第30章 ── 第59話

 午後、ヘインズとアースラ大神殿へと向かう。

 仲間たちと使徒にも神殿に集まるようにパーティ・チャットで伝えておく。


 インベントリ・バッグには神殿に本日納める予定の食料品や物資を入れてある。

 本来ならケンゼン商会の荷馬車で運ぶところだが、このくらいはサービスだ。


「アポリスの街に入って驚きましたが、破壊された場所が多い割に治安がそれほど悪くないですね」

「ああ、アースラの使徒と仲間たちが治安維持に尽力してくれたからね」


 それぞれに大マップ画面を共有してあり、略奪やら強盗、暴力事件が起きる度にピンが立つようにしてあったので、迅速に事件が解決される事が治安の安定に繋がったのだ。

 この治安活動において一番活躍したのがハリスだった。

 影分身シャドウ・アバター影渡りシャドウ・ウォーカーのスキルによる人海戦術は通常では考えられない効果を発揮した。


 あまりの凄さに褒めまくったら「あの地図が……なければ……結果には……繋がらなかった……」とか言いつつ顔を赤くしてプイッと顔をそむけやがった。

 マップ共有がなかったとしても、ハリスならやってのけたと思うんだけどね。


「略奪とか強姦とかに走る馬鹿どもは基本的に一般市民だし、レベルも高くて一〇程度なんだよね。

 俺たちの活動の影響で市民有志による自警団が動き始めたら、かなり治安は良くなったよ」

「そうなんですね。

 この街に冒険者はいないのでしょうか」


 ヘインズ的には、大陸東側各国内に組織されている冒険者ギルドが、こういった国家不在の無秩序状態においては治安維持に貢献することを知っているので、当然質問に上がる議題だろう。


「この辺りの国には冒険者ギルドがないんだよ。

 つーか、大陸東側諸国にしかないといっていいかな」


 近年では大陸中央南部のルクセイドに新しく冒険者ギルドの支部が作られたくらいである。

 現在はペールゼン王国に支部を作るかどうかが本部にて検討されているそうだが、あのアンデッド軍事国家にギルドが必要かどうかは疑問が残る。


 大陸全土で共通の憲章ルールを掲げる冒険者ギルド間協力体制が確立できれば市民の安全が格段に底上げできるのだが。


 そうするのに問題があるとすれば、冒険者という存在が一般人に与える印象かもしれない。

 東側では「お金は掛かるけど、いざという時には頼れる存在」と見られている。

 西側では「定職にも就かない破落戸ならずもの」という東側とは真逆に近い印象を持たれているのだ。


 先程言ったように近年冒険者ギルドが導入されたルクセイドでは、ある程度上手くいっているものの「迷宮都市レリオン近郊のみで」と前置きが付く。

 やはりグリフォニア等の大都市では、冒険者の存在は今までと変わらずに疎んじられているのが現状である。


「庶民の最後の砦になりえるというのに」

「冒険者ギルドの創立には、為政者の協力も必要になる。

 ラムノークは民主主義だから、その地盤があったはずなんだが……

 教育と情報伝達技術が未熟な世界では、あっという間に衆愚政治に至ってしまうんだな。

 そういったモノを是正する第四の権力が発達してないんだから仕方がないんだよね」

「閣下のお話は私程度には難しすぎて殆ど理解できませんが、閣下の言う通りなのでしょうな」


 理解できなくても上位者に従う姿勢は上下関係の厳しい軍人特有のモノなのかもしれない。

 こういう態度を取られると上位者である自分の責任を重く感じる。

 舵取りを間違えれば、自分に従っているモノも道連れに地獄に落ちかねないのだ。

 肝に銘じておこう。


 アースラ大神殿に到着したのは、そんな話を切り上げて数分後といったところだ。


 大神殿の正面にある広場には大量のミスリル・ゴーレムが規則正しく整列している。

 噂に聞いたのだろうラムノークの市民たちがゴーレムの大群を見に大勢集まってきている。


 フォフマイヤーはどうやら到着早々に民衆にパフォーマンスを一発かましたに違いない。

 そうでなければ、市民たちがこれだけのゴーレムを前に冷静に見物していられるワケがない。


 人間というものは未知の存在に恐怖するものだし、ゴーレムの大群を従えている人間はどう考えたって得体が知れない。

 基本、恐怖する人間を一瞬で説得する方法はない。

 だが例外はあるモノで、宗教が絡むと途端に従順になる人間も多い。

 神が本当に存在する世界で、国教である神様に仕える司教に大演説をぶっこんでもらえば、大抵の住民は素直に聞くに違いない。



「フォフマイヤー子爵はやるなぁ」


 俺が感心しているとヘインズが破顔する。


「司令官どのは、私の知る貴族の中で二番目にやる男です」


 一番は誰かと聞いたら帰ってくる答えが決まっている気がしたので、あえて質問はしない。


 民衆にまじってヘインズと談笑していたら、門前で神官プリーストと話していたグローリィがこっちに気付いて走ってきた。


「閣下! お疲れ様でございます!!」

「やあ、ゼイン。任務ご苦労」

「閣下、お聞きになりましたか?」

「ん? 何を?」

「ベヒモス様がアゼルバードに入られたんですよ」

「なん……だと……」


 何やってんだ! 陸の守護者!

 大方、神々に良い顔する為なんだろうが……

 守護者が動くと色々と事が大きくなるんで、大人しくして頂きたいんだが……


 などと思っていると、突然周囲が薄暗くなった。

 何だろうと思って空を見上げて絶句する。


 頭上には空を覆い尽くすほどの巨鳥が西の方へと悠々と滑空していた。


 最初はロック鳥かと思ったが、そんなレベルの大きさではない。

 空飛ぶ島と言っても過言ではない大きさだ。


「なんだあれは……」

「な、何なんでしょうか……」


 俺たちだけでなく周囲の民衆も口をポカーンとしながら見上げている。


「ああ、アレか!」


 俺は思い出した。

 このタイミングで現れるのに作為的な意志を感じるものの、守護者の話をしていたんだからアレで確定だろう。

 何千年も目撃情報はなかったはずだが……


「空の守護者ジース……か」

「げっ! あの伝説の!?」


 ヘインズは流石に知っていたらしい。


「空の秩序が破られたワケでもないだろうに現れるとか……

 何かの前兆か?」


 俺の疑問など無視して空の守護者ジースはそのまま西へと飛び去っていく。

 飛び去るまでに五分以上掛かるのだからビックリ生物だな。


 ちょっと色々起こりすぎてよくわからない状態になったけど、一度気分を落ち着かせよう。


「ここで考えてても仕方がない。

 子爵と合流しよう」

「「はっ!!」」


 大神殿に入ると俺の顔を知っている神官プリーストが走ってやってきて俺の前に膝を折る。


「ケントさま」

「えーと、フォフマイヤー子爵という人が来ているよね?」

「はい。

 今、司教さまの執務室にて打ち合わせを行っております」

「了解。

 そっちへ行ってみるね」

「ご案内致します」


 神官プリーストは立ち上がると俺の前を「こちらです」と歩き出す。


 前に来たことあるし案内は不要なんだけど、これが彼の仕事なのだろう。

 こういうのは面倒だし手間なので省きたいけど、彼が仕事を遂行できない無能と見られるのは可哀想なので黙って付いていく。


 神官プリーストは司教の執務室の前までくるとノックしつつ「ケントさまがいらっしゃいました」と言って扉を開けた。


 執務室に入ると、ソファの前に立ち、こちらに敬礼をするフォフマイヤー子爵とマッカランがエクノール司教とともにいた。


「お邪魔するよ。

 子爵、さっそく司教に協力してもらったのかい?」

「ご明察でございます」


 俺がソファの一画に座るとフォフマイヤーとエクノールも座る。

 マッカランはグローリィやヘインズに倣いソファの後ろに移動した。


「で、今後の統治の方向性については?」

「アゼルバードが『神聖』を謳いましたから、宗教国家になるのが順当でしょうか」


 フォフマイヤーの考えは間違っていない。

 アゼルバードは現人神であるファーディヤが統治するので彼女は女王でありつつ教祖でなければならない。

 その国に併合される以上、このラムノークも従わねばならない。


「となれば占領政策を進める上で、神殿の方々に出張ってもらわねばなりません」

「そうなるね」


 俺はエクノールに視線を向ける。


「我々にそれが務まりましょうや……」


 エクノール司教はハンカチで額に滲み出る汗を必要以上に拭いている。


「務めてもらわねば困りますよ。

 アースラもそれを望んでいるはずですよ」


 そう言った時に、相変わらずのタイミングで扉が開いてアースラの使徒どもがやってきた。

 タイミングの良さを考えると神々の力がそこに働いている気がしてならない。


「ウチのボスもそれをお望みだ」


 シグムントがジロリとエクノールを見下ろす。


「そんな怖い顔しちゃ司祭がビビるよ」


 ロッタがシグムントを嗜める。


「む……それは済まない。

 そんな意図はないのだが」


 確かにその巨躯で上から見たらビビられるよね。


「神々の威光を知らしめるにも丁度よいとボスは仰ってますから、頑張りなさいね?」


 アルベルティーヌが少しニコリと笑いながら言う。

 しかし、アルベルティーヌも背がデカイのでかなりの重圧を与えていると思うのだが、本人は全く気づいてないようだ。


「せ、誠意努力致します」

「緊張するな……自分のやれる範囲ですればいいんだよ……」


 イェルドがエクノールの肩を気さくにポンと叩いた。

 彼は面倒くさがり屋なところはあるものの他人には優しいのだが、例に漏れず強面なのでプレッシャーを掛けているようにしか見えません。


 自分の信仰する神の使徒にそう言われて頑張らない神官プリーストはいません。

 エクノールはグッと両の拳を握りしめて「お任せください」と決意を込めた顔で言った。


 その後、ウチの仲間も合流し、各神殿の指導者たちと会合を持った。


 今後、ラムノーク民主国は神聖アゼルバード王国の地方領土として運営される事。

 ラムノーク領は、この地方にある神殿勢力に運営を委託される事。


 体制が落ち着くまで、フォフマイヤー子爵率いる二〇〇〇体のゴーレム部隊がラムノーク地方の治安維持活動に協力する事。


 様々な項目が話し合われて決められていく。


 この作業に一週間掛かったが、全て書類にまとめられてアゼルバード本国に送られた。

 その内アゼルバードの貴族が何人か送られてくるだろうが、彼らは行政官としての役割以上の権力を与えない事に決まった。

 あくまでも政治指導者は神殿勢力が担うのである。


 こうしておかないと権力があると勘違いした馬鹿が出そうだからね。


 何にしてもやっと全部片付いたね。

 女王ファーディヤと国王リカルド両陛下に事後の報告をしてトリエンに帰還しましょう。


 アースラの使徒への褒美も用意しなくちゃならんしね!

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