第30章 ── 第55話

 商会の入り口を潜ると、掃除をしているメイドさんがいたのでハリスが客を連れて行った部屋はどこか聞いてみる。


 ハリスは二階の応接室を借りたそうなのでそこへ向かう。


 この建物内の応接間は幾つかあるんだが、二階あるのは上客が来店した時に使う豪勢な部屋だ。

 噂の世直し隠密の一行を接待するなら豪華な方がいいか。


 応接室の扉の前にハリスの分身が一人立っていた。

 俺が片手を上げて挨拶すると扉を開けてくれた。


 中には五人がソファにちんまりと座りっており、部屋の四隅にハリスが立っている状態だった。

 ハリスは油断なく目を光らせている。


 ハリス四人にジッと見つめられている五人は居心地が悪そうにしていた。


「どうもどうも、初めまして~」


 俺は軽いノリで挨拶しつつお茶の準備を進める。


 全員にお茶を入れたカップを起き、ソファ・テーブルの真ん中にお茶菓子を置いた。

 俺のお手製せんべいですぞ。

 フソウの米を挽いた絶品お菓子です。


 五人は俺の行動に戸惑っているようだが、俺も一人掛けのソファに座って自分のお茶をすすり、せんべいを一枚頬張る。

 俺の行動を見て、客人である五人はようやくお茶に手を伸ばした。


「むっ! これはツクサの玉茶では!?」

「お、解りますか」

「私はあそこの出身でして」


 口を開いたのは五人の中では一番顔が整っている男だ。

 名前はトウヤマ・スケジロウか。

 剣聖と呼ばれているけど剣聖じゃない微妙な人だ。


「スケさん、そういう話は……」

「あ、済みません」


 一番年嵩の人が少しはしゃいでしまっているスケさんを窘めた。

 スケさんもバツの悪そうな顔をしつつ口を閉じる。


「それで……私どもはどうしてここに招かれたんでしょうか?」


 年嵩の人はハリスの分身たちを見回しながら不安そうな声を出す。

 この人はミツクニさんですね。

 多分一番レベルが高いしリーダー格の人だろう。


「ああ、俺たちの事を監視していたようなので招かせて頂きましたよ」


 俺はお茶を一口含む。


「そうそう、ワタルさんは大したもんです。

 最初俺たちに声を掛け来ましたけど、声を掛けてくるまで俺たちに気配を気取られないで来るなんて、相当な才能ですね。

 実はアレで只者じゃないと判断しました。

 ワタルさんはレベルがそれほど高くないのに大したもんです」


 ワタルさんはギクリと体を揺らし、他の四人はワタルに厳しい視線を向けている。


「ワタルさんは、見習いみたいな扱いなんですか?」

「何のでしょうか?」


 ミツクニさんがニコリと笑って誤魔化す。

 焦ってないつもりなんでしょうが、じっとりと汗を掻き始めているようですな。


「え? 皆さん、世直し隠密の一行ですよね?」


 ピシリの全員の顔が固まった。


 まあ、世直し隠密は身分を隠して諸国を漫遊するようですので、秘密なんだろうから、正体がバレてる事にビックリしているんだろうね。

 俺のマップ画面の目は誤魔化せませんが。


「フソウ、トラリアでは皆さんの噂ばかり聞きましたので、お会いできて光栄に思いますよ」


 俺もニッコリ笑ってミツクニさんを見つめた。


「な、なぜ解ったのでしょうか……」

「ああ、俺の持っている遺物アーティファクトの力です。

 能力石ステータス・ストーンの表示窓あるでしょ?

 あれみたいな窓に周囲の状況を表示する地図を表示できるんですよ。

 そこに表示される情報で相手の名前とかレベルとかを見られるんです。

 だから皆さんが潜んでいたのも解りました。

 なのでハリスたちに連れてきてもらったんです」

「なるほど……しかし、この五つ子さんたちは見分けが付きませんね。

 ここまで全員寸分たがわぬ人たちには出会った頃がありません」


 ミツクニさんは懐から手ぬぐいを出して顔に浮かぶ汗を拭った。


「いえ、ハリス自体は一人しかいません」

「は?」

「彼らは影分身というスキルで作り出された分身ですよ」

「分身だって!?」


 ちょっといなせな感じの男が少し腰を浮かせながら大きな声を出す。


「ああ、貴方は忍者ニンジャみたいだし、知ってましたか」

「いや、俺の知ってる影分身とはこの人たちは別物だ……

 一体どうやったら……」


 そうだね。

 本来の影分身は、本物と同じように動く残像みたいな実態のない分身を表示させるモノだ。

 ティエルローゼではハリスみたいなスキルなんだと思っていたけど、ハイエルフたちに別物だと指摘されて気付いたんだよな。

 ドーンヴァースでも本来はそういうスキルなんだよ。


「まあ、ハリスのは特別だからなぁ……

 ビックリするとは思うけど」


 ハリスたちはニヤリと笑うと窓の近くにいたハリスを残して他のハリスはドロンと煙のように消え去った。


 いなせな男は興奮して鼻息が荒くなっている。


「ハリスさんとおっしゃいましたか。

 偽名だとは思いますが、さぞ高名な忍者ニンジャだと……」

「ハリスが……本名だ……」

「俺は二六代目ヤハチと申します。

 まだ、襲名して一〇年と立っておりませんが、お見知りおきを」


 ハリスは片眉を上げて戸惑ったような顔になりつつもコクリと頷いている。


「へへへ。話の腰を折りまして申し訳ありやせん」


 二六代目って……


「皆さんは世襲なんですか?」

「え?」

「いや、今二六代目って言ってたから」


 今度はヤハチが睨まれている。


「安心してくださいよ。他言無用にしますんで」

「……貴方の言葉は……不思議と本心で話しているような気がしますな」


 ミツクニがキラリと目を輝かせつつ俺を見ている。


「あー、嘘が下手とよく言われます」

「それでは、嘘偽りなく話させていただきましょう。

 私の名前はハセガワ・ミツクニ。

 御存知の通り、世直し隠密という地位をフソウ竜王国に頂いております」

「拙者はオオオカ・カクノジョウ」

「私はトウヤマ・スケジロウ」

「俺はヤハチと申します」


 四人の世直し隠密がペコリと頭を下げる。


「で、最後はトラリアの第一王子ワタルさんって事ですか」

「あ、はい。

 数年前、彼らがトラリアを訪れた時に正体を見破りまして……

 世直しの旅に付いてきてしまったんです」


 彼はレベルは低いがユニーク・スキル「スニーク」持ちだった為、見習いとして世直しの旅のお供が四人に許されたんだそうだ。

 ちなみに、気配を消すスキルは「ステルス」だが、この「スニーク」というスキルは、見えているのに気づかないというトンデモナイ効果があるのだ。

 道端の石ころのように気に留められないという、まさに影の薄い人物を地で行く為のモノと言える。

 職業クラス斥候スカウトの彼なら相当便利に使えるユニークだと思う。


 忍者ニンジャとかやってる人には垂涎の能力だとは思うが、ウチの忍者ニンジャ影渡りシャドウ・ウォーカーが出来るので、あまり必要としてなさそうではあるね。


 というか、ハリスもユニーク持ちなんだと思うんだよね。

 マルチ・クラスは間違いなくユニーク・スキルでしょ。

 ステータス画面には出て来ないけど。


「それで、ここを監視してた理由くらい教えてもらえますよね?」

「失礼仕りました。

 我々はリヴァイアサンがシュノンスケール法国を滅ぼしたという怪情報を得まして、その真偽を確かめるために東方へと赴いておりました」


 その帰り道、ラムノーク民主国のあらゆる行政機関が破壊されているという状況を目の当たりにしたらしい。

 ラムノークの民に聞いてみれば「神の怒りによって神罰が下った」と口を揃えて言う。

 事の真相が解らない為、首都アポリスにやって来たのだが、道の真ん中でゆらりとお茶をする不思議な団体を見つけた。


 民主国が混迷にあるというのに、その余裕ぶりからお茶をする集団がラムノークを破壊したのではないかと疑いを持ったのだそうだ。

 で、それを内定し、悪であれば誅することもやむ無しと考えていたという。


「ああ、ラムノークを破壊したのは俺たちなのは間違いなですね。

 まあ、先に仕掛けてきたのはラムノークなんだけど」

「そうなのですか?」


 俺があっさりと認めた為、敵と見るべきかどうかミツクニさんは判断に困っているようだ。


「ラムノークは神々が復興を支援しているアゼルバードに私利私欲の為に宣戦布告もなく攻め込んだ。

 それが神の逆鱗に触れたと言っておきましょうか。

 だから俺たちは俺は神々の威光の元にラムノークを破壊したわけです。

 これが悪だというのなら神々も悪という事になるけど、貴方たちは神々と戦う気はあります?」


 俺がそういうとミツクニさんは真っ直ぐ俺の目を見つめてくる。

 嘘も偽りもないので、俺はミツクニさんの視線を素直に受け止める。

 しばらく見つめ合ったが、ミツクニさんが目を反らした。


「我々に神々の威光に逆らう覚悟も度胸もありません。

 我々は所詮人間ですから……

 神々の威光を受けて行動する貴方は、神々の使徒様という事でしょうか?」

「いや、神々と知り合い程度の事ですよ。

 今回は神々の使徒たちにも協力してもらってるんですけどね。

 そうそう、自己紹介がまだだったかな。

 俺はケント・クサナギ。

 オーファンラント王国トリエン地方の領主兼冒険者です、よろしく」


 そういうと五人がハッとした顔でこちらを見た。


「貴方がクサナギ辺境伯様ですか!」


 そう聞かれて俺の方がビックリしてしまう。


「何で俺の事を知ってるんです?」

「滅んでしまった法国の地に足を踏み入れた話はしたと思いますが、復興中のいくつかの街で貴方様のお噂は聞き及んでおりました。

 海の守護者リヴァイアサンと共に法国を誅したとか。

 確か、貴方様のチームは『ガーディアン・オブ・オーダー』と申されるそうで……

 古代魔法語で『秩序の守護者』とは、よく言ったものだと感心しておりました」


 ああ、この人魔法使いスペル・キャスター系上級職の魔術師ウィザードらしいし古代魔法語の事も解るんだな。

 というか、巷にそんな噂が流れているとは……

 照れくさいというか何というか……


「なるほど、それだからこそハリス様もあれほどの腕をお持ちだったワケですな。

 とても我々では太刀打ちできないほどの手腕でございました」


 ミツクニの言葉にヤハチがブンブンと縦に首を振る。


「ハセガワ様、言った通りでしょう?

 ハリスさんが凄腕の忍者ニンジャだという証拠です」

「調子がいいなぁ、ヤハチは……」


 カクノジョウさんがヤハチの頭をペシッと叩く。

 叩かれつつヤハチは「へへへ」と笑う。


 その後、最初に質問した世襲の事に話を戻して聞いたんだが、どうやら彼らの名前は代々世直し隠密になった者が引き継ぐらしい。

 フソウ入国時に最初に訪れたタケノツカ村の村長さんは先々代のヤハチで、現ヤハチのお師匠さんにあたるのだとか。


 それにしても、ワタルはフソウの世直し隠密に憧れていたのは解ったが、彼らの世直しの旅にユニーク・スキルを駆使してコッソリと付いて歩いて回っていたらしいんだよね。

 ストーカーといえばストーカーです。

 半年以上付け回してたんだとか。

 ヤハチは半年くらいしてようやく気付いたほどの凄腕っぷりを評価されて「見習い」に就任したんだと。


 執念の勝利ではあるんだろうけど、一歩間違えれば犯罪者な気がしないでもない。


 ただ、一言だけ申し上げておく。

 名前が名前だからといって、日本で放映されていた時代劇のイメージで彼らを見ないで下さい。

 年齢も外見も現実世界のドラマのキャラクターとは似ても似つかないので幻滅しますから。


 ミツクニさん、どうみても三〇代だし。

 スケさん、超イケメンだけど、四〇近いよね。

 カクノジョウさんは、二〇代半ばの筋骨隆々。

 ヤハチは、いなせな感じだけど一八歳の若造だからね?

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