第30章 ── 第44話

 こうしてアポリスのアースラ大神殿は国民の救済に尽力する事になった。

 自分たちが率先して行動を起こした方が、他の神々の神殿よりも発言力が持てるという打算的な部分も司教たちにあっただろう。


 俺はそういう政治的な判断を否定するつもりはない。

 神々ですら神界で意見の食い違いから争うことがあるし、その時に用いられるのは発言力だ。

 この場合の発言力ってのは、「神力」に置き換えても良いか。

 要は神格が一緒ならば、後は集められる信仰心の大きさがとなるワケだ。


 神格が違う場合は争いはならない。

 序列上位が総取りって感じになる。


 今回の救済についてはアースラ教とマリオン教が、ほぼ同時に活動を開始している。

 ラムノークはアースラ教が国教だったのでアースラ教が最も多いし、神格もアースラはウルドとほぼ同等の序列なので、マリオンよりも上になる。


 よってアースラ教が主導して活動しても問題はないと判断した。

 俺がアースラの使徒たちに力を借りていた事もアースラ教が救済の音頭を取ることに違和感がない。


 その為、俺が出す救援物資の管理はアースラ教に任せることにした。

 ちなみに、横領とか横流しに関しては厳しくするように申し付けておいたので、不正は発生しないと思いたい。

 さっき裏の救護所でフライング気味にいくらか物資提供してしまったし、今更信じないとか言っても恥ずかしいので。


 資金と物資を俺が援助する事が知れると、エクノール司教の態度はガラリと変わった。

 清貧を重んじているワケではないようだが、神殿には資金にも物資にも余裕は全く無かったらしく、無い袖は振れないと思っていたらしい。


 それでも神からの神託があれば、従うしかないのが神官職の辛いところなのだろう。


 話し合いは順調に進み、アゼルバードからの占領軍が来るまでの事は決まった。

 次に占領後の話になる。


 はっきり言って今のアゼルバードには占領を維持するほどの力はない。

 全国から集めたところで兵員数は一〇〇〇人もいればいいところだろう。

 となれば占領された側から反発されれば一瞬で駆逐されかねない。


 それに占領を維持できたとしても、あれだけの貧困を経験した国だけあって兵員のモラルに俺は自信が持てない。

 占領した国の民たちに、略奪や強姦などあらゆる害悪を撒き散らす事になるかもしれない。

 そうなれば、またもや要らぬ火種を作ることになる。


 ある程度は文明的に生活していたラムノーク民ですら、公共機関やら何やらを破壊しただけで暴徒が略奪を始めるんだから、アゼルバード民なら然るべきだろう?


 なので占領軍は別のところから用意することにした。

 もちろん、俺の手駒からって事になるよ。

 こういう時のゴーレム頼み。


 早速、エルネスト・フォフマイヤー子爵に念話通信を入れる。


「領主閣下!」

「フォフマイヤー子爵、久しぶりだな」

「お久しぶりでございます。

 現在、トリエンには問題はございません」

「そうだろうね。

 今、アゼルバードとラムノークの戦争に俺が関わっているのは知っているな?」

「もちろんです。グローリィはお役に立っておりますか?」

「ああ、上手く立ち回っているよ」


 戦闘に参加させてないから、街でゆっくりしていると思うが。


「実は、もう一部隊回してもらいたいんだが……」

「アーベントを出しましょうか?」

「そうだな……いや、実直な彼には君の代わりとしてトリエンに残っておいてほしいな」

「ということは、私が現場に出る事になるわけですね?」

「ああ、今回は占領軍を率いてもらいたい。

 ギルド憲章に明るい君に指揮を取ってもらいたい」


 冒険者貴族として名を馳せたフォフマイヤー子爵なら、国を失った民への対応にも配慮ができるだろう。


 それに、今まで彼を実戦的な任務に付けた事がないので、ゴーレム指揮の経験を積ませる事も意図している。

 後々、いくらかまとまった数のゴーレムを作って指揮部隊として彼につけてやるとしよう。

 今は、時間がないので棚上げで。


「承知しました。

 では現在、休暇期に入っているポール・マッカランの部隊を連れていきましょう」

「準備にはどのくらいかかる?」

「私と、ヘインズ、マッカランの準備だけですから一時間も頂ければ」

「了解した。

 では、一時間後に転移門ゲートを開くから、アゼルバードのグローリィと合流を急いでくれ」

「畏まりました」


 念話を切ると、眼の前のソファに座る三人、俺の横に座る男女が珍妙な者を見るような目で俺を凝視していた」


「ん? どうした?」

「あ、いや、何でもありません……」

「がはは、お前らは見たことないんだな。

 さっきのケント殿のヤツは念話だぞ。

 珍しいスキルだから知らぬのも仕方がない事だがな」


 何故かシグムントが得意げである。

 彼の事だからパーティ・チャットも念話の一種だと思ってそうだけどな。


 ゴーレム部隊の足なら二週間もあればアポリスまでやってくるはずだ。

 その後の占領政策に関してはエクノールたちと話し合って決めてもらえば良い。

 面倒な事は全部丸投げでごめんね。


「さて、では次だ」

「次は何を議題に……」

「いや、決めなきゃならん事は決まったろ」

「では、次は何を……」


 俺はここでビシッと一人の神官プリーストを指差す。

 指差された神官プリーストは、「え!?」と言いながら慌て始めた。


「君の紹介をまだされていない」

「あ!!」


 エクノールが素っ頓狂な声を上げた。


「申し訳ございません!

 すっかり忘れておりました!!」


 途端に周囲がドッと大爆笑の渦に飲み込まれた。

 数分、笑い転げた後に何とか落ち着いた。


「いや、話し合いの最中からずっと気になってたんだけど、言い出せなくてね」


 俺はテヘペロ的に頭を掻いて誤魔化す。


「いえ、大変重要な案件でありましたので、仕方のないことかと」


 エクノールさんよ、忘れてた君も君だけどね。


「では、改めて紹介致します。

 彼は当神殿の神殿長を務めています、バッカスです」

「アルフレッド・バッカスと申します。今後ともよろしくお願いしたします」

「神殿長……神官長とか、司教とか……

 どの役職がどのくらいの偉さなのかサッパリ……」


 はっきり言って宗教団体の階級は良くわからない。

 地球の軍隊の階級の方が馴染みがあるよ。


 ちなみに、ティエルローゼの軍隊の階級は簡単。

 班長、兵長、隊長、部隊長、指揮官、司令官、将軍みたいな感じ。

 近衛隊、国軍、衛兵隊など、それぞれで使われているので解りやすい。


「確かに外からでは解りにくいかもしれません」


 エクノールは簡単に説明してくれた。


 下から順に、侍祭、助祭、神官、司祭、司教、大司教と偉くなっていく。

 これが神官プリーストの階級。

 これ以外に名義上の役職として、神官長とか神殿長などという称号があるらしい。


 アルフレッド・バッカスの階級は司祭だが、ここのアースラ大神殿の神殿に関する全てを彼が管理する事になっているらしい。

 ちなみにエクノールは司教で、この大神殿に属する神官プリーストのトップという事。


 ちなみにアースラ教の大司教は、大陸中央にあるヴァレリア湖の西岸にある国の大神殿にいるそうだ。


 ヴァレリア湖は見に行った事がないので、いつか見に行きたいところだが、その湖の西側ってバルネット魔導王国じゃなかったっけ?

 聞いてみたら、バルネットとヴァレリア湖に挟まれた小さい国なんだとか。

 国名はアースラン聖王国。


 名前からしてだな。

 もう少し捻れ。

 といってもアースラが付けたワケじゃないんだろうな。


「さて、話し合うことはこのくらいかな?

 んじゃ、俺はもう少し辺りをウロウロしてみようかな」

「左様でございますか。

 もう少しお話をお伺いしたいところですが、仕方ありません……」

「ん? 何か質問でもあるの?」

「いえ、我らは宗教を指導する立場にありますので、クサナギさまがどのように神の使者として選ばれましたのかなど、興味はつきません」


 ここで美少女なら「ヒ・ミ・ツ!」とか言って誤魔化せるのだが、むさい男が言っても白けるだけだろう。


「そうだなぁ。

 俺は、アースラ神と同郷なんだよ。

 それが理由って事で」


 ニヤリと笑ってそれ以上の事は言わない事に。

 人から神になったヤツなので、そういえば納得してもらえると思ったのだ。

 だが、彼らの目は狂信的な色を見せた。


「ということは! ニホンでございますか!!!」

「あ、それは伝わってるんだね?」

「おおお……救世主様の再来が……!!」

「え?」


 突然、興奮しはじめる彼らに俺はビックリしてしまった。


 どうやら、アースラとシンノスケが同郷という事を西側諸国の宗教関係者は知っているらしい。

 シンノスケが救世主扱いされた最も大きな要因がソレだったらしい。


 それが理由で、日本から来た俺は、彼らと同じような偉業を成す下地があると認識されたワケだね。

 すでに「神の使者」を名乗ってしまったので、彼らにしてみたらそれこそ英雄の偉業なのだろう。

 頭の痛いことだね。


 エクノールとアドルウスは、書記神官プリーストたちに今あった事を全て書き記すように言い、今まで記した書類まで吟味しはじめる。


 俺は「秘密にね」と言ったんだが、「弁えております」と記載された事の削除には応じてくれそうにない。


 そういやラムノークって救世主信仰が強いんだっけ?

 シンノスケは神にはならなかったから神殿とかはないようだけど。

 その辺りはシュノンスケール報国とは大違いですな。

 あそこは救世主を神として崇めていたからね。


 救世主の再来とか言われてもかなり困る。

 シンノスケは生前、数々の偉業を成して「救世主」と呼ばれるようになった。

 ただ同郷だからといって彼の偉業を勝手に継承されて崇められるのは居心地が悪い。

 俺はラムノークの全ての国家機関を破壊した当の本人なんだし、恨まれこそすれ崇められるのは違うだろう?


 なんとも居心地が悪くなってきたので、鼻息荒い面々から逃げ出すように部屋を出た。


 例の男女も付いてきたが、部屋に戻って二人の処遇は偉い人に決めてもらうように言って戻ってもらった。


 しかし、バッカス神殿長だけは付いてきた。

 シグムントでも付けて追い払おうとしたが、彼にとって既に俺はマーク対象なので振り切れなかった。

 だからといって「あっちいけ」とか無碍な扱いも何なので、付いてくることは許すことにした。


 例の男女の扱いは彼にしっかりと頼んでおくことにしよう。

 路銀や各神殿での取り扱いなど、配慮してもらう事にきりはないしなぁ。


 アポリスでの俺の行動をつぶさに見ておく人間として彼が付いてきたのだろうけど、あまり期待しないでくれよ?

 俺はそういうプレッシャーには弱いんだからね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る