第30章 ── 第56話

 俺たちが話している最中、応接室の扉が開いた。


「今戻りましたぞ」


 シグムントが巨躯を揺らしながら入ってくる。

 その後ろには双剣を腰に下げるイェルド、その横には背丈に似合わない弓を背負ったロッタがいる。

 最後尾には相変わらずエロいローブのアルベルティーヌだ。


「お疲れ。

 神殿の方はどう?」

「運営は完全に軌道に乗ったと思います。

 ケンゼン女史の協力のお陰ですね」


 アルベルティーヌは各神殿との橋渡しを調整する役で、物資の分配などにも責任を負ってくれている。

 神殿が運営する救済システムの要といってもいい。


「助かるよ。ありがとう」

「いえ、ケントさまの御役に立てば、色々と便宜を図っていただけますから」


 キラリとアルベルティーヌの目が光る。


「そうやってケントさまにお強請りするの止めたら?

 アースラさまの使徒としての品位が落ちるじゃない」

「確かに……」


 ロッタとイェルドがアルベルティーヌに批判的な目を向けた。


「あ、あの……辺境伯様……もしかして、こちらの方々は……」


 ミツクニさんが何かを察したようでワタワタし始めた。


「ああ、この四人はアースラ神の使徒たちだよ。

 もう今回の件ではお手伝いしてもらう事案については終わってるんだけど、まだ協力してくれてるんだよ」


 驚く世直し隠密たちなどアウト・オブ・眼中な使徒たちはケラケラと笑う。


「いえ、約束してもらってる報酬が貰いすぎな気がするんで、私らの気が済むまでお手伝いしようかと」

「そうだよ!

 やっぱしっかり働いておかないと、貰いづらいじゃん?」


 シグムントがそう云うと、バチーンと彼の背中を叩きながらロッタも笑う。


「私はもう色々見せてもらって結構満足してきてますよ」

「お前は、ケントさまが持ってる魔法道具なら何でもいいからな……」


 イェルドの嘆息に、アルベルティーヌは誤魔化すように笑う。

 確かに簡易かまどとか、携帯型魔法炉、ゴーレム・ホースなど、作業で使ったりしているといつの間にか隣に来てあちこち見てたねぇ。


「ごめんな。まだ報酬は準備出来てないんだよ。

 トリエンに戻ってから作るつもりだからもう少し待ってくれ」

「問題ありません。

 トリエンに行かれるまで付いていきます」


 リーダーのシグムントの言葉に他の三人も頷いた。


「ところで、ケントさま。

 この人たちは誰なのさ?」


 ホービット族は何にでも興味を持つことで知られる好奇心旺盛な種族である。

 ロッタもその例にもれない。

 まあ、俺がお茶でもてなしている段階で、それなりに下界では重要人物なのだろうと思ってはいるようだ。


「彼らはフソウの世直し隠密の皆さんだよ」


 俺がそう応えると四人の目つきが変わった。


「ほう。

 噂に聞くあの世直し集団か」


 シグムントの目は既に獲物を狙う猛獣のようだ。


「でも、そこにいるのはトラリアの第一王子だよね?」


 ロッタの目がワタルを射抜く。


「ああ、彼は見習いらしいよ」

「へぇ……そうなんだ……」


 イェルドの目も猛禽の様にランランと光っていて怖い。


「世直し隠密って言うくらいだから、それなりの魔法の武具で武装してらっしゃるのよね?

 是非一度見せて頂きたいわ」


 アルベルティーヌは三〇歳近い未婚女性が合コンやら友人の結婚式に出た時の目によく似ている。


「よし、決まった!!

 どっかの広場で手合わせといこうじゃないか!!」


 興奮気味のシグムントは声がデカイ。


「え!?

 手合わせですか!?」


 突然、シグムントに肩をガシッと掴まれたカクノジョウさんが、その勢いに飲まれている。

 カクノジョウさんもかなりの大男なんだが、シグムントに比べたら二周りくらい小さいからねぇ。


「ちょっと歩いたところにちょうど良い開けたところがあるよ?」


 ロッタが西の方を指差して嬉しそうに言う。


「こ、断ることはできないんですかね……」

「俺たちから逃げられるとでも……?」


 スケジロウ氏が苦笑しながら言うが、その背後には既にイェルドがいて逃さない感をムンムン出してる。


「諦めた方がいいかも。

 彼らは戦闘系の神の使徒ですよ?

 そこに強者がいたら確実に力量を試しにきますもん」


 俺は苦笑してそう応えるしかなかった。

 現に俺も挑まれたしねぇ。


 ほんと戦闘系の神の関係者は血の気が多い。

 神自身も含めてね。


「ケントさま。

 見届け人をお願いしますね?」


 アルベルティーヌがニッコリと笑う。


 うーむ。

 彼女も魔法使いスペル・キャスター系なのに血の気多いよね?


「殺し合いにならないようにな?

 彼らはフソウの重鎮なんだから」

「弁えております。

 そもそも我々は有事以外で下界では全力を出すつもりはありません」


 シグムントは自慢げにそう言うけど、俺とかマリスには本気出してたよね?

 それはまあ良いけどさ。


 レベル差からしても世直し隠密の面々が、この四人を本気にできるとは思わないけど……

 見届け人というか審判役ジャッジとして目を光らせておいた方が良さそうだな。


 一五分後。

 ケンゼン商会に近い市民の憩いの場らしき公園に俺たちは集まっていた。


 西側にアースラの使徒四人、東側に世直し隠密四人プラス見習い一人が並んでいる。


「ワタルくんは参加しない方がいいかも」

「え? そうなんですか?」

「いや君、レベル二〇台前半でしょ?

 レベル差五〇以上あると軽く死ねるよ」


 俺の言葉に他の世直し隠密の顔色が変わった。


「ということは使徒様たちはレベル七〇以上ということですか!?」


 ミツクニさんの叫びに俺はコクリと頷く。


「負けるの前提になると思うけど……」


 既に世直し隠密は顔色が土気色ですよ。


「まあ、勝てって話じゃないんで」


 使徒たちとしては彼らの力量を知りたいんだよ。

 純粋に力量を測る意味もあるが、それ以外の意味も持つ。

 要は彼らの未来を見据えての試験って意味もあるんじゃないかな?

 自分の神に仕える使徒候補として。


 世直し隠密は、フソウやトラリアなどの人々にとってはヒーローである。

 その行動は品行方正とまでは行かなくても、それなりに徳の高いものだと思われる。

 そして高レベルとくれば、神々が目をつけるのは当然の帰結である。


 他の神にツバを付けられる前にキープしておきたいって事だな。


次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールド


 俺は流れ弾とかで周囲を破壊してしまう可能性を考えて魔法で戦いの場を囲っておく。


「こ、これは何です?」


 周囲を透明なドームで囲まれてしまった世直し隠密たちが焦った感じになる。


「ああ、これは次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールドっていう俺のオリジナル魔法です。

 周囲に被害が及ばないようにする為に掛けさせて頂きました」


 世直し隠密チームは今の説明で解ったような解らないようなと微妙な顔付きである。


 だが、ここまで来たらもう逃げられないです。

 覚悟を決めて下さい。


 俺は双方の間に立ち声尾を張り上げた。


「んじゃ双方、相手方に礼!」

「「よろしくお願いします!!」」


 俺の号令で両陣営のメンバーが挨拶を交わした。


 礼に始まり礼に終わる。

 武道の試合とかで良く聞く俺の好きな言葉だ。


「では、配置について」


 双方が距離を取り、それぞれのポジションに付いた。


 使徒側は俺と対戦した時みたいに前衛シグムント、イェルドは遊撃、ロッタが狙撃、後方でアルベルティーヌが魔法支援といういつもの配置だ。


 世直し隠密側は、前衛としてカクさん、スケさんのツートップ。

 ヤハチは遊撃だね。

 そしてミツクニさんは後方魔法支援だろう。


 俺の「始め!!」の号令と同時に双方が動き出した。


 前衛がぶつかり合う前に双方の後衛が魔法を唱え始める。


 バフかデバフかは解らないが、魔法の詠唱が短い方が優位に立てるだろう。


 こんな間近で戦い慣れたパーティたちの戦闘を拝む機会に出会えるのは光栄ですな。

 俺や仲間たちも相当なもんだと思うけど、彼らの戦闘もきっと凄いに違いない。


 俺は久々にワクワクしてきていた。


 さあ、見せてもらいましょう!

 神界の勇者と大陸の勇者のぶつかり合いを!

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