第31章 ── 第2話
工房へと足を運ぶと、休憩室にマストールとマタハチがフロルが用意した飲み物をガブガブ飲んでいた。
「ケント、帰ったか」
「旦那さま! お疲れ様です!」
マストールは相変わらずの強面で片眉を上げてジロリと見てきたが、マタハチは爽やかな笑顔を作って頭を下げてきた。
「二人とも元気そうだね」
「そりゃ元気に決まっとるわい」
「お陰様で元気で修行できています」
マタハチの言葉遣いは大変丁寧になっており、粗野な感じは全くなくなっている。
「あれ?
喋り方が随分と変わったね」
「はい。以前はかなり失礼な話し方でしたので、リヒャルト様に修正して頂きました」
マジか。
マタハチは東方語を話しているんだろうが、行政官みたいな話し方になってるよ。
「頑張ったんだな」
俺はマタハチの頭をワシワシと撫で回す。
「ありがとうございます!」
話し方が丁寧だと大人びて見えるもんだが、頭を撫でられたマタハチは年相応の笑顔になっている。
「で、今は休憩中なのか?」
「そうじゃ。
暑いところで作業しておるのじゃ。
適度に水分を補給せねば死ぬからの。
マタハチ、しっかり飲んでおけ」
「はい、師匠!」
へぇ。
マストールも随分と人の事を考えられるようになったもんだよ。
知り合った頃は、相手の事など考えないでぶっ続けで何時間も槌を打ち続ける体力馬鹿だった気がするんだが。
マストールは戦闘職が高レベルのドワーフなので、鍛冶場がどんなに暑くても平気で作業を続けられる。
HP、SP共に常人の一〇倍以上あるからね。
マタハチは戦闘職じゃないので、ステータスは一般的な子供と殆ど変わらない。
こういう配慮をしなければ、あっという間に死んでしまう。
まあ、俺の庇護下にある事になっているので例の「ケントの加護」が付いているから、普通の子供よりも遥かに強くなってるんだろうけどな……
マストールの弟子なので、ヘパさんの加護もついてるかもしれない。
何にしてもマストールが弟子と上手くやっているようで何より。
「今日から俺も鍛冶場に入るからよろしく頼むよ」
「ほう。
今度は何を作るのじゃ?」
「えーと、まずは武器と防具、それとゴーレムを六体」
使徒に与える報酬を指折り数えて答える。
「ふむ。手伝いは必要か?」
「殆どはアダマンチウム製だから、マストールほどの技量は必要ないかなぁ。
オリハルコンの技術が必要になったら頼むよ」
「了解じゃ」
飾り気を出すならマストールの芸術性は必須だが、無骨な戦闘狂のあいつらにそれが重要だとは思えない。
見栄えは間違いなく良くなるんだけどな。
マストールたちに別れを告げて倉庫の資材置き場で材料を選んで台車に詰む。
ピョコピョコと作業ゴーレムがやってきて台車に取り付いた。
こいつら小さい割りに力持ちで有能。
鍛冶場に移動し、いくつかある魔法炉の一つを選択。
他の魔法炉はマストールたちがよく使っているので一番端っこのヤツね。
魔法炉に火を入れ魔力を注入していく。
最初は赤かった炎が次第に黄色に……そして青白く変わる。
この火加減を間違えると、インゴットを溶かすのも難しい。
アダマンチウム・インゴットを溶解する。
溶解した液体金属が入っている皿というか鍋は、耐火性に優れた炭化ケイ素という物質で作られている。
これは地球でも同様のモノが使われているらしい。
溶解したアダマンチウムに様々な素材を添加していく。
まずシグムントの鎧を造るつもりなので、どのような攻撃も受けきれるように様々な耐性を付け加えたい。
ここに精霊鉱を添加していく。
各種精霊鉱には火属性や水属性といったそれぞれを象徴する精霊力が秘められている。
これが他の金属と融合することで、様々な耐性や効果が生まれるのだ。
この辺りは魔法の
ここで相剋した属性の精霊鉱を混ぜると大変危険なことになるのだが、俺がやった場合は何故かどの属性の精霊鉱を混ぜても安定したモノになる。
これは俺が精霊たちと誓約を結んで主人になっているからなんだろうか。
要はコレが緋緋色金属だ。
アダマンチウムと混ぜた場合、緋緋色金剛と呼ばれる金属になる。
多分、コレを作れるのは創造神のみなんだよねぇ。
まさにオリハルコン以上の伝説の金属です。
アースラの使っている
ちなみにドーンヴァースから持ち込まれている
オリハルコン製造技術は俺にはないので緋緋色神鉄を作るならマストールに協力を要請しなければならないだろう。
イェルドの双剣を作る時には頼もう。
俺は各種精霊鉱を溶かし終えて魔法炉の温度を調整しつつ経過を観察する。
緋緋色金属は魔力欠乏状態であれば上手く混ざり合わないし、魔力過多な状態になると結合力が弱くなり
まだら模様が渦を巻く溶解金属が一つに混ざり合って一つの色になった瞬間に魔力の注入を止める。
いい感じに緋緋色金剛になったようだ。
俺はある程度固まると火バサミでインゴット状態になった緋緋色金剛を引っ張り出してプレス・ローラー機の上に置く。
この機械を使うと金属のプレートを作ることが出来るのだ。
圧延方式なので鍛造と同様に金属内部の結晶構造が整いやすく金属強度が高くなる。
デメリットとしては複雑な形状にしにくくなることだな。
板金鎧のようなモノを作るなら、この方式が一番性能が良くなる。
さっさと緋緋色金剛板を量産していく。
三〇分程度で必要分の板金が作れた。
ふと振り向くと、マストールとマタハチが俺の作業を見学していた。
「見事じゃな。
また腕を上げたか。
して、その金属じゃが……」
マストールはまだ精霊鉱石から作られる精霊鉱の存在を知らない。
これはハンマールの専売特許なので知らせてなかったからな。
「ああ、全種類の精霊鉱を魔法金属に混ぜたんだよ。
これは緋緋色金属という伝説上の金属だ」
「ヒヒイロ……ワシの知らぬ金属だと……?」
興味津々のマストールに残酷な事実を伝える。
「この金属は俺にしか作れないよ。
自分で作ろうとするなよ?」
「なん……じゃと……」
マストールが絶望の顔色になる。
「これはヘパさんでも作れないんだよ」
俺が創造神の後継に選ばれた事をマストールは知っているので、そのあたりも含めて緋緋色金属の製造方法を説明する。
「ふむ……鍛冶技術のなんと深い事か……」
「当たり前だよ。
鉄ですら奥義を極めるには人間の人生の大半を要するんだぜ?」
俺がそういうとマストールが「ククク」と可笑しげに肩を震わせる。
「ワシの弟子が一端な事を言うようになったのう」
まあ、確かに鍛冶スキルを習得したのはマストールの手伝いをしたからだけどねぇ。
弟子ってほど技を教えてもらった記憶はないんだよなぁ。
そういう基礎知識はネットの動画サイトで色んな「作ってみた」動画で手に入れてあったし。
俺は作った板金からフルプレートメイルを作り始める。
シグムントの巨躯を包むには普通の型紙から作っても小さいので、俺の脳裏に記憶されているシグムントの身体の大きさなどから材料を適当に切り刻む。
鉄板を適度に沸かしてから槌を入れて形を形成していく。
鍛冶レベルが一〇になってから、こういうアバウトな作り方でもキッチリとしたモノが作れるようになったので、端から見たらかなり手を抜いているように見えるかも知れない。
幻の金属を加工しているのでマストールとマタハチはまだ見学している。
時々「見ろ、あれが熟練の技というモノだ」とか「あれがどう凄いか解るか?」とかマタハチに確認するようにマストールが言っているのが耳に入る。
見ることも修行。
それをしっかり実践させるマストールは師匠として優れていると思う。
本来なら自分が見せなければならない事なのだが、鍛冶中に口を開く事は作品の良し悪しに関わる。
こういう機会でもなければ「ここがポイントだ」などと一々教えられないのだろう。
マタハチは「はい。勉強になります」と俺の邪魔をしないように小さい声で応えている。
というか、見ただけで勉強できるほどにマタハチの鍛冶スキルはレベルが上がっているって事だろう。
もう一端の鍛冶屋として普通に食べていけるだけの技を彼は身につけているワケか。
全てのパーツを打ち出すのに夜まで掛かった。
その全工程を二人の鍛冶師が見ていた。
「師匠、旦那様は素晴らしい鍛冶師です。
とても冒険者をやっている傍らで鍛冶をしているとは思えません……」
「解るか?
アレが神の筆頭に選ばれたモノの技だ。
我が主神ヘパーエスト様をも統べるモノの力だと知るべしじゃな」
マストールは少し言葉を切ってから続ける。
「そんな人物を一応は弟子とできたのだから自分が鍛冶師世界一と名乗っても良い気がしてくるのじゃが、慢心は禁物じゃなぁ……
ワシもまだまだ修行の身じゃ」
マストールほどの技術を以てしても鍛冶を極めたと言えないと彼は言う。
まあ、俺も極めたとは思っていない。
この世界にはアルミもなければタングステンもない。
地球にある様々な金属技術を再現するには、ティエルローゼの技術レベルは低すぎる。
様々な地球の技術を持ち込むには技術を受け入れられる下地を作っておかねば失敗するだろう。
俺はそんな愚かなことをするつもりはない。
じっくりと腰を据え付けて今後も事に当たっていこうと思う。
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