第30章 ── 第57話

 「紅蓮炎の槍クリムゾン・ファイア・ランス!」


 最初に放たれたのは、案の定アルベルティーヌの魔法だった。

 三本の火炎を纏った槍が前衛の二人、そしてヤハチへと飛来する。


耐火の壁アンチ・ファイア・ウォール!!」


 ミツクニの魔法は耐火性の魔法の壁を作り出すものだった。

 炎の槍はその透明な壁に行く手を阻まれて爆散した。


 跳ね返った炎の塊が幾つかシグムントとイェルドを襲った。


「あぶねぇな! アル! 気をつけろ!」

「ごめんなさい。まさかあれほどの強度を叩き出すなんて」

「俺たちが腕試しをしたくなるほどのヤツらだ……気を抜くな」


 舐めプな攻撃を見事に躱した世直し隠密のポイントが上がった感じですかね。


「こういう時は小細工した方が馬鹿を見るもんだ。

 シールド・チャージ!!」


 シグムントは自分の巨躯が隠れるほどに巨大な大盾タワー・シールドを構えて突進を開始した。

 大盾タワー・シールドの下の方をやや前に突き出した突進は、次第に加速度を増し、強大な運動エネルギーを蓄積していく。


 その突進を目の当たりして、それでもカクノジョウは右手を下に左手を上にして前に出た。


 何だか某伝説有名RPGのスピンオフで出てきた天地なんちゃらの構えに似ているね。


 そしてカクノジョウがシグムントとぶち当たりふっ飛ばされる光景が目に写った気がしたが……

 宙に飛んだのはシグムントの巨体だった。


 カクノジョウは最初とは異なり左手が下に右手が上になった状態でさっきと同じ位置にいた。


「な、何とか成功したか……」


 すげぇ。

 初めて見たよ、空気投げ。

 シグムントの突進力を上手い具合に後上方に受け流したんだよ。

 左右の腕の形が変わっているところを見ると回転を加えたんだろう。

 それにしても、あの巨躯を投げ飛ばすというのもかなりの膂力が必要な気がするんだが。


 シグムントのあのチャージ攻撃は下から上へと掬い上げるのを意図したものだ。

 逆に上に投げ飛ばすというのは、相当なセンスが必要になるに違いない。


 放り投げられたシグムントは、その流れに逆らわず地面と衝突しつつ身体を回転させるに任せる。

 その回転力を用いつつ身体の頑丈なところで地面との接地部分を受け止めていく。


 回転力が落ちるのを感じると身体を捻って綺麗に立ち上がった。


獅子吼ライオンズ・ロア!!」


 シグムントが叫ぶと、カクノジョウとスケジロウがくるりとシグムントへ振り返って突進して行った。

 それだけでなく、ヤハチとミツクニも短刀と杖を振りかざして殴りかかっていった。


 シグムントはニヤリと笑いつつ、大盾タワー・シールドで前衛陣の、右手の変形ガントレットで後衛陣の攻撃を綺麗に受け止めた。


「スネーク・ショット」


 ロッタが四本の矢を同時に番えて、世直し隠密へと撃ち放つ。

 地面を縫うように飛来した矢が、四人の足を絡め取るように動いた。


 身動き取れ無いままの世直し隠密の側にいつの間にかイェルドが現れた。

 そして左右の腰に収められたままの剣を居合のごとく抜き去った。


「四線抜刀」


 気づけば、既にイェルドの身体は目標の四人をすり抜けるように移動していた。


──ドガガガ!!!


 後から追うように四連の打撃が世直し隠密たちを襲った。

 HPバーを見れば、HPの大半が奪われSPすら消し飛んでいる。


 これもすげぇ技だな。

 シグムントのアレもこうなる事を見越してわざと投げられたのか?

 恐るべしアースラの使徒。


 この一度の交叉でミツクニのSPが完全に削り取られ、彼は地面に崩れ落ちた。

 だが、残りの三人は何とか意識を繋いでいる。


「させねぇ!!」


 スケジロウが剣を地面へと突き刺すと足に絡んで動けなくしているロッタの矢が吹き飛んだ。


 スケジロウは鞘の小柄を抜くとロッタとアルベルティーヌへと投げた。

 ロッタは避け、アルベルティーヌは杖で弾く。


「締まらないね」

「当たるわけないでしょ」


 女性陣がニヤリと笑った途端、ドドスッと双方の背中に衝撃が走る。


「な、何事!?」

「痛っ」


 避け、弾いたはずの小柄が彼女らの背中に刺さっている。


「スキル!?」

「や、やば」


 途端に小柄が爆発した。


 ロッタは数メートル吹き飛ばされ、アルベルティーヌは地面に倒れ伏した。


「あ、味な真似をしますね……」

「油断した~」


 ああ、惜しい。

 こりゃレベルの差だな……


 二人のHPは殆ど減らなかった。

 それでもスケジロウの一撃は一矢報いたと言えよう。


 あちらではヤハチが腹を押さえながら膝を突いてイェルドを見上げている。


「すげぇ剣士ソードマスターだ……

 アースラ神さまの使徒というのも頷ける……

 だが、まだですぜ……」


 ヤハチの身体がブレたように見えた。


 いや、あれは分身!?

 あれこそが本当の影分身に間違いない。


 ヤハチは半透明になりつつ三人に分裂した。

 そしてイェルドに短刀を振るう。

 その短刀の攻撃は三連撃トリプル・スラッシュ

 分身を伴う三連撃トリプル・スラッシュ九連撃ノナプル・スラッシュとなってイェルドを襲う。


「無駄だ……自動迎撃オート・カウンター


 ヤハチの九連撃はイェルドの二本の剣に全て叩き落され、同時にヤハチは剣の峰であらゆる箇所を殴られた。

 ヤハチはそのまま地面に崩れ落ちた。


 試合終了。


「くっ……」

「無念……」


 スケジロウとカクノジョウが力なく項垂れた。

 どう足掻いても使徒には勝てない事を悟ったのだろう。


 終わった事を感じて亀のように身を固めていたシグムントが立ち上がった。


「いい立ち合いだったな!」

「そのレベルで良く立ち回ったものだ……」


 シグムントとイェルドは満足そうに笑っている。


「こっちは冷や汗を掻かされたわ。

 まさか、あんな小技があるなんて」


 アルベルティーヌが魔法を唱え、四人のHPとSPが同時に回復していく。

 彼女のユニーク・スキル「二重詠唱ダブル・キャスティング」だな。

 使うところを初めてみるけど、便利なユニークだよなぁ。


「そうね。

 そっちの忍者ニンジャみたいな事を剣士ソードマスターがするんだもん、びっくりしちゃったよ」


 ロッタは未だ動けないままのカクノジョウの近くでパチンと指を鳴らすとか不自然に足に絡まっていた矢が真っ直ぐに戻って、その拘束を解いた。


 なんで矢が足に絡まるんだろうか?

 不思議なスキルですなぁ。

 まあ、魔法がある世界なのでスキルでも不思議な事が起こるんだろう。


 そう思わねばやっていけないのがファンタジー世界だ。

 柔軟な頭こそ、生きていくのに必須だと思う。


「お疲れ。

 で、使徒から見て、世直し隠密はどうよ?」

「私が見る限り、どの神の使徒であっても後々務められるようになるでしょうな」

「筋が良い」

「今後が楽しみです」

「アースラさまのところにおいでよ」


 どうやら使徒たちは彼らの実力を認めたらしい。

 拘束が解けて、気絶している二人を介抱に走ったスケジロウとカクノジョウも「え?」って顔で使徒たちを見た。


「私たちが使徒に?」

「ああ、お前たちならいずれなれるだろう」


 シグムントがガハハと巨躯を揺らして笑った。


「だが……まだまだ修行が必要だ……」


 イェルドは厳しい事を言うが、彼らに見込みがあるから苦言を呈するのだろう。


「固いこと言わないの!

 こんな逸材、中々いないんだから!」


 ロッタがイェルドの背中をバシンッと強く叩いた。

 イェルドの顔が少し歪んだ。

 きっと背中に小さい紅葉が浮かび上がるね。


「今は、労ってあげましょう。

 良い戦いをご照覧頂けたでしょうし」


 アルベルティーヌは微笑みながら天を見上げた。


 家族サービス中のアースラはともかく、見てるだろうなぁ……神界の戦闘系の神々は。

 これで世直し隠密たちは、各神々に目をつけられて使徒へのスカウト合戦に巻き込まれるようになるやもしれん。


 ご愁傷さまと言いたいところだが、彼らも戦闘系特化な人物たちなので本望と思うかも。


 何にせよ、西の英雄たちはその力を神々に示した。

 強者こそが正義というルールがあるティエルローゼにおいては、彼らの強さは正義である。

 神々に認められれば、神々の加護を得てさらなる強さを身につける事ができるかもしれない。


 ただ、大いなる力には重い責任も負わされる事は覚悟した方がいいだろう。

 世直し隠密という役目も相当な重圧を伴う責任重大なモノだと思うが、それ以上に神々に何かやらされる可能性は否定できないとだけは言っておきたい。


 まあ、彼らならそんな重責を全う出来るんじゃないかと思っておこうか。

 彼らの未来に大いなる幸あれ。

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