頭を下げる。


「やあ、いらっしゃい。

 ここの神官プリーストが驚いているみたいだけど、ここには初めての降臨かい?」

「眷属神と夫を伴っては初めてでございます」

「よう、ケントさま。

 工房でお会いして以来でございます」

「やあ、タンムースさん。

 相変わらず光ってますな」


 ニヤリと笑いながらハゲて光りまくるタンムースの頭を眺める俺様。

 周囲の神官プリーストの顔が一瞬で蒼白になるが、そんな心配はいらない。


「わはは! 

 夜でも光りますからな!」


 などと言いながらタンムースは自分のハゲ頭をピシャリと叩いて見せる。

 タンムースはハゲ頭な事を恥じてはないし、かえって笑いのネタにするような出来た性格の男神である。


 この生命と光を司る神たちは、神々の中でも一番性格が温厚だと言われているんだよね。


 ちなみに、太陽の神とその眷属神たちは光の神タンムースの下部組織になる。

 今回、タンムースは自分の眷属神やその下部組織は連れてきていないので一人参加となります。

 イシュテルの旦那という立場を利用してご相伴に預かる栄誉を賜ったって事ですかな。


「あっちに席を用意してあるから少し待っててくれ」

「承知しました」


 イシュテルたちは頷くと中庭の一番いいところに設置したテーブルの方へ向かった。


 俺がご飯を皿に盛り始めると、休憩させていた料理番の神官プリーストが俺を手伝う為にすっ飛んできた。


「閣下! お手伝いいたします!」

「ああ、頼むね」


 手を動かしながら料理板の神官プリーストは俺の耳元で囁いた。


「お言葉の意味がようやく解りました。

 まさか、我らの神々が降臨なされるとは思いませんでした……」

「言った通りだろう?」

「はい」


 中庭と礼拝の間を結ぶ両開きの扉が開き、この神殿を管理する神殿長、そして神官長が仰々しい身振り手振りをしながら入ってきた。

 最上級の印を結んだのかしら?

 イシュタルたちがその仕草を見てコクリと頷いたようなので、そういう事なのだろう。


 料理番曰く、いつもなら自分の部屋でしか食べない司教たちが来るのは珍しいんだと。

 神々が降臨したんだから、司教たちがやってくるのは当然だろうけどな。


 どこの組織も階級が高いヤツ偉そうにしてるのは変わらないって事ですかねぇ。


 よそったご飯にカレーを適量掛けたらカートに乗せる。

 神々の分を用意したら早速彼女らに運んでやる。


「待たせたね。

 ご所望のカレーだよ」

「ありがとう存じます」


 既に神々の目はカレーの皿に釘付けだ。


「こっちはトッピング用の揚げ物。

 好きなのをカレーの上に乗せて食べてくれ」

「畏まりました」


 俺がカレー皿と揚げ物の皿を並べていくと、挨拶に近づいてきていた司教たちは神々から完全に無視されてしまい、オロオロとしていた。


「司教たちは、料理を運んでやるからあっちのテーブルに付け」


 宗教組織の頂点に立つ司教たちに偉そうな口調……というかいつもの粗野な口調のまま話しているが、彼らが怒ったりする事はない。


 このパラディに来ているお偉方は全員、俺に挨拶し終わっているから、俺がどういう立場にいるか知っている。

 神々からもそう伝えられているのだから疑いようもないワケ。

 神界の神々が俺に恭順の意を示しているという事をね。


 ただし、それはこのパラディの街に赴任した者だけが知る事実である。

 他の土地の神殿の手の者には知らされていない。

 もし他に漏らした場合、その者は神々からそっぽを向かれる事になる。

 神殿関係者にとってそれは地獄に落とされるよりも大変な罰となるだろう。


 俺は料理番と司教を含む神官プリーストたちにも料理を運んでやった。


「領主閣下に給仕させてしまい申し訳ありません」

「気にするな。

 メイドやら召使いのいない神殿なら、料理を作った者が運ぶのが当然だろ」


 料理が運ばれ終わると司教の一人が立ち上がる。


「我らが神々が神殿へとご降臨遊ばされた記念すべき日となりました。

 本日意向、今日を降臨記念日とし、祝日とさせて頂きます。

 それではこの糧を用意した者たち、そして我らが女神イシュテル様に感謝し、頂くとしましょう」


 降臨した日を休日にしていたら、いつか毎日休日になりそうですけど、大丈夫?

 まあ、この神殿に眷属たち全員と降りてきたのは初めてみたいだから、記念日でもいいのかな。


 などと感がていると、中庭の扉がバーンと勢いよく開いた。


「ケント! カレーを作っているのに呼ばないとは何事だ!」


 案の定というべきか、そこにはアースラとその家族たちがいた。

 その後ろにヘスティアがこっそりいるのは何故なのか。


「何事も何も、イシュテルの権能に協力してもらう代わりにカレーを用意してやっただけだぞ?」

「カレーなら俺も呼べよ!」

「いくら好きだったとしても、何の見返りもなく作ってやるワケないだろ!」

「使徒を貸してやったろ!」

「戦争に協力するって事は使徒が決めた事だろ!

 使徒には別に褒美を用意してんだ。

 アースラには何の借りもねぇよ!」


 奥さんと娘をこっちに連れてきてやった事の俺の方が貸してやってる気がするがな。


 アースラが「ぐぬぬ」とか言っているところでレナちゃんがアースラの服を引っ張った。


「ダディ、ご迷惑掛けちゃ駄目だよ?」

「いや、ケントと俺の仲だから大丈夫だよ……」

「貴方……ケントさんは迷惑そうだけど……」


 くっ……

 レナちゃんやジェニーさんを困らすつもりはない。


「仕方ない。

 あっちにテーブルを用意してやる。

 カレーを食っていけ」

「心の友よ!!」


 どこのアニメキャラだよ。


「おい」


 俺はしれっとアースラたち一行の一員って顔をしているヘスティアの首根っこを捕まえた。


「あはは、師匠。

 勘弁してください」

「何でお前がここにいるんだよ」

「いえ。今日、パラディでカレー会が開かれると耳に挟みまして、カレー兄妹であるアースラさんにお知らせしただけでして……」


 カレー兄妹って何だよ。


「お前、神界でカレー作りまくってたんじゃないのかよ」

「そうなんです。

 でも、どうしても師匠のカレーの味にならなくて……」

「お前のカレーを俺は食べてないから何とも言えないんだが?」

「持ってきてます! 後で食べ比べて助言を頂きたいのですが!」


 自分勝手なヤツだなぁ。

 というか神って存在が結構自分勝手なヤツ多いよね。

 こっちでもあっちでも。


 まあ、仕方ないので今回は許してやることにするか。

 きっちり俺のカレーを教えて神界に戻した方が今後問題が起こることもなくなるだろうしな。

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