第30章 ── 第46話

 模擬戦やら見学で一時間ほど暇が潰せたので、トリエンのゴーレム駐機場へと転移門ゲートを開く。


「やあ、お待たせ」


 転移門ゲートの先には、フォフマイヤーとヘインズ、そしてポール・マッカランがゴーレム部隊の前で待っていた。


「準備は?」

「ゴーレムの矢弾、その他予備武器、我々の野営の準備まで十全に」

「食料はどのくらい持った?」

無限鞄ホールディング・バッグ一つに保存用糧食一ヶ月分を」


 保存食じゃ味気無さそうだけど……

 あー、無限鞄ホールディング・バッグだと中の時間止まらないからなぁ。


「子爵が指揮を執るんだし、新鮮な食材が欲しければ現地調達でもいいのか」


 彼は元々冒険者の貴族だし、その程度の事は朝飯前だろう。


「ただし、略奪はするなよ?」

「弁えております」

「現在、ラムノークは混乱の中にある。

 まだ難民が出るような事にはなっていないが、国民は一部暴徒と化し他の国民を襲っているようだ。

 今現在、首都アポリスはトリシアたち俺の仲間が治安維持に動いているし、神殿勢力の救護所も組織されているので比較的治安は悪くないと思う」


 俺の説明が三人の頭の中に入っているか確認。

 いまのところ疑問はなさそうだな。


「君たちはアゼルバードの国境付近の街から進軍し、ラムノークの占領、治安の回復、現地での臨時政府の樹立などを行ってもらう」


 フォフマイヤーが片手を上げた。


「質問よろしいでしょうか?」

「いいよ」

「占領政策はどのように」

「そうだねぇ。

 公明正大に行ってほしいかな……

 でも、暴徒とかは捕まえても管理できないよね?」

「治安維持でゴーレム二〇〇〇体が動き回るとすると、牢獄の運営などは手に余るかと」


 収監しておける場所もないだろうしなぁ。

 元々ある牢獄だってそれほど大きくないだろうし。

 収容能力を超えて犯罪者が溢れるのは目に見えている。


「基本的に子爵に任せるつもりだけど、きっと捌ききれないだろうから厳罰でいいんじゃないかな」

「畏まりました」

「ただ厳罰に処すだけでは、一般市民は恐怖を感じるはずだ。

 犯した罪などを広く公表してから刑を執行するのがいいかもね」


 俺はアゼルバードの内乱で使った魔法道具を取り出してフォフマイヤーに渡す。


「これは?」

「ああ、公表用に使うといいよ」


 映像の遠隔投影機である。


「こっちで映像を取り込んで、こっちで大きな映像を見せる」

「魔導高札機という事ですか」

「そんな感じかな」


 従来の高札では中々伝えられない部分も伝わるので、彼らに有効活用してもらうとしよう。


「他に質問は?」

「今のところありません」

「現地では物資が全く足りていない。

 今は元気に暴徒になっている者も多いが、君たちがラムノークの首都に到達する頃には、大多数は動く気力も無くなっているはずだ。

 これは神から与えられた彼の国の民への試練だと思ってくれていい。

 彼らには命を削るほどの反省を促したい。

 憐憫の気持ちから助けてやる事も重要だとは思うが、大人は助けるな。

 それは現地の神殿勢力に任せてしまえ」


 フォフマイヤーが少し眉尻を下げた。


 彼の気持ちも解る。

 ギルド憲章では民を無条件で守るように義務付けられている。

 それに反せよという命令なのだから仕方ない。

 だが、それが神からの罰だというなら、従わなければならない。


「ごめんな」

「いえ、神々のご意思であるならば」

「ただし、子供は無条件で助けていいよ。

 彼らはまだ政治に関わっていない。

 子供はとばっちりを受けただけだからな」


 そう言うとフォフマイヤーは少しだけ納得した顔になった。


「仰せのままに」


 ヘインズが手を挙げる。


「物資が足りないそうですが、王国から支援はあるのでしょうか?」

「いや、今回の件は俺の裁量で賄うつもりだ。

 トリエン地方の負担って事だね。

 連絡をくれれば随時、手配して送るよ」

「承知いたしました」


 他に質問がないようなのでアゼルバードへの転移門ゲートを開く。

 フォフマイヤーたちに続きゴーレム兵が順次転移門ゲートに飲み込まれていく。

 一時間ほど掛かけて全ての転移が終わったところで、転移門ゲートを閉じた。


 さてと、次の作業だ。


 役場に顔を出して長官であるクリスと面会する。


「なるほど、そうなると食料、衣料品などが大量に必要になるね?」

「ああ、準備できるかな?」

「大丈夫だと思うよ。

 そうだな……

 一週間もあれば、一〇万人分くらいの物資は集められる」

「助かるよ」

「ケントたちが頑張ったお陰だよ。

 今のトリエンはそれくらいの力があるんだ。

 私と君が出会った頃には考えられない事だけど」


 現在の都市トリエンは、既にドラケン並の大きさと経済力を持っている。

 他国にまで及ぶようなインフラ投資なども行っている為、他の地方や貴族からの圧力があっても笑って吹き飛ばせるほど発言力もあるらしい。


 まあ、一地方の行政長官の権限を越えている気もしないでもないが、クリスならその力を正しく使えるだろう。


「色々な所からは毎日大量に届いているからね。

 そういう人脈を使えば、物資を集めるのも簡単だよ」


 付け届けとは悪く言えば「賄賂」を指す言葉ではある。

 俺たちのような現代人にとって「賄賂」は完全に犯罪行為だが、オーファンラント王国では挨拶程度として扱われる。

 高級品や金銭を渡して便宜を図ってもらうのは違法ではないらしい。

 対価を払っているのだから優遇してもらえるのは当たり前って感じなのだろうか。


 もちろん、こういった行為が犯罪や不正として扱われることもある。

 行政府に賄賂を送るのはセーフだが、商人が役人個人に賄賂を送るのはアウトといった感じだ。


 一応例を上げておくと、城門で誰何すいかされた時などに賄賂を渡して身分証明などを行わないで済まそうとするのは不正になる。

 その人物が暗殺者アサシンだったりしたら、下手をすれば行政府の要人がターゲットになるかもしれないし国防上の問題でアウト。

 身分証明がない状態で都市に入ることは基本的に不可能と言って良い。


 家産国家的な制度が多いこの世界では当然のルールではあるが、俺みたいな異世界転生者には厳しいルールだろう。

 領地や領民は領主の世襲財産と考えられているのだから当然だ。

 下手をすれば詰むくらいの問題なんだよね。


 俺はトリエンの町の中に転生したから何の問題もなかったが、シンジは森の中に出たらしいから結構苦労したそうだよ。

 詳しくは聞いてないけど、テンプレみたいな出来事があったらしい。

 ほら、有力者の馬車を野盗とかモンスターから助けた的なヤツ。


 砂井もトリエンに入ろうとして問題起こしてたよね。

 その後は「ロキの外套」を使ってたようだけど。


 流れ者は基本的に厄介者でしかないので、都市生活はできないワケ。

 そういう理由で門外街ってのが出来ていく事になるんだねぇ。

 トリエンにはまだ無いけど、ドラケンや王都デーアヘルトには普通にあるでしょ?


 線引きがよくわからないことも多いのだが、行政官や裁判官などはその辺りに詳しい。

 俺みたいな領主が判断することは殆どないので安心できる。


 不正じゃないパターンは……

 役人でもない俺には判らん。

 自分で考えてみてくれ。


 長々と説明したけど、こういう法律が守られない事は頻繁に起きている。

 トリエンはかなり厳しく監視しているから不正が行われる事は少ないんだが、他の地方や都市はそうもいかない。

 普通に賄賂を渡して犯罪を見逃してもらっている悪党はいるし、犯罪者が集まってマフィアみたいな組織を形成している場合もあるだろう。

 盗賊ギルドが代表格かな。


「一応、今回は食料が喫緊きっきんで必要になりそうなんで、よろしくね」

「そこは問題ない。

 小麦は大量に備蓄してある。

 緊急用のモノなら一万人分くらいかな」

「すげぇ分量だな」

「トリエンは物納が多いからな」


 物納とは税金の話だ。

 役場はこの物納された納税品を商人と取引して現金化している。

 役人と商人の癒着が絶えないのは、この仕組の所為だな。

 癒着してもいいから公正な取引で頼みたい。


 ちなみに、トリエン地方から王国への上納は、この小麦を物納している。

 トリエンが昔から「王国の食料庫」と言われる所以である。


「他の支援物資の事だが……

 エマードソン商会で用立ててもらっていいか?」

「ん? 構わないけど、なにか理由があるの?」

「ああ、今のトリエンの経済が飛躍的に拡大している所為だね」


 クリスが言うには、魔法道具の取引はエマードソン商会に引き受けてもらっているが、他の物資の商取引が人口増加に伴ってとんでもない数字になっているらしい。

 これの利権にエマードソン商会が絡めていない事でエマードソン伯爵から俺に口利きしてほしいと頼まれたらしい。


「絹に関してはエドモンダール伯爵関連の商会が独占しているだろう?

 それに付随して綿や麻などもその商会に任せているんだ」


 エマードソン商会は嗜好品や贅沢品、美術品、魔法道具などの扱いが多い。

 それに比べて最近付き合い始めたエドモンダール系の商会は織物や革製品、日用雑貨、食料品などの必需品を扱っている事が多いそうだ。

 トリエンの急激な人口増加が、エドモンダール系の商会へ莫大な利益をもたらしているらしくエドモンダール派閥の貴族たちは一気に息を吹き返し始めたとか。


 ハッセルフ侯爵の配下であるエドモンダール伯爵としても面白くない状態なのだろう。


「んー。この前、フェアリー・テイルって酒の利権で便宜を図ってやったんだが……

 足りないのかねぇ」

「それはいつの話だ?」

 今、戦争してるだろ? その直前だな」


 クリスは「あー」と変な声を出しつつおでこに手を当てている。


「さすがはケント。

 知らない内に問題を解決しているな」

「え? もう解決?」

「ああ、フェアリー・テイルって酒はボトル一本で金貨一〇枚はするからね。

 かなり大きい利権になると思うよ」


 ふむ。

 そんなに高いのか。

 まあ確かに美味い酒だったけど、毒耐性が高い俺は飲んでも酔えないので、基本的に飲まない俺には関係がないんだよね。


「じゃあ、その辺りをチラつかせて手を引かせるか、あまり影響がでない商品に噛ませてやってくれ」

「解った。考えておくよ」


 クリスは俺の指示に頷くと手帳に何かを書き込んでいる。


「今日はそのくらいかなぁ。

 他に何かあるかな?」

「行政面での報告は大量にあるんだが……」


 クリスはチラリと俺の顔色を窺ってくる。


「読んでる暇がない……」

「だろうな」


 俺が申し訳なさそうな顔をすると、クリスは溜息と共に呆れた顔をする。


「申し訳ない」

「構わないよ。

 それがケントだし」


 クリスはそう言って笑う。


 マジでクリスは役に立つ。

 これからも役に立ってもらいたい。

 だから門外漢の俺が口を出すより、クリスに任せておくのが一番いい。

 前男爵は悪いやつだったけど、クリスをしっかりと仕込んでおいてくれたってところはマジ感謝。


 これからも俺の代理としてトリエンの運営に尽力してくれよな!

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