第30章 ── 第50話

 案の定いうべきか、カレー大会は大繁盛となった。

 初めは俺の仲間たち、使徒、ケンゼン商会の関係者だけで行われていた。

 しかし、カレーの香りが暴力的なのは誰でも知っているだろう?

 あの匂いに釣られない者はまずいない。


 匂いにつられて、ケンゼン商会の近隣にいた人間が全員集まってきてしまったのである。

 総勢、一三二人。


 あれだけ炊いてあったご飯が一瞬で無くなったわ。

 仕方ないので更にご飯を炊き、カレーの増産に当たらねばならなくなった。

 俺の予感以上の結果に驚きを隠せなかったよ。

 カレーの魔力恐るべし!



 さて、そんなカレー大会の翌日から俺や仲間たちはケンゼン商会を拠点として首都アポリスでの活動をする事になった。

 ケンゼン商会の社屋内の部屋を幾つか借り受けて、そこで寝泊まりするわけ。

 ケンゼン商会がアポリスのほぼ真ん中に位置しているのが理由だ。

 元老院議会場や神殿群は首都アポリスの政治の中心ではあるが、地図上で見ると少々北寄りなのだ。

 物流や経済の中心は港であるため、このような配置になったのではないかと思う。

 結果配置上、ケンゼン商会の方が都市の真ん中に近いのだ。


 俺たちの活動は派遣したゴーレム部隊の到着までの治安維持や物流を維持する事だ。

 ラムノークの行政部門を完全に崩壊させた為、港を使った物流が完全に止まってしまった現在、物資を輸送してくるはずの他国の船がアポリスには寄り付かない状態である。

 崩壊初期の段階でバカな暴徒が荷物を運んできた商船を襲ったのが問題を深刻化させてしまったというのもある。

 手信号や発光信号を使って商船間で情報のやり取りが行われたようで、瞬く間に商船が一切入港してこなくなってしまったという。


 アポリスの港付近の北側航路は、例の自由貿易都市所属の海賊たちによるプロテクション・ラケットを契約している商船の横行が多い海域なので、こういった危険な場所などを教えてくれる情報サービスなんかも組織されているらしい。

 ケンゼン商会の職員からそんな情報を聞いてマジで驚いた。

 あいつら手広くやってるなって感想が思わず口から出たね。


 んで、今日からケンゼン商会が神殿との取引を早々に始めるという事で、俺が護衛って事で付き合うことに。

 他の仲間たちは昨日と同様に治安維持活動だよ。


 荷車の上に陣取って大通りを北に進む。


 このペースなら一〇分も掛からずにアースラ大神殿に到着するだろうと思ったのだが……


「止まれぇ!!」


 俺らの前にバラバラと数人の鎧姿で槍を持った兵士が飛び出してきた。


 御者の隣に座っていたケンゼン女史がビクッと身体を震わせた。

 兵士たちは一列に並んで、俺たちの進路を塞ぎながら槍を突き出してきた。


「我々はラムノーク第三連隊の者である!

 防衛活動を遂行するために物資の供与を命令する!」


 国民を守る為のラムノーク軍は追い剥ぎになってんのか。

 情けないなぁ……

 まあ、物資ぶっ潰したのって俺だし、俺の所為か……

 それでも言い分が納得できねぇな。


「お待ち下さい」


 震えながらもケンゼン女史は御者台の上で立ち上がった。


「私は、ケンゼン商会の会頭ヤスミーネ・ケンゼンです。

 今運んでいる荷物は、困窮する市民の為の物で、アースラ大神殿に運んでいる最中です。

 貴方たちは市民を守るべき兵士でしょう?

 なぜ、それを奪おうとするのですか!?」


 兵士たちが顔を見合わせている。

 が、その中の一人、リーダーというか指揮を取っているらしい一人の兵士がジロリとケンゼン女史を睨みながら口を開く。


「現在、我々は国民をこの混沌から防衛するために行動中である。

 我々とてこんな事はしたくないが、物資不足で部隊維持がままならない。

 こうなっては国民から強制徴用せねばならんのだ」

「それは略奪って言うのです!

 国軍を名乗るのであれば恥を知りなさい!」


 震えていてもケンゼン女史ですな。

 中々言いますね。


 だが、兵士はさらに目付きが悪くなった。


「その国を守るべき軍を他国へ送り神々の軍と戦わせ、我らを危機に陥れたのは貴様の親父であろうが!

 何を偉そうに宣っておるか!!」


 兵士は憎々しげに言い捨てると槍先をケンゼン女史に突き出してきた。


「はい、そこまで~」


 俺はヒョイと木箱の上から飛んで荷車を引く馬の上に降り立った。


 槍の軌道は勿論、俺の身体を貫くコースですよ。

 だけど、こんな木っ端兵士の槍が俺を貫けるわけがない。


 ガキンッと金属がぶつかり合う音が響き渡る。

 槍を突き出してきた兵士は慌てて槍先を引っ込める。


「貫いていないだと……?」


 どうやら、俺の草臥れたブレスト・プレートが槍を弾いたのが信じられないらしい。

 まあ、いつ壊れても可怪しくないようなボロボロの鎧だから、そう思われても仕方がないけどな。

 それでもアダマンチウム製だし、俺自身がしっかりと手入れをしているので、ただの鉄の槍先程度では貫けるわけがない。


「な、何者だ!?」

「野盗に名乗る名前は持ち合わせてないんだが、国軍を名乗っているようなので教えておくか。

 俺は冒険者だが、オーファンラント王国トリエン地方領主ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯という。

 今は、ケンゼン商会の用心棒をやっている」

「オーファンラントだと……」


 兵士の顔がみるみる青くなる。


「ラムノークの地域を占領するために進軍中のアゼルバードの急先鋒と言ってもいいかもね」


 俺はドヤァと露骨に表情を作った。


「て、敵だ!!」


 再び兵士が槍を突き出してきたが、今度は他の兵士も一緒だった。

 まあ、受けてもかすり傷一つ付かないけど、やられっぱなしってのは俺の信条にもとる。


 素早く十拳剣とつかのつるぎ抜き去り、兵士たちの槍の穂先を切り飛ばした。

 そして、鞘に剣を収める。


 一瞬で終わらせたので、兵士たちには俺の斬撃は見えなかったかもしれない。


 いきなり槍先が消し飛んでバラバラと地面に落ちるんだからビックリした顔をしている。


「な、何が起きた!?」

「今のが見えないようじゃ、俺には勝てないよ。

 つーか……

 お前らアゼルバードで物資やられて良く生きて帰ってこれたなと思ってたんだけど、略奪を繰り返して首都まで帰ってきたんだな?」

「な、なぜ物資がやられた事を……」

「神々の使徒の指揮は俺が執ってたからな」

「は?」

「だから、神々の使徒の指揮官は俺だったって言ってんだ」


 リーダーを気取っている兵士だけが必死にその場に踏ん張っているが、他の兵士たちは動揺というより、パニックになり始めて浮足立ち始めている。


「う、嘘も大概にしろ!

 あの戦場からここまで、我らが帰還するまでに……」

「だ・か・ら!

 俺らがここにいるから、首都までこんな事になってんだろうが。

 神に仕事を頼まれた使者の力をなめんじゃねぇよ」


 俺は東門で使ったのと同じ「衝撃の矢ショック・ボルト」を無詠唱で唱えた。

 帯電する魔力弾が俺の周りに現れる。


「お前ら死んどけや」


 魔力弾が瞬時に八人の兵士に襲いかかる。

 バタバタと糸の切れた操り人形のごとく兵士が地面に崩れ落ちた。


 はい、残り五人です。

 まあ、衝撃の矢ショック・ボルトなんで一人も死んでないんですけどね。


 五人の内四人は慌てるように穂先の無くなった柄を放り投げてバタバタと逃げ去る。

 リーダー気取りだけが残された。


 少々の威圧を乗せた視線を俺が向けている為、彼は金縛りのようになっているので逃げられないでいる。

 お気の毒だけど、見せしめに死んでもらわねばならん。


 俺は馬からヒョイと飛び降りて、未だに穂先のない槍を握りしめているリーダー気取りの前に立つ。


「はい、ご苦労さん」


 一瞬だけ威圧のレベルを一〇まで上げて、すぐにレベル一まで戻す。


 リーダー気取りは白目を剥き、泡を吹いてひっくり返る。

 ゴロリと彼が被っていた兜が脱げて転がった。

 彼の髪の毛は真っ白だった。

 既に彼の心臓は止まっている。


「恐怖で髪の毛が真っ白になるってのを聞いた事があるけど、マジになるのかよ……」


 医学的にはそんな非科学的な事は起こらんと思うんだが、俺のイメージが目の前で展開された可能性は否定できない。


 ほら、恐怖で白髪ってに有りだと俺の中では思うので。

 まあ、そういう現象がティエルローゼで今後増えてしまう可能性があるけど致し方ない。

 表現方法としては有りだと思っちゃったんだから……


 ……

 ……

 ……


 世界のシステムを勝手に変えてごめんなさい……


 誰に謝っているのか判らんけど、何となく脳内で謝罪しちゃったよ。

 この場合、ハイヤーヴェルに謝ってる感じかしら?


 にっこり笑顔で振り返ったら、事の一部始終を目撃したケンゼン商会の方々が顎が外れそうなほどにビックリしていました。


 ん?

 俺、そんな驚かれる事は一切してないんですが?


「どうしましたか?」

「か、神々に認められた方の戦いを目の当たりにしましたので……」


 ケンゼン女史が俺の質問に慌てたように応答する。


「んー、今のはそこまで驚く事はしていませんよ。

 まあ、もっと派手にやればビックリするとは思いますが」


 本気で俺がやると隕石落ちてきますからね。

 それに比べたら、槍の穂先を切り飛ばすのとレベル八の衝撃の矢ショック・ボルトを打ち込んだのくらいのアクションは大したことないし常識の範囲内だよ。


 白髪の死体を「よいしょ」と担いで大通りの端に放り投げる。

 気絶した五人をロープで縛ってから覚醒させる。


「ひい!」


 俺の姿を見た途端、悲鳴を上げる兵士たち。


 失礼な。


「おい、お前たち!」

「は、はいいぃ!!」

「帰還したラムノーク軍は、全部こんな状態なのか?」

「……」


 何を質問されているのか理解できないようで、全員が鳩が豆鉄砲を食らったような顔だ。


「どうなんだ!?」


 ちょいと威圧したら慌てたように全員が口を開いた。


「ちょ、一人ずつだ一人ずつ!

 全員で喋ったら聖徳太子じゃないんだから何言ってるか解んねぇよ」

「え? しょう……たい……?」

「あ、それは忘れろ」


 俺が知らない人名を上げたのが良かったのか、兵士たちは少し落ち着いたようだ。

 まあ、起きたら縛られてて突然尋問されたんで慌てたって事なんだろうね。

 人は、得てして一瞬でパニックに陥ったりするからな。


「おい、お前」

「はい!」


 既に従順なっているようで、返事を素直にしているようだ。


「帰還できたラムノーク軍の規模は?」

「三〇〇ほどだと思います!!」


 結構な数が帰り着いたんだな。


「部隊の物資は?」

「私が聞いた情報では、このままでは食料が一週間も持たないと……

 なので連隊長から調達に出るように我々は命令されたのです」


 ふむ……

 やはり道中は略奪行だったって事か。

 まあ、物流が止まってるから、どこでも食糧不足なんだろうけどな。


「状況は解った。

 お前らはそのまま帰って良い

 そして指揮を執っている一番偉いヤツに報告しろ。

 明日、俺がに会いに行くとな」


 兵士たちは怯えたように顔を見合わせている。


「返事は!!」

「はっ! 命令拝領致しました!!」

「よし!」


 俺は満足げに頷いてからロープを解いてやる。

 兵士たちは敬礼をすると逃げるように走り去った。


 その後、俺とケンゼン商会の面々は無事にアースラ大神殿に物資を運び込む事に成功。

 ケンゼン女史はエクノール司教と面談して、今後の物資輸送スケジュールを決めたり、必要な物資のリスト化などの事務手続きを行っていた。


 俺が護衛という事でエクノールは無理難題を突き付けてくるような事もしなかった。

 スムーズに話が進んだのでケンゼン女史もホッとしたみたいだ。


 まあ、彼女の親父が元凶なのはアポリスにいるモノは全員知ってるからね。

 これから彼女が頑張れば頑張るほど、「親の罪を償う彼女の姿」を国民が目にすることが増えるのだ。


 彼女の頑張りに期待しよう。

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