第31章 ── 第4話

 二人が風呂から帰ってくる前にシャーリー図書館で不死生体ゴーレムについて復習しておく。

 基本的には神々の肉体を造るのと大して変わりはない。


 だが、器としての肉体とは違い、「疑似魂魄」──所謂不死生体を稼働させるための命令術式プログラムを体内に保持しておく部分をしっかりと設計しておかないと稼働に支障がでる。


 人族型とガーゴイル型の命令術式プログラムは既にシャーリーが作って書籍にまとめてあったので何の問題もない。

 俺はそれらの命令術式プログラムを少々いじって変形型ゴーレムとか魔導ゴーレムに転用したのだ。


 こっちで作ったゴーレム・ホースの命令術式プログラムは、こういった命令術式プログラムを参考にして作った代物。

 我ながら上手くいったので、そっち方面での才能も俺にはあったのだろうと自分に少々自信がついた出来事でもあった。


 で、ゲーリアとフィルが作っている素体となる骨格だが……

 どう見てもドラゴン系なのだ。

 となるとガーゴイル型で代用が効きそうなんだが、やっぱ火とか吐くよねぇ?

 その行動ルーチンを追加してやるのは必須だな。


 あとは小さくてもドラゴンならば弱いってのはご法度だ。

 本来のドラゴン種の矜持を傷つけるような事になりかねない。

 制作者のゲーリアはともかく、他の誇り高い古代竜たちに知れたらトリエンをぶっ壊されかねん。


 単体でゴブリンの一〇〇匹や二〇〇匹を相手に出る程度の出力が必要になるだろう。

 生体の調整も必要って事か。

 生体の調整ならアラクネイアにやってもらいたいところだが、そこまで手を出してしまったらゲーリアたちの研究の為にはならん。


 まてまて……

 ゴーレムとして作らせるように俺は考えたが、それは二人の望みだろうか?

 研究の為云々するなら、その辺りも考えてやる必要があるな。


 俺は念話を起動し繋げる先を選択して通話を開始する。


「もしもし~」

「は、はい。お久しぶりでございます、お世継ぎ様」


 その呼び方は止めてほしいんだが、今はいい。


「ちょっと聞きたい事があるんだ」

「私、イシュテルで応えうる事ができることでしたら何なりと」


 上位三大神の一人にへりくだられるのは、居心地が悪いですな。


 ああ、生命と光の神は二人いるのは触れたと思うが、元々タンムースとイシュテルは一つの神だったので、彼ら二人を一つの神として扱って上位三大神と呼ぶそうだ。

 多分面倒で奇々怪々な神界事情なんだろうけど、俺は関知しないといっておこう。

 そういうのはアイゼン関係でお腹いっぱいだよ。


「実は錬金術の実験で生命体を作ろうとしている部下がいるんだ」

「ほう……」


 一瞬イシュテルの声色に変化があった。

 あまり良い方向の変化ではないと直感的に感じる。


「このまま実験を続けさせて良いものかどうか聞きたい」

「生命を司る神の一柱として発言させていただくならば、即座に止めさせるべきと申し上げて起きたいところですが……」


 だよねぇ。

 自分の権能を侵されるワケですから予測通り当然の反応だよ。


「そのようなモノに魂を融通するならば、それ相応の供物や見返りは捧げさせねばなりません」

「どの程度の供物が必要になる?」


 イシュテルは「え?」と聞き返してきた。


「何で聞き返されるのかはサッパリわからんが、見返りを渡せば魂の一つくらいは提供してもらえるって事だろう?」


「お世継ぎ様が供物をお出しになるお積もりだと……?」

「ゲーリアはともかく、フィルが研究に興味を持っているなら支援してやらねばならないからね。

 パトロンとしては当然だろう?」

「畏まりました。

 魂を一つ用意しておきましょう」

「助かる。

 で、供物なり見返りは何が欲しい?」

「必要ございません」

「は?」


 今度はこちらが聞き返す事になってしまった。


「お世継ぎ様には、身体を失った神々の肉体をご用意いただいたご恩がございます。

 そのご恩に報いる為ならば魂の一つくらいは当然ご用意いたしますし、ましてや貴方様は創造神様の後継にございます。

 ご希望とあれば、いくらでもご用意いたします」


 確かに彼女たちの権能は元々創造神の物なのだから、後継たる俺が望めば用意しなければならないのだろうけど、移譲された権能を俺が好きに私物化していい事にはならない。


「言いたいことは解った。

 でも、俺は君たちの仕事に口を出すつもりはないんだよ。

 部下の望みは叶えたいが、君たちが俺に忖度して部下や仲間を優遇する必要性はない。

 神界の意向に沿わない場合は、潰してくれて構わないんだ。

 それが世界を管理する君たちの仕事なんだからね」

「ありがたきお言葉でございます。

 では、お世継ぎ様のカレーをご所望いたします!」


 イシュテルが声高らかに宣言する。


 俺のカレーだと?

 そんなもんでいいの?


 俺が絶句しているとイシュテルは続けた。


「神界ではヘスティアがカレーを作りまくっております。

 しかし彼女は未だにその味に満足しておらぬようで……」


 どうやら俺の作ったカレーと微妙に味が違うとかでアースラが満足しない事がヘスティアの誇りに傷をつけたらしい。

 というか、ヘスティアも俺のカレーの味と少々違う事は気付いていたんだが、より洗練された料理法を知る彼女が俺の味の再現が出来ないことに憤っているという事みたいだ。


 そのアースラとヘスティアのカレー合戦に神々は巻き込まれ、次第に俺のカレーとはどんな物なのかと噂になっているんだそうだ。


 俺のカレー、神の諍いのとばっちりで要求された感が半端ないですね。

 まあ、言いたいことも解るけど。


 ヘスティアのカレーは多分高級ホテルとかで出されるレベルの超上品なカレーの味なのではないか。

 そして俺のは庶民カレーだ。

 完成度で言ったらヘスティアの方が上なのは間違いない。

 だが、日本人であるアースラが好むのは庶民カレーだろう。


 まあ、そういう理由なら作ってやらないこともない。

 というか、神々全員に食べ比べさせた方がいい。


「解った。

 俺が作ったカレーを用意しよう。

 この際だから全ての神々が食べられるほどの量を用意してやるから、その神界カレー論争を終わらせろ」

「ありがとうございます!」


 イシュテルの歓喜に満ちた声が脳裏に響く。


 やれやれ……

 この世界の神々って微妙に子供っぽいところがあるよな。

 まあ、精神的に若いってのは悪いことじゃない。

 それに経験に裏打ちされた判断力が伴えばだけどな。


 しばらくするとフィルとゲーリアが帰ってきた。


「ケント殿、やはりこのまま研究を続けるのは止めておこうと思う」


 ゲーリアは世界樹の入り口を守る門番的な役割を担うニズヘルグ一族の長男だ。

 だからといって秩序勢に属する古代竜一族ではない。


 ニズヘルグが本来所属しているニーズヘッグ氏族は、秩序勢にも混沌勢にも与さないとしている古代竜氏族だ。

 この世界に生きて存続を許されているのは神々にお目溢しされているからだ。

 よって神々の目に付くような行動は基本的に控える習性がある。


 というか神々に目を付けられでもして、氏族でも上位であるニーズヘッグ一族に睨まれたくないというのが正直なところではないだろうか。


 既に門番役などという秩序勢に与する古代竜氏族に良いように使われている状態であるので、これ以上は目立ちたくないという感じなのだろう。


「神々の怒りを買うリスクを考えたらそうなるよね。

 ただ、それは神々と直接対話する手段がない場合に限るけど」


 俺がニヤリと笑うとフィルは目を輝かせ、ゲーリアは首を傾げた。


「どういう意味です?」

「さっきイシュテルと話をしたんだよ」

「生命の女神と!」


 ゲーリアは興奮しはじめる。


「一応、魂の一つを融通してもらう事に成功した。

 このまま実験を進めて生命を生み出すことには成功できるはずだよ。

 ただ、一体だけだね。

 それ以上は協力してくれないだろうね」

「いえ、それだけでもありがたいことです!

 ケント殿本当にありがとうございます!」

「まあ、代償は要求されたけどな」


 ゲーリアが一瞬で顔を曇らせる。


「神々は一体どんな要求を……」

「料理を振る舞うことになったよ」

「ケント殿の料理ですか!

 それはかなり納得できる要求ですね!」


 世界樹で俺の料理を何度も食べているゲーリアは、この要求を妥当なモノと判断したようだ。


 俺の料理にそんなに価値があるとも思えんが。

 ただの庶民カレーだしな。


「一つだけ注意しておくけど、作り出した命の後始末は自分たちでやれよ」

「どういう意味でしょうか?」

「作り出した以上、最後まで責任を持てって事だ。

 育てるにしろ処分するにしろ、俺たちにケツを持たせるなって事だ」


 まあ、処分とかは勿体ないので二人がどうにもならなくなったら俺の方で責任を持つつもりだけどね。


「承知いたしました。

 それとケント殿のお手を煩わせた事のお詫びに、この工房でフィル殿を手伝いたく思いますが如何でしょうか?」


 ふむ。

 それはそれでアリかもしれん。


 錬金術要員としてのゲーリアは結構有能のようだしな。

 この前ステータスを調べさせてもらったら、錬金術スキルがレベル五あったからね。

 十分有能な能力だ。


 ちなみに、現在のフィルは錬金術スキルがレベル八まで上がっているよ。

 特級系のポーションを作り出すにはレベル七が必要なので当然といえば当然だ。


 レベル一〇まで上げられれば、ポーション系で最高級品であるエリクシルを作り出すことが出来ると聞いているが、ドーンヴァースでもそれを作り出した人間は殆どいない。

 まずレシピが手に入らないのと、そこまでレベルを上げるのにとんでもない作業量や時間を浪費するからだ。


 エリクシルの効果は死んだ人間すらHP全快状態で蘇らせるというモノ。

 大した効果じゃないように聞こえるかも知れないが、レイド系クランにとっては垂涎の一品だろう。


 ドーンヴァースの市場に出回っているとは聞いていないので作成可能なプレイヤーが情報を秘匿していると思われる。

 大手レイド系クランなら手に入れられるんだろうと思うけど……

 アースラなら手に入れている可能性もあるな。

 後で聞いてみよう。


「君はかなり有能な錬金術師らしいんで手伝ってもらえるとフィルも助かるだろう。

 一月で銀貨四枚で雇い入れよう。

 飯は館で食べれば良いし、住むところはリヒャルトさんに相談だな。

 それじゃ今後はフィルの助手として研究を頑張ってくれ」

「はい! 頑張ります!!」


 ゲーリアは古代竜の傲慢さが殆どないので人物的にも扱いやすいだろうし、トリエンの力になってくれるだろう。

 本来の姿に戻れば戦闘力も申し分ないに違いないし、防衛力としても役に立ってくれそうではあるね。

 ソフィアとも友人だそうだから、彼女も手を貸してくれるようになるかもしれない。

 いい意味で利用しあえる人物と関係構築できるのは大歓迎だよ。


 領地運営には有能な官吏が必要だから、今後も人材集取を続けていきたいと思う。

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