第30章 ── 第58話

 模擬戦後、世直し隠密は本国へ帰る為に西方へと向かう街道に添って移動していった。

 一応、ウチのゴーレム部隊の進んでくる道なので、彼らにはフォフマイヤーへの手紙を託しておいた。

 これはウチの手の者に変な疑いを掛けられて無用の争いを生まない為でもある。

 敵国のラムノーク側から強そうな奴らが歩いてきたらフォフマイヤーの立場だとしたら誰何しないワケにはいかんからねぇ。


 念話で知らせておくつもりではあるが、出会ったパーティが俺が言う世直し隠密の面々だと勝手に判断してスルーするなど、あのフォフマイヤーならありえない。

 ならば、連絡を入れておきつつ、俺と面識を持った事を証明できるモノを渡しておけば良い。

 それが手紙なワケですよ。

 関係が良好なフソウと無用な諍いは起こさないようにする為だよ。


 手間だし面倒なんだけど、誤解を生むような状況に陥る方がよっぽど面倒だからね。



 それから二週間、アースラの使徒と仲間たちと共にラムノーク各地の治安の維持と流通の安定化を図り活動した。

 まだまだ戦争前の状態には戻らないものの、以前の流通の三分の一程度の商取引きが首都アポリス内では復活させる事ができた。

 やはり海外との貿易が大切な事がよくわかります。


 ラムノークは緑が豊かではあるものの、穀物などを育てられる国土を占める平地面積が人口から考えても圧倒的に少ない。

 戦争前は他国からある程度の輸入をしていたそうだ。

 フソウからの輸入が多かったのは当然だが、どうやらオーファンラントからの輸入も三割ほど締めていたらしい。


 俺の領地は大陸東で最大の穀物地帯だからなぁ……

 心の内では如何に敵視していても食糧問題がある以上、国際的には仲良くしていたという事かね。


 以前、西側の諸国の中にはオーファンラントをよく思っていない国があるとミンスター公爵やルクセイドの商人たちから聞いていたけど、ラムノークの話も含まれていたんだろうね。



 そんな状況の中で青空食堂で仲間や近所の住民への昼食を提供していた時だ。


 北へ向かう街道方向から何人もの人たちが慌てたように走ってくるのが見えた。

 そして俺たちの青空食堂までやってくると、肩で上下させて喘ぎながら「み、水を頂けないでしょうか……」と言ってきた。

 当然、俺は通りの隅に置いてある木樽に接地した魔法の蛇口からジョッキへと水を注いで渡してやる。


 走ってきたのは五人ほど。

 俺は「一体どうしたんだ?」と聞いてみる。


「銀色に輝く鎧を着た完全武装の兵士たちが攻め込んできたんだ!」

「あれはアゼルバード王国の兵隊に違いねぇ!」

「私もアゼルバードの紋章旗を見たわ!」

「それと一緒に知らない紋章が……」


 知らない紋章と言った男の目が俺が纏っているマントの留め金に注がれている。


「こ、この紋章だ!」


 住人たちの視線が指を差された留め金に集中する。


「ああ、やっと到着したんだね」

「「「え?」」」


 住人たちはポカーンとしている。


「貴方たちが見たのは、確かにアゼルバードの占領軍だろうね。

 だけど、その軍隊は俺が貸してる軍隊なんだよ」


 俺がニヤリと笑うとみんな「はあ?」って顔になる。


「貴方は……アゼルバードの人なの?」


 女性の一人にそう尋ねられた。

 この女性は港に近い北地区で商店を営む商人の奥さんで、何度かこの青空食堂に食事をしに来たことがあるのを記憶している。


 流通の一部を担っている旦那がいるので他の難民たちより金を持っている。

 俺はそういう人たちからは結構な金を取って食事を提供している。

 裕福な人々はそれも承知で食事していくんだよね。

 この女性の旦那は商人としては出来た人なので、それを理解してくれている。


「ああ、関係者ではあるよ。

 俺はアゼルバードの復興に協力しているオーファンラント王国の貴族だからね。

 軍隊も貸し出しているんだ」

「まあ、そうでしたの。

 それなら逃げてくる必要はなかったわね」


 彼女は俺がこの都市に無体な事をする軍隊を送るはずがないと思っているらしく、そんな反応である。


「では、戦争の続きに来たわけではないんですかな?」


 白い髭の男性が心配そうに尋ねてきた。


「そりゃ敵対行為すれば戦いになるし逮捕されたり、下手すれば殺されることもあるかもだけど。

 無抵抗の人間を迫害したり殺したりはしないよ。

 司令官は元冒険者だから市民の保護に関しては徹底してるし」

「冒険者がですか……?」


 別の男性が怪訝な顔をしてそう言った。


 まあ、大陸東側の各国で運営されている冒険者ギルドを知らない人ならそういう反応になるよなぁ……


 などと思っていると、後ろの方にいた背の高い男性が、さっきの男性の肩を叩いた。


「いや、それなら大丈夫だ。

 貴方は知らないみたいだから教えてやるけど、大陸東側には冒険者ギルドって奴があるんだよ。

 そこに所属する冒険者は衛兵みたいに俺たちを守ってくれるんだ。

 もちろん金は掛かるけど」


 ギルドを知っている人がいたようだ。

 だが、冒険者憲章までは知らないみたいだ。


「貴方の言う通り、平時なら金を支払わなきゃならないよ。

 でも、今は有事だからねぇ。

 冒険者は基本的に緊急時には無償で市民を守らなくちゃならない規則があるんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ、俺もその冒険者ギルドに属しているからね」


 ニヤリと笑いつつ冒険者カードを見せてやる。


 虹色に輝くカードを見てみんなびっくりした顔をしている。

 オリハルコンの輝きなんて見たこと無いだろうから、当然の反応ですな。


「これは、ギルドで発行される冒険者カード。

 色で冒険者のランクを示している。

 これはオリハルコン・ランクの冒険者に支給されているヤツね」

「随分と綺麗な光沢ですね」


 光り物に弱い女性は少しウットリしている。


「噂によると神の金属オリハルコンは、虹色に輝くといいますが……

 まさかそれですか!?」


 白髭の男性のテンションが一瞬で上がる。


「ああ、そのオリハルコンの色を真似してこんな感じに光らせているらしいよ」


 してって言った途端に模造品だと気付いたみたいで、白ひげの男性はショボンとした顔になる。


「やはり本物は拝めませんよね……失礼いたしました」


 気持ちは解る。

 神話に出てくるような伝説の金属だもん。

 見たいと思っても仕方ながない。


 今、羽織っているマントの下にその金属で作られた攻性防壁球ガード・スフィアが装着されているんですけどね。

 色々騒ぎになっちゃうから見せないけど。


 などと市民の対応をしていると、北への大通りの方から馬に乗ったヘインズがやってくるのが見えた。


 俺が手を上げるのを確認したヘインズが破顔しながら近くまで来て馬を止めた。


「閣下! トリエン防衛隊、到着致しました!」


 どうやら副官自ら伝令役でやって来たらしい。

 戦争前に共有してやったマップで俺の位置を確認したようだ。

 使い方を教えておいたので俺のアイコンが解ったんだろうね。


「ご苦労さん。

 部隊の損耗は?」

「ございません」


 ヘインズは馬を降りて、近くの馬留めの杭に馬を繋いでいる。


「そうか。

 それならメンテは必要ないな……

 戦闘は?」

「わはは。我が部隊を見て戦闘をふっかける馬鹿者は現れませんでしたよ」


 大量のゴーレムに挑むヤツは相当馬鹿だろうから当然か。


「フォフマイヤーとマッカラン、それとグローリィは?」

「この都市の西門にいた兵士たちが、アースラ大神殿に向かうようにと言ってきまして、今は神殿にいます」

「そうか。じゃあ、後で俺も顔を出そう」

「は。了解いたしました」


 ヘインズがウチの国の敬礼を綺麗に決めた。


「ところで閣下。

 ここは何なんです?」


 俺が空になっているジョッキに水を注いで、市民の人に渡しているのを見て、ヘインズは首を傾げた。


「ああ、ここは青空食堂だよ。

 地域の市民たちに食事を提供している。

 人間、腹が満たされてないと馬鹿な行動に出るものだろう?

 そういう事態を引き起こさないように食堂を運営していたワケ」


 ヘインズは納得した顔で「炊き出しですな」と言ったが、ちゃんと金を取っているので厳密には炊き出しとは違う。

 まあ、マジで貧困状態にある難民からは取らないけどな。


 それでも出来るだけ何か金の代わりになるモノの提供をお願いしているよ。

 それは食料でもいい物資でもいい。

 本当につまらないモノでも構わない。

 支払いたいという意志は必要だろう。


 施されて当然という考えは好かないんでね。

 施しも大切ではあるけど、施されている者は感謝の気持ちを持つべきである。

 そうでなければ、弱者は権利を振りかざし始めてしまう。

 この世界は社会主義国家じゃないんだからね。

 お綺麗な理想論を振りかざして、どんどんと可笑しな方向に行ってしまったアホな国家が地球の歴史上には溢れているからねぇ。


 偏見だとか言われそうだけど、それが事実なんだよ。

 理想を掲げて成功できた国があるか?

 どう歴史を紐解いても無いんだよなぁ。


「私でも食べていけますか?」

「は?」

「いや、お金を払えば私でも食べていけますか?」


 ヘインズは真面目な顔をして懐から財布を取り出していた。


「え?

 ここで食べたいって事?」

「当然ですよ。

 閣下が運営してらっしゃるんですよね?」

「ああ、そうだよ」

「という事は、閣下の料理を食べられるって事なのでは?」

「まあ、そうなるね」


 ヘインズは凄い爽やかな笑顔になった。


「一度でいいから閣下の料理を食べたいと思っていたんです!」


 どうやら、ゴーレム部隊の所属員は、俺の料理の噂を館の者たちから聞いていたらしく、機会があったら逃さずに食べる方向に走ると誓い合っていたらしい。


「まあ、いいけど……君らなら……高い料金を払ってもらうぞ?」

「当然ですな」

「解った。銀貨一枚だ」


 ヘインズは躊躇いもなく銀貨一枚を財布から取り出して俺に支払った。


 前金で出すって、どんだけ食べたいんだよ。


 ヘインズは空いているテーブルの椅子に腰掛けワクワク顔で俺の一挙手一投足に熱心な眼差しを向けている。


 うーむ。

 今日は鶏肉のソテーとコンソメスープと質素な献立なんだが良いんだろうか?

 まあ、食べたいヤツには食べさせておくとしよう。


 何故か逃げてきた市民五人も別のテーブルに座って手伝ってくれているケンゼン商会のメイドに注文を出していた。


 昼時で結構な客足なのでヘインズへの対応は中断する。

 駆り出されているメイドたちも少々パニック状態だからな。


 では、増えた注文を処理するために、いっちょ手を動かしますか。


 俺は料理スペースになっている一画に入って、インベントリ・バッグから大きい鶏肉の塊を取り出してテーブルの上に置いた。

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