第30章 ── 第52話

 午後、連隊三〇〇人を神殿の関係者に対面させて双方に相互協力を約束が結ばれた。

 神殿は、三〇〇人分の寝る場所、物資と食料の提供を行う。

 連隊の三〇〇人は神殿の指示に従って神殿、救護所の周囲、物資輸送路の安全確保などの安全を担保する任務に就く。


 これらはアゼルバードの占領軍が来るまでの契約となる。

 占領軍が到着したら、その後は占領軍の指揮官に従う事を確認した。


 まず、この体制で一~二週間運営しいると、衛兵隊を中心とする市民グループが、神殿勢力との融和を願い出て来た。

 この市民グループは、放棄された商店や民家、市場などから必要な物資をスカベンジングして細々と過ごしていたのだが、食料品を手に入れる事が難しくなり音を上げた。


 衛兵隊の武力を背景にアポリスに避難してくる市民を取り込んでいく方法で大きくなっていたが、人数が増えれば増えるほどに物資が加速度的に枯渇していったようだ。

 物資不足が深刻化し、餓死や疫病の気配が近づいて来るにつれ、保護していた市民たちがパニックを起こして暴徒化しそうになり、衛兵隊の者が神殿勢力に接触してきたのである。


 神殿側としては、市民が暴徒化する前に取り込んでしまう方が楽だし、トリエンから物資の安定供給が約束されている状態なので断る理由はない。

 ラムノークの元国民を確保すればするほど、市民からの神々への感謝、そして祈りを手に入れられるのだから当然である。


 神殿周囲はそのような状況になっているが、俺たちが拠点とするケンゼン商会についても説明しておいた方がいいだろうか。


 現在ケンゼン商会周辺では、小さいながらも経済活動が健全に建て直されつつある。

 俺の物資以外にも幾らかの食料や物資が流れ込んでくるようになって来ているのだ。

 少量だが運ばれてくる物資の買い付けと保管、周囲の商店などに仕入れた物資を分配する業務をケンゼン商会は担っている。

 このシステムが安定してきた為、ケンゼン商会の周囲には小規模な市場すら立つようになって来ているのである。


 この手の商業活動は人口が増えれば増えるほどに大規模に組織しなければならないのだが、今までは首都の周囲では治安消失状態であった為、決死の覚悟の隊商活動を行わねばならなかったので、試みる者が殆どいなかった。


 本来であればこういった治安維持活動は国軍が巡回パトロールが担うのだが、アゼルバードで殆ど壊滅してしまっていたので通常業務もできないし、辛うじて生き残った連中には野盗のように略奪に走っている奴らもいるので、今ではどうにもならない状況になっている。


 だからと言って誰も治安維持をしなければ、市民たちの生存圏は分断される。

 その状態が続けば、市民が形成する各地の生存圏は次第に衰退し、そして消滅することになる。

 そうなっては再起はほぼ不可能となる事だろう。


 しばらくすると、神殿周囲とそこを繋ぐケンゼン商会との物資輸送ルート以外の部分で活動していた暴徒たち……所謂、物資を弱者から奪う事で生活していた者たちが目に見えて減っていった。

 そんな生活が長く持つワケがないので、限られた物資を食い合っていけば最終的に頭打ちになるのは当たり前の話だよね。

 もちろん、俺や仲間たちがちょこちょこ退治していたのもあるが。


 こういう連中が死滅していくなか、現在の状況を打破するために、市民たちの中から腕に自身のある者たちが立ち上がり始めた。

 冒険者は言うに及ばず、村や街などでは少々力の有り余っている若者が自警団を結成したのだ。

  アポリスや近隣の都市、町、村などを繋ぐ街道で冒険者や自警団の有志による治安パトロールが行われ始め、その活動は日増しに大きく拡大していく。


 たった二週間程度で、ある程度機能する治安維持システムが確立された。

 このシステムがあっという間に構築された状況からも、物流における安全確保を市民がどれほど切望していたかが窺える。


 こういった自主的な安保体制は、大陸東側諸国が魔神によって壊滅状態に陥った際に組織された冒険者や武装グループによる緩やかな連帯と同じようなものだと思う。

 このような試みが発展して「冒険者ギルド」が誕生したワケなので、今後のラムノーク地域にも似たような組織を願う人々が増えるかもしれない。


 後でオーファンラントのギルド本部にラムノーク地方支部を設立するように要請を出してもいいかも。



 そんなある日の昼間、俺と仲間たちはケンゼン商会前に設置された青空食堂に集まってお茶を飲んでいた。

 この食堂は、朝、昼、晩の三回、食料を提供する店として稼働している。

 俺のインベントリ・バッグ内に溜め込んだ食料を使って運営されていて、金や物資を支払う事で日替わり定食を食べることが出来る場所として、商会近隣住人に愛用されるようになっていた。

  もちろん金銭はそのまま俺の取り分になるのだが、物資はケンゼン商会が買い取って神殿への支援物資に充てる事になる。


「随分と治安が安定してきておるようじゃ、お陰でお茶を飲む余裕ができたのう」


 マリスがお茶菓子を口に放り込み、お茶をすする。


「ああ、自警団がいい仕事をしているそうだよ」

「野良冒険者も活躍しているらしいのです」


 俺がそう答えると、アナベルが焼串を両手にしつつ話に加わってきた。


「確かにね。

 大陸東側の諸国と違って、ここらでは冒険者は本来胡散臭い厄介者と見られているそうだけど。

 それにしても人間って奴は生活やら環境やらが切羽詰まってくると協力しはじめるみたいだねぇ」


 人間は元来、相当弱い種族だから、協調性とかがないと直ぐに滅んでしまう。

 ティエルローゼには巨大なモンスターやらドラゴンやらがいるから、死と隣合わせな気がするよ。


 そんな虚弱な人類種が地上を制圧して万物の霊長になれたのは奇跡的ではあるものの、協調性とか社会性っていう特徴があったからじゃないかな。


「フォフマイヤーは今、どの辺りにいるんだ?」


 トリシアに聞かれて大マップ画面を開いて確認する。


「今、ラムノークに入って少し来たあたりだね。

 あと二週間は掛からないんじゃないかな」

「ここの件が終わったら次はどこに行くのじゃ?」

「うーん、まだ考えてないな。

 行ってない国に行くってのも手なんだけど……」

「バルネットは……どうする……んだ?」


 ハリスの言葉に俺は眉間にシワを寄せる。


「今のところ魔族に動きがないんだよな。

 何もしてないのに攻めていくってのはあんまり好きじゃないんだよなー」

「だが、歴史的にも魔族は何かを企んでいるものだぞ?」


 トリシアが魔族連にチラリと視線を向けたの気付く。


 最近は仲間として和気あいあいと付き合っていると思ったんだけどな。

 でも、やはり長い間人類の敵だと思われていた魔族と折り合いを付けるのは難しいのだろうねぇ。


「コラクス、その辺りはどう思う?」


 俺は魔族というだけで彼らを差別するつもりはない。

 だが、トリシアがそう思うのも仕方ない。


 彼らに忖度しても仕方ないので直接聞いてしまおう。

 一応、仲間たちが聞くより、主とされている俺が聞く方が角が立たないと思うからね。


「もう、我々はバルネットに帰っておりませんので判りかねますが……

 あえて申し上げますと、魔族の計画は既に破綻しております」

「アルコーンがおりませんしね」

「左様、彼の参謀殿の次の計画が送られて来ないのですから、我らの同胞も動きようがないと愚考せざるを得ません」


 ふむ。

 命令される事がなければ、動きようがないというのもワカランでもない。

 どうも命令者がいないと積極的に行動できない種族っぽいしなぁ……

 自主性がないというか。


 アルコーンがそういった面を担っていて、様々な辛辣で凶悪な計画を立案していたってのに俺が転生してきて直ぐに倒しちゃったからなぁ……

 それ以来計画の更新もない為、ティエルローゼ大陸各地で連携がなされていないチグハグな計画がいくつか動いていたって感じ。


 その後は今のところどこに行っても魔族の影は見当たらない。

 このまま何も起きなければ放置でもいい気がするけど……


「ただ、ディアブロ、アスタロト、バルバトス、アスモデウスあたりを放置しておくと何を仕出かすか解りません」


 アモンが肩を竦めつつ挙げた名を聞いて身震いしそうになる。


 ディアブロはともかく、他の名前は名だたる有名悪魔の名前でしたので。

 ディアブロも聞いたことあるような別名があるんじゃないだろうか。

 ディアブロってのは「暴君」とか「悪魔」って意味だったはずだから、真の名前みたいなのがありそうだよね。


 できれば放置しておきたいが、シンノスケのインベントリ・バッグはこの世界の為にも回収しておきたいんだよね。


「アスモデウスとやらはもう悪さは出来ないと思いますが」


 シグムントの言葉に仲間たちが振り返る。


「そうなの?」


 魔族連に確認する。


「うーん。

 あいつは現在、両腕がありませんが……両足がかなり器用に動くようになっておりますので」

「マジか!」


 シグムントが唸る。


「五〇〇〇年近く前に貴方に切り落とされたそうですね」

「その通りだ。

 こちらもかなりの手傷を負わされたものだが、ヤツを撤退させる事に成功した」


 アモンに問われ、シグムントは懐かしそうな表情を作り目を閉じて顎を上げる。


 そういや闘技場でアースラがシグムントを紹介するアナウンスで言ってたな。

 アスモデウスから国を守ったとかなんとか。


「今、あいつは結構強いですよ。

 足技であいつに勝てる者は少ないでしょう」

「むう……足技か。

 打撃特化という事か」

「そういう事です」


 両手がない状態での足技か。

 威力出るのかな?

 色魔とか言われる悪魔だけど、足技の打撃特化とか何だかニヒルでストイックっぽく聞こえるね……


「あの~。スミマセン」


 唐突に声を掛けられ振り向く。

 見れば、メガネ姿の優男が立っていた。


「どちら様?」

「私は旅の者で東の方からやって来たんですが……

 この国は今、どういう状態なんでしょう?」

「え?」


 聞き返すと優男は困ったような顔のまま話を続けた。


「実は、東の要塞って言うんでしょうか。

 そこで軍の方に荷物を全て奪われてしまいまして。

 抗議のために元老院会館に出向いたのですが、半壊状態でどうしたものかと……」


 聞けば、元老院には人っ子一人おらず、どこに行けば苦情が言えるのか解らない状態だという。

 国家元首のゴットハルト・ケンゼンの身内が商会をやっていると気付いてここに来たらしい。

 政府の高官とかを紹介してもらってクレームを入れたいって事なんだとか。


「もう、ラムノークって国は滅亡しちゃったんだよね」

「は?」

「いやね。神の怒りを買ってこの状態」


 苦笑しつつ周囲を示すと、優男はポカーンとした顔で固まっている。


「政府の高官に苦情を入れようとするあたり……

 貴方は結構な身分の人?」


 俺が逆に質問すると、優男はハッとしか表情になる。


「失礼を。

 私はワタル・トラリウスと申します」

「トラリウス……?」


 俺が怪訝な顔をすると、優男は頭を掻きつつヘラヘラと笑った。


「君……トラリアの王族の人?」

「やはりバレましたか」


 ペコリと頭を下げるワタルは、全く王族っぽく見えない。


「それは失礼を。

 俺はケント・クサナギ・デ・トリエン。

 オーファンラントで辺境伯という貴族位に就いている」

「オーファンラント王国ですか。

 いい国でした。

 リカルド国王陛下でしたっけ。

 彼の国王陛下の治世は見事なものです」


 ワタルはお世辞で言っているのではなく本心で言っているっぽい感じでリカルド国王の事を褒めている。


「それで、オーファンラントの辺境伯さまが、なぜこの国に?」


 他国の者ではあるが、王族に質問をされているので、俺も丁寧に答えてやる。

 現在、オーファンラントが肩入れしているアゼルバードにラムノークが戦争を吹っかけた事、アゼルバードは神々が気にかけている為、この国は神の怒りを買って滅んだ事などを教えてやった。


「あちゃー」


 ワタルは額に手を当てて空を仰ぎ見る。


「では、私の荷物の補償はされそうにないですね……」

「東の要塞って言ったっけ?」

「はい……」


 俺は大マップ画面で調べてみる。

 結構大きい要塞と壁が南北にデーンと鎮座している。

 そこには五〇個ほどの赤い光点が確認できた。


 まだ、悪さしている奴らがいるんだな……


「ふむ。では、俺たちが取り返してくるか」

「え? よろしいので?」

「ああ、ラムノークという国は無くなったけど、ここを占領管理するのは名目上アゼルバードになるんだよね。

 そこに協力してるウチとしては、一応責任を果たさなきゃね」

「ありがとうございます!

 荷物を取り返して頂ければ旅を続けられます!」


 一応、ワタルの光点をクリックしてみると……


『ワタル・トラリウス・トラリア

 斥候スカウト、レベル二一

 脅威度:なし

 トラリア王国第一王子。

 自由奔放な性格で国を飛び出して世界を旅して回っている。

 馬鹿王子を演じているという者もいるが、実際のところは不明』


 うへ。

 裏に何かありそうなフレーバー・テキストだな。

 それにしても第一王子かよ。

 王座を継ぐ立場にいるヤツが世界を放浪してんのか。


 それにしても……

 職業クラスが凄い怪しい!

 スパイかもしれん。


 ちょっと色々聞いてみるしかないね。

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