第31章 ── 第3話

 次の日。

 早朝から工房に入り、シグムントの鎧の加工を続ける。


 金属パーツだけを丈夫に作っても鎧の性能が良いとは言えない。

 関節の自由な稼働や装着感なども重要な要素である。

 まず、関節部分だが、基本的には穴を開けてリベットで止めて一軸だけを可動領域にするのが普通だ。

 しかし指や股関節などフレキシブルに動く部分を作るのは非常に難しい。

 戦闘中に可動域に肉が挟まるなどしたら大変な事態となるのは想像すれば理解できるはずだ。

 そういう部分には革やチェインなどを使って接合するようにすれば、挟まるような状態は起きなくなる。

 ただ、そういった方法で可動部を作った場合、金属部分に比べて耐久度や防御力が下がってしまうのがネックだ。


 まあ、俺が作る鎧ではそんな下手は打たないが。


 インベントリ・バッグから既に加工済みの革を取り出した。

 灰色掛かった緑色の革は、ハンマール王国の地下坑道で手に入れたモノだ。

 そう、かのリンドヴルムのドラゴン・レザーである。


 さすがに腐ってもエンシェント・ドラゴンから取れた革である。下手な金属よりもよっぽど頑丈なのだ。

 防御力としては、アダマンチウムと匹敵するほどの強度を持つ。

 ちょこちょこ実験していて判明した。


 生きた古代竜の鱗と皮はもっと硬いだって?

 そりゃそうだ。


 生体部位に鱗や皮膚に魔力をまとう事で強度を増やす生物は、このティエルローゼでは珍しいことではない。

 例えばドラゴン種を筆頭に装甲陸亀アーマートータス火蜥蜴サラマンダーなど、亜人属デミヒューマンでは、竜人族ドラゴニュート蛇人族ナーガや上位種の魔蛇人ラミア族にも見られる。

 要は鱗や甲羅がある生物全般に備わる先天的能力という事だろうか。


 ウンチクはこのくらいにしておこう。

 ドラゴンの革は生きていた頃と比べたら大したことないにしても加工がかなり面倒だ。

 専用のハサミやナイフでもないと裁断できない。


 俺はマストールが作ってくれた裁縫道具があるので加工できるワケ。

 ちなみに俺の裁縫道具はアダマンチウム製だ。

 まだアダマン布を市場に出すつもりがないので俺だけが持つ特殊な裁縫道具となる。

 シンジにはまだミスリル製しか渡してないよ。


 シグムントの巨躯を包む鎧なので裏打ちしたり関節部なども大きくなるのでドラゴンの革も大量に使う。


 このフルプレート、値段付けたらとんでもない金額になるな……


 午前中にフルプレートメイルを仕上げ、午後は長剣ロング・ソード大盾タワー・シールドを作る。


 アダマンチウム製なのでかなり重くなるが、シグムントなら問題なく扱えると思う。

 とはいっても重さは鉄製の大剣グレートソードくらいになるし、盾の方も従来のモノの四倍くらい重い。

 感覚に慣れるまで、扱いには四苦八苦するだろう。


 翌日はイェルドの双剣だ。


 彼の件はミスリルをベースとした緋緋色魔銀を使う。

 それぞれの剣を片手で扱う為、アダマンチウムをベースにすると重すぎて戦闘で扱いきれなくなると思われる。

 緋緋色魔銀は、軽いだけでなく強度もかなりパワーアップしているし、魔力の通りは他のモノに比べてピカイチでもある。

 イェルドの戦闘様式にハマれば非破壊属性すら無視してオリハルコンですら断ち切れるかもしれない。

 緋緋色金属にはそれだけのポテンシャルがあるのだ。


 イェルドが使っている双剣の形状は片刃曲剣だ、

 わずかに日本刀に似た形状なので、それっぽい形にするといいかもしれない。

 となれば鍛造が基本ですかねぇ。


 俺はミスリル・インゴットと精霊鉱を混ぜ溶かす。

 一番緊張するのがこの時だ。

 配合率を間違うと大爆発して大火傷を負うからな。

 工房に被害が及ぶのは避けたいので作業は慎重に進めよう。


 上手い具合に混ざり合って状態が安定したのでホッとしつつ作業を次の段階に進める。


 槌を振るいある程度叩いたら二つ折りにしてまた叩く。

 これを六~七回繰り返す。

 途中で造込み用に心鉄と皮鉄に分けて叩いておこう。

 心鉄は柔らかく、皮鉄は固い性質を持たせてある。

 この心鉄に皮鉄を被せるようにして一つの金属に叩き上げる事を造り込みという。


 造り込みが終わったら、今度は刀剣の形に引き伸ばすように叩く素延べという作業に移る。

 この作業が刀剣の姿を形作る一番重要な作業だろうか。

 鋼材を沸かしながら丁寧に叩いて曲剣に仕上げていくのは熟練の技が必要になるが、これはティエルローゼなら鍛冶スキルが五もあれば出来るようになる。

 簡単に言っているが、こっちの世界でもスキルレベルを五まで上げるのは相当大変なんだけどね。

 才能があるヤツでも一〇年は掛かるそうだからね。


 午前中だけで一本目の打ち出しを終えた。


 やはり切っ先を造るのが一番難しいや。

 まず切っ先になる先端部分を斜めに切り落とす分けだが、刃の方向ではなくむねの方向を斜めに切り落とすんだよ。

 そして鋼を沸かしつつ叩いてむねへと先端を起こしていくワケ。

 どうしてこうするかと言うと、先端の強度と切れ味を保つため。

 心鉄を切り落としたら本末転倒でしょ。


 この作業が上手くいかなければ、先端と刀身の強度に違いが出て却って脆くなったり切れ味が悪くなったりする。

 まあ神経使いますわ。


 一本目が終わってとりあえず休憩。

 休憩室にいってフロルに飲み物を用意してもらう。

 その間、送風の魔法道具の前に陣取って涼をとる。


 鍛冶場は凄まじく暑いのでぶっ続けてで槌を振るっているとHPとSPが結構削られるんで、このくらいの行儀の悪さは目をつぶって頂きたい。

 俺のドーンヴァース製の特殊な身体ならともかく、マストールやマタハチは頻繁に休憩を取らないと死ぬからね。


 俺が休憩していると、エマがやってきた。


「ちょっとケント。

 あの古代竜のお兄ちゃん、ちょっと注意してくれないかしら」

「ん? ゲーリアがどうした?」


 エマは溜息を吐きつつ長椅子の上にどかりと勢いよく座る。


「フィルと意気投合するのは良いんだけど、ここんところずっと二人で寝ずに研究を続けているらしいのよ」

「寝ずに?」

「もう二週間くらいだとかフロルが言ってるわ。

 二人してお風呂にも入ってないみたいで、少し臭いわ」


 眉間に皺を寄せて鼻を摘むエマに苦笑するしかない。

 フィルには生命維持の指輪リング・オブ・サステナンスを渡してあるし、ゲーリアはそもそも人間とは生活サイクルが違うので何の問題もないが、さすがに臭いまではどうにもできない。

 二人とも似た者同士で研究に身を入れすぎるきらいがあるのだろう。


「解った。鍛冶場に行く前に注意しておくよ」

「頼んだわよ」


 俺はフロルの用意してくれた飲み物を一気の飲み干して立ち上がる。

 エマはフロルにオレンジジュースを頼んでいた。


 研究室に入ってみると、フィルとゲーリアが培養槽の前で中を覗き込んで微動だにしていない場面の遭遇。

 何をしているのだろうと後ろから覗き込んでみた。


 培養槽には液体が満たされていて、その中に小さい骨格が浮かんでいる。


 何だ?

 不死生体ゴーレムでも作ってんのか?


 しかし、骨格をよく見ると人間とは思えない形状をしている。

 どちらかというとドラゴンっぽいが、頭蓋骨はちょっと丸みを帯びているし、手足と尻尾は短いし本体部分も随分と小さい。


 これはミニドラゴンというべきか?


「おい、何をしているんだ?」


 俺が声をかけても二人は気づかない。

 培養は俺とアラクネイアが関わらない限り結構時間がかかるので、じっと見ていても殆ど変化はないと思うんだが?


「おーい」


 再び返事をしても反応がない。

 ちょっとイライラしてきたので二人の頭上に鉄拳を落としてやった。


「「いだっ!!!」」


 突然の衝撃に二人は目から火花でも出たのか頭を押さえて目を瞬かせながら後ろを向いた。


「こ、これは領主閣下!」

「あ、ケント殿!?」


 俺が背後で仁王立ちしているのに気づいた二人は凄いビックリしていた。


「何度も声をかけているのに返事すらしないから、たったまま寝ているのかと思ったぞ?」

「失礼いたしました。

 ちょうど実験をしておりまして」

「そうそう。

 良いところなんだ」


 良いところとかいうけど、液体に浮かんでいる骨格標本を眺めているようにしか見えんかったが……


「で、何をしているんだ?」

「ああ、これは生命を生み出す実験だな」


 ゲーリアが得意そうに口を開く。


「私はその助手としてお手伝いを……」

「うむ。フィル殿の錬金術への造詣の深さとその技術はまさに世界の宝ですな。

 私の研究が飛躍的に進歩しましたぞ」


 生命を生み出す実験?


「お前さんたちは創造神のマネをしているってワケか?」

「いや、そこまで大それた事をしては」

「いや、生命を生み出すのは創造神の専売特許だろう。

 まあカリスも似たような事をしていたが」


 カリスはゲーリアたち古代竜をイチから作り出しているからな。

 それはカリスが創造神と対になる神だから許される所業だ。


 創造神の許しなく生命を創造する事は神の権能への侵犯となるのだ。

 ティエルローゼ上においては神界の神か俺以外には許されないのである。


 見ればまだ骨格だけで生命としての基盤すら出来上がっていない。

 神々が見逃してくれているから二人は無事なだけで、このまま突き進めれば確実に神罰が落ちていただろう。


 俺がそう説明してやると二人とも顔面を蒼白にして顔を見合わせている。


「で、では……実験はここで止めておかないと……」


 ゲーリアが真っ青な顔で悔しげに下を向く。


「錬金術で生命を生み出そうとする試みは、俺のいた世界においてもなされていた研究ではあるな」


 青い顔ながら二人の目がキラリと光る。


「属にホムンクルスと言われるモノだ。

 錬金術が廃れた後、医学方面に於いては細胞を培養したり遺伝子移植などの分野でクローン生命体という技術が確立されたよ」


 まあ、クローンで人を生み出すまでは倫理面がクリアできずに未だに達成されてはいないが。


「素晴らしい!

 魔法ですらない医術を以て生命を生み出したと!?」

「まあ、羊が最初だったけどな」

「それで……魂の問題はどうなったのでしょうか!?」

「魂?」

「魂がなければ肉体は動きませんでしょう!?」


 知らんがな。

 そもそもクローン羊のドリーが比較的有名だが、その時に何匹も作られた羊は普通に生きていたと記録にある。

 羊に魂があるのかないのかと宗教的な問題もあっただろうが体細胞クローンは、胚細胞を作って一般的な生物同様に普通に子宮に着床させて出産させたものである。

 胚細胞が分裂してどの段階で魂が宿ったのかは知らないが、あっちの世界の生命誕生プロセスにおいてはちゃんと魂が入ったって事ではないだろうか。


 こっちの世界なら魂を管理しているのは……


 魂を管理していると言えば死の神タナトシアだ。

 死せる者の魂を管理しているんだから当然だろう。

 本来は死と闇の女神レーファリアが責任の大本となるのだが、魂の管理となればタナトシアだろう。

 闇の神ダキシアもその辺りを手伝っていたそうだが、今では地獄の管理人になってるので割愛しておこう。


 だが、命が生まれる場合には生命を司る神タンムースとイシュテルが関わっているはずである。

 タンムース単体だと光の神の色が強くなるので、生命に魂を宿らせるとなるとイシュテルの方が権能としては相応しいのかな?


 何にせよ、生命を作り出すなら今挙がった神々の力が必要になるのだから、彼らに聞くのが一番早いが……


「俺の故郷はこっちとは事情が違うからな。

 こっちの世界の魂問題になると色々権利関係が厄介だぞ?」


 俺はさっき思った神々の話をしてやる。


「やはり、その辺りの神々に祈りを捧げねばなりませんか」


 ゲーリアは納得顔になっているが、神の名が出てきてフィルはかなり及び腰である。


「そもそも何故生命を作り出したいんだ?」

「ただの好奇心ですが」


 眼の前が真っ暗になりますな。

 マッドサイエンティストどもめ。

 倫理観の「り」の字もない。


 とは言っても、クローンとかホムンクルスとか厨二病的にはアリではあるんだが。

 疑似魂魄とか作り出して宿らせるとか面白いかも。

 まあ、外部装置を補助にしてそれやってるのがウチのゴーレムたちなんだが。


 その辺りの技術を開示して二人にやらせるのも面白いかもしれないな。

 ただ、問題が起きた時に事態の収拾が簡単にできるように研究は一体のみ許可してやるとしようか。


「その前に、お前ら風呂に入って一度寝てこい。

 エマがお冠だぞ」


 俺がそう言うと二人は慌てて「あ! はい!!」と返事をして研究室から出ていった。


 ゲーリアもエマが怖いらしい。

 レベル的にも彼女の方が上だからなぁ……


 そんな怖い人に睨まれても研究に集中している二人も相当だけどな。

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