第30章 ── 第60話

 翌日、俺は仲間たちを連れてアゼルバードに転移した。

 使徒たちはサービス残業の治安維持も含めて仕事が終わったので神界へ帰っていった。

 あいつらの光柱転移は神力を使うスキルで便利なんだが、派手過ぎるのが玉に瑕だな。

 まあ、アレが出来るのは神界関係者だという名刺代わりなんだし、神々の威光を知らしめる演出でもあるので仕方がないと言えよう。


 セントブリーグの王城へ繋いだ転移門ゲートを潜ると近場にいたらしい数人のメイドが転移門ゲートの前で跪いていた。


 来る度に魔法門マジック・ゲートを使っているのでコレが開いたら俺が来るのが城内の者たちにバレているようだ。


 先に転移門ゲートを抜けていたハリスが「異常なし……」と城内の偵察結果を耳打ちしてくる。

 異常があったら困るけど、こういう警戒行動を自然としているハリスの用心深さは頼りになるね。

 魔法門マジック・ゲートを使う上で一番危険なのが転移門ゲートから出てくる瞬間なのは自明だからねぇ。


 転移門ゲートから最後尾のエマが出てくるのを待って転移門ゲートを閉じる。


「君、ファーディヤ女王陛下は、今どちらに?」


 跪いているメイドの一人に俺は声を掛ける。

 見るからに緊張しているメイドは、「え、あの……」と口ごもっている。


「居場所を知らないのは仕方がないさ。

 別に罰はないから心配しないでいいよ」


 俺は安心させるように優しく言った。


「あの……陛下は、この時間ですと祭壇で祈りを捧げておられるかと存じます……」


 隣のメイドがおどおどとした感じで教えてくれた


「あ、そうなんだ。

 ありがとう、行ってみるよ」


 メイドは顔を赤くしながらもペコリと頭を下げた。


 大マップ画面を開いて礼拝の間を探す。

 神聖アゼルバード王国となったので、王城内に礼拝できる部屋を設えるのも当然だが、知らない内に出来てたので場所が解らないのだ。

 メイドさんたちに聞いても良いんだが、知らないってのもなんか気恥ずかしい気がするのでなんとなく知っているフリをしてしまった。


 大マップで「礼拝の間」を検索してみると王城の二階の片隅にあることが解る。

 俺は早速そこに向かった。


 部屋の扉をノックして開けてみると、非常に明るい部屋で驚いた。

 城の北側にある部屋なので暗いと思ったのだが、それは地球の北半球での暮らしが長かった感覚が強い俺の思い違いだった。

 ティエルローゼ大陸は南半球にあるので、地球を模して作られているこの星においては北向きの窓の方が集光能力があるのだ。


 この世界に慣れてきた気がしていたが、まだまだですな。


 さて、部屋の中だがガランとしていて何もない印象だ。ただ北側の壁の真ん中に祭壇が置かれており、その上にはブリギーデを真ん中にして他に四つの石像が置かれている。

 ファーディヤを作り出した四柱の女神であるのは明白だが、もう一つは小さいし女神像とは呼べない造形だ。


 そんな祭壇の前でファーディヤは跪き、熱心に祈っていた。


 俺と仲間たちは邪魔しないように南側の壁のあたりでジッとしてファーディヤの祈りが終わるまで待ってた。


 一〇分ほどしてファーディヤは頭を上げて女神像を仰ぎ見る。

 そしてそのまま立ち上がってこちらに振り向いた。


 俺たちの姿をみとめるとファーディヤはビックリした顔をしてから満面の笑みを浮かべた。


「ああ、私の祈りが届いたのですね。

 よくぞご無事で……」


 笑顔だけどなぜか涙ぐむファーディヤ。


「ん? 何か心配させてた?」

「申し訳ありません。

 私ごときがケント様たちを心配する資格はなかったかも……

 私どもの戦いだというのにケント様たちのお手を煩わせてしまいました」


 どうやらファーディヤは今回の戦争が自分の至らなさによって引き起こされたものだと思っているらしい。


「いやいや、君の所為じゃないよ。

 侵略を企んだヤツが全部悪い。

 この国は神に守護されているんだ。

 神々にも働いてもらわなきゃな」


 ラムノークは神々が手を貸している国に攻め込んだんだから、滅んでも仕方ないんだよ。

 神にとってはアゼルバードが自分たちに関係があるかどうかをラムノークが知ってようが知らなかろうが本来関係ない。

 自分たちに向けて弓を引かれたと神が考えた事が重要なのだよ。


 なにせ世界中に神殿はあるんだし、まして大神殿があるような国に神託が降りない事などあり得ない。

 その神託に従わない国など神罰の対象でしかないんだから。


 実際、侵攻が決定された後に侵攻を止めるようにと神託が降りていたらしいが、ゴットハルトは従わなかったのだそうだ。

 アースラ大神殿のエクノール司教は、神託が降りる前から反対していたそうなので中々に敏感な人物だったんだろうねぇ。


「戦は無事に終わったのでしょうか……」


 彼女は過去に自分を中心として争い事が絶えなかったので、あまり争い事を好まない傾向にある。

 それでも暴力が必要になる事が世の中にはあると彼女は考えている。

 ましてやこの世界では、強者が正義と思われている部分が大きいので、争いがなくならない事も彼女は弁えている。


 だから俺は今回の戦争の結果を偽りなく報告した。


 こちらの戦力には全く被害が出ていない事。

 敵国の兵力は戦闘による損耗は殆どなかったが、敗退後に餓死、内紛などで半数以上が死んだこと。

 国の政治家も殆どが粛清された事。

 国家体制の崩壊により市民にも相当な被害が出た事。


 敵国の被害状況を聞いてファーディヤは凄く悲しそうな顔になる。

 自分が不甲斐ないからと彼女は再び言いかけたが、俺は首を振ってそれを止めた。


「奴らの自業自得だ。

 民主国というモノは、国家の指導者を自らが決める。

 愚か者の指導者を選んだ責任は民衆にあるんだよ。

 神々はその責任をしっかりと民衆に担わせた。

 君が気に病む必要はない」

「でも……」

「でもはいらない。

 君は神々が下界の者に侮られても何もするなというのか?

 ならば神々は下界に責任を負わなくても良いと言ってるのと一緒だぞ」


 神々に今回の件について全権を与えられている俺としては、不敬極まりない彼女の言い草は叱っておかねばならない。

 彼女も後々は神界に迎えられる存在なのだから、自分を卑下するような事は控えるべきだろうしね。


「申し訳ありません……」

「気にしても仕方がない。

 今回は、正義はこちらにあったと思えばいい。

 確かにこの国には今のところ殆ど軍事力がないのは事実だった。

 けど、他所から軍事力を借りてこれるだけの外交関係を築けていたのだから、立派な力だと言えるんだ。

 ウチの王国以外の国は口を挟みにすらこなかったろ?」


 俺がそういうとファーディヤがハッとした顔をする。


「そう言えば、ケント様にまだご報告しておりませんでしたが……」


 どうやら、最近になってフソウ竜王国の特使とやらが大量の物資を持ってやってきたという。

 何やらこの国に出入りしている自治都市同盟の貿易船に乗ってやってきたとか。


 持ってきた物資とはアゼルバード王国への復興支援物資だということで無償で提供してくれたそうだ。


 タダより高い物はないと俺などは考えるのだが、宰相であるヴィクトールはそれを快く受け取った。

 どうやら恩を着せられても大国との繋がりを持っておきたいと思ったのだろう。


 確かにオーファンラントとの繋がりは俺を介して強く結びついたが、アゼルバード自体はどちらかというと大陸の西側にある。

 東側にはラムノーク、南は世界樹の森があり、オーファンラントとは直接繋がっていないのもネックだった。

 セントブリーグの北側の港には自治都市同盟の船が頻繁に出入りしているんだし、ならば西側の大国と関係を深めてその力を利用できるようにしておくのが得策だと考えても仕方がない。


「なるほどね。

 いいんじゃないか?

 フソウの筆頭家老……こっちでは宰相だね。

 タケイさんって言う人だけど、俺は個人的に知り合いだしあそこの国王陛下とも友好的な関係にある。

 アゼルバードに俺が関わってると知って物資を送ってくれたんだろうね。

 後でお礼しにいかなきゃならんね」


 俺が苦笑していると、ファーディヤは顔を赤らめながら「はぁ……流石でございます」と感心している。


「フソウ的には俺に恩を返したってつもりなんだろうな。

 まだアゼルバードでは食料、生活必需品は不足しているし、渡りに船だね」


 俺も色々援助してはいるが、地方領主が個人的に賄うのはかなり大変だ。

 別のところが物資面で支援してくれるなら、公共事業とかに金が回せるので今後何かと楽になる。


 今回のフソウの支援は非常にありがたいモノなんだよね。

 ほら、トリエンの物資って今はラムノークに回しているしね。

 本来ならこっちに回すべき物資なんだけどねぇ……

 中央森林を東に抜けて本国に戻ってから手を付けようと思ってたら今回の戦争が起きたワケで……


 いかん。

 言い訳にしか聞こえねぇや。

 全てはモタモタしてた俺の責任です。

 申し訳ない。


「ここで話しててもアレだし、ファーディヤの執務室に場所を移そう。

 喉も乾いたしね」

「あ……私ったら、ケント様たちをこのようなところで……」


 相変わらずファーディヤはですなぁ。


 その後、ファーディヤの執務室で、それ以外の話を報告する。

 ラムノーク民主国は無くなり、国土はアゼルバードに併合されて一つの地方になる事。

 地方の運営はアースラ大神殿を筆頭としたアポリスの宗教勢力が協力して行う事などだ。

 そこから上がる税収や農作物、工芸品などもアゼルバードに還元されるので相当な利益になるだろうとの予測も教えておく。


 レオンハート商会にはケンゼン商会と協力するように伝えてもらうとしましょう。

 この二大商会が手を組めば、大陸北側の経済圏は活性化させる事ができるでしょうしな。


「あの……一つ伺ってもよろしいでしょうか?」


 ファーディヤが遠慮がちに聞いてきた。


「ん? 何かな?」

「元アゼルバードの貴族たちが相当な数、ラムノーク民主国に逃げ込んだという情報がありました。

 彼らはどうなったのでしょうか……」


 なるほど、ファーディヤの懸念は理解できた。

 元アゼルバードの貴族が、ラムノークの指導者を焚き付けた可能性があると彼女は思っているのだ。

 実際、今回の戦争の大義としてゴットハルトはラムノークの貴族から聞いたという国情を元に進行計画を立てていたそうだしな。


「ああ、首都のアポリスの貴族たちに匿われていたそうだね。

 彼らを匿っていた貴族は殆どが粛清されたし、元アゼルバード貴族も一緒くたに処分されたみたいだよ。

 生かしておいても後々何を仕出かすか解らん連中だしちょうどよかったんじゃないかな」

「そうですか……」


 また何かを気にしているようだな。

 まあ、本来なら自分が対策を講じなければならないのに他人にやらせた事に心が痛むってヤツなのだろうか。

 そんな事気にしても仕方がないんだがな。


 ファーディヤらしいといえばらしいが。


「あまり気にすると、胃に穴が開くぞ」

「確かに最近、胃のあたりが……」


 ファーディヤがお腹を少しさするような仕草をしたのでアナベルに診断させてみたら胃潰瘍一歩手前みたいな状態だった。


 まったく……

 ヴィクトールには女王の健康管理をしっかりさせないと駄目ですな。

 というか、この国にはそんな余裕もまだないのかもしれない。


 そのうち、病気とか怪我を治せる女王直轄の宮廷神官団とか宮廷錬金術師団みたいなのを作ってやった方がいいかもしれんね。


 トリエンとかから連れてくるのも面倒だし、アポリスの神殿勢力に供与させるべきかもね。

 アゼルバードはまだロクな神殿も神官プリーストも用意できてないしねぇ……


 やはり色々やることが増えてるな……

 冒険三昧もいいが、今は控えなきゃならんかもしれないな。


 まあ、忙しくなるのは解ってたし少し頑張ってみますかね!

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