第30章 ── 第49話

 俺は倉庫に下ろした物資の目録をケンゼン女史に渡した。

 彼女は渡された目録を手に鋭い目を走らせる。

 獲物を目にした猟犬のようだと思ったが、女性相手にそんなことを言うと失礼になりそうなので口は閉じておく。


「かなりの分量でございますね。

 この物資の総額は目算ではりますが、金貨で八〇〇〇枚程度になると思います」


 鋭いね。

 クリスが計算したところ六二四〇枚とか言ってたし、輸送費、管理費、販売利益を上乗せしたら、そのくらいにはなりそうだ。


「そのくらいかな。

 かなりの金額だけど、あの物資量では一週間程度しか持たないだろうね」


 ケンゼン女史は棚から一冊の帳簿を取って中を確認すると、また棚に戻した。


「辺境伯様は現在の状況がいつまで続くとお考えでしょうか」

「そうだねぇ……半年、一年は続くとは思うけど……」


 とは言っても破壊されたのは行政機関だけである。

 新しい統治機構が出来上がれば、復興はそれほど難しいとは思わない。

 農民や町人たちの生活が落ち着けば、既存のシステムを利用できるはずである。

 暴徒にどれだけ荒らされてしまったかがかなり影響するだろうけど、そこは調べてみないと解らないからなぁ。


「長く見積もっても二年だろう。

 支援物資が必要な期間と限定するなら二ヶ月くらいじゃないか?」


 ケンゼン女史は思案顔で「概ね、そんなところではないかと私も思います」と言った。


「その間、辺境伯様に物資の輸送と販売を担ってもらえるという事でよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだね」

「申し訳ありませんが、到底それを賄える額の蓄えが、現在我が商会にありません」

「だろうね。これだけ破壊されている状態だし」

「辺境伯様は先程『支援物資を商いして』と仰いましたが、我が商会は利益を上乗せしてもよろしいという事で間違いないですか?」

「ああ、貴女の商会に運用してもらうんだから当然だろう?」


 俺はタダ働きさせるほど鬼畜じゃないよ。


 それでもケンゼン女史の顔は渋いままだ。

 物資の量が膨大すぎて発生する金銭も大きいので当然といえば当然なんだけどね。


「半年程度はなんとか運用できますが、利益が上がり始めるまでに資金が尽きると思われます」

「俺もそうなると思う」


 ケンゼン女史が少し途方に暮れているので解決策を提示してみようか。


「そこで俺からの提案なんだけど……」


 ケンゼン女史の目に輝きが戻ってきた。

 自分の持つモノに俺が興味を持っているモノがあると気付いたようだ。


「辺境伯様、我が商会が持つフェアリーテイルの割当て分を買い取って頂けますでしょうか!?」


 俺はニヤリとしてしまう。


「それは美味しい話だね」

「私どもではこれ以外に出せるものがもうありませんの」

「そうだろうねぇ

 フェアリーテイルの件で、ケンゼン商会は既に相当持ち出していると思うしな」

「お恥ずかしながら」


 だが、そんな美味しいところを俺だけが食い荒らすような真似をするつもりは毛頭ない。

 経済において一人勝ち状態は健全な状態とは呼べない。

 競うものがいてこそ地域経済は発展の努力をするものなのだ。

 一強ではいつか衰退するし、今のラムノークみたいに何か問題が起こった時に時、全く対処ができなくもなる。


「いや、あの事業を買い取るつもりはないよ」


 ケンゼン女史は悲壮感の漂う目で俺を見つめて来る。


「レンタルしてくれればいい」

「ち、賃貸ですか……?」

「フェアリーテイル事業は確実に金になる案件だ。

 そんな利権を手放してしまってはケンゼン商会が立ち行かなくなるだろ。

 俺はそんな事は望んでない」


 俺が手に入れても運営するのが面倒だしな。

 クリスに丸投げしてもいいんだが、彼は既にオーバーワーク気味である。

 新しく組織を作るにしても、それを託せるほど信用が置ける新たな人材は頭に浮かばない。


 ならば俺を通して別の組織にレンタルしてしまえばいいじゃないか。

 俺は紹介料と運用手数料を頂くって寸法だ。


 他の都市に本店がある商会になるが、信用の置ける組織にはいくつか知己を持ってる。

 エマードソン商会が筆頭に上がるのは言うまでもないよね。

 フェアリーテイルは嗜好品だし、あの商会に運用を任せれば、こちらの利益もしっかりと盛り込んでくれるだろう。

 ここんところ、関係がギクシャクしていたのもあるし、これを手土産にハッセルフ侯爵の機嫌を取るってのも悪くないと思う。


「期間は二年。

 レンタル料は、二年分の物資提供でどうだ?」

「今の状況では二年で必要になる物資の試算もできませんので、半年ごとに契約を見直すという条件を頂ければ……」

「構わないよ。

 当然の判断だろうね。

 さすがは大商会の会頭だね」

「お褒め頂き光栄に存じます」

「まあ、そちらに損をさせるつもりはないし、必要な物資が減ったら金銭で補填させてもらうつもりだよ」


 ケンゼン女史が嬉しそうに笑ったので、おおよそ合意に到達したと思って良さそうだ。


「んじゃ、まずはここ半年分の契約を詰めていこうか」

「はい」


 そこから、金銭的な条件、支援に必要になる物資の分類など様々な項目で話し合った。

 そして気付いたら既に夕方になっていた。


「うお。気付いたらもう午後じゃん」

「有意義な商談を頂き私どもも大変うれしく思います」


 良い商談をすると時間が早く流れるって意味ですか?

 まあ、今回は建設的な話し合いですからね。

 とは言っても昼飯抜きでやるのはどうなんだろうか。

 まあ、物資不足の今なら仕方ないのかもしれないけど。


 それにしても、やはり破壊よりも流通やら生産をする方が俺の性に合っている感じですかね。

 創造神の後継なんだし当然と言えば当然か。


 だが俺の中には破壊神カリスの因子も内在しているので、破壊も得意ではあるんだと思います。

 今回の行政機関やら何やらの破壊も一気に終わらせられたしね。


「んじゃ、商談成立のお祝いに飯でも一緒にどうかな?」


 ケンゼン女史は嬉しげに笑ったが、直ぐに少し困った顔になった。


「ご一緒にお食事を致したいとは思うのですが……

 あいにく、アポリスはこんな状況でございますので、辺境伯様に相応しい店も営業しておりませんし……当家で作ろうにも食材も手に入りません」


 心底残念そうなケンゼン女史に俺は満面の笑みで応えた。


「いや、飯は俺が作るし、食材も俺持ちだ」

「え? 辺境伯様が……お料理を……?」


 ケンゼン女史は俺が何を言っているのか理解できない感じです。


「元々俺は冒険者だったからね。

 自炊はお手の物だよ」

「そ、そうなのですか……?」


 俺が冒険者上がりだと聞いてケンゼン女史が鳩が豆鉄砲を食らったような表情になったので俺は笑ってしまった。


 ラムノークには冒険者ギルドはないようなので、冒険者といえば乱暴な流れ者とかならず者という印象になるんだろう。

 それでも昨日の夜に見た馬車を護衛していたような冒険者もいる。

 全部が全部腐った奴らじゃないって事だ。


 やはりギルド憲章のような確固たる信念に裏打ちされたルールを基礎とした組織が冒険者には必要なんだよな。

 力には責任が伴うということをキッチリと叩き込むような組織がね。


 これはオーファンラントのギルド本部に要請してアゼルバード、ラムノークにギルド支部を作ってもらうのがいいかもしれない。

 ルクセイドで出来たんだし、ここで出来ないこともないだろう。

 脳内のやることリストに追加しておくとしよう。


「まあ、任せておいてよ。

 一応、ケンゼンさんの関係者たちは全部で何人になるの?」

「え、あの、そうですね。

 今は……手伝いも含めると……三五~三六人ほどでしょうか……」


 ふむ。

 そこにウチの仲間、使徒たちも入れると……

 キリの良い数字で五〇人分にしとくか。

 どうせお代わりも続出すると思うし、それを踏まえた分量を作るとしよう。


「では、ちょっと早いけど、早速取り掛かるとしようかな」

「はぁ……よ、よろしくお願い致します」


 ケンゼン女史は俺の貴族らしからぬ申し出にどう受け答えしていいか解らない様子だ。

 まあ、いい経験になるでしょう。

 俺みたいな貴族が他にいないとも限りませんからな。


 さてと、今回のメニューですが……

 大人数で食べるなら……やはりカレーでしょうかね?

 ティエルローゼに来てからの得意料理だし良いかもしれないね。

 ウチのみんなもカレー大好きだし。


 インベントリ・バッグの中を確認する。

 よし、肉も魚も野菜も香辛料も十分ある。

 トッピングも色々できそうだねぇ。


 とんかつ、唐揚げ、エビフライ、ハンバーグに……

 ほうれん草にフライド・オニオンなんかの野菜もいいか。


 まあ、何を乗せても美味しいのがカレーですしな。

 考えられるモノを色々と作っておくか。

 残っても別の日に食えるし。


 俺は簡易かまどを店の外の大通りに幾つも設置して大量にご飯を炊き始める。

 一〇合炊ける釜を五つ並べて炊いたんだけど、これを四回も繰り返したとだけ言っておく。

 とんでもない量なのは間違いない。


 次にカレーだが。これも大型の寸胴で九杯分。

 甘口のチキン・カレー、中辛のポーク・カレー、大辛のビーフ・カレーの三種類を用意。


 最後にはトッピングを数え切れないほど用意。


 気付いた頃には陽が落ちて暗くなり始めていましたよ。


 それにしても五〇人分を遥かに越えた分量を無意識に作っている段階で、確実に予想以上の人間が集まるに違いない。

 以前にもそんな事があったしな。


 カレーと揚げ物の匂いにやられない人間はいないからな……


 俺はパーティ・チャットで仲間たちに声を掛けた。


「今日はカレー・パーティだ。

 ケンゼン商会に全員集合」


 途端に仲間たちの声が続々と届いた。


「承知」

「私は既にいる」

「今直ぐ行くのですよ!!」

「待つのじゃ! まだパーティを始めてはならん!

 我が到着するまで待ってたもれ!!」

「ケントのカレーは逃せないわね。

 ケンゼン商会ってどこ!?」


 ああ、場所が解らないメンバーもいるか。


 俺は大マップ画面を呼び出してピンを立ててから、各メンバーのHPバーへとドラッグしてドロップする。

 パーティ組んでると離れていてもマップ情報を送れるのが便利なんだよねぇ。

 ドーンヴァースの時より便利かも。


「すぐに参ります」

「我が主のカレーは久しぶりですな」

「フラ、少しは遠慮しなさい。無礼ですよ」


 魔族連も相変わらずですなぁ。


「え? 私たちもいいの?」

「マジか」

「ご相伴に預かります!」

「ええい! どけ! 俺が一番乗りだ!」


 使徒どもの声もしっかり届きました。

 それはそうと喧嘩するなよ、シグムント。


 全員元気が良いようで何よりです。

 仲間たちには色々と冒険者以外の仕事をさせたので、お詫びの気持ちも込めて美味しい食事でもてなしましょう。


 もちろん飯でごまかすような事はしません。

 謝礼にしろ謝罪にしろ後々ちゃんと直接するつもりですからね?

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