第30章 ── 第48話

 掃討作業は翌日の朝まで掛かったが粗方終了。

 全ての赤い光点をぶっ殺したんではなく、ある程度大きな武装集団は残した。


 こういう武力を全て無くしてしまっては、魔物から国を守る力が完全になくなってしまうので、ある程度は残す必要が出てくる。


 もちろん、こちらの意向に従う程度の理性を残している集団が望ましい。

 今のところ、それを感じられるのは衛兵団を主体とした集団と元国軍を主体とした集団の二つだ。


 これ以外の赤い光点を全て潰したワケだね。


 さて、次だ。

 トリエンで仕入れてきた物資の始末に入ろう。


 本来なら神殿に直接卸すのがいいんだが、俺はいつまでもこの国にかかずらう気はない。

 ならば責任を負わせる人物を選定するのが得策だ。


 俺はハリスを呼んである店舗に案内してもらった。


 店の正面は無惨に破壊されているし中の惨状も凄まじい。

 しかし、この二階建ての店舗はガッシリしていて安普請とは到底思えない立派な感じだ。


 ちなみに屋根上にトリシアがライフルを構えて陣取っている。

 俺と目が合うと、軽く手を上げて合図してきたので、コクリと頷いて挨拶を返した。


 店内ではメイド服姿の女性が何人も立ち働いているようで、壊されたり汚されたりした所を片付けていた。

 見れば俺が拾ってきた女の子たちもメイド女性に指示されて立ち働いているようだ。


 いくらか男手もある。

 店舗の立派さとはかけ離れているもののメイド女性たちに従っているのは明らかで、主に重いものを担当しているといっていい。

 男の全部が全部、弱き者を牙にかける獣に変貌していたワケではないようで安心しましたよ。


 などと考えていると、二階の窓が勢いよく開いた。


「クサナギ様!!」


 その声に見上げると、目的の人物が感極まったような顔でこちらを見ていた。

 だがその顔を直ぐに中に引っ込んでしまい、それと同時に慌てたように走る音を俺の聞き耳スキルが拾ってくる。


 そんなに慌てなくてもいいのにな。


 俺は苦笑しながら、彼女を待った。

 店の奥の方から急いで走ってくるケンゼン女史が確認できたので、俺は声をかけた。


「やあ、久しぶりですね、ケンゼンさん」

「クサナギ様! 私どもの窮状にご支援頂きましてありがとうございます!!」

「ああ、ハリスから報告を受けてます。

 大変でしたね。

 それと女の子の保護も助かりました」


 俺がそう言うも、ケンゼン女史は俺の前で跪いてしまう。


「いえ、市民を助けることは私たちのような持つものの義務でございます。

 ただ、私どもでは襲ってくる暴徒には力及ばず、対応できる力がありませんでした。

 辺境伯さまを迎えるに相応しくない状況で申し訳ありません」

「いや、仕方ないでしょ」


 俺はケンゼン女史の手を取って立ち上がらせる。


「さて……今、この国が置かれている現状、そしてこれからの事を話してから、貴女に仕事を頼みたいと思うんだ」

「仕事……ですか?」


 ケンゼン女史が少し困ったような表情を作る。


 現在の状況は、ケンゼン女史の商会がどうこうできるような状態とは言えない。

 国家中枢が軒並み破壊されているんだし当然だ。

 取り扱うのは難しいと判断するのは致し方ない。


「このような道の真ん中でお話することでもないでしょう。

 辺境伯様、ささ中へどうぞ」


 俺はケンゼン女史に案内され、先程ケンゼン女史が顔を覗かせていたであろう部屋へと通された。


 部屋の中は比較的綺麗にされていて、破壊を免れたであろう椅子や机、ソファなどが揃えられていた。

 少々汚れているが、かなり高級な家具だったようで建物同様に作りはしっかりしている。


 ケンゼン女史に勧められてソファに座るとメイドの一人が形の良いカップやポットを持ってきてお茶を入れてくれた。


 こんな状況でも、お茶を用意してくるあたりが育ちの良さを感じますなぁ。


「では今、ラムノークが置かれた現状だが……」


 俺はラムノークが何をやらかしたのかを説明した。


 ケンゼン女史の顔色が青くなり、白くなり、そしてどす黒く変貌していく。


「とまあ、我が国が支援しているアゼルバードに攻め込んで、逆に完膚なきまでに叩きのめされた。

 ここまでは良いかな?」


 ケンゼン女史は言葉もなくコクコクと頷いた。

 彼女は国の指導者のバカな施策に普通の女性なら泣き出してもいいほどの衝撃を受けているようだ。


「私の父の愚かさを知り汗顔の至りです……」


 必死に感情のうねりを抑え込んで冷静さを保とうとするケンゼン女史に同情を禁じえない。


「ウチの国が力を入れている国だし、君も薄々知ってるかもしれないが神々が国の復興に力を貸している稀な状況があった。

 だから俺の私兵を投入したんだけど、神々の手で終わらされてしまった」

「はい……神罰が国中に降り注ぎました……」


 その光景を目の当たりにしたんだろう。

 彼女はブルリと身体を震わせた。


「申し訳ないが、その神罰には俺も関わっている」


 ケンゼン女史は「え?」と小さく言って首を傾げた。


「神から要請されたんでね。

 恨んでもらって構わないが、君のお父上は俺が捕縛して神に引き渡した」


 彼女の父親の処遇については実は俺の采配なんだが、それを教える必要はないだろう。

 彼女がどんなにゴットハルトを愛していようと神への反逆を企てた罪人なのには変わりがない。


 神がいなくても宣戦布告すらせずに他国に押し入っているだけで俺を敵にまわしているしな。

 神の威光を知らしめる事も大事ではあるが、その辺りはしっかりと落とし前をつけて頂かなきゃならんからね。


「致し方ありません。

 父には色々と意見しておりましたが、このような愚か者だとは知りませんでした。

 当然の報いとして諦めが付きます。

 神々の真意を私ごときにお伝え頂き、真にありがたく存じます」


 悲しいはずなのに気丈に振る舞っているようですな。

 まあ、自分が置かれている現状を考えれば悲しんでいる暇もないんだろうけど。


「で、これからの事になるけど、俺がアゼルバードに派遣した二〇〇〇ほどの軍隊がこの国にやってくる。

 この都市には一ヶ月もしない内に到着するんじゃないかな?」

「アゼルバード軍ではないのですか?」

「あの国が軍隊を組織しても大した数にはならないからね。

 だから、ウチの軍隊を出したんだよ」

「それだけの事をするだけ、あの国には価値があるのですね?」

「ああ、君の父上が看破した通り、あそこの古代遺跡は俺に発掘する権利があるんだよ」


 ケンゼン女史の目に理解の色が浮かぶ。


「理解いたしました。

 確かに辺境伯様が彼の国にお手をお貸しする正当な理由と言えますね。

 それを横取りしようとしたのですから、国の一つが滅んでも仕方がありません」


 発掘される遺物アーティファクトや魔法道具の資産価値は計り知れない。

 今出土している発掘品を金に変えた場合、既にオーファンラントの国家予算数年分の額になっていると思われる。


 アリーゼとドワーフ部隊の報告書が食料などの物資の移動に合わせてアゼルバードに届いているので、ちらっと見ただけでそれがよく解ったよ。

 空に島を浮かせる装置とかあったっぽくてね……

 ガリヴァー旅行記に出てくるバルニバービの首都ラピュータと同様のモノが作れそうなんですけど。


「そう言ってもらえると助かる。

 それで……貴女には俺がアゼルバードに貸している軍が来るまでと来た後のラムノークの物流を管理してもらいたい」

「物流の管理ですか……?」

「ああ、俺の持ってくる支援物資を商いして健全な経済を回す役割を担ってほしいんだ」


 金銭の絡まない物のやり取りには限界がある。

 今まであったラムノークを基盤として貨幣経済の復活を画策していくのがいいだろう。


 国がなくなっても貨幣の金属的な価値が失われないのが楽できて良いねぇ。

 紙幣だとこうはいかないからね。


「ラムノークはアゼルバードに占領されて彼の国の一部になるんだが、あの国ではようやく経済の復興が見えてきた程度なんだ。

 現在のラムノークの方が経済的にはマシな方なんだよ」


 そんな状況で戦争を吹っかけられたんだから、他国やら神の介入がなければ確実に滅んでいたところだ。

 ちょっとチートな戦力だったが仕方ない。


「では、この国……いえ、既にアゼルバードの一地方と言うべきでしょうか。

 ラムノーク地方の経済基盤を元にしてアゼルバードの経済を下支えせよという事なのですね?」

「そういう事だ。

 今はガタついているだろうけど、音頭を取る者が現れれば落ち着くはずだ」

「私どもでよろしいのでしょうか……

 大罪人の娘が運営する商会なのですが……」

「この国で俺の知り合いは君しかいないんだ」


 ケンゼン女史は、俺の言葉に覚悟を決めた顔になった。


「畏まりました。

 私の全身全霊を以て辺境伯様にお仕えいたします」


 ケンゼン女史は椅子から立ち上がると、俺の側まで来て跪く。

 そして深々と頭を下げた。


 ふむ……

 彼女には商人としての力強さを感じるね。

 国の指導者を父親に持っていたのは不幸だったが、商人としては敏腕経営者のはずだしな。

 そうでなければ、フェアリーテイルの増産計画を打ち出して投資するなんてできないだろう。


「うん、ありがとう。

 それではお任せしていいかな。

 一応、アースラ大神殿を中心として神殿勢力が救護所の運営を始めているんだけど把握できてる?」

「まだ現場を拝見しておりませんが、お話はトリシア様より伺っております」

「うん。

 現在一万人ほどの旧ラムノーク民が集まってきているそうだ。

 アゼルバード軍が来るまでの一ヶ月間、この数は増えはすれど減ることはないと思っていい。

 既に幾つかの物資の不足が懸念されている。

 食料は言うに及ばずだ」


 ケンゼン女史は顎に指を当てて思案モードだ。


「我が商会が確保している物資、食料は、一〇〇〇人程度を数日賄うほどしかありません。

 近隣の農村や町が無事であれば早急に仕入れの隊商組みたいところなんですが……」

「ああ、それは問題ない。

 俺の方で本国からの物資は確保して来た。

 何度か運ばなければならないが、順次必要分は届けるよ」


 ケンゼン女史は合点がいった感じで手を打った。


「ああ……

 辺境伯様のあの魔法……」


 俺はニヤリと笑って「魔法門マジック・ゲートだよ」と囁いた。


「アレは俺が作った独自オリジナル魔法だ。

 他言無用に頼むよ」

「承知いたしております」

「で、一回目の物資を渡しておきたいんだけど場所はあるかな?」

「はい。地下が倉庫になっております。

 運河を利用すれば、神殿地区への輸送も可能です」

「いいね。

 案内してくれる?」

「はい。こちらでございます」


 ケンゼン女史が案内してくれた倉庫は、トリエンの役場が押さえている物資倉庫ほどの大きさがあった。


 一つの商会が持つには巨大すぎる気がする。

 それだけケンゼン商会が大きな組織だったという事だろう。

 ただ、その組織も今ではガタガタになってしまっているようだが。


 俺は支援用の物資を床に次々に出していく。

 ケンゼン女史はその荷物を分類ごとに移動させるように力仕事要員の男たちにテキパキと指示を出している。


 デキる女なのは間違いないと確信させるだけの働きようですなぁ。


 二時間ほどの作業で支援物資をインベントリ・バッグから出す作業は終わったので、ケンゼン女史と俺は彼女の仕事部屋へと戻って来た。

 そしてソファで向かい合って座り、新しく出されたお茶をすすっている。


 俺がカップをテーブルに置いたのを合図に、ケンゼン女史が口を開いた。


「では、あの支援物資の買い取りについてお話を始めたいと思いますが、よろしいでしょうか」


 俺はニヤリと笑いつつ頷いた。


 はい、物資はタダではありません。

 当然、その授受には金銭が発生する事になります。


 それでは第二ラウンドを開始しましょうか。

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