第30章 ── 第45話
部屋から救護所になっている裏庭を抜けて、その裏口からアースラ大神殿を出る。
この裏通りは、他の神の神殿の裏口にも面しているのだ。
もちろん俺は他の神殿の救護所も見て回ることにした。
アースラ大神殿の隣は、この街でアースラの神殿の次に大きいマリオン神殿だ。
大陸東側のマリオン神殿よりも大きくて、しっかりと手入れもされている印象ですな。
俺が敷地に足を踏み入れると一人の女性
「やあ、来たっすね!!」
超馴れ馴れしい態度で握手してきた女性
マジでマリオンか降臨している可能性もあるので訝しんでいると、女性
「あ、すみません……
私はこの神殿の
元気なのは変わらないが口調はマリオンではなくなった。
「前夜、私の夢にマリオン様がご降臨なされまして、貴方さま……ケントさまが来られるという信託を受けたんです。
マリオンさまに、ケントさまの偉業を色々とお聞きしまして、ぜひご挨拶をしたいと申しました所……
マリオンさまは『好きに挨拶すればいいんじゃね?』と仰っしゃられましたので!!」
見れば、周囲のマリオン
「どうして、それが俺だと思ったんですか?」
俺は困ったような表情をして「別人ですよ」と付け加えようとしたが、「マリオンさまは映像で見せてくれたんです!」と先回りで言われてしまった。
ぐぬぬ、マリオンめ……余計なことを。
「別人かも……」
「いいえ、間違いありません!
マリオンさまは言っておりました!」
マリンは、身振り手振りでマリオンのマネをしはじめた。
『ケントの事だから、他人の振りをすると思うっす!
そこで逃したら一生後悔するっすよ!
逃さずに一手教授してもらうっす!』
マリオン、後で泣かす。
「とまあ、こんな感じだったす!」
この人は、マリオンのマネをすると、マリオンの口調そのままになる癖があるのだろうか。
興奮気味のマリンを振り切る事もできなさそうだが、俺は説得して諦めてもらう為にはどうしたらいいかを頭の中で考え始める。
「えーと……
教授? そんな事をするより……
ああ、そうだ。
助けを必要としている民が大勢いるだろう?」
「ご教授は必須です!
救護は他の
神殿長もそう言っておられました!」
神殿長まで?
俺は帝都の暑苦しい神殿長を思い出した。
きっと、あのマッスル・パワーは健在だろう。
「周りを見てくれ。
人がごった返していて、一手教授なんて事は……」
周囲を見回してみたら中央に不自然なスペースが空いていた。
「場所は確保してあります!!」
やはり俺が見ていた方向を指し示している。
やれやれ……
「じゃあ、一手だけだぞ。
他のヤツのは受けないからな!?」
「光栄っす!」
仕方ないので空いているスペースへ行く。
マリンは俺から少し離れると、頭を深々と下げてから無手で構えた。
「お、
マリオン信徒のみが就く事のできる聖職。
それが
マリオンが「私の誇りを体現させた職業っす!」と力説していた。
マリンのレベルはレベル一九。
出会った頃のアナベルと同じくらいだ。
平均レベルがレベル一〇前後のティエルローゼでは結構なレベルである。
素質のある者が生涯かけて達成できるレベルが二〇。
素質にすら愛される者が達成できるレベルが四〇。
そして素質を通り越して天賦の才能となるものがレベル六〇。
って感じだろう。
それ以上になれる者は神に愛されていると思っていい。
亜神と自称できるレベルだからね。
まずは、レベルには現れないマリンの実力をしっかりと確認させてもらう。
ワザと隙を見せつつ攻撃を誘う。
左脇腹に正拳が飛んでくる。
俺は肘を下げてその正拳を撃ち落とす。
すると左拳が俺の肝臓付近にショートアッパー気味にリバー・ブロー。
一歩右足を下げて身体を半身にひねって回避。
俺はそのまま反対側に上半身を回転させてストレート・パンチ。
俺の攻撃にマリンは慌ててダッキングする。
彼女はそのまま俺の脇下をすり抜けるように逃げ出して距離を取った。
「ケントさまは
「いや、
マリンは「脳天に雷が落ちました!」って表情になる。
「動きがどう見ても……」
「まあ、知り合いの
そもそもレベル一〇〇なんだから、その程度の芸当できて当たり前だろう。
後ろで控えているシグムントに「なぁ?」と視線を向けると、肩を竦ませて見せてきた。
「え? 出来ないの?」
そんな言葉が口を突いて漏れ出てしまった。
「出来ないっす」
「マジで?」
「マジです」
マリンが俺の行動を全否定してくる。
「だって、これ格闘の基本動作」
「
「ああ、なるほど」
これは俺がオールラウンダーの所為でしょうな。
基本的に
これはドーンヴァースでも変わらない。
それを無視できるのは、彼の住良木幸秀が自分用にと作っておいた
「まあ、気にするな。
俺には出来るんだから仕方ない」
「仕方ないで済ませられる問題ではないのですが……」
マリオンっぽい口調から素のマリンになっているので、相当毒気を抜かれていると見て良い。
というか貴女、隙だらけです。
俺は、加減しつつも高速で一歩踏み出す。
そして、
もちろん突きに合わせて防御しようとマリンの手が伸びてくるが、突きをしていない方の手で全て丁寧に捌いてやる。
丹田を突いた瞬間にバック・ステップ。
「五星突き……っと」
軽く小突く程度なので、一切ダメージは与えていない。
だが、五星突きを決めた瞬間、周囲の
「そこまで!」
不意に後ろから声を掛けられて振り向くと、
白い三つ編みヒゲがチャーミング・ポイントなのでしょうか。
「神殿長!」
マリンが構えを説いて跪いた。
ドワーフ神殿長は「よいよい」と周囲に手を振る。
するとマリン以外の周囲の
「どうじゃ?
頂きは遥か天上の空にあったであろう?」
「はい!
マリオンさまの弟弟子さまであるケントさまは、見上げても手の届かぬ頂きにあります!!」
さまさま煩ぇな。
苦笑いしていると、歩いて来たドワーフ神殿長はマリンの頭をポンポンと叩いてから俺を見上げてくる。
「神殿長のドルフ・ランクレンと申します、ケントさま」
「ドルフ……ランクレン……?」
一〇〇年くらい前の伝説の強面マッチョ俳優みたいな名前ですな?
「以後、お見知りおきを」
「ああ、こちらこそ」
首から掛けているマリオンの聖印の前でマリオンの祈りのポーズを決めるドルフ爺に手を差し出した。
ドルフは差し出された手に少し驚いたが、ガッチリした大きな両の手で俺の手を握り返してきた。
「ドワーフに手を差し出すとは、さすがはマリオンさまの弟弟子さまでございますな」
「大したことじゃないだろ。
貴方はここの神殿長だし、身分は俺の方が下になる」
「貴方さまは貴族で在らせられると聞き及んでおります。
普通、身分が高い者は我ら
そうなの?
大陸東側諸国でそんな話は聞いたことがないんだが。
とは言っても、他国でドワーフで貴族だったり身分の高い役職の人物には出会ってないのは確かではある。
もちろん、ファルエンケールなどの妖精の国やハンマール王国を除いてな。
他種族から閣下と呼ばれて敬われていたのはマストールくらいか。
「ドワーフでも人は人だろう」
「そう言ってくださるのはケントさまだけですな」
ガハハと豪快に笑い、ドルフは俺の手を離した。
「神託通り素晴らしきお人だ。
マリン、我らの神殿をケントさまにご案内申し上げるといい」
「は! そのように!」
その後、マリンの案内でマリオン神殿を見て回る。
マリオンの大きな神殿は、見たことがないのでしっかり見ておこう。
トリエンのマリオン神殿は敷地は広くなったんだけど、神殿が教会クラスの大きさしかないので、後で改築してやろうかと思っている。
アナベルはその辺り無頓着なので、一向に俺へ要望してこないんだよね。
さて、アポリスのマリオン神殿だが、俺が見たことある神殿と共通しているのは大量に武器と防具が並べられている事だ。
戦いの女神なので当然なのだが、この神殿の武器、防具は古今東西あらゆるモノが揃っている感じがする。
一種の武器防具博物館って様相ですな。
珍しい武器も結構あって色々楽しい。
これはこれで趣のある風景だなぁと思います。
地球にもこういう博物館はありそうだけど、俺は見たことがないので興味がつきません。
見て回って不思議に思ったのは、神殿内には試合ができるような部屋なり場所がない事だろうか。
筋肉トレーニングするような場所は結構あるのだが。
「神殿内では戦闘訓練しないのか?」
「しません。建物を壊してしまいかねないので……」
なん……だと……
アポリスのマリオン教団は常識的だぞ!!??
この俺をビックリ仰天させるとは……
マリン……恐ろしい子!
この考えはマリンだけでなく、他の
今回の一件で最も俺を驚天動地に陥れた言葉がこれだったのは言うまでもない。
神官長より神殿長の方がここのマリオン神殿では立場が上なのが原因だと思われる。
何せ、建物を壊しまくるマリオン
やはりドワーフの職工技術は宗教団体でも健在でした。
まあ、立派な神殿を維持する能力ですから当然といえば当然なのかもしれませんな。
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