第31章 ── 嵐の前の静けさ
第31章 ── 第1話
アゼルバードで報告と今後の方針を決め、アリーゼの発掘現場に顔を出してからオーファンラントの国王陛下に面会をした。
国王のリカルドは俺が支援に行った段階で何の心配もないと思っていたようで、「おお、もう帰ってきたのか。早かったな」などと他人事だった。
ラムノーク民主国の滅亡とアゼルバードへの領土併合、戦禍に飲まれた民衆が難民とならないように処置した旨を報告した。
近隣諸国で戦争が起きると一番困るのが難民問題だから、リカルドもその辺りだけは質問してきたよ。
なにせラムノークの東隣は元シュノンスケール法国であり、今は自分の国の領土だからね。
法国もまだ滅亡して間もない為、領土の安定化にかなり苦労しているそうなので、今難民などに押し寄せられては元の木阿弥となってしまう。
新領土を管理しているドヴァルスおよびマルエスト両侯爵に迷惑は掛けられないので、当然難民を極力出さない方向で処理させてもらった。
旧シュノンスケール領に近い近辺の農村は、ラムノーク中央部との関係が薄いため、旧シュノンスケール領の街や都市にモノを売りに来ていた。
現在、そういった街や都市は殆どなくなってしまっているが、その跡地にはオーファンラント軍が常駐しているため、軍隊を相手に商売をしている。
国軍といえど全ての物資や食料を本国からの補給で賄えないので、現地の民衆から買い上げる必要があり、こういった元ラムノーク民からの物資販売は助かっているらしい。
そんな感じで例のラムノーク東側の要塞よりも更に東の地域は中央部よりも安定していて難民が流れてくるような事はなかったワケだ。
その辺りを詳しく説明するとリカルド陛下もフンボルト閣下もようやく安心した。
アゼルバードとラムノークの併合により、国土だけはかなりの大きさになった神聖アゼルバード王国だが、度重なる内戦や戦争によってどの地方も疲弊が進み、国が相当荒廃してしまっている。
今後一〇年程度はオーファンラント王国がサポートをする必要があるだろうと俺、国王、宰相の三人全員の共通認識となった。
ただ、支援金や物資を国が放出するには国庫が心許ないとフンボルト閣下がいうので、ウチのトリエンからも相当な額の支援金を捻出する事で話をつけた。
まあ、今までも殆どがトリエンからの持ち出しなんだが、魔法道具の開発と販売が出来るウチの領地の財政はビクともしませんよ。
今のトリエンの目標は街道世界一周整備計画ですしな。
南側方面は計画がかなり進んでいて、今は迷宮都市レリオンまでの街道の整備がほぼ終了している。
そのままグリフォニア、エンセランス自治領、フソウ竜王国まで街道を繋いてしまいたい。
同時に、オーファンラント北側への国内の街道整備を延長し、旧シュノンスケールから旧ラムノークへと街道を繋いでいくのも視野に入れて計画の修正をしていこう。
この街道計画についてはオーファンラント王国が全面的に許可を出しているので俺の自由にできる。
何せ金を含め、人的、物的どちらの物資もトリエンで手配しているんだから、国庫も痛まないし、国としてはご自由にというスタンスなのだよ。
オーファンラントとしては安保的には街道が整備されて簡単に攻め込まれるようになると困るのではという保守層貴族からの意見もあったが、国王によって都市トリエンの視察ツアーが組まれて以降、反対意見は霧散してしまったんだそうだ。
確かに一〇〇〇体のゴーレム部隊が駐機してあるのを目撃して攻め込んでくる業の深いヤツは殆どいないだろう。
強いて挙げればバルネット魔導王国あたりは可能性が否定できないが、近隣国でもないので攻めて来ようがない。
東に攻めてくるにしてもアースラを奉じる宗教国家があるそうだから、中々軍隊は動かせないだろうな。
使徒が防衛で出てきたら普通の軍隊はお手上げだろうし、神が出てくる自体になったらもっと困ることになる。
裏で魔族が暗躍しているワケだし、魔族を神が完全に排除することを決めたら、流石にディアブロという魔族の王ですら抗い切れるものではない。
魔族自体も全部で二〇人くらいしかいないそうだしね。
戦闘系の神だけでも四〇〇柱以上いる神界との全面戦争は望んでいないはずだ。
報告を終えると、リカルドから「何か褒美が欲しければ……」という話が出たが俺が欲しい褒美が陛下に出せるとも思えないので、丁寧に辞退しておいた。
強いて望むなら「自由にやらせろ」だな。
あと年末年始に王都に顔を出さなくても良い権利を頂いておくとしよう。
貴族たちとの
その辺りはウチの陣営の貴族たちに任せるに限る。
そして午後には俺の領地トリエンへと戻った。
「お帰りなさいませ、旦那様」
リヒャルトさんとメイド隊のお出迎えに軽く手を上げて「ただいま」と返す。
「変わりはないね?」
「はい。いつも通りでございます。
前回のお戻りの時に申し上げることが出来なかったのですが……」
クリスと物資の話をしに戻った時の事だろう。
その時、俺は忙しくてリヒャルトさんの報告を全部聞いてられなかったんだよね。
「新しい馬車が届いております」
「えーと、何だっけ?」
「冒険に出られる前に旦那様が自らご注文なさったかと」
「ああ! アレか!
取りに来るつもりだったんだけど、すっかり忘れていた!!」
「旦那様はいつもお忙しくされておりますので致し方ない事かと」
最近人数が多くなったから大きめの馬車を買ったんだったよ。
揺れが少なくなる機構が入ったやつ!
まあ、飛行自動車二号があったから何の問題もなかったんでマジで頭の中からスッポリと抜け落ちていたよ。
「で、モノは?」
「厩舎の隣にございます」
俺は早速厩舎へと向かう。
厩舎の隣にピカピカの馬車が置いてあった。
あのロドム・ヴァンという鍛冶屋のドワーフの自信作のはずなので鑑定してみたらとんでもない性能だった。
箱馬車なんだが相当硬い木材で出来ているようで防弾性、耐火性などの能力がある。
そして箱馬車なのに軽い!!
幌馬車並だった。
魔法付与でもされているのかと疑ったくらいだったんだけど、全く付与などされずにこの性能。
あのドワーフ、マジで有能な職人だったわ。
後でお礼をしに行こうかね。
さて、何でこんな性能なのかだが、ちゃんと理由がある。
簡単な話、素材が良かったワケ。
まあ、この素材をどうやって手に入れたのかは解らないが、これによってとんでも性能になったのだ。
その素材とは……「トレント」だったのだ。
森の守護者として古くからエルフたちに信仰されているあのトレントである。
どうやって手に入れたのかはマジで謎。
アレに手を出したらエルフの恨みを買うし、トレントたちも許さないだろう。
どうにか手に入れたとしても相当な厄介を背負いかねないんだが、リヒャルトさんがこんな馬車を納品されて澄まし顔な段階で何の問題もないんだろうと判断できる。
「リヒャルトさんは、この馬車の素材について来歴は聞いている?」
「もちろんでございます」
リヒャルトさんに抜かりはなかった。
この馬車に使われているトレント素材は、あのエルフの豪商カスティエル氏によって持ち込まれたモノだったらしい。
俺が新しい馬車を作るという情報を耳にしたカスティエル氏は、ヴァン氏に直談判して素材を売り込みに来たんだそうだ。
最高級の素材を使うべきと説得されたヴァン氏は、トレント素材を使うことにした。
しかし、納品期限は本来一〇日程度だったのだが、トレント素材の納品に手間がかかった為、本来の納品に間に合わなかったそうである。
職人としてあるまじきとヴァン氏は思ったそうだが、最高の馬車を作るという約束を優先したと。
これが俺が冒険からちょくちょく帰って来ても馬車を受け取っていなかった理由だ。
俺が忘れていたのもあるけど、納期が大分遅れたってのも理由だったみたいだね。
まあ、困らなかったからいいんだけどね。
それよりも、この馬車凄いです。
一〇人乗りとして作ってもらったんだけど一回り大きい感じですな。
座席はちゃんと一〇人分あるんですが、それ以外の機能が凄い!
トイレ完備です!
この発想はなかった!
そうだよ。
冒険で一番困るのが排便行為なんだよ。
男だけのパーティなら立ち小便、野糞でもそれほど困らない。
だが、女性もいるとなると、途端に気を使わねばならなくなるんだ。
実際、俺がトリシアやマリスとパーティを組んで一番気を使ったのがコレ。
たとえ中身がおっさんライクなトリシアだったとしても、排便行為を見られて平気ではいられまい。
俺も嫌だよ。
だが、この馬車があれば今後、そんな心配がいらなくなるのだ。
なんという事でしょう!
最初から俺もコレに気付いていればよかった。
野糞とかアウトドアでは当たり前なので全く考えていませんでした。
ヴァン氏、出来るな……
さて、ここからが問題です。
このトイレ付き馬車ですが、着眼点、発想は素晴らしい。
だが、弱点があります。
トイレで汚物を溜め込むのは色々問題でしょ?
後の処理を考えるとね。
ですので改良が絶対に必要になるワケです。
流石にヴァン氏は
だが、俺は違います。
この素晴らしい馬車をより素晴らしく完成形にすることができると思う。
「いやあ、いいモノを作って頂いた。
ヴァン氏に追加の礼金を払っておいてもらえるかな?」
「畏まりました」
俺の興奮した声を聞きつけて、厩舎の裏の方からイーグル・ウィンドが顔を出した。
「あ、ご主人!」
トコトコとやってくるイーグル・ウィンドは、身体の大きさの割りにかわいいステップなんだよね。
「やあ、元気にやってるか?」
「良い肉を出してもらえるんで悪くはないんですが結構暇ですね」
確かに野生の逸れグリフォンが、こんな領主の館の一角でボケッと過ごしていては退屈に違いない。
「出かけないのか?」
俺はイーグル・ウィンドを檻にも入れてないし、ましてや綱で縛り付けているわけでもない。
彼は頭がいいので領民には手を出さないから放し飼いで全く問題がないのだ。
首には俺の紋章が描かれているプレートを鎖で下げているし、冒険者とか兵士にモンスターだと認識されることもない。
「暇な時は森に遊びにいってますよ。
餌のクマもワイルド・ボアもいますから。
それでもやはり遊び相手が欲しいところです」
トリシアに言わせると逸れとされる生物は基本的に好戦的である。
強者とされる生物は戦うことでストレスを発散させているんではないかと俺は考察している。
「ふむ……闘技場の出し物に出てみるか?」
「闘技場に出られるので?」
グリフォンは人間が相手にする場合、かなりの強者となる。
巨体から繰り出される攻撃は相当な脅威であるし、オマケに空まで飛ぶ。
闘技場に参加する闘士との対戦相手に悪くないのではないか。
「まあ、管理責任者に許可が必要になると思うし、お前用のルールも作らなきゃだろうけど……
後で役所に申請してみよう」
「ありがとうございます!」
グリフォンは「クェクェ」と嬉しげに笑い声を上げる。
「ま、許可が下りたらだからな。
期待しないで待っててくれ」
「あい」
俺は馬車をインベントリ・バッグに入れてイーグル・ウィンドと分かれた。
俺とイーグル・ウィンドのやり取りを見ていたリヒャルトさんは、微笑ましげな顔をしていた。
まあ、野獣と話をするヤツは普通変に思われるもんだが、イーグル・ウィンドはモフモフ動物なので、そんな顔にもなりますよね。
あまり構ってやれなかったし、今度外に出る時に連れて行ってやってもいいかもしれないな。
問題はこのトリエンならいいが、その外に住むモノたちには敵視されかねないところだろうか。
もう少し従魔的な扱いが許されるような見た目になればいいんだけどな……
新しい馬車でも引かせるか?
いっその事、馬車に
あ、それいいね。
適当に考えていたモノが脳裏に鮮明にイメージできると良い品物になる気がする。
使徒たちへの報酬を開発する傍らで色々作ってみますかね。
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