第30章 ── 第51話

 次の日、昨日逃してやった兵士を大マップ画面で検索して居所を確認。

 彼らはアポリスの西の大門前の広場に集まっているようだ。


 その辺りを拡大してみると、大門前広場付近に彼らが言っていたように三〇〇人分くらいの光点が確認できた。

 どうやらここの広場を中心にして活動しているらしい。


 この門を通ろうとするものを獲物としているんだろうけど国内全体が混乱状態にあるので、首都にやって来る奴らも難民ばかりになっている。

 そんな奴らを襲っても大した物資も持ってないはずだ。

 だから昨日みたいな分隊を首都内に派遣して物資を集めて食いつなぐという正規の軍隊ではありえない活動をしているワケだな。


 まあ、ぶっちゃけどんな理由をつけようと、こいつらはただの追い剥ぎ、野盗の類って事だよ。

 何の生産性もない軍人が、その軍隊を組織するために納税していた市民を襲っている段階で恩知らずの恥知らず。

 本来なら全員ぶち殺しても良いレベルの不埒者たちだよ。


 民主主義の軍隊のはずなんだけどなぁ……

 昨日相手した彼らのメンタルだと、そういう感覚はないみたいだったね。

 守ってやってるとか思ってそうだからな。

 有権者を何だと思っているのやら。



 さて、仲間たちやケンゼン商会の人たち、近所の奴らに朝食を振る舞ってから西の大門へと向かった。

 歩いて行っても一時間掛からないくらいか。

 道中、襲ってくるヤツもいたけど全部ワンパンで返り討ちにしてやった。


 やはりソロで歩くと抑止力が効かないねぇ。

 威圧スキルをレベル六で発動すると使用できる効果「威圧感」を振りまいて歩いた方がいいかもしれない。

 しかし、初見でそんな威圧感を発していたら、まとまる話もまとまらなくなってしまうからな……

 ハリスにステルス・スキルを教えてもらうのが一番かもしれない。


 色々面倒になって途中から屋根の上に登って進む事にした。

 流石に屋根の上には暴徒はいなかったので、すんなりと西の大門前広場までやって来れた。


 屋根の上から様子を窺うと、兵士たちが総出で広場に繋がる通りに木箱や樽、机などを積み上げてバリケードを築いていた。

 外敵から守れるように防御陣地化しているのだろうか。

 それとも俺対策?


 屋根の上から来てるのに……

 バリケードじゃ役に立たないよな……

 ちょっと状況的に面白かったけど、笑っちゃ可哀想だね。


 俺は見られないように屋根の上からまだ塞がれていない路地に静かに降り立った。

 そのまま広場へと普通に歩いて入った。


「おい! 何をモタモタしている!

 そこにある木箱をこっちへ積み上げろ!」


 しれっと歩いてたら、少し偉そうな大男に指を差されて命令されてしまった。


 首を傾げつつ「俺っすか?」って感じで自分に指を差したら「お前以外に誰がいるんだ!」と怒られた。

 俺はなんとなく指示通りに木箱を全部担いで指示された場所に持っていって積み上げてやった。


 指示を出した大男は、それを見て顎が外れるほどに驚いている。

 片方の肩に大きい木箱を四つ。

 両肩で計八つをひょいと持ち上げて来たんだから驚いて当然だろう。

 バランスの問題もあるから、ちゃんと念力テレキネシスで補助してるよ。


「お、おま……な……」

「ん? 指示通りに動かしたが?

 何か文句があるのか?」


 俺は怪訝そうな表情で下から睨めつけるように見上げてやった。


「ま、まさか……おま……」

「あ? モノはハッキリ言えよ」

「た、隊長!!

 あ、怪しいヤツが!!!!」



 突然俺から逃げるように走り出した大男が大声で叫びだした。


 その慌てたような動きと大声に周囲の兵士たちも俺の存在に気付いた。


 一斉に五〇人ほどの兵士たちに囲まれた。

 突然のことだったから鎧を着ている兵士は殆どいない。

 一応武装はしているものの、剣や短剣、棍棒など様々で、槍やハルバートなどの長物武器を持っているモノは少ない。


 周囲を見回すと、昨日生かして返してやったヤツが人混みの向こうの方にいるのが見えた。


「お、いたいた。おーい、君ぃ」


 俺は手を振りつつ、昨日の兵士に向かって歩いて行く。

 囲んでいる兵士に俺の行く手を阻むほどの胆力はなかった。

 俺が歩を進める度に、目の前にいる兵士が横に飛び退って道を開ける。


 敵地の真ん中に平気な顔でやって来て、怯えもせず構えもせず、緊張感の無い様子でいる俺は、彼らにとって途轍もなく不気味な存在として目に写った事だろう。


 まあ、実際ここの兵士で俺をどうにか出来る存在はいない。

 一番レベルが高いヤツでレベル一八だからなぁ……


「お、お早いお越しで……」


 緊張した様子の昨日の兵士。


「ああ、約束通り来たけど……指揮官は?」

「は、はい。あの門前宿におります。

 昨日、言われた通りに報告してあります」


 昨日の兵士は、一つの建物を素直に指差した。


「ありがとう」

「いえ、どういたしまして」


 俺は兵士にお礼言って、その建物を広場の真ん中から見上げた。

 同時に大マップ画面を三次元表示して中の光点を探る。


 中には一〇人程度の光点がある。

 その内の一つはさっき走って逃げていった大男のモノだった。

 そいつを表す光点の横にある光点をクリックしてみた。


『ダルトン・スペンサー

 職業:騎士ナイト、レベル二二

 脅威度:なし

 ラムノーク第三連隊を率いる隊長。

 右翼を担当する将の一人だったが、アゼルバードにて破れ、兵たちを率いてラムノークへと逃げ帰った』


 ふむ。二階のあいつか。


 マップに表示される光点と照らし合わせて建物の窓からこちらを見ている髭面の男が確認できた。


 俺は髭男に人差し指を突き付けて、小さい声で「バーン」と銃を撃つような仕草をした。

 髭男は俺に指を差された瞬間に顔を引っ込めた。



 建物に入ると大男を引き連れた髭面男が正面にある階段から降りてくるのが見える。


 ほう。逃げ出すかと思ってたが中々肝は座っているようだな。


「貴殿がオーファンラント王国の貴族とやらか?」

「ああ、ケント・クサナギという」

「そのクサナギ殿とやらが何用か?」

「ああ、あんたはスペンサー将軍でいいのかな?」


 スペンサーは顎を突き出すように少し顔を上に向けた。

 肯定の意味かな?


「あんたは部下に街で略奪をさせているようだが、間違いないね?」

「略奪とは随分な言われようだ。

 我々は防衛任務の為、国民から物資の供与を受けているに過ぎない。

 国民の当然の義務だ」


 やれやれ……

 とんでもない主張を始めやがったよ。

 民主主義国家の国軍は、シビリアン・コントロールが基本なんだが。


「いやいや……

 そりゃあ国民を守る軍の指揮官の言い草じゃねぇな。

 供与ってのは相手の同意があってようやく使える言葉だ。

 お前のは強制徴収よりもタチが悪い強奪、略奪ってヤツだよ」

「さすがは東の蛮族の国の貴族だけある。

 我々の崇高なる理念は理解できてないようだ」

「ふざけんな。

 民の税金で食ってる軍隊が偉そうにすんな。

 民主主義の何たるかも判らん蛮人は貴様らだろ」


 ジロリと睨むとスペンサーは身を固くした。


「民主主義国家の軍隊は基本的に有権者の監視の元で運用されるものだ。

 シビリアン・コントロールが機能してない民主主義国家の軍隊など存在しない……

 というか、そもそも現在この地域に国は存在していない。

 国軍、国軍というが、お前たちの所属する国はもうないんだよ」


 俺がそう言い捨てると、スペンサーはどんどん顔が真っ赤になっていく。


「無礼な!

 我がラムノーク民主国を愚弄することは許さんぞ!」

「うるせぇ。

 そのラムノークの国家中枢は俺がぶっ潰したって言ってんだ。

 お前もぶっ潰してやろうか!?」


 威圧を乗せてギロッと睨んだ途端にスペンサーの足から力が抜け、彼はそのまま地べたにペタンと座り込んでしまった。


「さっきから聞いてれば、敗軍の将が偉そうに。

 俺はあの戦場での戦いを見ていたが、神々の使徒に手も足も出なかったのはどこの国の軍隊だったか」


 スペンサーはそれを聞いて目を見開いてこちらを見た。


 アゼルバード侵攻が神々の怒りを買った事をラムノーク民も知っている。

 しかし、ラムノーク軍が対峙した者たちが「神々の使徒」だと知っているのは、その戦闘を目の当たりにした者だけなのである。

 彼はその事実に気付いたようだ。


「で、では……貴方は……」

「ああ、俺は神々の使者として行動している。

 俺の言葉は神々の言葉と知れ」


 スペンサーは観念したように項垂れた。


「既に市民への神罰は終了している。

 これ以上、市民に試練を与える事を神々は良しとしないと知れ」


 スペンサーは力の入らない足腰を何とか動かして、俺の前に跪いた。


「はっ!

 神の使者さまのお言葉のままに」


 スペンサーの後ろにいた大男も素直に跪いた。


「言っておくけど、ラムノーク民主国はマジでもうないから。

 国軍とか名乗っても何の意味はないよ」

「では元老院は……」

「そんなものはないよ。

 もう知ってるはずでしょ?」

「確かに……元老院会館に偵察を出しましたが、瓦礫の山だったと報告が」

「その通り。

 元老院議員の殆どは自身の保身に走った者が大半でな。

 混乱した市民たちの財産やら物資やらを私兵か何かに略奪させていたから、俺自ら誅したよ。

 君らも排除しようと思ってたけど、神々の意志に従うならその限りじゃない」


 俺は、スペンサー率いるこの勢力を有効活用する事にした。


 まず、彼ら勢力は市民を守る為に行動している衛兵隊たちとやり合っていると聞いているので、その衛兵隊と和解させるとしよう。

 同じ国に所属していた者同士で争っている余裕は、ラムノークにないからな。

 そんで、スペンサーの軍と衛兵隊を神殿勢力の元に結集する。

 この武力で首都の治安を維持するワケだ。


 これで神殿を中心とした一つの集団としてまとまりが出てくるだろう。

 この組織の元で市民たちを保護するのだ。


 アゼルバードの占領軍としてゴーレム部隊が到着すれば、後はフォフマイヤーの指揮の元にアゼルバードとの融和政策を実行させる。

 首都機能が安定するのに三ヶ月、ラムノーク地方全体が安定するのに一年から二年というところだろうか。


 最初の半年ほどフォフマイヤーが頑張れば、後は神殿勢力に運営を任せても問題なくなると思う。

 必要となる物資の流通はケンゼン商会がやってくれる契約なので問題ない。


 もちろん、ケンゼン商会の物資の仕入先はトリエンだ。

 トリエンとアポリスを俺の転移門ゲートで常時繋げておけば、俺の手も掛からないしね。

 トリエンも余り気味の食料がお金に化けるし、ケンゼン商会も安く仕入れられるからウィン・ウィンの関係と言える。


 トリエン、ひいては俺の懐も潤うって算段なんだけどね。

 大した儲けじゃないけど、こういう事もしておくと色々な方面に恩が売れていいよね。


 我ながら相当腹黒な気がしてならないが、現状これが最善手なんだと思いたい。

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